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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
二章 王都動乱編

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双子月

 ルフィンの街を出て二日目。

 王都に近づくにつれ、広く立派な街道が整備されている。

 単純に草木を刈り取っただけでなく、石畳まで敷き詰められているのだ。

 お馬さんの足の負担が気になるところだ。

 車輪はよく回るけれど。


 「ありがとう、おじさん。野菜は本当に助かります」

 「いいっていいって。代金は貰ってるんだ、旅は持ちつ持たれつだからな」


 そしてここまで来るとルフィンに向けて進む馬車も多く、今は商人のおじさんから野菜を買った所だ。

 商人さんは、氷鉱石を使って野菜の鮮度を保ちつつ移動しているので、道中でも野菜を切らすことが無いのだとか。

 ちなみに、氷鉱石は高い。

 安い物でも3千ルークくらいする。

 リンナルから王都に行くまでの旅路での出費にしては痛いので購入は見送った。

 その分、道中保存食が多いのだ。

 だからこそ、こういうすれ違いの商人さんは貴重だ。


 「盗賊には気を付けなよ? 見たところ、綺麗なお嬢ちゃんばかりのメンバーみたいだしな」


 その中に、伝説の人が混じってますよ?

 そんな伝説は、くぁ、と大きな欠伸をしていた。

 この人絶対盗賊に襲われても何もしない。

 何かそんな気がする……


 「はい、ありがとうございます」

 「それとな、お嬢ちゃんたち、今から王都に行くんだろ?」

 「? ええ、そうです」


 若干小声になった商人のおじさんに首を傾げる。


 「なんでも、最近西の共和国とキナ臭い感じになって来てるって噂だ。戦に巻き込まれる前に、田舎に離れた方が良いかもしれんよ」

 「戦……」


 戦争?

 記録や映像でしか、知らない。

 俺にとっては身近に感じられない単語。


 「そういうこった。じゃあ、わし等は行くよ。そうだ、お嬢ちゃんは可愛いから、これはサービスだ」


 笑いながら、リンナルを一個貰ってしまった。


 「ど、どうも」


 気さくな商人さんは、俺がお辞儀をすると手を振りながら去って行った。

 そういえば、お辞儀する人ってこの世界に居たっけ?

 これって、もしかして変わってる……?


 「イリア、私の挨拶変わってる?」

 「いえ、お嬢様の故郷がそうだったのだろうと思うだけで、特には」


 なるほど、サイラを見る。

 相変わらず帽子がピコピコ動いている。

 少々の事で驚いていたら、やってられないよね。


 「じゃあ、イリアの故郷の挨拶は?」

 「――そうですね」


 言いながら、イリアが俺の前に片膝をついた。

 その立てた膝に自身の片腕を乗せ、逆側の手でそっと俺の手を取ってくる。

 そして――


 「――は?」


 手の甲に、キスをされた。


 「わあ……」


 どこかで聞いたようなサイラの声が聞こえてくる。

 ティルは相変わらず眠そうに目を擦っていた。

 俺は顔がのぼせた。


 「このような感じですかね?」


 そっと唇を離したイリアが、手を取ったまま俺に笑いかけてくる。


 「そ、そうですか」


 うん、知ってる。

 それ知ってる。

 普通の挨拶じゃないやつや!


 「アリス様は可愛らしすぎて困ります」

 「……」


 知ってた。

 遊んでるって。

 そんな何でもない旅路の一幕だった。






 その夜、テントの中で皆が寝静まった夜中に、ふと目が覚めた。

 人数が増えて少し手狭になった感のあるテントだが、三人が寝る分には問題ない。

 皆細いしね。

 ついでに言うと、三人分の上掛けしか用意してなかったので、俺とティルは一緒に寝ている。

 何と言うか、ティルが誰かと一緒にというのはもう決定事項だった。

 身体のサイズ的に……

 次に一番小柄なのはサイラだが、さすがに面識もあまりないティルと一緒に寝てほしいとは頼めない。

 なので、俺になった。

 それだけの事だ。

 変な意味は無い。


 「後、抱き着くのは良いんですけど、よだれはなぁ……」


 気持ち良さそうに寝てますねー。

 そんなティルをそっと引き離して上掛けから抜け出した。

 ふと奥を見ると、サイラが居ないのに気づく。

 イリアは寝ている。

 まぁ、この二人が安眠しているのに危険があった訳でもないだろう。

 俺は二人が起きないように、そっとテントを抜け出した。

 夜空にはクレインとクリスナと言うらしい双子月が浮かんでいる。

 近くにある手頃な岩を腰かけ代わりに座ったサイラが、それを眺めていた。


 「サイラ」

 「あ……アリスさん」


 静かに声をかけて近づくと、ぴこっと、その頭の耳――ネコ耳が跳ねた。

 おお、帽子を取ってる。

 寝る時ですら被ってたのに。

 ネコ耳披露のサイラは普段より可愛いな。

 水色のリボンで縛った、ふわふわした感じのポニーテール。

 作業がどうのというより、標準的にこの髪型なんだな。

 似合ってるけども。


 「隣、良いかな?」

 「どうぞっ、恥ずかしいニャ……」


 なぜ……?

