働かざる者
ある日の朝。
野菜を食べたくないというリンちゃんに、食べられることの何たるかを教えつつ完食させて、食後のお茶を飲みながら考えていた。
「リンちゃん、お父さんとお母さんは?」
クランセスカの好意で、彼女の広い邸宅をそのまま使わせて貰っているので、少々人数が増えた位では部屋にも問題は無いのだが、王都の混乱も収まった今、いつまでもこのままという訳にはいくまい。
「おしごとで、とおいところにいってるって、お兄ちゃんがいってた!」
言いながら抱っこをせがまれたので、抱き上げて膝の上に乗せる。
そのまま向い合せでぎゅ~~っと抱き着かれた。
和むわぁ。
「いつ帰って来るの?」
「ん~~、わかんない」
「お兄ちゃんは?」
「おしごと!」
そういえば、最近見ないな。
ギルドにでも行ってるのか?
というか……
「リンちゃん、いつも何食べてたの?」
「かた~いパンとか、かた~い、おにくとか、ときどきくだものとか!」
「……誰が作ってくれてたの?」
「つくってというか、おいてあったの!」
肉って、干し肉か?
時々とはいえ、果物があるのが救いだが、これは……
「リン、おやさいって、そとでたべるときくらいしかたべたことない! だから、でしのおりょうり、びっくり!」
そうか、そもそも食べた経験が無さ過ぎて、好き嫌い以前の問題か。
……どうやら俺に修正されたいようだな、黒ずくめ。
「でし~、いいにおい」
「やめなさい、くすぐったいです」
「きゃははっ」
リンちゃんが鼻を押し付けてぐりぐりしてくるので、わき腹をこそばしてやった。
そのまま少し遊んで、間もなく。
リンちゃんが眠ってしまった。
子供の電池切れは突然である。
膝の上で寝息を立てる天使の寝顔は可愛い事この上ない。
「お嬢様は、子供が生まれたら、とても良い母君になりそうです」
「子供が……生まれたら?」
イリアが優しい眼差しで、訳の分からない事を言い出した。
子供って、コウノトリが運んでくるんでしたっけ?
ああ、そうでしたよね。
「お姉ちゃんは?」
とりあえず、この話題はスルーしよう。
人体の神秘について考えるには早すぎる。
「お姉様でしたら、今朝早くにお出かけに。ギルドに行くと言っていました」
「ギルドか……」
俺も働かないとまずいんだよな、今はまだお金もあるけど。
実際ギルドランクEでの稼ぎでは心許ない。
さっさとランクを上げて、それなりの収入を得られるようにしないと。
このままクランの邸宅に居座るのも、なんというか……危険を感じるというか。
そんな直感。
ふと正面に目を向けると、俺がリンちゃんと遊んでいる間に、テーブルを片付け終えたサイラと目が合った。
おお、ありがとうサイラ。
ネコ耳がモフんと動いた。
かわっ……!
「……こほん、サイラ? 悪いのだけど、私とイリアが出ている間、リンちゃんのことを頼んでも良い?」
「はいです! もちろん、大丈夫ですにゃ! リンさんはとても可愛らしくて、私も心が和みますにゃぁ」
サイラのモフモフ度も相当なものだと思うよ。
とりあえず、寝ている今はティルのベッドにでも入れてあげよう。
廊下に出ずに続いている隣の私室――ティルの部屋の開きっぱなしのドアを潜り抜けようとした所で、サイラから声がかかる。
「……あの、アリスさん。どうしてお師匠様のベッドに、リンさんを寝かそうとするんです?」
「え? リンちゃん、一人で寝てたら寂しいかと思って」
今もティルは寝てるだろうし。
「わ、分かるんですけど……この前それでアリスさん、大目玉だったようにゃ……」
ああ、あの王都隔壁一周の鬼ごっこ事件か。
ティルのブリザーの嵐を際どい所でやり過ごした自分を褒めてやりたい。
「あれは照れ隠しですし。ティルってば、大人のくせに大人気ないんだから」
「い、いいのかにゃぁ……」
何事も無いように、テーブルでお茶を飲んでいるイリアに、サイラが視線を向ける。
「問題ありません、サイラさん。その方が面白いに決まっています」
「……いいのかにゃぁ」
それが何か?
