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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
三章 冒険者編

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裁縫師

 結局従業員控室まで引っ張り込まれた俺は、もはや観念することにした。

 なぁに、一度はやれたこと。

 出来ぬはずはない。

 この姿で異世界に降り立って何日経ったと思っている?

 様々な経験を重ねてきた俺が、初心者甚だしいあの頃の俺に負けるはずがない。

 そう――女子更衣室で、イリアとエクレアと一緒に着替えるごとき些事で心を乱されるなど!!


 「ちょっとアリス、この後ミーティングあるんだから、さっさと着替えなさいよ。いつまで服着たままなのよ? それに何で後ろ向いてるのよ」


 などと、真紅のライバル様が下着姿で物申す。

 ……ごめんなさい、ごめんなさい、脱ぐ所まで見ちゃいました。

 エクレアは俺より少しだけ身長が低い。

 でもなんというか、凹凸のバランスは良い。

 白い肌が眩しかったデス……


 「エクレア様、あまりお嬢様を追い詰めないで下さいませ。人には人の事情というものがありますわ」


 そしてすぐ隣で着替えるイリアですよ。

 どうしていつもそんなに近いの、イリア?

 その肢体……目に毒デス。


 「はっは~ん? なに、あんたスタイルに自信がない訳?」


 またどうでも良い勘違いが生まれようとしている。

 しかし、ある意味で俺のこのスタイルは、保険になっているのかもしれない。

 なぜ女性陣と一緒にあれやこれやする際に、困惑するのかという保険に。


 「……ま、あんたは人目を惹く容姿をしているんだし? スタイルだって、モデルみたいなんだし? 別に、そんなに気にする程のことじゃないんじゃない?」


 メイド服に着替え終わったエクレアが、別に慰めてる訳じゃないんだからねっ!

 みたいな感じで、フォローをくれたり。


 「あの……私なんて言ったらいいのか」

 「なによ?」

 「エクレアって、露出癖?」

 「ある訳ないでしょ! どういう思考回路してんのよ、あんたの御主人は!」


 真っ赤になって、イリアに怒鳴るエクレア。


 「お嬢様は大変『うぶ』なのでございます、エクレア様」


 同じくメイド服に着替え終えたイリアが、上品に微笑む。

 大丈夫、分かっていますお嬢様、という笑顔を浮かべるが、俺も一体何を分かって頂いているのかが分からない。

 分かり合うって、難しい。


 「ふんっ、まあいいわ、エクレアは先に行くから。あんたもさっさと着替えてきなさいよね」

 「は、はい。すみません」


 そうしてエクレアが更衣室から出て行った。

 ふぅ。

 別に気にする必要はないんだよ、今更。

 俺が男に戻る訳でも無し。

 ただ精神的に、こんな風に勝手に見ちゃうってことが申し訳なくって……


 「お嬢様、お着替えお手伝い致しますわ」

 「ありがとう」


 ワンピースって脱ぎにくいんだよね。

 腕を引っ込めてから、頭からすぽっと抜く感じなんだけどさ。

 それよりは、誰かに手伝ってもらった方が脱ぎやすい。


 「では、ばんざ~い」

 「は~い」


 手を上げると、イリアが器用に服を引き抜いて脱がせてくれる。


 「……て、子供ですか!」

 「お嬢様のそういう、ノリの良い所、大好きですわ」

 「遊ばないでくれると嬉しいです」

 「ふふ、無理です……可愛すぎですわ、お嬢様」


 何が無理か……

 笑いながら、イリアが服をロッカーにかけてくれる。

 それにしても、この世界はファンタジーだけど、中世ファンタジーというより、元世界の現代よりだよね、色々と。

 科学より魔法が発展しました、って感じなのかな。

 今の所、長距離移動方法がお馬さんだけど、魔石を動力にした車みたいなのも出来るかもしれない。

 というか、そういうのがもう何処かにはあるかもしれない。

 ……ティルは、自分で走った方が早そうだけど。

 そういえば、リブラの転移魔法なんて反則だよね。

 ティルがそれを使うのを、見たことはないけど……

 系統が違うってこと?

