戦場を駆ける銀閃
結局、昨日は丸一日寝込んでしまった。
寝すぎて頭が重たい。
しかし時間が無い。
日もまだ上がり切らない早朝から、皆で集まって作戦会議。
クランセスカに与えられた私室。
テーブルや、窓際、ベッドなど思い思いの場所で皆がくつろぐ。
イリアはテーブルに腰掛けて、俺の正面に座っている。
……どうでも良いんだけど、人と話す時って正面より横に座る方が落ち着くよね?
「イリア、私の隣に座って?」
「畏まりました」
決して俺が対人恐怖症という訳じゃない。
話し安さを追求しただけだ。
テーブルを回って、イリアが隣に腰掛ける。
たなびく髪から、良い香りがする。
相変わらず綺麗な子。
さて、どうするか。
その前に。
「イリア、あなたちゃんと寝てますよね?」
「問題ありません、お嬢様」
全然回答になってないんだけど……
平和が来たら、一日寝ろ!
という命令を出してやろう。
……マグロみたいに、動き続けないと死ぬってタイプじゃないよね?
「とりあえず、今はいいです……私は、クランセスカを助けたい。彼女は何処に布陣していると思いますか?」
「恐らく、アルセーヌ湿地帯手前。行軍速度、地形を考えれば間違いないかと」
「今から追いつけますか?」
「可能です。馬を借りれば、一日もかかりません」
なるほど、行軍というものは時間がかかるからな。
こちらが後から追いかけても、単騎ならば身軽に進める分すぐ追いつくか。
「分かりました、ではクランの家の人に馬を借りて、すぐに出発しましょう」
「――俺も行く」
「おれも行く~~」
私室のドアが勢いよく開いて、リンちゃんが登場した。
その後ろから黒ずくめ。
「駄目に決まってるでしょう」
大人しく寝てなさい、リンちゃんに死にぞこない。
リンちゃんは俺に速攻で否定されて、風船みたいに頬を膨らませていた。
「む~~~! でし!」
ドアから駆けてきて、そのまま体当たりで突っ込んできたリンちゃんを受け止める。
「叫んだって駄目ですし」
あいたたっ!
髪を引っ張らないで!?
禿るから!
「リンはもちろん、ここに置いていく」
「……まぁ、別に私は止めませんよ」
今度はもう知りませんよ。
とりあえず、悪戯をしたいだけに目的が変わってきたリンちゃんを抱き上げて、膝の上に乗せる。
それに満足したのか、悪戯は止めてくれた。
俺の頭皮は無事だった。
良かった!
「お前には……借りがある」
黒ずくめがぶっきら棒に言いながら、先ほどイリアが座っていた俺の正面の席に腰掛ける。
「そんな風に思うなら、ちゃんと帰ってきてあげて下さいね?」
「無理はしない」
「口だけの男は嫌いです」
「ふ……」
黒ずくめがおかしそうに笑う。
ついでに、周りの空気が何か変だ。
あれ?
窓際で腕を組んで身体を壁に預けているお姉ちゃんを見ると、物言いたげな顔で笑っている。
ベッドに腰掛けるサイラを見ると、顔を赤くしている。
リンちゃんは俺の膝の上でご満悦。
隣のイリアは……分かんないんだよな、この子基本表情変わらないし。
ていうか!
無理やりそういう雰囲気作るのやめて!?
絶対ないから!
あなたたちは俺をどうしたいの!?
「……とにかくその気があるなら、準備をして下さい。追いますよ」
「アリスさん、私も! ついて行きたいです!」
「サイラが……?」
表情を深刻なものに切り替えたサイラが、急に切り出してきた。
驚いた。
ダメに決まっている。
黒ずくめよりダメだ。
サイラは戦えない。
本当に一つの間違いで死んでしまう。
「お願いします! 私……目を背けたくないんです……もうこれ以上」
同胞の戦っている姿から……?
「……私は、多分殺しますよ?」
「分かってますにゃ……」
『誰を』殺すかまでは言わなかったが、しっかり伝わったはず。
サイラは下を向いて、その耳を萎れさせた。
「見なくていいものを見ても……サイラの為になるとは思えない」
「……ようやく分かったんです」
「え?」
それでもサイラは、首を横に振った。
「私……あの方に、謝らないといけないんです。待っていられないんです!」
サイラが拳を握りしめて、言い放つ。
その覚悟に、何も言えなくなる。
「……イリア」
イリアを見ると、分かっていますとばかりに頷いた。
「イエス。この身を持って、サイラさんを守り抜きましょう」
「ア、アリスさん!」
「イリアの言うことを良く聞いて、無理をしてはダメですよ?」
「はいです……!」
力強い視線に、もう言うことは無い。
イリアの傍なら、大丈夫だと信じている。
「じゃあ、あたしはアリスを守る方向でいいのかな?」
「お姉ちゃんは、むしろ先陣で突っ込んでもらう方向で」
「大変な信頼を感じるよ」
「でしょう?」
当たらなければ、意味は無いのですよ。
その格言を、存分に発揮して下さいませ。
そうして全員の視線がある一点に注がれた。
「む?」
一応、ベッドに寝そべっているけど起きてた!
