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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
二章 王都動乱編

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捨て駒の狩り

 相手の斬撃を逸らした隙を逃さず、シオンさんが逆袈裟に刀を切り上げた。


 「おっとっ!」


 優男が咄嗟の動きでそれを回避する。

 それでも多少掠めたらしく、わき腹に薄ら血が滲んだ。


 「……こいつは、おっかない人間が来たらしいねぇ」


 相変わらず、どこか不謹慎にニヤけた顔で、それでも目の前の相手が一筋縄ではいかないのだと認識したのか、優男が警戒するように目を細めた。


 「不幸自慢の途中だったみたいだけど、趣味じゃないんだ。悪いね」


 シオンさんは何の気負いも無く、刀を自然体で構える。

 泰然自若、その安心感。

 この人の背中を見ていると、こんなにも気持ちが落ち着いてくる。

 その懐かしさに気持ちが揺れそうになるが、腕の中に納まる小さな命の重みに、気を取り直す。


 「いやはや、一番怖い相手に間違いなさそうだ、まいったねぇ」


 とぼけた調子で頭をかく姿は、額面通りには受け取れない強かさが見え隠れする。

 先の話通り、この優男は数多の戦場を渡り歩いた古強者なのだろう。


 「うちの妹に揺さぶりをかけようってのが気に入らないし、子供をダシに使うのも、もっと気に入らない。つまり、クズ野郎ってことでいいかな?」

 「ひでぇ話だぜ? さっきのは別に嘘だって訳でもないんだがねぇ」

 「で? あんたの宿敵でもあるヒューマンに、慰めてでも欲しいの? 戦なんてのは、大抵どっちが良い悪いの話じゃないだろう」

 「ま、その通りだわな――!」


 言いながら、優男は自然を装ってポケットに入れた手を抜き放つ。

 ――投げナイフ!

 しかも、狙いは俺が抱える女の子か!!

 あまりにも虚を突かれて、咄嗟に背中で庇う動きしか出来ない。


 「――だから、分かってるんだって」


 しかし俺が身じろぎする前に、奇襲のナイフを当たり前のように刀で叩き落すシオンさん。

 油断は無い、が――その隙こそが優男の求めた一瞬。

 思い切った踏込で、優男はシオンさんに切り掛かった。

 その速さ、今までで最速!


 ――されど、回避こそが我が姉の真骨頂。


 決して鈍くない優男の剣戟を、受けもせずに身体の動きで完全回避するシオンさん。


 「おいおい、王国にはまだこんな化けもんが居やがったのか!」

 「ねぇ、一つ聞くよ。どうしてあのお嬢ちゃんは、うちの妹の前まで逃げてこられたのさ? 子供の足で逃げ切れるような相手でもなさそうだけど?」


 回避しながら、世間話でもするようにシオンさんが問いかける。


 「あぁ、そりゃ餌だからだ。スナイパーの狩りってのを知ってるかい?」


 まるで楽しくなさそうな話を、心底楽しいというような顔で優男が語り出す。


 「まず自分の射程内で、一人の敵に動けない傷を負わせて晒し者にする。足なんかを射ってな。で、後は簡単。正義感溢れる無謀なお仲間さんが、そいつを助けようと決死の覚悟でスナイパーの射程に飛び込んでくる。それをスナイパーはご馳走様、で射るわけだ。理解できたか?」

 「なるほど、予想通りだったよ――――クズが!」


 回避を止めて、シオンさんが相手の剣を受け止める。

 鍔迫り合いに入る。

 シオンさんの力は3だ。

 決して弱くは無いが、敢えて鍔迫り合いに持ち込むことも無いのは事実。

 お姉ちゃん……怒ってる。

 それは、そうだ。

 それはそうだ!