 そもそも転移魔法の系統って、何だ?

 火、雷、氷、この枠外のものかもしれない。

 次にリブラと戦う時は、今のままじゃダメだ。

 火力を上げたって、あの転移対策をしないと、意味がない。

 相手を正確に把握する方法……

 う~~~~ん。


 「どうぞ」

 「うん」


 考え事をしている内に、イリアがメイド服を持ってきてくれたので受けとる。

 やれやれ、イリアに下着姿見られるくらいは、もうさすがに慣れたんだけど、人のを見るのは罪悪感あるからなぁ。

 さて、着替えるか。


 「ん? 何かみんな制服の色が違くない?」


 エクレアは白メインのメイド服。

 イリアは以前俺が着ていたような、白黒調のエプロンドレス。

 で、俺のは薄い青色。

 この色この服は……あの有名な童話では……


 「これアリスブルー、というやつなのかな」

 「そういう色なのですか? お嬢様の色ですね」


 そうじゃなくって、元世界の大きい国の有名な方に因んでいるのですけどね……


 「実はエレノア様から、お嬢様にはぜひそれを、と頼まれましたので」

 「ふ~ん?」

 「なんでも、有名な裁縫師の方が作ったそうですよ。こちらに今来ているらしいです」

 「そうなんだ」


 エレノアさんも、経営者として凄いのかな?

 店舗開店から、そういうコネまで、やる事が早い。

 まぁいい。

 さっさと着替えて、不思議の国な感じになって、更衣室を後にした。






 別に怪しいお店という訳ではないけど、オープン日の今日に限っては開店は夕方からである。

 アルコール類も取り扱った、いわばメイドカフェということになる。

 確かアルコール出すのがカフェで、出さないのが喫茶だったよね?

 厨房スタッフとフロアスタッフの従業員一同のミーティングが始まる。

 オーナー兼店長のエレノアさんの真剣な話を聞いていると、着ている服装は置いておいて、身が引き締まる思いになる。

 最初は不本意であったことは否めないが、ここまできたらやってやろうという気になる。

 全体ミーティングが終わると、フロアスタッフのみで集合となった。

 フロアスタッフって言っても、俺、エクレア、イリア、それに店長でもあるエレノアさんの四人である。

 ……というか、さっきまでは二人だったということだよね?

 大丈夫か……


 「うん、練習はこんな所で良いかな。アリスちゃんは二度目だし、心強いよ」

 「ど、どうも」


 プロだ、プロになれ。


 「エクレアちゃんも練習はばっちりだし、イリアちゃんなんて、すぐに覚えちゃって!」


 イリアは本当に何でも出来る子なんですよ、エレノアさん。


 「あらん? あなたたちが、エレノアの雇ったメイドさんたち? どの子も可愛いじゃない!」


 その口調の割に、野太い声に振り向いた――


 「ひぃっ!!」


 筋肉ムキムキ!

 ガチムチ!

 頭はスキンヘッド!

 タンクトップに短パン!

 そして――


 「いいわん、創作意欲がそそられるわ!」


 オネエ!!


 「て、転生ミスったんですか!?」

 「ん~? 何を言ってるのかしら、この可愛い銀のお嬢さんは」


 身体をビクンビクンさせながら、俺に近づいて来る。

 見事に焼けた黒光りの筋肉すごいいいいい!!

 どう鍛えたらそんなことに!?

