幕間 姫騎士の采配
――おかしい。
郭内の暴動のせいで、出陣が一日出遅れた。
その分急いだには違いないが、それでも遅れを取り戻せたとは思えない。
にも関わらず、当初予定していた通りの地点に布陣出来た。
丘陵から望む自軍の布陣は完璧である。
これは相手の行軍が遅かったせいか?
つまり――敵指揮官の無能か?
王都出陣から三日目、その午前中にアルセーヌ湿地帯手前に八千の部隊を展開できた。
ここは左右を山岳地帯に囲まれ、ぬかるみのひどい湿地帯を越えてくるしか行軍しようのない最悪の地形だ。
オースティアから王都に向かうなら、ここを通らざるを得ない。
橋も整備されているが、そんな細い場所を通るつもりなら狙い目だ。
こちらはそれを越える途中にアウトレンジから攻撃し、越えたところで迎え撃つことが出来る。
盤石の布陣だ。
しかしこれを僥倖と捉えられる程、自分は楽天家ではない。
それを残念に思うこともあるが。
「……一体、何がありますの?」
戦争とは他の手段をもってする政治の延長である。
しかし、この戦いはテロ殲滅。
ならば、その勝利は敵国の防衛力を無力たらしめる絶対勝利しかあり得ない。
クーデターを気取る馬鹿共に、これが愚かなテロ行為だと分からせる。
戦略的な準備はしてきた。
八千の兵数の内、アウトレンジ攻撃を担う弓兵。
最大攻撃力を誇る、火鉱石を持つ投てき部隊。
軽騎兵に重騎兵。
歩兵も熟練兵を出来るだけ揃えた。
例え兵数で劣っていようとも、地の利、兵種の充実度、装備、兵站と、抜かりはないつもりだ。
予備兵力の私兵五千を王都に残してもいる。
最悪を想定し、打てる手は打ってある。
不安はない、はず。
――不安はない、か……自分に言い聞かせるなんて無様ですわ、クランセスカ・ウィルミントン。
自嘲してしまう。
事ここに至り、もはや戦略を考える段階は終わった。
後は戦術を持って、敵を粉砕するのみ。
――戦術は、ティルベル・エインシャウラ……などと申せたら、楽なのですけれど。
あの方は絶大な力を持つのに、大抵の事は見て見ぬふり。
この戦でも、兵士は死ぬ。
それは紛れもない規定事項。
だからこそ、絶対的強者が矢面に立たないでどうする?
アリスを担ぎ上げても、自身が出しゃばる気配はまるでなし。
所詮は風来坊のエルフに期待する方が酷なのか。
一方で、その弟子とは利用するだけ利用してやろうと思った出会いなのに……
――アリスとは、まだまだ語り足りないですわ。
さっさとこの馬鹿げたテロを鎮圧して、紅茶でも飲みながらあの子と無駄話に興じたい。
自分は得難い友人を得た。
アリスには、何だかんだと理由を付けて、ウィルミントンに拘束してやろう。
――などと考えるから、自分は腹黒だとあの子に言われるのである。
「そんなことを言われても、欲しい物は欲しいのですわ!」
戦の前の暗澹たる気分を、アリスとの語らいを清涼剤として吹き飛ばす。
『――敵部隊、確認』
斥候から、魔石を通じて報告が入る。
「……よし! 複横陣!! 弓兵は前へ出よ! アウトレンジから出来るだけ相手を消耗させよ!」
同じく、魔石を使って各部隊に作戦開始を通達。
丘陵から見下ろす自軍が行動を開始した。
沼地を出る前に如何に消耗させられるか。
それが勝負。
弓兵の攻撃を掻い潜り、相手がある程度近づいた所で、投てき部隊の一斉投入で被害を拡大させる。
後は歩兵部隊と入れ替えて戦線を維持し、機を見て騎兵部隊を縦陣にて突入させる。
その突撃で相手が分断した所を、集中攻撃で撃破する。
――大丈夫、きっと上手くいきますわ!
情けなくも震える自身の手を武者震いだと信じて、レイピアを握りしめる。
戦闘開始だ――――
自分が政治を嫌いになったのは、何時からだろうか?