 「つまり、あの女の子を庇って動きの鈍った敵を叩き切ろうと、そういう腹積もりだった訳だ!」

 「ご明察。まぁ、騎士団の馬鹿どもは簡単にケリが付いたが、最後に逃げ延びた先が巷で有名な銀の雷精の元ってのが、あのお嬢ちゃんの悪運の強い所だ、ねぇ!」


 互いを押し潰さんとする気迫で、鍔迫り合いが続く。


 「あんた――同じ方法で、黒い男をやったね?」

 「ああ、動きは悪くなかったが、子供を庇って傷ついてるようじゃ、戦場じゃぁ生きていけねえな――素人だ」


 互角の鍔迫り合いを演じて数秒、弾かれるようにお互い飛び退いて距離を取る。

 それから、シオンさんは何を思ったのか、刀を鞘に納めた。

 そして軽く息を吐く。


 「――あんたはここで、何の意味も無く眠りな。あたしが送ってあげる」


 刀の柄に手を添えて、やや前傾姿勢になって腰を落とす。


 ――そうか、居合か!


 鞘から刃を走らせる事で反応すら不可能にさせる、最速の剣。

 居合は近間の飛び道具、という云われすらある。

 敏捷5の、シオンさんの居合。

 これは……


 「……やばそうだな」


 完全に余裕が消えた顔で、優男が唸るように声を出す。

 この辺りの嗅覚は、やはり古強者。

 俺は未だに泣きじゃくる女の子を抱きしめながら、呼吸するのさえ忘れそうなその戦いを見つめていた。

 見つめて、その視界の端に――


 「――え?」


 呆気に取られて、思わず間抜けな声を上げてしまった。

 それに釣られたシオンさんも、同じように笑みを漏らす。


 「――ふふ! どうやら、あんたに引導を渡すのは、あたしじゃなさそうだ」


 今にも鯉口を切りそうだったその刀から、シオンさんが手を離す。

 何事かと優男が油断なくシオンさんを見据えながら、茫然とする俺の視線を追って、一瞬だけ視線を向けた。

 その先に――



 「当たり前だ――――勝手に、殺すな」



 血が零れる脇腹を押さえながら、引きずるような足。

 今にも倒れそうな満身創痍。

 それでも確かに呼吸をしながら、自分の足で立つ黒い影。


 「ソルトさん!!」

 「お、おにいいちゃああああんっっ!!」

 「わわっ、待ちなさい! まだ行っちゃダメですよ!」


 死んだと思った黒ずくめの声に女の子が飛び出しそうになったが、慌てて強く抱きしめた。

 黒ずくめは女の子の無事を確かめて、ほっとしたような顔をする。

 なんだ、そんな顔するんだ?

 こんな子を、わんわん泣かせて。

 心配かけるな、馬鹿!