というイリアの回答に、何故かサイラが苦悩の声を上げていた。
……面白い?
とりあえず今日は冒険に出る気はないけど、仕事だけは確認しようかと思って街に出た。
よって、私服姿である。
俺の私服は、以前シオンさんに選んで貰ったものだ。
半袖ワンピースに、オーガンジーのスカート。
ニーソックスにブーツ。
左手のリングがアクセサリー代わりで、意外と映える。
そして、イリアはルフィンの街で自分で選んだものである。
綺麗めの薄い青色の七分袖のシャツ、襟だけ白無地……クレリックシャツって言うのかな?
それをひざ下丈の白、というよりミルク色? の優しい感じのスカートで合わせている。
裾結びがアクセントになっていて、とっても大人可愛い。
イリア可愛い……
そんな俺の視線に気づいたイリアが、営業スマイルの如く完璧な笑顔を向けてくる。
「似合うでしょうか、お嬢様?」
「き、綺麗です……」
「嬉しいです。ですがお嬢様の方が、美しいですわ」
「遠慮します……」
俺の言い分が可笑しかったのか、もうちょっと砕けた笑顔をイリアが浮かべる。
「ふふ、服まで頂いて、本当にありがとうございます。わたくし、きっとお嬢様のご恩に報いてみせますわ」
そもそもイリアが俺に報いなかった事って、あったっけ?
それにしても、この世界の裁縫師の腕前は、まこと見事である。
単純に皮のローブみたいな装備品だけじゃなくて、様々な服まで生み出しているのか。
有名なデザイナーみたいな感じの裁縫師もいるのだろう。
そんな、いつもと違ったイリアの姿に落ち着かなさを感じつつ、ギルドに到着した。
さっそく受付で仕事の確認をしてみる。
「アリス様ですね、実は紹介状を承っております、どうぞこちらを」
「え? 紹介状?」
受付のお姉さんから、やたら綺麗な封筒に入った紹介状を受け取る。
後ろの封の部分を見ると、双子月と鷹の紋章が入っていた。
この紋章は……クラン?
とりあえず、封を開いて手紙を改めてみる。
『姫殿下のベッドの上で、一日寝ているだけの簡単なお仕事です』
そっと手紙を折りたたんだ。
「ランクEのお仕事、何かありませんか?」
無視して、受付のお姉さんに話しかける。
「何が気に入らないんですか、お客様!? それだけで、一日金貨一枚ですよ!?」
「これじゃ、引きこもりに逆戻りですよ!」
というか、もっと悪いわ!
「プライドですか、お客様!? そんなもので、お腹は膨れませんよ!」
「なんでお姉さんが必死なんですか! まさか……クランに買収されてるんじゃ!?」
「ナ、ナンノコトデスカ……」
くっ、この権力を持つことを受け入れて、問答無用で行使してくる清々しさ!
嫌いじゃないけども……!
クラン、あなたって子は……!
「そもそも王侯貴族の夜の生活は奔放なものです! 姫殿下はそのようなお話は聞きませんでしたが、最近の政務の御心労を思えば、お客様が一肌脱ぐのも、友達として当たり前だと思います!」
「妙に事情に詳しい!! というか、この依頼怪し過ぎでしょ! 比喩じゃなくて本当に一肌脱ぎそうですし!」
というか、全部脱がされそうですし!
一体どうした、クランセスカ!
しっかりしろ!