 蛇に睨まれた蛙の如く、俺は動けない。


 「ちょっ、何なのよあんたは! アリスに近づくんじゃないわよ!」


 そんなフリーズした俺を見かねて、エクレアが間に割って入る。


 「あらん? こっちの真紅の元気な子も可愛らしいじゃないのぉ」

 「っ!」


 筋肉さんのクネっとした動きを見たエクレアが、猫のように毛を逆立てたのが分かった。

 ……鳥肌立ったな、エクレア。


 「んん? そっちの金の子も、良い身体してるわぁ」

 「ありがとうございます、裁縫師のバティさんですよね?」

 「そうよん」

 「この度は可愛らしい服を着せて頂いて、光栄です。可愛いお嬢様が見られて、わたくしも眼福ですわ」

 「あら! あなたは話が分かる子ねえ! いいわいいわ! でも、ワタシの事はデザイナーと呼んで頂戴」

 「ふふ、分かりました、デザイナーのバティさん」


 イリア……あなたって子はどこまで平常心なの……


 「そういうこと、こちらは王都で有名なデザイナーの、バティさんね! うちの服は全部バティさんに作ってもらえる事になったから!」


 エレノアさんの紹介に、バティさんとやらの筋肉が応えた。

 ビクン、と。


 「よろしくねん」

 「よろしくお願いします」


 朗らかに返事をするイリア。


 「お、お願いします」

 「よ、よろしくね」


 俺とエクレアの返事が若干ぎこちなかったのは、許して欲しい……






 仕事を終えると、すっかり辺りは暗くなっていた。

 オープン初日の開店が夕方からだったのと、大盛況だった為、夜のシフトのスタッフが来てからも手伝っていたからだ。

 日当でバイト代を貰った俺は、エレノアさんから手伝えるときは手伝って欲しいと言われている。

 冒険の無い日は、手伝っても良いかもしれない。

 充実感はある。

 ……サイラはどうだろう?

 ずっと邸宅に籠りっぱなしじゃ嫌だろうし。

 あのネコ耳も、逆に受けるんじゃないだろうか?

 楽観しすぎかなぁ?

 いや、案ずるより産むが易しって言うし、勧めてみるか。

 店長もエレノアさんだってことが、心強いし。


 「じゃあ、アリス。エクレアはこっちだから」

 「あ、はい。夜も遅いですから、気を付けてエクレア? 良かったら送りますけど」

 「いいわよ、エクレアの魔法に敵なんてないんだから」

 「ふふ、そうでした」


 バイトが終わって、三人一緒に帰っていたが、街の分かれ道を進もうとした所で、エクレアが俺たちの帰る方向とは違う方向に指を向けた。

 確かに、エクレアに敵う敵はそうそう居ないだろう。

 戦い慣れている様子だったし、魔法の威力も申し分ない。

 あの闘技大会の舞台の上、という状況なら、アイシクル・ガーデンが無ければ、俺は負けていたかもしれない。


 「きょ、今日は助かったわ、アリス……ありがとうね!」


 エクレア……かわゆい。


 「ううん、こっちこそ、楽しかったですし」


 そう云えば、クランに用事を思い出したな。

 さっさと俺のギルド依頼を受けられるようにしてもらわないと。

 ……それにはどうしても会いに行く必要があるな。

 まさか、ここまでが一連の罠なんじゃ……


 「アリス……またね――っ!? なに、この尋常ならざる魔力は!!」


 挨拶して別れようとした瞬間、エクレアが血相を変えて、通りの先を見据える。

 俺も瞬時に気を引き締めて、暗闇の通りを注視した。

 遅い時間という事もあって、人通りは無い。

 逢魔が時というには、もっと遅い時間だが、漂う気配に背筋が凍る。

 夜目は良いが、魔鉱石で照らされた街灯と、その先の闇のコントラストで遮られて判別できない。


 ――でも何か、とんでもないものがいる!


 「――目標確認、コンタクトを開始」


 街灯の下に出てきた、フードを被った小さな影。

 それを確認して、イリアが無言で俺たちの前に出た。


 「――っ!? 予定変更、撤収する」


 突然、影が後ろを気にしたかと思うと、あっさりと夜の闇に紛れて、消えていった。


 「な、なんだったのよ……」


 只ならぬ気配に、エクレアが思わずと言った風に息を吐く。

 ……エクレアをこんなに緊張させるなんて。

 そのまましばらく、俺たちは動けずに、夜の闇の中を息を潜めて佇んでいた。

 そして――


 「――妾はどうしても許せんことが三つある」

 「え゛……」


 こ、この声は……

 街灯の向こうの闇から、改めて新しい声。


 「一つ、子供を押し付けられること」


 恐れ戦く俺に、不思議そうな顔を向けるエクレア。


 「二つ、眠りを妨げられること」


 イリアが、そっと俺の前から退いた!