 「ほう、しぶといねぇ。ま、騎士団の奴らも相手にせにゃならなんだし? 息の根を確かめる暇が無かったのは事実だが」


 おどけた台詞と共に、性懲りも無く、優男は投げナイフを女の子に放つ。

 シオンさんがそれを素早く抜き放った刀で叩き落とすと、その隙をついて優男は後退した。


 「そっちの死に損ないはともかく、姉ちゃんはやべえ。この場は預けるぜ」


 恐らく今黒ずくめに攻撃すれば、簡単に止めを刺せた。

 しかし、その瞬間、シオンさんが優男を切っただろう。

 誰を釘付けにすれば、後退出来るのか。

 本当に抜け目ない。

 こんな郭内で何処に逃げるつもりかとも思うが、実際今はまだ混乱の最中。

 それに、共和国の内偵ということは恐らく後ろ盾はオースティア。

 抜け出す隙間くらいはあるか……


 「――決着は、戦場でな」


 まるで場違いに格好つけたウィンクを残して、優男は俺たちの前からさっさと姿を消した。

 追おうとは、思わない。

 そんな気分にはなれない。

 それより、今にも倒れそうな黒ずくめだ。

 女の子と一緒に傍による。


 「おにいちゃんん!」


 女の子が抱き着くが、それだけで倒れそうだ。

 やせ我慢にも程がある。


 「……こんなのでリブラを追おうとするなんて、笑い話にもならないです。弱いです、激弱です!」


 勝手に死にそうになっていることに腹が立って、第一声がこんなになってしまった。


 「ふん……」


 何処かバツが悪そうに、黒ずくめも顔を背ける。

 というか、死にそうだ。

 比喩抜きで死にそうだ。

 女の子もそれに何となく気づいているようで、俺を見上げてくる。


 「でし! あれ、あれやって! 痛いの飛んでくの!」


 黒ずくめの傷の様子を、ざっと眺める。

 今の俺なら、何とか……

 しかし……


 「これは……間違いなく」


 周りの安全を確保してからでないと、ヒールって魔法は使えないなぁ。


 「でしぃ!」

 「あぁ、はいはい。大丈夫ですよ~、魔法使いに不可能はありませんし」


 泣きじゃくる女の子の頭を撫でてから、くるりと反転してシオンさんを見る。


 「お姉ちゃん」

 「はいよ」

 「私、今から倒れますから、後よろしくお願いします」

 「ふふ、分かった」


 世界一安心できる笑顔を見て、自分に活を入れてから治療に取り掛かる。

 黒ずくめをその場に座らせて、無理やり服をまくる。

 目を背けたくなるような切り傷。

 どうせそんな事だろうと思ったので、女の子はシオンさんに預けた。

 グロくって、トラウマになったら大変だ。

 患部に手を添える。

 さぁ、覚悟を決めろ。


 「止めろ、余計な世話だ」


 黒ずくめも、ヒールがどういうものか分かっているのだろう。

 でも――


 「だったら! こんな手間をかけさせないくらい強くなって下さい! 心配させないで下さい! 迷惑です!!」


 問答無用で、ヒールをかける。

 ――やはり傷が深い。

 体力が持って行かれる。

 魔力が大分上がっているおかげで、なんとか、という所か。


 「――すまん」

 「謝るのは、私じゃないです」


 シオンさんに後ろから抱き留められて、女の子が心配そうに様子を見ている。

 それを見て、無理やり笑顔を作ってみる。

 笑顔、大事。


 「――ああ、すまない、リン」


 女の子が勢いよく首を横に振る。

 やれやれ。

 バーカ。


 ――俺が意識を失うのに、そう大した時間は掛らなかった。






 誰かに手を握られている様な気がする。

 まどろみの中でそれを意識した時、随分長い眠りから覚めていく感覚がした。


 「う……ん……?」


 目を開けると、光が眩しく感じた。

 魔鉱石の光じゃない。

 これは太陽の光だ。

 左手を引っ張って顔にひさしを作ろうとしたが、何かに強く掴まれているようで失敗した。

 代わりに右手でひさしを作って、辺りの様子を伺う。

 見覚えのない部屋だ。

 白を基調としたかなり豪奢な部屋で、窓には高級そうなカーテンがかけられている。

 光は隙間から少し部屋に入っている程度だが、寝起きの目には眩しい。

 そんな部屋の、大きく立派なベッドで俺は眠っていたらしい。

 何となく状況は把握した。

 しかし、ここは病院ではないだろう。

 病院の部屋というには立派過ぎる。

 差し込む光は、恐らく朝日。

 一晩、経ったのか?

 少なくとも、何年も経っているというオチでは無さそうだ。


 「……まだ、この子も幼いままだしね」


 自分の左手――というより、左腕に目を向ける。

 そこに潜り込む小さな侵入者。

 左手を握るというよりは、腕ごと抱え込んでそのままベッドで添い寝をしている女の子を確認して、苦笑する。

 確か黒ずくめに、リン、と呼ばれていたと思う。

 しかし、この穏やかさから言って、郭内の混乱は収まったのだろうか?

 イリアは居ないのかな?

