いろいろ整える
そろそろ装備を新調しないといけないな、と思う。
冒険者稼業なので、当然先日のような戦闘はある訳で、出来るだけ身の安全を図る努力はしておいた方が良い。
俺の武器は問題ない。
キャスター・グローブはこれ以上無いというほどの出来栄えだ。
なので必要なのは、俺の防具、それにイリアの武器、防具。
とりあえずはこんな所かな?
サイラも防具くらいはあった方が良いとは思うけど、何があるか分からないし。
「サイラ、今日一緒にお買いものに行きませんか?」
「アリスさんとですか? はいです!」
そういえば、この子と二人でどこかに行くってことは無かった気がするな。
「む~~、でし、またリンのことおいていくの!」
我が家の天使がご立腹だった。
「お菓子買ってきてあげるから、いい子にしててください」
お餅みたいに膨らんだほっぺたをつついてやる。
「ほんと!?」
「そうだ。材料だけ買ってきて、一緒に作ってみる? きっと楽しいですよ」
「でしと!? やったぁ! それ、たのしみ!」
あっと言う間に笑顔に変わる。
という訳で……
「イリア」
「お留守は預かりますわ。いってらっしゃいませ、お嬢様」
そんな感じで、良く晴れたお出かけ日和の朝一番。
サイラと一緒にお買い物に繰り出した。
ううむ。
最近家から出かけるだけで一苦労だなー。
サイラの普段着もまた可愛い。
ベージュのショートパンツに、ネイビーのシャツ。
それにブーツ。
ラフな感じなんだけど、可愛らしく纏まっているのは素材がいいからなのか?
頭はいつものポニーテールだけど、今日はヘアバンドはしていない。
可愛いネコ耳がぴんと立っている。
というのも、それは俺の希望だが。
俺と一緒に堂々と歩いている所を、王都の皆に見せびらかす。
それも計画のうち。
……まぁ、自分がちょっとした有名人なのを勘定にいれた印象操作だ。
サイラに悪い事をするつもりなら覚悟しろと。
本当はこんなことしなくても、サイラの人柄を知れば大丈夫だとは思うんだけど。
「ところで最近ソルトさん見ないんだけど、何処行ってるか知ってる?」
「ソルトさんですか、あの、きっと強くなるために頑張っているんだと思いますニャ」
「え? ふ~ん……」
己の弱さを噛みしめたのだろうか?
俺の印象では、黒ずくめは絶対にシオンさんに敵わない。
じゃあ、イリアはどうかというと、これもまた微妙だな……
突破できるか?
あの守り……
エイムに関しては、強いとか弱いとか、そういう括りでは測れないポジションだと思うけど。
でもエイムには誰にも真似できない強みがあるからな。
「まさかの最弱、男のプライドに触ったんですかね」
「えと……動機がちょっと違うような気がするですにゃ……きっとアリスさんの事を守りたいんです」
「え? いや、私はイリアがいるから」
「……とてつもなく報われない気配がしますにゃ」
サイラがはふぅ、と息を吐いた。
あ、そうだ。
お菓子作るならエクレアの分も作って、持って行ってあげよ。
「クッキーかな、やっぱり」
「……しかも、もう頭にないですにゃ」
何故かサイラの耳が垂れていた。
という訳で、王都の素材屋に来た。
ここはサイラが何軒かある素材屋の中で、一番良いと目を付けている素材屋さんである。
あまりレアな物は無いが、王都の素材屋にはお金さえ出せば、それなりに良い物を作れるだけの素材が揃っている……とは、サイラの話だ。
「これも捨てがたい……でも、イリアさんの防具にするなら、もう少し軽めの方が……フルプレートって印象じゃないです。姫様の装備は凄く重量感がありましたけど……ああいう騎士装備とは少し違うですにゃ」
素材を手に取って熟考しては、また棚に戻す。
それを延々、延々、延々と繰り返しております。
……一つ良いだろうか?
もう、二時間くらい、経ってない?
いや、時計があるなら、それくらい経ってる気がする。
サイラさん、本気ですもん……
「いやぁ、サイラちゃんは常連だけど、目利きが良くって、こっちも気を抜けないってもんさ。若けえのに大したもんさ!」
俺はというと、奥のカウンターで店主の親父さんと雑談してる。
待てないよ。
後ろでじっとは待てないよ!
