下準備
素材集めはイリアとサイラに任せて、俺は俺で調べたいことがある。
時間が無いから効率的に動かないと。
そう思って、大通りから少しだけ外れた界隈にある奴隷商会にやってきた。
奴隷売買というのも、この世界では一応まっとうな商売だということだから、娼館なんかがあるような裏通りに建っている訳ではない。
入口を入ってすぐの受付で、ベルトランさんが居るかどうか尋ねてみる。
案の定、在室中だということで名前を伝えて取り次いでもらうようにお願いした。
リンナルで通された部屋よりも大きい部屋に通されて、しばらく――
「これはこれは、お嬢様。お久しぶりでございます」
「ベルトラン様、それほど久しい訳でもありませんわ」
「ふ、そうですな」
適当な挨拶をして、俺の向かいのソファーに座る。
相変わらず眼帯が迫力あるベルトランさん。
「……ソルトさんは?」
思わず周りを伺ってしまう。
「ソルトの仕事は終わりました。この街まで護衛を頼んでおりましたから、探せば会えると思いますが」
ふ~ん。
黒ずくめも居るのか。
「して、今日の御用件は? アレは役に立っておりますかな?」
少し構えた様子の眼帯に、気を取り直す。
「イリアなら、これ以上ない程役に立っております。クレームなどという様なつまらない用件で来た訳ではありません」
「そうでしたか、それは失礼しました。お嬢様」
「いえ、お聞きしたいのは、この王都での裏話。ベルトラン様は、その辺りお詳しそうではないでしょうか?」
「仕事柄、それなりのことは把握しているつもりですな」
蛇の道は蛇と言うしな。
別に馬鹿にしている訳ではなくて。
「最近、獣人族の戦闘奴隷が良く売れているのではないでしょうか?」
「ふむ……」
頷くだけ頷いて、眼帯は目を瞑る。
読みにくいな、相変わらずこのおっさんは。
「その流れ、出来ればお聞きしたく思います」
「以前、商売は信用が大切だと申しました」
「覚えております」
「守秘義務、というものも想像して頂けると思いますが?」
やってることはあくどいのに、この義理堅さ。
こうでなくては、商売は成功しないか。
感心するほどの二面性だ。
プロだな。
この人の仕入れとか、調教とか覗いてみたら悪夢にうなされそうなほど徹底してそうだ。
「では、ビジネスの話をしましょう」
「ほう?」
興味深そうに、片眉を吊り上げる眼帯。
「私は今、獣人族の戦闘奴隷が欲しいと思っています。性別、年齢などは問いません。ちゃんと戦える獣人族の奴隷。これは直ぐに手に入りますか?」
「ふ、ふふふっ。本当にお嬢様はお人が悪い――答えはノーですな」
やはりな。
まさかエルフや、竜族ほどの希少性がある訳でもないだろう。
ましてここは王都の奴隷商会。
リンナルのような田舎ではない。
それが用意できない、となると――
「では、売買契約済みで、且つ、出荷待ちの者で条件にあてはまる者はおりませんか?」
「……居る、と言えば?」
「直接購入者と交渉して、譲って頂けないか掛け合ってみたいですわ」
眼帯が顔のしわを深くして、声も無く笑っている。
「購入者のお名前、伺っても宜しい?」
「お嬢様は、本当に面白い方だ」
「答えは?」
「ノーです。それは仁義にもとる行為と言わざるを得ませんな」
「さすがはベルトラン様」
この眼帯いいな!
俺の中での人物評価は鰻登りに上昇しているよ、逆に。
「貴重なお時間を割いて頂いたのに、仕方のないワガママを言ってしまった様です」
「ふ、レディのワガママにお応えするのが紳士の器量というものでしょう」
「あら? では、ベルトラン様は紳士だと考えて宜しい?」
「さて……そういえば、つい先日に身なりの良い方が商会に訪れていたようですな。もちろん、このような商売、ある程度お金を持った方ばかり来るのは当たり前ですが、その方々は特に上等なお客様の部類であったような、気もしますな」
とぼけたように眼帯が頭を捻る。
「ふふっ、口の軽い方は、身を滅ぼされると言いますよ? ミスターベルトラン」
「その場合、お嬢様の美貌が罪であったということでしょうな」
「本当に、よく回る口です」
しかしなるほどねぇ。
その後しばらく雑談して、商会を後にした。
素材集めは大丈夫だろうか?
イリアが居るから滅多なことにはならないと思うが、街に無い場合は近くの採取現場まで外出しないといけない。
まぁ、イリアは俺と違って慎重だから、サイラを危険に晒すようなことはしないか。
考え事をしていたら、人とぶつかった。
というか、横の路地から急に飛び出してきたから、さすがに躱せない。
相手が盛大に転んで、膝をすりむいたらしく、わんわん泣き出した。
まだ片手で数えられそうな年齢の女の子だ。
真っ黒の短い髪。
潤んだ瞳も黒。
この特徴は……
いやいや、それより!
「わわっ、ごめんね!? よそ見してた!」
「お兄ちゃん~~~痛いよ~~~っ! えっぐ!」
泣き喚くが、周囲の人は遠巻きに見ているだけ。
今居る場所は大通りとは違う、少し寂れた通りなので、人通り自体が少ないが。
ともかく、擦りむいた膝を治療しないと。
「いたいのいたいの、飛んで行け~っ」
「あああああんっ……あ、れ?」
しゃがんでヒールをかけてやると、たちどころに擦りむいた膝が癒された。
あっという間に治った傷口に、女の子が今度は不思議そうな顔をする。
「お姉ちゃん……魔法使いさん?」
その通りに違いないが、ニュアンス的にこの子の言ってる魔法使いは童話とかに出てくる空想上の存在のような。
「そう、お姉ちゃんは大魔法使い! の弟子の魔法使いです」
何故ここでそんなどうでも良い事実を伝えているのだろう、俺。
「でし~? お姉ちゃん、でし、なの?」
「そっちに食いついちゃったか……そう、弟子ですよ~」
「ふえぇぇ、すごい~」
なんて純粋な子!
