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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
三章 冒険者編

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働かざる者

 ある日の朝。

 野菜を食べたくないというリンちゃんに、食べられることの何たるかを教えつつ完食させて、食後のお茶を飲みながら考えていた。


 「リンちゃん、お父さんとお母さんは?」


 クランセスカの好意で、彼女の広い邸宅をそのまま使わせて貰っているので、少々人数が増えた位では部屋にも問題は無いのだが、王都の混乱も収まった今、いつまでもこのままという訳にはいくまい。


 「おしごとで、とおいところにいってるって、お兄ちゃんがいってた!」


 言いながら抱っこをせがまれたので、抱き上げて膝の上に乗せる。

 そのまま向い合せでぎゅ~~っと抱き着かれた。

 和むわぁ。


 「いつ帰って来るの?」

 「ん~~、わかんない」

 「お兄ちゃんは?」

 「おしごと!」


 そういえば、最近見ないな。

 ギルドにでも行ってるのか?

 というか……


 「リンちゃん、いつも何食べてたの?」

 「かた~いパンとか、かた~い、おにくとか、ときどきくだものとか!」

 「……誰が作ってくれてたの?」

 「つくってというか、おいてあったの!」


 肉って、干し肉か?

 時々とはいえ、果物があるのが救いだが、これは……


 「リン、おやさいって、そとでたべるときくらいしかたべたことない! だから、でしのおりょうり、びっくり!」


 そうか、そもそも食べた経験が無さ過ぎて、好き嫌い以前の問題か。

 ……どうやら俺に修正されたいようだな、黒ずくめ。


 「でし~、いいにおい」

 「やめなさい、くすぐったいです」

 「きゃははっ」


 リンちゃんが鼻を押し付けてぐりぐりしてくるので、わき腹をこそばしてやった。

 そのまま少し遊んで、間もなく。

 リンちゃんが眠ってしまった。

 子供の電池切れは突然である。

 膝の上で寝息を立てる天使の寝顔は可愛い事この上ない。


 「お嬢様は、子供が生まれたら、とても良い母君になりそうです」

 「子供が……生まれたら?」


 イリアが優しい眼差しで、訳の分からない事を言い出した。

 子供って、コウノトリが運んでくるんでしたっけ?

 ああ、そうでしたよね。


 「お姉ちゃんは?」


 とりあえず、この話題はスルーしよう。

 人体の神秘について考えるには早すぎる。


 「お姉様でしたら、今朝早くにお出かけに。ギルドに行くと言っていました」

 「ギルドか……」


 俺も働かないとまずいんだよな、今はまだお金もあるけど。

 実際ギルドランクEでの稼ぎでは心許ない。

 さっさとランクを上げて、それなりの収入を得られるようにしないと。

 このままクランの邸宅に居座るのも、なんというか……危険を感じるというか。

 そんな直感。

 ふと正面に目を向けると、俺がリンちゃんと遊んでいる間に、テーブルを片付け終えたサイラと目が合った。

 おお、ありがとうサイラ。

 ネコ耳がモフんと動いた。

 かわっ……!


 「……こほん、サイラ? 悪いのだけど、私とイリアが出ている間、リンちゃんのことを頼んでも良い?」

 「はいです! もちろん、大丈夫ですにゃ! リンさんはとても可愛らしくて、私も心が和みますにゃぁ」


 サイラのモフモフ度も相当なものだと思うよ。

 とりあえず、寝ている今はティルのベッドにでも入れてあげよう。

 廊下に出ずに続いている隣の私室――ティルの部屋の開きっぱなしのドアを潜り抜けようとした所で、サイラから声がかかる。


 「……あの、アリスさん。どうしてお師匠様のベッドに、リンさんを寝かそうとするんです?」

 「え? リンちゃん、一人で寝てたら寂しいかと思って」


 今もティルは寝てるだろうし。


 「わ、分かるんですけど……この前それでアリスさん、大目玉だったようにゃ……」


 ああ、あの王都隔壁一周の鬼ごっこ事件か。

 ティルのブリザーの嵐を際どい所でやり過ごした自分を褒めてやりたい。


 「あれは照れ隠しですし。ティルってば、大人のくせに大人気ないんだから」

 「い、いいのかにゃぁ……」


 何事も無いように、テーブルでお茶を飲んでいるイリアに、サイラが視線を向ける。


 「問題ありません、サイラさん。その方が面白いに決まっています」

 「……いいのかにゃぁ」


 それが何か?