びっくりした!
「こほん。ティルは……リンちゃんの遊び相手にでもなってて下さい」
「あははっ。ししょ~! でしの、ししょ~!」
俺の膝の上から飛び降りたリンちゃんが、ティルの寝るベッド上にダイブした。
子供は元気である。
「ええい! まとわりつくな、鬱陶しい!」
この人、本当に子どもだな……
まぁ、放っておいても大丈夫だろう。
ティルがリンちゃんを危険な目に合わせるとは思えない。
「決まりですね。では、馬を借りて出発しましょう」
「お嬢様」
「どうしたの?」
「馬には、乗れるのでしょうか?」
…………
「イリア」
「はい」
「私をエスコートする権利を与えます」
「ふふ、イエス、マイ、レディ」
馬を駆れないのは、結局俺とサイラ。
俺はイリアに乗せてもらい、サイラはシオンさんに乗せてもらった。
手綱を握るイリアに身体ごと包まれているようで、これからのことを思えば不謹慎にも身体が熱くなってしまう。
なるほど、俺は正常だ。
確信した。
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「おしり痛い……」
「ふふ、我慢下さいませ」
慣れてないと乗馬はキツイって本当だな……
思ったより休憩の回数を多く取ってしまい、その日は結局一夜を明かすことになってしまった。
ちょっとしたテントなどの荷物は四頭目に持たせていたので、問題は無かった。
黒ずくめは外で火の番をさせました。
当たり前じゃないですか、女の子ばっかりなのですし。
上掛けくらいはあげたけどね。
そして、クランセスカに遅れる事三日目のお昼過ぎ。
ついに目的地に着いた。
「!? なに、この咆哮!」
戦場の気配を感じられるほどの距離。
姿こそまだ丘陵に隠されて見えないが、確かにあの向こうが戦場だ。
土煙が舞い、断続的に爆発音も聞こえる。
それに混じり、どこか聞き覚えのある咆哮。
「これ、は……? シリウス!!? そんな!!」
「イリア?」
珍しく、イリアが動揺している?
顔を見ようと振り向きかけたが、抱き締められるように強く手綱を握ってきたので、振り向かせて貰えなかった。
「……竜、なのね?」
「……」
その態度でこの先に何がいるのか、分かってしまう。
シリウス?
知り合い?
しかし、この咆哮は……
おそらく以前見た氷竜と同じ、想像通りの大型獣を思わす姿のはず。
竜って、何だ?
竜族って?
――とっておきを披露致します。
以前、そんな言葉を聞いた。
まさか、竜族は……
イリアのとっておきって……そういうことなの?
じゃあ、これから先にいる竜は?
以前この手で殺した氷竜は……魔物じゃ、ない。
「……イリア、戦えるんですか?」
「……」
……構わない。
この子は後ろに下げる。
元々サイラを守りながら、一歩引いてもらう予定だったのだ。
迷いのある人間を前に出す愚かしさは、自分自身で体感している。
そうして、ついに戦場へとたどり着く。
丘陵の頂上まで来ると、その光景が想像ではなく、現実のものとして映し出された。
ここには陣を構えていたようで、テントなどもある。
恐らく本陣。
そこに居る、おびただしい数の負傷兵。
テントに入りきらない比較的軽症の兵から、テントの入口から覗く重症の兵まで。
包帯は血まみれ。
身体の欠損まで、見て取れる。
さすがに気分が揺さぶられる。
全ての人を、治してあげたい。
でも、今はその時ではない。
ここで倒れる訳には、いかない。
ここまでに見張りの兵なども居たが、そもそも俺の事を知っているようで、特に何も言って来ることは無かった。
しかし、守備兵や衛生兵など待機している兵はいるものの、クランセスカは居ない。
「――何用だ」
「あなた……クランの」
パル、と呼ばれていた従者に出くわした。
ここの指揮を執っていたのか?
何故クランセスカの傍に居ない?
「クランは?」
「……」
「クランは!」
執事は黙って指を差す。
その先を覗き見るべく、丘陵から向こう。
戦場である地上一体を見渡せる位置まで、誘われるまま移動する。
そこで初めて見えた、戦場の風景。
その一角。
やたらと目に付く大型生物。
「――竜! ……白い、竜!」
まさか!?