後、弟子は別に凄くないよ!?
間違った知識を植え付けたような。
「――おい、何をしている」
「あっ、お兄ちゃん!」
同じ路地から出てきた男の声に、女の子が慌てて起き上がって、飛びついていく。
俺も起き上がって、声の主を確認する。
「……あ~、えっと。そんなに睨まなくても、私は犯人の様で犯人ではないというか」
「これが普通だ」
「そうでしたか」
相変わらず目つき悪いな。
――黒ずくめ。
「こいつが迷惑をかけたようだな」
「きゃははっ」
ぐしぐしと、黒ずくめが女の子の頭を撫でると、嬉しそうに女の子が笑う。
意外と言えば意外な光景。
「ぶつかったのは、私も悪かったですから。ごめんね?」
「ううん! でし、凄いんだよ、お兄ちゃん!」
でし、で定着した……
「ところでソルトさんは、こんな所で何をしてるんです? 誘拐ですか?」
「……お前は一体何を言っている」
あれ、違ったのか?
この女の子と黒ずくめの接点がまるで分からないから、てっきり。
「えっと……そういう高度なプレイですか?」
「お前は……一体何を言っている」
お兄ちゃんプレイでもない?
「ちょっと私には分からない……」
「こっちの台詞だ」
そんな不毛な会話を続けていると、女の子が俺に体当たりしてきた。
「ど~~んっ」
「わっ、なかなかのお転婆さんですね!」
そのまま足元に抱き着かれる。
「でしは~、お兄ちゃんの、こいびと?」
「え? この人、人間に興味あったんですか?」
「殺されたいのか、お前」
「きゃははっ、お兄ちゃんが怒った~」
女の子が俺を盾にするように、背後に回り込んだ。
和むなぁ。
「……可愛い子ですね、妹さんですか?」
「……そんなようなものだ」
少し憂いを帯びた目で、黒ずくめがぶっきら棒に答える。
「……こんな子と一緒にいるのなら、リブラを追うのは止めた方が良いです」
「お前には関係ない」
「あなた、ティルと戦って勝てると思いますか?」
「……」
「多分、そういうレベルですよ……」
出来るなら、俺だって会いたくない。
その為に王都まで逃げて来たのに、その王都でまた厄介ごとって、これホント……
「――ん?」
黒ずくめがむっつり黙り込んでいる後ろで、クランセスカの執事が裏通りから出てくるのが見えた。
こっちには、まだ気づいてない?
気づかれないなら、気づかれずに済ませたい!
「こっち!」
「――は?」
黒ずくめの手を引いて、建物の壁まで寄る。
俺が建物に背を付いて、黒ずくめが俺を覆い隠すように正面から両腕を建物につく。
これで何とかあの執事からは死角に入るだろう。
俺は黒ずくめの腕の下から、そっと成り行きを伺った。
「あの人、何を……」
「……」
クランセスカは居ない。
別行動か。
裏通りから出てきた執事はさりげなく辺りを見回して、一瞬だけこちらを見たが、興味無さそうに視線を切ってまた大通りの方に歩いて行った。
どうやらばれてない、か。
そのまましばらく事態を注視していると、同じ裏通りから帽子を被った男がポケットに手を突っ込んで陽気そうに出てきたのが見えた。
――あれは?
その男もこちらを一度見たが、鉄壁の黒壁のお陰で俺の事はバレなかった様だ。
何故か視線を切る時に、リア充爆発しろっ、と言わんばかりの形相で睨んでいたが。
いや、なんかそんな視線に見えたな、というだけで適当だが。
その男の姿も見えなくなった所で、ようやく息を吐く。
緊張した。
「――おい」
「? はい?」
やたら近い所からかかる声に、顔を上げる。
超至近に目つきの悪い顔があった。
いつにもまして、目つきが悪い。
「これはなんだ」
これ?
自分たちの状況を伺う。
壁に背を着いた俺を、壁ドンの体勢で腕を突っ立てる黒づくめ。
「……何なんでしょう?」
足元では女の子がきゃいきゃいと騒ぎ立てている。
何か知らんが、嬉しいらしい。
情操教育に良くないような。
「お前、誘ってるのか?」
「え? ソルトさん、小さい子以外の女体に、興味あるんですか?」
「……」
「……むっつり」
「殺す!」
完全に怒らす前に、さっと腕の中から抜け出した。
男女で友情を育むことは出来ないものか?
俺からは全然大丈夫なのに、あっちがな。
「むっつりだもの……」
「殺す!!」
今にも切り掛かってきそうな黒ずくめだが、女の子が足元できゃいきゃいと纏わりついているおかげで、飛び掛かっては来られない。
来たら来たで、おまわりさん、こいつです!
と言うだけだが。
しかしまぁ、気になる事も調べられたし、また気になることも出来たりはしたが、もう三日後からが本番だ。
起こりそうな事を想定しつつ、後は全力で挑むしかあるまい。
「お兄ちゃんの、むっつり~」
あ、定着した……
ごめん……