「サイラ、ここによく来るんですね」
「そうさな、この辺りの素材屋や、商店街の店なんかは一通り顔見知りだろうさ。とっても礼儀正しい、いい子だもんな! 皆に好かれてるさ!」
「……そうでしょう?」
思わず、笑みがこぼれる。
心配するまでもなかったのかもしれない。
だって、サイラだもんな。
「お、おお……妖精の笑顔……いい。噂以上……」
……
「親父さん、常連の御贔屓に、まけてね!」
「……し、仕方ねえな! サイラちゃんにはいつも贔屓にしてもらってるもんな!」
スマイルはプライスレス。
しかし、タダより高い物はありませんよ、親父さん!
まぁ、その分これからも贔屓にするから許してね?
いつもまけろなんて、言いませんし。
結局、午前中一杯をあの素材屋さんで過ごしました。
物凄い集中力だよ……
でもサイラはご満悦だ。
どうやら、イメージが固まったらしい。
良い物を作ってくれそうな予感がする。
「本当はアリスさんの防具も、私が作りたいですにゃ……」
そんにゃこと言われても、重くて着られないんですにゃ……
「私は……やっぱり裁縫師の方にお願いしないとダメかなぁ」
「はいです……」
裁縫師って言っても、おばさんに頼みに行くわけにもいかないし……
裁縫師か……やっぱり、そうですよね……
あの方しか、おられませんよね?
「腕は確かだって、エレノアさんが言ってたし……メイド服じゃなくって、防具も大丈夫かな?」
「?」
「サイラ、お腹空いたし、お昼食べて帰りましょ?」
「アリスさんとお食事、嬉しいですにゃ!」
そんな訳で、エレノアさんのお店でランチを食べる事にした。
オープンからも順調に客足を掴んでいるのは、何もメイドさんが居るだけではなくて、そもそも出される料理も美味しいからだ。
厨房スタッフにもエレノアさんは拘っている。
というか、拘った所で伝手が無ければどうしようもないと思うんだけど、さすがだよなぁ、エレノアさんは。
しばらくサイラと雑談しながら通りを歩いて、目的地に到着。
今日も繁盛しているらしいお店に入った。
さっそく、真紅のメイドさんが出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ、お嬢ひゃま!」
「……」
「……」
「……噛んじゃったね、エクレア」
「い、良いからさっさと座りなさいよ!」
接客態度が雑ですし!
肩で風を切るように歩くのはやめなさい……
そんな感じでさっさと席に案内されて、サイラと二人、腰を下ろす。
ところでエクレアって、冒険者じゃないのかな?
十分過ぎる程の実力はあると思うんだけど。
「ふん、ご注文は?」
と、メイドさんの態度がなっていないので。
「みっくすじゅーちゅ、エクレアより愛をこめて」
「……」
「……」
「……あ、アリスの馬鹿あああああああっ!!」
メイドさんは逃げ出した!
エクレアは、かわゆいなぁ……
「だ、ダメですニャ、アリスさん……っ」
「ふふ、ごめんごめん。だってエクレア見てたら、どうしてもうずうずしちゃうんだもの」
仕方ないんだもの。
注文は別のメイドさんに取ってもらった。
俺もサイラもあまり食べる方じゃないので、女性用のランチを頼んで、美味しく頂きました。
お代は二人分のランチで100ルーク。
銀貨一枚。
まぁ、ちょっと割高なんだよね。
美味しいんだけど。
「あ、あの、私こんなに良い物を頂いて、ご飯もいつも豪華で、お腹一杯頂いて……何か申し訳ないですニャ……」
「言ったでしょう? サイラは私の家族だって、遠慮は無しです」
「アリスさん……」
「それに、食べる事は大事ですし、そもそもお料理は私の趣味みたいなものです。リンちゃんも美味しそうに食べてくれるし、全く苦じゃありません」
「せめて、手伝わせて欲しいです!」
「ん~~、それじゃ、一週間の間で交代制にする?」
「はいですにゃ!」
今までも、買い物とか、武具の事とか、リンちゃんの事とか、色々手伝ってもらってると思うんだけどなぁ。
それでも罪悪感を感じるなら、まぁ、好きなようにやらせてあげた方が良い。
きっとそのうち、気の置けない家族みたいになれるって信じてるし。
ただし、オーバーワークにだけは、目を光らせておかないとダメだな。
「あらん? アリスちゃんじゃないの!」
「ひっ!」
野太い声に、条件反射で身体が跳ねた。
店内もざわついた。
当然だろう、この人営業中に表に来ちゃだめでしょ!