幼き頃、自分は国を支える家族を誇りに思っていた。
いや、それは今でも変わらない。
王族の遠縁でもあるウィルミントン家。
その祖父は、乞われて王国の宰相を任ぜられ、前王からも信頼の厚い自分にとっての自慢だった。
父と母も、公国の主としてウィルミントンの国と民を穏やかに治めていた。
税も必要以上に課すことはせず、治水と農政にも力を入れて民と共にあろうとするウィルミントンはまさに理想郷と言ってよく、結果多くの流民なども招き入れることになった。
多民族国家となって行ったウィルミントンの、ある意味悲劇の始まりだ。
人が集まるのは力になる。
商業も発達し、働き口の見つかり難い種族――獣人族――は兵に登用するなど、戦力も充実させた。
それが、恐らくオースティアの逆鱗に触れた。
民に寄り添う姿が、貴族の利権を踏みにじっているように見えたのだろう。
働き手の斡旋という名の兵力拡大が、圧力的と見なされたのだろう。
前王の、祖父への信頼が妬ましかったのだろう。
鉱山を多く持つオースティアから、一方的に輸出制限を宣告され、兵の武器どころか、民の日常生活に使う農具等にさえ支障が出る様になった。
何とか父が交渉するも、再開には法外な関税を課される事になる。
それはあまりに横暴だと、国王立会いの会議に向けて王都に出立した、その道中。
――父と母は、殺された。
暗殺された。
表向きは事故……などとふざけた報告で終わっている。
しかし調べれば殺された事など簡単に分かる。
それも、獣人族の手によって。
自国の民に、分け隔てなど持たない。
そう思っていた。
そう思っていたのに、その時から、自分の中で割り切れぬ感情が生まれた。
金さえもらえば、何でもありか、と。
共和国、王国、オースティア公国、サクラメント公国、ウィルミントン公国。
この中で、どの国が一番貴方達にとって暮らしやすい?
そう思えばこそ、その想いは怒りへと変わった。
公位継承権第一位でもある自分は、戴冠こそ済ませていないが、その瞬間即位した。
祖父に諭されつつ、今までの国政の方針を継いで国を治める自分に、どこか辟易とさえしている。
――だからこそ、マリアはこの時期にパルを余の従者に付けたのだろう。
そう思う。
パルは、幼き頃の自分が招き入れた、行き倒れだ。
流浪の果てにウィルミントンに流れ着いて、命付きかけた行き倒れ。
それを自分の付き人候補として城に招き入れたのだから、さすがに寛容な父と母も目を吊り上げたものだ。
その時に反論した言葉を、今でも覚えている。
――人の命は、同じはず。
結局その言葉に顔を見合わせた父母は、ため息を吐きながら自分のワガママを了承した。
それから、八年経っただろうか?
今の自分は、同じ言葉を言えるか?
――そんな感傷は、戦場を切り裂く怒号によってかき消された。
丘陵からも丸わかりの、その体躯。
天まで轟けとばかりの咆哮。
神秘の結晶。
弓など効かぬ。
火鉱石の爆風と熱など、そよ風程度にしか効果が得られていない。
歩兵も騎兵も、蹂躙されるだけ。
こちらの戦術を、単独で打ち破ってくる敵の隠し玉!
「あれは……白い竜? 聞いたこともないですわ!」
火竜?
氷竜?
地竜?
翼竜?
どれも違う!
あれはなんだ?
それに、何故こんな所で竜が出る?
竜は、エルフと並んで希少種だ。
人前に姿を現す事など、滅多にない。
しかしそれでも竜の使役も、想定内ではあった。
結論としては、揃えた兵と装備で十分に対処できると考えていた。
――そんな、机上の空論。
竜が切り裂いた陣の切れ目に、相手の兵が突撃してくる。
戦線が、崩れる!
あれを止めないと、敗走する!
予備兵力の投入を考える?
いや、それでどうなる物でもない。
撤退するにしても、甚大な被害が出る。
テロに、屈する!
それだけは――!
「――前に出ますわ! 余が、あれを食い止める!」
家宝の魔剣を握りしめ、活を入れるために声を張り上げた。