 色々疑問が頭を巡り始めた頃、部屋のドアがそっと開いた。

 頭だけ動かしてそれを見ると、お盆を持って部屋に入ってきた人物と目が合った。


 「起きたのか、アリス」

 「お姉ちゃん……」


 先の戦闘中では、まさに戦闘中だったので感傷に浸る暇は無かった。

 でもどうやら一段落着いたらしい今、シオンさんの顔を見て込み上げるものがある。

 それに加えて体力的に弱っているというのも後押ししたのか。

 とにかく感情が零れてくる。


 「~~おねえちゃんっ……!」

 「ふふ、馬鹿。甘えた声を出すな、起きちゃうだろ?」


 思わず大きな声を出した俺に、シオンさんが苦笑する。

 お盆をベッド横の棚に置いて俺の隣を指差してから、静かに、というジェスチャーをする。


 「何か食べられそうか?」


 シオンさんが持ってきたお盆には、果物とお水、ちょっとしたパンなど、軽食が乗っていた。


 「ん……少し、お腹空いてます……私、どのくらい寝てたんですか?」

 「あれから一晩明けただけさ。そんなに心配するほど寝込んじゃいないよ」

 「そうですか……」


 リンナルで良いか、とシオンさんが手に取ったのを見て、頷く。

 ベッドサイドの椅子に座ったシオンさんがナイフを取って、器用に皮をむいていく。

 刃物を使うのは上手いんだな、シオンさん。

 料理はしないけど……


 「あの、ここは?」

 「ウィルミントンの邸宅だよ。あの後、あんたを背負って休める場所が無いか騎士団の人に聞いたら、血相変えてこの家の人に連絡を取ってくれてね」

 「なるほど……」


 クランセスカの家か。

 話しながら、シオンさんがリンナルを一口サイズにカットしていく。


 「街の状況なら、一晩経ってもう落ち着いたよ。今は騎士団の人が目を光らせてるから、大丈夫だろ」

 「城は……?」

 「当然、落ちてない。近衛だっているんだ。あれっぽっちの暴動じゃ、ビクともしないよ」


 そうか、近衛か。

 あの優男は……オースティアの軍隊に合流でもするつもりなのだろう。

 きっと郭内を抜け出している。


 「それとソルトなら、別室で寝てるよ。体力は落ちてるしね」

 「ソルト?」


 シオンさんが黒ずくめを呼び捨てにした事に驚いて、目を瞬かせる。


 「お? ヤキモチか、アリス?」


 などと、我が姉が良く分からないことを言い出したので。


 「いえ、全く」


 と返すしかない訳で。


 「ふ~ん? だって、その子がアリスはソルトの恋人だって言ってたから」

 「子供の言うことを真に受けないで下さい……」


 むしろ俺が今心配したのは、あの後知らない間に、お姉ちゃんがあの男とロマンスに落ちたのかと!


 「あの、大丈夫ですか、お姉ちゃん? ……お胸とか!」

 「……突然変なことを言い出すのは変わんないんだね、あんた」


 いやいや、あの黒ずくめはむっつりだから、お姉ちゃんのお胸とか見たらもう!

 心配で心配で!

 そんな俺の心配を余所に、シオンさんは皿にカットしたリンナルを手際よく盛った。

 それからフォークを持って、どうする? というジェスチャー。


 「食べます。食べさせて下さい、むしろ食べさせるべき」


 ひな鳥の様に、あ~んと口を開いてみる。

 だって俺は今、左腕をロックされて動けないのだから!


 「ほんと、変わってない。あんた、皆の前でもそんななの?」


 皆の前?

 話しながら、口に一口サイズのリンナルを持って来てくれたので、はむ、と頬張る。

 美味しい。


 「え? こんな子供みたいな事、皆の前で出来るはずないじゃないですか」


 俺だって、分別くらいありますよ。


 「……ふ~ん? じゃあ、あんたのその甘え癖、あたしの前だけなんだ?」

 「甘え癖? 甘え癖……」


 いや、そうか、なるほど。

 確かにイリアやクランセスカの前でこの態度はないよな。

 確かに。


 「なるほど……これが、包容力」

 「はいはい、どうも」

 「おざなりな返事ですし……」


 大げさに口を尖らせて見せる。

 でも目の前にリンナルを持ってこられると、はむっ、と食べる。

 なにこれ、ほんと美味しい。

 これはあれか、あ~ん、だからか?

 ……ん?

 ……あ~ん?


 「は、恥ずかしいっ!」

 「今更!?」


 姉が俺の照れる様子を見て、びっくりしてた!

 それはともかく、しばらくそれを繰り返して、半分程食べた所でギブアップ。


 「あんた本当に小食。昨日の晩から何も食べてないのに、リンナル一つも食べられないんだ?」


 燃費が良いということでは?

 残ったリンナルをシオンさんが食べて、食事タイムしゅ~りょ~~。

 ……物凄く残念な気がする!