従者の指し示す方向は、まさにそれ。
「一人で行かせたんですか!? 自国の姫を!!」
「それが姫様の意志だ」
「この、石頭! 忠言も言えない部下は、昔から無能と決まっているんです! サイラ、ここで降りなさい!」
「は、はい……!」
あんなものを、クランセスカ一人に押し付けられるものか!
イリアの馬から飛び降りる。
サイラも少しもたついたが、手伝ってやって何とかシオンさんの馬から降りる。
「大丈夫?」
「は、はい……申し訳ないですにゃ、アリスさん」
問題ないよ、と頭を撫でてやる。
代わってシオンさんの馬に飛び乗った。
「イリアはここで、サイラを守っていなさい」
「お嬢様……」
「返事は!」
「イエス、マイ、レディ。申し訳ございません……」
構わない、本当に。
イリアには、いつも無理をさせているのだから。
黒ずくめの方を見る。
「……覚悟はいいですか?」
「そのつもりだと言った」
ヒールは体力までは回復し切れない。
まだ本調子ではないだろうが……
今は……!
「お姉ちゃん!」
背中に感じる姉の体温。
勇気を貰って、声をかける。
「ああ、行くよっ」
勇ましい姉の声と共に、丘陵を一気に駆け降りる。
流れる景色。
近くなる、戦場。
竜の咆哮以外にも、人と人との戦いの怒号が入り混じる。
あちこちで爆発と、金属音が木霊する。
大地を埋め尽くさんと転がる死体――!
「矢が来る! 頭を低くしろ、アリス!」
言われた通り、頭を下げる。
シオンさんは手綱を片手で持って、剣を一閃させてそれを叩き落とす。
もはや、戦場の真っ只中。
敵味方が入り乱れている。
つまりこれは――陣が崩れかけているのか!!
あまりにも両陣営、入り乱れすぎている。
双子月と鷹の紋章、それがウィルミントンの兵の装備。
かろうじてそれで判断出来る。
これでは支援と言っても、範囲魔法は撃てない。
黙って駆け抜けるしかない……!
いつの間にか混乱の最中で黒ずくめとも分断された。
それでも進むしかない。
一度止まってしまったら、右も左も分からなくなる。
戦場の混乱に巻き込まれて、いたずらに時間ばかり取られてしまう。
シオンさんの手綱で、戦場を駆け抜ける。
矢を叩き落とし、並走してくる騎兵を切り伏せて。
「止まれええ!」
正面に立ち並ぶ重装歩兵と弓兵の混合部隊。
騎兵となって駆ける俺たちが目に付いたか、一斉に攻撃対象だと見なされる。
「押し通る!!」
戦場の怒号にも負けぬ程に通る声で、シオンさんが応える。
射かけられた矢を叩き落とし、馬の足を切ろうとした槍の薙ぎ払いを巧みな手綱さばきでジャンプして躱す。
重装歩兵ごと跳び越えた馬は、そのまま竜の方向に向かって駆ける、が――
さらにその先には敵方の鎧を着た重装歩兵の大群。
戻っても大群。
迂回出来る様な隙間もない。
跳び越えるなど、さすがに無理がある。
それでも竜の元まで行くには、これを越えていくしかない。
「――先に行きます、お姉ちゃん」
「分かった。あんたは強い、あたしは信じてるよ」
「もちろんです。お姉ちゃんも、無事で!」
「当り前さ。こんな所で死んでられないよ」
巻き込んだ事に、思う所はある。
それでもシオンさんは、俺に付いてきてくれた。
今はただその想いに、甘えさせてほしい。
いつかきっと、返すから……!
――よし!
馬の背中で立ち上がる。
ちょっと背中ごめんね!
魔力を調節。
馬を労わりつつも、出来るだけの力で跳んだ。
空を舞う。
何にも縛られない、透明な空間から地上を見下ろしながら。
しかし、やはり遠慮した分、跳び越えることが出来ない。
大量の重装歩兵と、どちらかというと押されている味方の兵。
その混乱した戦場に、遂に降り立つ。
「――」
一瞬だけ、俺の周りの人間から注目を集めて、静かになる。
ここは戦場。
ここで戦うということは、闘技大会とは違う。
戦うとは――『そういうこと』だ。
「道を開けなさい」
キャスター・グローブを握りしめる。
魔法を撃つのは二重の意味でまずい。
消耗が早いし、敵味方入り乱れすぎている。
「偉そうに、小娘がぁ!」
敵の重装歩兵が、いち早く立ち直り、突進してきた。
武器に雷を付与。
大剣による、大上段からの切りおろし。
それを、敢えて――左手一つで受け止めた。
「――は? え?」
呆気に取られた敵兵を、冷めた目で見据える。
「それ、鉄製の武器ですかね? 私にそんなもの、当たりませんよ」
雷魔法の特性を、フル活用する。
力ではなく、魔力で、反発力を持って受け止める。
魔力で補えば、こんな大剣を浮かすくらいスプーンを持ち上げるようなものだ。
「――はっ!!」
空いた右手で、隙だらけの胴に掌底を叩き込む。
鎧に覆われた身体に、小娘の細腕で何が出来る――と思ったか?
