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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
三章 冒険者編

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幕間 氷雪の見る夢

 ――夢を見ておる。


 そう気づいたのは、すぐの事。


 「ティル! 遅いよ、あなたは本当にのろまね、こんなんじゃ見つかっちゃうわ」


 深い森の中で、先を行く銀色の髪の女性。

 あるはずのない、かつての日常。


 「待つのじゃ、エスト……妾は里から出とうない」

 「なによー、ティルは里長のいいなりなの? 口調まで似ちゃってさ」

 「そうではない、妾も里の外の事に、関わりたくないのじゃ」


 天真爛漫なその振る舞いに、憧れた。

 背中まで伸ばした銀の髪に、宝石のように輝く同じ銀の瞳。

 里では珍しい同年代の、幼馴染。


 「そうは言うけどさ~、広い世の中、色んな物を見てみたいと思うのが普通じゃないの? 里の皆は好奇心が薄すぎるのよね!」


 エストリアはそう言うと、逡巡する妾の手を取った。


 「怖いのティル? 大丈夫、私があなたを守ってあげるから! いつまでも弱虫じゃ、ダメだよ!」

 「妾は……エスト程才能に恵まれておらんし、戦いは……嫌いじゃ」

 「それで氷魔法を選んだの? お師匠様も目をかけてくれてるのに、勿体ない」

 「最強の称号など、いらぬよ……それはエストが継げば良い」

 「それを決めるのはお師匠様ですー。もう、ハリが無いなぁ、私のライバルは」


 そういって頬を膨らませる、生き生きとした仕草が大好きであった。


 「お願い、一緒に行こうよティル! 魔物も怖いヒューマンも、私の炎で焼き尽くしてあげるからさ!」

 「エスト……うむ」


 そのまま力強く手を引かれて、深緑の森を越えて、妾とエストは里を出た。


 ――もう二度と、二人で戻ってくることのない、故郷の里を。






 夢は続く。

 場面が変わっていた。

 思い出したくもない、忌まわしい、あの日に――


 「エスト、もう逃げるのじゃ! これ以上はどうにもならん!」


 小さな国を蹂躙せんと押し寄せる大軍。

 人を焼き、建物を砕き、全てを蹂躙する竜の存在。


 「嫌よ! この国にはあの人がいるんだから! 竜なんて担ぎ出してきて! ヒューマンのそういう小賢しい所が腹立つのよ!!」


 確かに、一体どうやって竜などという幻想種を手なずけたのか。

 あれと相性がいいのは、エルフである妾達や、魔族くらいでしかないであろうに。


 「古龍……今の妾達では、どうにも太刀打ち出来ぬ」


 全ての攻撃を遮断する、鉄壁のフィールド。

 遠距離からの魔法など、まるで意味を為さない。

 されど、接近戦を試みるなど自殺行為でしかない。

 もはや、天災レベル。

 あれは生物としては、神に近すぎる。

 それでも、抗った。

 押し寄せる大軍に、極めつけの竜の存在。

 そんな相手に、実質妾とエストの二人だけで対抗した。

 あらゆる攻撃を退けて、あらゆる敵を焼き尽くす。

 二人で最強。

 里を出てしばらく、そんな噂が世には流れていた。

 しかし、孤軍奮闘には限度がある。

 ヒューマンは戦が上手い。

 大軍でもって、戦術を駆使する集団戦闘に長けている。

 妾達も、最強の魔法使いと恐れられてはいるものの、所詮は一人の人間に過ぎぬ。

 魔力にも限度があるし、それをすり減らせば体力も無くなる。

 無理を通して、昼夜を問わず戦い続けられる訳ではない。

 氷の結界で、幾度目かの竜のブレスを受け止めた時、世界が暗転した。

 その場に崩れ落ちる。


 ――魔力も、体力も尽きた。


 「ティル!!」

 「……すまぬ、エスト。妾はやはり弱虫じゃ、戦は怖い。もう……」


 精神的にも、もはや戦えぬ。

 そんな状態であった。


 「ごめん、ごめんねティル! 巻き込んでごめん! あなたは私が守るから! ……私の魂を使ってでも、こんなちんけなヒューマンと竜くらい、押し返してみせるわ!」


 朦朧とする視界の中で、銀のリングを渡される。


 「ティル……いつかあなたに子供が出来たら、それ、渡してあげて? 愛してるわ、ティル」

 「エスト……」


 最後に見た、銀の髪の幼馴染は、相変わらずの天真爛漫な笑顔を浮かべた。

 それから一人、敵陣へと突っ込んで行った。


 ――――それが、エストリアを見た最後の記憶。






 気が付いたとき、そこは懐かしい里の中であった。

 恐らく、エストの転送陣で送られたのであろう。

 信じられない程の膨大な魔力を使ったはず、それこそ……魂を使う程に。

 しばらく里で身体を癒した。

 そして傷が癒えた頃、改めて長の言いつけを破った罰を受ける事になり、軟禁状態で数年を過ごした。

 ……もっと強かったら。

 妾がだらしなく倒れたりしなかったら、エストリアはあの地獄の戦場をも切り抜けたのではないか?