いや……別にデザイナーであってスタッフって訳ではないから、お客として来る分には当たり前の話なのか……ざわついてるけど。
ちなみに、サイラはフリーズしている。
これが正常な反応だよな。
やはり、イリア凄すぎ……
「こほん……バティさん、ちょうど良いです」
用事もあったしな……
「どうしたのん?」
いちいちクネクネするのは止してくれないだろうか。
その黒光りする筋肉を。
「えっと、私冒険者なんですけど、それ用の防具を作ってもらえないかと思いまして」
「いいわよ!」
はや!
「い、良いんですか?」
「ええ! アリスちゃんに着てもらうための一品! インスピレーションがビンビン沸いてくるわ!」
「へ、へー、そうですかー」
俺の選択は、正しかったのだろうか……
「あの、お金は高くなっても構わないので、動きやすさと、防御力と、出来るだけ質の良い物でお願いします」
防御力の弱い俺を守る、最後の砦だからな。
ケチるなんて、とんでもない。
「任せて! こうしちゃいられないわ! 出来上がったら、このお店に持ってくるからねん!」
「お、お願いしますー」
と、頼む間も無くバティさんは嵐のように去って行った。
いや、実際嵐だったよ。
店内はまだざわついてる……
「ど、ドワーフの方ですか?」
「多分だけど……ヒューマンだと思う」
とてもよく訓練されたヒューマンだと。
「わ、私も鍛えたら、戦闘でもお役に立てるかも……!」
「やめなさい」
ほんとに止めなさい。
その可愛らしい体型から、ムキムキになっちゃったら悲しむ人間は多い……
「――――お待たせしたわね、アリス!」
は?
さて帰ろうかと思った頃、目の前に突然アレなジュースが置かれた。
果物やらが装飾された見事なジュース。
――問題は一つの大きな入れ物に、ストローが二本入っているということ。
「……なぜ、このジュースを選んでしまったの、エクレア?」
「見くびらないことね、アリス! エクレアはあんたの挑戦から、一度だって逃げないんだからね!」
無駄に熱い!
「さあ、咥えなさい!」
「え……本気で?」
店内が何故かまた、ざわついた。
先ほど以上の注目が注がれている気がする。
「当り前よ! 勝負よ、アリス!」
これって勝負なんですかね?
「……分かりました」
ストローの一本を咥える。
ジュース自体は大変美味しい。
「そ、それじゃ、こっちも咥えるわよっ!」
そういって、エクレアの顔が目の前に迫ってくる。
ちょっとした八重歯を可愛らしく覗かせて、エクレアがストローのもう片方を咥えた。
……ちっか!
「わぁ……」
サイラが何というか、いつもの声を出していた。
「……」
「……」
至近距離で見つめ合う。
エクレアの顔に朱が入る。
が、恐らく俺も似たようなものではないだろうか?
この、吐息さえ当たりそうな距離は……
「――はぁ」
一気飲み出来るか!
とりあえず、一旦口を離す。
同様に、エクレアも口を離した。
「飲み切るまでが、勝負なんだからね!」
これ、一体どういう勝負なんですかねぇ。
「分かってます……て、あれ? これ、どっちが私のストローでしたっけ?」
一旦目を離した隙に氷が動いた加減で、お互いのストローの位置が交じり合って分からなくなっている。
「んん?」
「そんなのも分からないの、アリス――」
「多分、こっちかなぁ」
適当に、片方のストローに口を付けた。
経過を舐める様に観察していたギャラリーが、更にざわついた。
「あ、あ、ああっ!」
「わぁ……」
ん?
ストローを咥えたままエクレアの方を見ると、茹でられたようにその白い顔が真っ赤になっていた。
「~~~っアリスの、ばかああああああああああっ!!」
脱兎の如く、本日二度目のメイドさんの脱走。
……ま、まさか。
いや、まて、整えるんだ!
ハート的なものを!
さりげなく全て飲み干して、そっと口を放す。
「……私の勝ち」
「……一体、なんの勝負だったんですにゃ?」
それは誰にも分からない。
ただここに、勝者と敗者がいるだけなのです。