 もうちょっと頑張ったら良かった!


 「……ところで、クラン、セスカは?」

 「ん? ここの姫さんか?」

 「はい」

 「あんたは、妙に人脈が広いよね。普通エルフのおチビちゃんとか、ウィルミントンの姫さんとかと知り合えるとは思えないんだけどさ」

 「で、ですよねー」


 俺もおかしいなぁとは思っているんだよ。


 「まぁいいや。姫さんなら、今朝早くに出陣したよ」


 その言葉に、面食らう。


 「前線に、あの子が出たんですか!?」

 「し、静かに――前線って言っても、前線指揮って事だろう? 実際に最前線で戦う訳じゃないさ」

 「でも……クランに万一があったら、この国は……」


 仮にオースティアを退けても、何の意味もなくなるんじゃ……

 確かにまだ、サクラメントが居る。

 しかし、ウィルミントンという三大名家の一角が崩れてしまう。

 いや、そもそもオースティアの狙いは何だ?

 ――なんて、ああ、もう!

 そうじゃない!

 そもそも単純な話、クランセスカに何かあってほしくない!


 「――イリアは?」

 「ま~た馬鹿な事考えてる目をしてるな。竜のお嬢ちゃんなら、鍛冶師の子と一緒に素材を集めて来るって、出かけたよ。少しは眠れって言ったんだけどね」

 「そうですか……」


 夜通し看病してたな、あの子。

 後で眠りなさいって、言おう。


 「逆にエルフのおチビちゃんなら、ずぅっと寝てるよ」

 「知ってました」


 想定内過ぎる。

 しかしなるほど、イリアはサイラと。

 一つ目の用事は終わって、二つ目の用事に取り掛かった所か。

 クランセスカが陣を敷いて、いざ戦いが始まるのはいつ頃だ?

 イリアに相談してみないと、よく分からないな。

 ……ふぅ、だめだ。

 身体もまだ疲れている。

 今は考える時じゃないか。


 「少し、疲れました……もうちょっとだけ、眠ります」

 「ああ、分かった」


 シオンさんがお盆を片付けて出て行こうとする。

 ――その袖を引っ張った。


 「ん? どした?」

 「……」

 「ふふ、アリスは本当に、仕様がないやつだよ」


 笑って、シオンさんがもう一度ベッドサイドに腰掛ける。

 その笑顔を見ていると、胸が締め付けられる。

 リンナルの街を出て行く前夜、俺は本当に後悔したことが一つだけある。

 相手にだって、事情はある。

 でも、そんなことばっかり考えていたら何にも出来なくなる。

 相手を言い訳にして、逃げていたと言ってもいい。

 だから、言う。

 言わせて欲しい。


 「お姉ちゃん――私の傍に、居てください!!」


 ヤバい顔から火が出そうだ。

 袖から手を離して顔を隠そうとする――が、シオンさんが俺の頭を挟むように両手をついて来たので、隠しようがない。

 相当に動揺した俺の顔が見られるはずだ。

 真正面に、シオンさんの透き通るような綺麗な瞳。

 その顔が、ゆっくり近づいてきて――


 「あいたっ」


 こつん、と額を打つように合される。


 「馬鹿――もっと早く言え」


 鼻が合わさりそうな距離で、伺うように上目使いでシオンさんの瞳を覗き込む。


 「じゃあ……」

 「――いいよ。だってあんたは、あたしの妹だからね、アリス」

 「お姉ちゃん……!」

 「それから、あたしからも言うよ――あたしがあんたの剣になる。あんたの道を切り開く、剣になって見せるよ、アリス」

 「はい……はい! えへへ……お姉ちゃんこそ言うの、遅いですし――あいたっ!」


 もう一回額で額を小突かれる。

 それからすっと、シオンさんが離れた。

 棚からお盆を持って、さっさと部屋を出て行く。


 「馬鹿、こういう時は少し黙ってるもんだ」


 それだけ言い残して。

 ……

 え、え~~~~~?

 もう終わり!?

 そんなクールな!




 「――でし、シオンがこいびと?」




 「……だからかあああああああ~~~」


 上掛けから、天使が顔を出していた。


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