 いや、きっと足手まといの妾が居なくなったのだから、切り抜けたはず。


 ――そう信じた。


 そして師匠の元で修行に明け暮れた妾は、最強の名を継いだ。

 里の行き来の自由を得た妾は、焦る気持ちを押し込めながら久しぶりの人里に出た。

 生きているなら、会えるはず。

 エストリアはエルフ。

 妾と同じ時を生きるはずの幼馴染が、死ぬはずがない。

 何年も何年も、あちこちを彷徨い歩いた。

 事あるごとに、戦に巻き込まれた。

 見よ、エスト。

 今の妾の力なら、きっとお主の助けになれる。


 ――氷雪の魔女。


 いつしかそんな風に呼ばれるようになった。

 噂が一人歩きしてくれる分には歓迎であった。

 エストが気づいてくれるかもしれない。

 そう思って、来る日も来る日も人里を渡り歩いた。


 ……半ば、諦めかけていたのやもしれぬ。


 そろそろ認めて、心に整理を付けて里に帰ろうと思った時、ある村のはずれで、そやつに出会った。

 里の外で、そのような者に出会うことは――無い、とは言わぬが滅多にあることではなかった。

 もしや、と思った。

 褐色の肌に、尖った耳。

 同族。

 ボロボロの服を着て、汚れ果て、疲れ果てた様子。

 物乞いに縋るしか生きる術を持たぬ。

 そんな子供が、空のお椀を両手で持って、雪の降る寒い日にずっと外に立ち続けている。

 白髪に、赤い瞳。

 生気の欠片も感じられぬ、今にも死にそうな人形のように感情の無い子供。

 戦ばかりの人里には良くある事ではあったが、さすがに捨て置くことは出来なかった。


 「お主、名は?」

 「……リブラ」

 「エルフ……いや、ダークエルフか。どこの里の者か?」

 「知らない……」

 「そうか……親の、名は?」


 少しだけ、緊張した。


 「――知らない」


 捨て子、か?

 確かに、一目見ただけで今までの苦労が分かる程だ。

 今こうして生きているのが、奇跡であるほどに。

 ……恐らく、身を売ったのであろうな。


 「リブラ、と言ったか。お主、妾と一緒に来ぬか?」

 「……泊めてくれるなら、何をしても構わない」

 「くふ、違うよ。妾をその辺りのクズと一緒にしないで貰おう。どうやらお主には才能がありそうじゃ。魔法のな」

 「……魔法?」


 魔力感知のスキル。

 エストを探す為に取得したものだが、この子の魔力を見て、その才能の程は直ぐに分かった。


 「それで、生きていけるのなら」

 「生きられるよ。誰にも負けぬ強さを持って、逞しく生きれば良い」






 そうしてまた、時が流れた。

 魔力の流れを追って、里から出て空を駆ける。

 一体どこでどうやって、ああも捻くれてしまったのか。

 ――否、そもそも、あやつは最初から世の中を恨んでいたのかもしれぬが。

 それでも、里の人間を殺め、人里にも混乱を巻き起こすつもりなら、是非も無し。


 「む? あれは……?」


 空を駆けていると、地上を必死に走る銀の少女が目に入った。

 心臓が跳ねた。


 ――まさか……?


 まさかまさか!?

 考えるより早く、地上に跳び下りた。

 休憩所の周りをうろうろと回る、銀の少女。


 ――若い。


 それに、妾に全く気付かぬ。

 あまりに未熟。

 エストであるはずがない。

 それはすぐに分かった。


 「――おい、小娘」

 「――っ!」


 心底驚いたという顔で妾に向けてロッドを構える少女に、何もせぬ、と両手を広げてやる。

 銀の長い髪に、琥珀の瞳が印象的な少女。

 そしてこの魔力……エルフ、か?

 同族の特徴は、見ただけでは分からぬ。

 しかし成り行きで、この小娘と一緒に街に向かう事になった。


 「私の名前は――――」


 息を切らせて必死に走る、その小娘の名前を聞いた。


 ――――そこで、夢から覚める気配がした。






 ……恐らく、妾の方から潜り込んで抱き着いたのであろうな。

 朝日が差し込む部屋。

 その温かいベッドの中で、身体を丸ごと抱きしめられている。

 すやすやと眠る、銀色の少女に。


 「……お主は一体どんな風になる? のう、アリスよ」


 出来れば歪まずに、出来れば幸せに、生きて行ってほしい。

 そんな願いを込めて、軽く額にチョップを見舞った。


 「――あいたっ!」


 そんな可愛げのある声で、今日も一日が始まった。


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