 というイリアの回答に、何故かサイラが苦悩の声を上げていた。

 ……面白い?






 とりあえず今日は冒険に出る気はないけど、仕事だけは確認しようかと思って街に出た。

 よって、私服姿である。

 俺の私服は、以前シオンさんに選んで貰ったものだ。

 半袖ワンピースに、オーガンジーのスカート。

 ニーソックスにブーツ。

 左手のリングがアクセサリー代わりで、意外と映える。

 そして、イリアはルフィンの街で自分で選んだものである。

 綺麗めの薄い青色の七分袖のシャツ、襟だけ白無地……クレリックシャツって言うのかな?

 それをひざ下丈の白、というよりミルク色? の優しい感じのスカートで合わせている。

 裾結びがアクセントになっていて、とっても大人可愛い。

 イリア可愛い……

 そんな俺の視線に気づいたイリアが、営業スマイルの如く完璧な笑顔を向けてくる。


 「似合うでしょうか、お嬢様?」

 「き、綺麗です……」

 「嬉しいです。ですがお嬢様の方が、美しいですわ」

 「遠慮します……」


 俺の言い分が可笑しかったのか、もうちょっと砕けた笑顔をイリアが浮かべる。


 「ふふ、服まで頂いて、本当にありがとうございます。わたくし、きっとお嬢様のご恩に報いてみせますわ」


 そもそもイリアが俺に報いなかった事って、あったっけ?

 それにしても、この世界の裁縫師の腕前は、まこと見事である。

 単純に皮のローブみたいな装備品だけじゃなくて、様々な服まで生み出しているのか。

 有名なデザイナーみたいな感じの裁縫師もいるのだろう。

 そんな、いつもと違ったイリアの姿に落ち着かなさを感じつつ、ギルドに到着した。

 さっそく受付で仕事の確認をしてみる。


 「アリス様ですね、実は紹介状を承っております、どうぞこちらを」

 「え? 紹介状?」


 受付のお姉さんから、やたら綺麗な封筒に入った紹介状を受け取る。

 後ろの封の部分を見ると、双子月と鷹の紋章が入っていた。

 この紋章は……クラン?

 とりあえず、封を開いて手紙を改めてみる。




 『姫殿下のベッドの上で、一日寝ているだけの簡単なお仕事です』




 そっと手紙を折りたたんだ。


 「ランクEのお仕事、何かありませんか?」


 無視して、受付のお姉さんに話しかける。


 「何が気に入らないんですか、お客様!? それだけで、一日金貨一枚ですよ!?」

 「これじゃ、引きこもりに逆戻りですよ!」


 というか、もっと悪いわ!


 「プライドですか、お客様!? そんなもので、お腹は膨れませんよ!」

 「なんでお姉さんが必死なんですか! まさか……クランに買収されてるんじゃ!?」

 「ナ、ナンノコトデスカ……」


 くっ、この権力を持つことを受け入れて、問答無用で行使してくる清々しさ!

 嫌いじゃないけども……!

 クラン、あなたって子は……!


 「そもそも王侯貴族の夜の生活は奔放なものです! 姫殿下はそのようなお話は聞きませんでしたが、最近の政務の御心労を思えば、お客様が一肌脱ぐのも、友達として当たり前だと思います!」

 「妙に事情に詳しい!! というか、この依頼怪し過ぎでしょ! 比喩じゃなくて本当に一肌脱ぎそうですし!」


 というか、全部脱がされそうですし!

 一体どうした、クランセスカ!

 しっかりしろ!