 そういえば、俺も自然に女の子の隣に座ろうかと思う程、なんというか慣れたなー。

 と、思っていると、サイラが腰かけていた岩の端によって、スペースを作ってくれる。

 二人で座るのにちょうどいい位の大きさの岩だ。

 遠慮なく、座らせてもらう事にする。


 「眠れないの?」

 「はい……今日のお昼、商人さんが話してた事が気になって」

 「戦?」


 ネコ耳が、ぱたん、と萎れる。

 かっわい!

 いやいや、真面目な話、真面目な話……


 「私の故郷は、共和国の片隅にある田舎の街なんです……」

 「……そうなの」

 「はい……ご存知でしょうが、獣人族は王国ではよく差別されます。でも共和国でだって、肩身は狭いです……」

 「……」


 月を見上げていたサイラの顔が、ネコ耳と同じように俯いた。


 「だから、戦が始まると……きっと、最前線に立たされるのは、私たちの同胞です」

 「……」

 「あっ、その! 別にヒューマンが前に出ればいいとかじゃ!? その……なんていうか」

 「分かってるよ、分かってるから」


 ぽんぽん、と頭を撫でてやる。


 「あ……アリスさんは……私の事、気になりませんか?」


 差別的に見ないかってことかな。

 異世界から来た俺にとっては獣人族が新鮮にこそ思えども、差別の対象になるはずがない。

 この子がずっと帽子を取らなかったのは、そういうことか……

 親方さんは、度量の大きい人だったんだろう。

 その親方さんに、何かしら迷惑をかけたくないからこそ、王都で独立しようとした、か。


 「とっても可愛いと思います。妹が出来たみたいで嬉しいですし」

 「あ……」


 ごめん、サイラ。

 俺目が良いから、サイラが顔真っ赤にしてるの丸見えだ……


 「その……隠してた、訳じゃないんです。でも……結果的に今更告白するようになってしまって……ご迷惑を……っ」

 「ふふ、心配しないで? 私は何も変わらないよ。あの時あなたに言った通り、私のスミスになって欲しいです」

 「アリスさん……」


 サイラが俯いたから、俺は逆に月を見上げた。

 嗚咽が聞こえてくるのを聞き流して、頭をぽんぽんと撫で続けてやる。


 「悪意全てと闘う必要はないよ。私が背負うから。だって、サイラはもう、私の家族みたいなものなんだから」


 気休めのつもりはない。

 後で手の平返したりなんて、絶対しない。

 この言葉に、俺は責任を持つ。


 「うっ、うぅっ!」


 ほんと、悪意って何だろう?

 そんな目に見えない、もやもやしたもの、叩き潰してやりたい。


 「うぅ、ずびっ、服っ、すみまっ」

 「ああ、いいのいいの」


 抱き着いてきて涙とか、何やら本人の名誉の為に伏せるが服を濡らしているが。

 既にティルのヨダレで汚れているんですよ。

 しばらく、されるがままにさせてやる。

 短くない時間が過ぎて、ようやくサイラは身体を起こして、真っ赤に腫らした目を手で擦って笑った。


 「あの……恥ずかしいニャ……」

 「ふふ、そうかもね」

 「うう……」


 ちょっと元気出たかな?


 「あ、そういえば、サイラを好きになってくれた子もいるでしょ?」

 「え!?」


 タケシとケンジ思い出した。

 再び顔が真っ赤になるサイラ。


 「あ、あのっ。小さい頃から仲良くして貰ってて、私なんかに優しくしてくれて……本当に嬉しかったんです、けど」


 迷惑をかけたくなかった、か……

 何となく、続く言葉が分かった。


 「気を使い過ぎだよ」


 気の毒な。

 タケシ、ケンジ。

 お前たちの行動とか想いは、決して無駄じゃなかったよ。

 少なくとも、ずっとサイラの心を守ってたと思うから。

 あ~、この世界、男前多いじゃないか。

 負けられないなぁ。


 「ん?」


 あれ?

 じゃあ、なんでサイラは俺についてこようと思ったの?

 根底に、迷惑をかけたくない、って思いがあるみたいだけど。

 不思議そうにサイラを見ると、何となく言わんとすることが伝わったらしい。

 慌てたように首と手を振る。


 「えっとっ、そのっ、アリスさんは……洞窟で」

 「洞窟?」


 土砂崩れのあれか?

 何気に生死の境目だったが。


 「……お兄ちゃん、みたいだったから」

 「――」


 ドキっとした……


 「ち、違うんです! アリスさんは、見たことないくらいに綺麗で! 全然男っぽくないです! 誓って! 微塵も男らしくないですニャ!」

 「分かったから、ちょっと待って! どっちにしても心に刺さる!」


 俺は一体どうすれば……

 心を捨てれば、このような葛藤も……


 「あの……雰囲気が」

 「?」

 「いえ……私、あの月が大好きなんです」


 話題を変えて、サイラがもう一度夜空を見上げる。


 「双子月?」


 つられて、俺も空を見上げる。


 「仲の良い兄妹が、本当に楽しそうに追いかけっこしてるみたいで……嫌なことがあると、いつも夜空を見上げて元気を貰ってます」

 「そうですか」


 やるじゃないか、お月さん。


 「でも、これからは私もいるから、忘れないでね?」

 「はいっ、アリスさん!」


 ちょっとだけ、サイラの事を知れて、仲良くなれた夜。

 そんな、何でもない日常の――でも、特別な旅路の一幕。

 王都まで、もうすぐだ。

 がんばろっと。


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