「がはああぁっ――」
エンチャントの雷撃と、身体に巡らせた雷の力で重装歩兵を天高く吹き飛ばす。
周りにいる敵味方の一同が、それを思わず目で追った。
手応え的に、恐らく最初の雷撃だけで致死レベル。
その上、舞い上げられた高さは人間が普通に着地するには度が過ぎている。
――金属音に混じって、嫌な音が聞こえたのは気のせいではあるまい。
重装歩兵が地面に激突した。
ぴくりとも動かない。
歯を食いしばる。
「もう一度言います――道を開けなさい」
それに応えたのは敵ではなく、この場で劣勢に立たされていた味方。
大声を張り上げて歓声を上げる。
――姫様のご友人。
――銀の雷精。
――我らも続け。
味方の士気が上がり、敵の腰が引けた。
それでも我に返った敵兵も、引くことはしない。
再び両軍の激突。
――忠告は、したから……!
再開された戦いの中、全力で地を蹴った。
もはや完全に敵と認識された俺に、攻撃が集中する。
正面、扇状に五人の槍兵。
槍衾!
入り乱れた戦場は退路も無ければ、横道も無い。
突っ込むしかない。
ならば――!
一斉に突き出された槍に、逃げ道はない。
俺からは――避けたりしない!
「なっ! なんで槍がズレる!?」
俺を狙った槍が、磁石の同極のように斥力によって弾かれる。
「どきなさい!」
懐に入った。
力などいらない。
添える様に、相手を押し出すだけで盛大に吹き飛ばす。
正面二人は、それで片を付ける。
少し離れた三人目は、蹴りで吹き飛ばす。
逆側の二人。
「サンダー!」
収束させたサンダーを、連続で放つ。
これで五人。
迷いなく、前に進む。
「あ、悪夢でも見てんのか!? 撃て! 撃てええ!!」
さらに先に陣取る部隊長が、何を思ったのかこの乱戦の中で自らの弓兵に射撃を命じた。
戸惑いながらも、敵弓兵が矢を構える。
矢か……斥力に頼り過ぎるのも危険だな。
基本は躱すのが一番だ。
この距離、視て、考えて、身体を動かしたのでは遅いか。
全ての反応を、脊髄反射の如く。
視て、から、即動く。
ここに思考を挟むな。
電気信号の反応速度で、コンマ1秒を切る。
雷の魔力を身体に流して、反応速度をアシストする。
「――っ」
矢を視た瞬間、反射で身体を跳ばす。
反応速度が速すぎて、脆い俺の身体が悲鳴を上げる。
「なあっ!!?」
しかし、こちらに命中する軌道の矢を、全て躱した。
そのまま一気に距離を詰めて、部隊長を蹴り飛ばす。
後ろに控える弓兵に――近くに味方が居ない事を確認して、範囲のサンダーで薙ぎ払う。
おかげで、跳び上がる空間が確保出来た。
今度は馬の背ではなく、地面。
思いっきり魔力を弾いて、再度空に舞う。
――見えた!
大量の重騎士を跳び越えた先、一際大きく聳え立つ白竜の姿。
その目前に立ちはだかる、桃色の姫将軍。
周囲は味方の精鋭が、必死に守っている。
「――天下る一条の光刃よ、我が剣となりて闇を裂け! ライトニング!!」
空中で、デカい白竜に向かって魔法を放つ。
先制の挨拶代りの一撃は、既視感のある黄色いフィールドで大部分を削がれた。
ある意味で、想定内。
それでも挨拶には十分だったようで、幾分入ったダメージに白竜が咆哮を上げる。
そのまま目の前に、着地して――
「――お待たせ、クラン。来たよ!」
無理をした身体の痛みと、魔法の使い過ぎで体力が減っている。
それでも――こうして生きて会えた。
「アリス!!」
地面を幾度転がったのか。
白竜の攻撃を、どれだけ際どく捌いて来たのか。
ボロボロになったその姿は、クランセスカには似合わない。
優雅で、人を食ったような腹黒さを持つ、色気のある女性。
それがクラン。
地面を舐めながら一人で抗うなんて、らしくないよ。
「あなたという人は……!」
自惚れでなければ、クランの感極まった声に、心をもう一度奮い立たせる。
「竜退治は、初めてじゃないの。行きますよ、クラン!」
「――ええ! 手を貸してくださいな、アリス!」
王国の命運をかけた一戦。
そう呼んでも過言ではない戦場の真ん中で、俺とクランは竜と対峙した。