 「きゃんきゃん喧しいわね! 騒いでないで、さっさとしなさいよ! 後がつっかえてるんだからね!」

 「あ、ごめんなさい……あ――?」


 振り向いて謝罪すると、そこには見覚えのある顔があった。

 華のある、ツーサイドアップの真紅の長い髪。

 気の強そうな釣り目の空色の瞳。

 がるる、と唸る口から覗く八重歯。

 白の薄手のテーラードジャケットに、黒のシャツ。

 下は赤に黒のチェックが入ったミニスカート。

 黒のニーソックスに、黒のブーツ。

 胸元の赤のリボンがアクセント。


 「エクレア!!」

 「ふんっ、気づくのが遅いのよ、馬鹿」


 どこか照れたように、エクレアがそっぽを向く。


 「無事でよかった、エクレア!」


 王都の混乱に巻き込まれたんじゃないかと、心配はしていた。

 この子の実力ならそうそう大事にはならないとは思ったけど、何があるか分からないし。


 「あ、あんたこそ無事でよかったわよ……アリス」

 「エクレア……ありがとう」

 「べ、別に心配してた訳じゃないんだからねっ、勘違いしないでよ!」


 かわゆいなぁ、エクレアは。

 顔が緩んでしまう。


 「……それよりあんた、仕事探してるの?」

 「まぁ、そうなんですけど……何故か受付のお姉さんが仕事を斡旋してくれなくて困ってます」


 私悪くない、とお姉さんがふんぞり返っていた。

 それを見たエクレアが、不思議そうに首を傾げる。

 うん……事情は知らなくていいと思います。

 クラン、覚えていなさい!


 「ふ~ん? まぁいいわ。じゃあアリス、あんた、エクレアの仕事手伝いなさいよ? もちろん、報酬は人数分出るから」


 そんな真紅の少女の提案は渡りに船で、一も二もなく頷いた。






 別に危険な事じゃない。

 そういうエクレアの言葉に従って、今日は仕事をする気は無かったけども、彼女について行くことにした。


 「あんた、あの時もアリスの傍に居たけど……」


 エクレアが俺の傍に控えるイリアに顔を向ける。

 そういえば、知り合いの様で知り合いでないのかな、この二人。


 「イリア、と申します。エクレア様。アリス様のお付をさせて頂いております」

 「なに、あんたお嬢様な訳?」


 胡散臭そうなエクレアの視線に、曖昧に笑って応える。


 「失礼ですが、エクレア様も、何か続くお名前があるのでは?」

 「……目ざといのね、あんたのお付」


 あからさまにため息をついて、エクレアが俺を睨み付けてくる。

 ほんとにね?


 「頼りになる子です」

 「ふん……名前なんて、もう捨てたわよ。エクレアはエクレアなんだから」


 拗ねたようにエクレアが顔を背ける。

 そもそも貴族なら、いきなり闘技大会で身売りするのも可笑しな話だよな。


 「――さ、無駄話もお終いね。着いたわよ!」

 「ここは……?」


 エクレアに案内されて到着した場所は、オープン記念という看板が立てられたお店。


 「何のお店です?」

 「メイド喫茶――って、待ちなさいよアリス! 何で逃げるのよ!」

 「嫌な予感しかしないからですよ!」


 反転した俺の腕を、エクレアが身体ごと掴み掛って止めてくる。


 「ちょっと! ここまで来てエクレアにだけ恥をかかすつもりなの!?」

 「恥!? 恥って言った!! 確信犯ですね!」

 「良いから手伝いなさいよっ、ひ、一人でやるの恥ずかしいんだからぁ!!」

 「い~や~で~すぅ!! エクレア一人で、萌え萌えやってたら良いじゃないですか!」

 「裏切り者ぉ! それでも、エクレアのライバルなの!」

 「全く関係ありませんよ、こんなの!」


 店の前でエクレアと揉めていたら、準備中と書かれた札がつられていた扉が開いた。


 「あ! アリスちゃん! また手伝ってくれるの!?」


 その赤みの掛ったくせっ毛。

 そばかすの似合う健康そうな小麦色の顔には見覚えがある……!


 「ち、ちがっ!?」

 「エレノア! 人員補充、完了したわよ!」

 「さすがです、エクレアちゃん!」


 凄く良い笑顔のエレノアさんに、がしっと手を掴まれた。

 イリア、助けてイリア!!

 必死の形相で、イリアに念を送る。

 イリアは真剣な顔で、顎に手を添えた。




 「――エクレア様と、エレノア様……名前、似てますね」




 「どうでもいいでしょ、そんなことおおおおおお!!」


 俺のお付は時々全く役に立たない――多分、確信犯である。

 お金を貯めるのは、誠に……誠に至難である!!


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