「きゃんきゃん喧しいわね! 騒いでないで、さっさとしなさいよ! 後がつっかえてるんだからね!」
「あ、ごめんなさい……あ――?」
振り向いて謝罪すると、そこには見覚えのある顔があった。
華のある、ツーサイドアップの真紅の長い髪。
気の強そうな釣り目の空色の瞳。
がるる、と唸る口から覗く八重歯。
白の薄手のテーラードジャケットに、黒のシャツ。
下は赤に黒のチェックが入ったミニスカート。
黒のニーソックスに、黒のブーツ。
胸元の赤のリボンがアクセント。
「エクレア!!」
「ふんっ、気づくのが遅いのよ、馬鹿」
どこか照れたように、エクレアがそっぽを向く。
「無事でよかった、エクレア!」
王都の混乱に巻き込まれたんじゃないかと、心配はしていた。
この子の実力ならそうそう大事にはならないとは思ったけど、何があるか分からないし。
「あ、あんたこそ無事でよかったわよ……アリス」
「エクレア……ありがとう」
「べ、別に心配してた訳じゃないんだからねっ、勘違いしないでよ!」
かわゆいなぁ、エクレアは。
顔が緩んでしまう。
「……それよりあんた、仕事探してるの?」
「まぁ、そうなんですけど……何故か受付のお姉さんが仕事を斡旋してくれなくて困ってます」
私悪くない、とお姉さんがふんぞり返っていた。
それを見たエクレアが、不思議そうに首を傾げる。
うん……事情は知らなくていいと思います。
クラン、覚えていなさい!
「ふ~ん? まぁいいわ。じゃあアリス、あんた、エクレアの仕事手伝いなさいよ? もちろん、報酬は人数分出るから」
そんな真紅の少女の提案は渡りに船で、一も二もなく頷いた。
別に危険な事じゃない。
そういうエクレアの言葉に従って、今日は仕事をする気は無かったけども、彼女について行くことにした。
「あんた、あの時もアリスの傍に居たけど……」
エクレアが俺の傍に控えるイリアに顔を向ける。
そういえば、知り合いの様で知り合いでないのかな、この二人。
「イリア、と申します。エクレア様。アリス様のお付をさせて頂いております」
「なに、あんたお嬢様な訳?」
胡散臭そうなエクレアの視線に、曖昧に笑って応える。
「失礼ですが、エクレア様も、何か続くお名前があるのでは?」
「……目ざといのね、あんたのお付」
あからさまにため息をついて、エクレアが俺を睨み付けてくる。
ほんとにね?
「頼りになる子です」
「ふん……名前なんて、もう捨てたわよ。エクレアはエクレアなんだから」
拗ねたようにエクレアが顔を背ける。
そもそも貴族なら、いきなり闘技大会で身売りするのも可笑しな話だよな。
「――さ、無駄話もお終いね。着いたわよ!」
「ここは……?」
エクレアに案内されて到着した場所は、オープン記念という看板が立てられたお店。
「何のお店です?」
「メイド喫茶――って、待ちなさいよアリス! 何で逃げるのよ!」
「嫌な予感しかしないからですよ!」
反転した俺の腕を、エクレアが身体ごと掴み掛って止めてくる。
「ちょっと! ここまで来てエクレアにだけ恥をかかすつもりなの!?」
「恥!? 恥って言った!! 確信犯ですね!」
「良いから手伝いなさいよっ、ひ、一人でやるの恥ずかしいんだからぁ!!」
「い~や~で~すぅ!! エクレア一人で、萌え萌えやってたら良いじゃないですか!」
「裏切り者ぉ! それでも、エクレアのライバルなの!」
「全く関係ありませんよ、こんなの!」
店の前でエクレアと揉めていたら、準備中と書かれた札がつられていた扉が開いた。
「あ! アリスちゃん! また手伝ってくれるの!?」
その赤みの掛ったくせっ毛。
そばかすの似合う健康そうな小麦色の顔には見覚えがある……!
「ち、ちがっ!?」
「エレノア! 人員補充、完了したわよ!」
「さすがです、エクレアちゃん!」
凄く良い笑顔のエレノアさんに、がしっと手を掴まれた。
イリア、助けてイリア!!
必死の形相で、イリアに念を送る。
イリアは真剣な顔で、顎に手を添えた。
「――エクレア様と、エレノア様……名前、似てますね」
「どうでもいいでしょ、そんなことおおおおおお!!」
俺のお付は時々全く役に立たない――多分、確信犯である。
お金を貯めるのは、誠に……誠に至難である!!