 「三つ、学習しない馬鹿」


 先ほど影が立っていた街灯の下に、その人は君臨した――


 「子供? こんな時間に? アリスの知り合いなの?」


 エクレアが訝しげに、そのお人を眺める。


 「さて、この中で今回妾の逆鱗に触れたのはどれだと思う?」

 「全てかと思います、お師様」


 イリアがいつの間にか、通りの端っこに避難して応えていた!


 「うむ、よって――――地獄に落ちろ、馬鹿弟子がああああああっ!!」

 「に、逃げましょう、エクレアあああああ!!」

 「ちょっ!! 何でエクレアまで!!?」


 身体に雷を通して、エクレアを抱えて跳ぶ。

 一瞬前まで立っていた場所が、ブリザーの嵐で氷漬けになった!

 もしそこに人でも居れば、永久に溶け無さそうな氷の彫像が出来上がっていただろう。

 ヤバい、マジだ!!


 「な、何なの、あの純度の高い氷の魔法はっ!! この街には一体どれだけ化け物が潜んでるのよ!」


 あれは特にヤバいですよ、エクレア!!


 「私は全力で逃げます! でも逃げるだけじゃやられますから、応戦してください、エクレア!!」

 「な、何なのよもう!! 子供相手に、気が進まないわね!」

 「アレを子供とか、取り返しがつかない事になりますよ!!」

 「というか、一体あんたは何をしたのよ!?」


 ……分かってた!

 本当はこうなるって、分かってた!!

 でもリンちゃんが起きた時に、寂しいかなぁって気持ちの方が大きかったんだもの!!


 「わ、私は断固間違っていません! 徹底抗戦の構えです!!」


 イリアには見捨てられましたけど!


 「仕様がないわねっ、ヤケドしないでよ!!」


 エクレアが魔力を少しだけ溜めた。

 紅い魔力粒子が集まるのが見て取れる。


 「清廉なる原初の灯りよ、穢れを払う光となれ! ファイアー!!」


 エクレアの紅い炎が、氷の足場を作って追いかけてくるティルに放たれる。

 そんな下級魔法じゃ――!!

 後ろを確認すると、氷の盾で、あっさりとエクレアの魔法が防がれていた。


 「な、何なのよ、あの子!?」

 「エクレア、スターフレアを全力です!」

 「何言ってるのよ、あんたは!? 殺す気!?」

 「エクレアは敵の戦力を見誤っているんですよ!!」


 喚いている間に、敵が真横に現れた!!


 「――中々早いのう、そこだけは褒めてやる。アイシクル・ガーデン」

 「わわっ!!?」

 「なにっ!」


 突然、ドーム状の氷の結界に、全方位行く手を阻まれた。

 やむなく、激突する前に魔力を調整して止まる。


 「――のう、アリスよ? この狭い結界の中で、どうやって逃げおおせるのか、見せてくれんか?」


 ……ふ、ここまでくれば逃げるなどとは言うまい。


 「やりましょう、エクレア」


 この怠惰なお師匠様に、灸を据えるいい機会ではないか!


 「……ちょっと未だに理解が追いつかないんだけど」

 「大丈夫、私とエクレアなら、やれないはずはありません!」


 力強く、エクレアの手を握る。

 ちょっとだけ照れたように、エクレアが頬を染めた。


 「アリス……し、仕方ないわね! 良く分からないけど、これは貸しなんだからね!」


 エクレアがやる気になった!

 よし、勝機はある!!






 ――――はずがありませんでした。






 エクレア……ごめん。

 洒落にならない雪に包まれて倒れた俺とエクレアを、イリアがせっせと掘り出して、お家まで連れて帰ってくれました。

 めでたしめでたし……


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