片鱗
川の上に佇んで、ティルが目を瞑って待っている。
足元にはブリザーで固めた魔法の足場。
思った以上に、氷魔法は汎用性があるなと思う。
俺に出来るだろうか?
上手く調整して、雷魔法の力を調整すれば出来なくはないだろう。
今の所、一気に力を解放して飛ぶことしかしていないが、繊細な調整でその場に留まるということも出来るはずだ。
何もない所に足場を作ることは出来ないが、水上なら……
「大丈夫、右足が沈む前に、左足を出せばいいだけ」
なんだ、簡単じゃないか。
……
……簡単か?
「アリス様、頑張ってくださいませ」
「頑張ってください!」
川岸で逡巡する俺に声援が送られる。
応援には人を奮い立たせる効果と、重圧を与える効果と二通りあるなぁ。
ふと、自分の後ろを振り向いてみる。
「……」
「アリス様?」
「アリスさん、どうかしましたか?」
不思議そうな顔をするイリアとサイラ。
二人を見ていると、強張っていた顔が緩む。
肩肘張っていた重圧が消えた気がした。
縁って、凄い。
頑張れる気がする。
もう一度、川の上に立つティルを見据えた。
「よ~し、行きますよ! ティル!」
ティルに宣告して、右足を一歩踏み出す。
足元にサンダーを調整して、水の上にそっと足を乗せる。
戦う前から、緊張のピークである。
水の上に踏み出した足に、慎重に体重をかける。
――いける、か?
体重を預けるのに十分な感触を感じて、一気に踏み込んだ。
「わわっ!」
やはり調整のバランスが難しい!
足元が覚束ない。
自然、身体が倒れかけて左足を出した。
そして魔力を込め過ぎた。
跳ねるように前に押し出される。
慌てて右足を出す。
今度は弱すぎた。
沈みそうになる。
急いで左足を前に出す。
「って、これただ全力で走ってるだけですし!!」
しかし止まれない。
止まった時が、沈む時。
「ティル! 試合開始しましょう! すぐしましょう! さあ!」
川の上に静止するティルの周りを走りながら、試合開始を嘆願してみる。
始まる前に終わりますし!
「騒がしい奴よのう――ブリザー」
「ちょっ!」
おまっ!
いきなり過ぎだろう!?
眠たげに唱えたブリザーが、俺の周りに降り注ぐ。
範囲!!
蒼い氷が鋭い弾丸となって、広範囲に襲い掛かる。
でも、下級魔法の範囲なのだ。
魔法防御で、受けられる――
「――っ」
咄嗟に、強く反発力を生み出して後方に跳んだ。
範囲外まで後退して、攻撃をやりすごす。
直感に従っての行動。
相手は、盗賊ではない……
「どうした? 随分離れるではないか」
ティルベル・エインシャウラ。
氷雪の魔女、だったか?
「……正直に言います。身体が言うことを聞いてくれません。怖いです」
本当に正直に言ってみた。
いや、実際その通りなのだ。
相変わらず、ティルから離れた距離でランニングしながら、告白する。
「素直よのう。しかしアリスよ? お主、冒険者をやっておって、この先自分より強い相手と相まみえぬとでも思うか?」
「それは……」
「敵わぬから無理だ、諦めたと、背を向けるのか? 果たして、それが許されるような甘い状況ばかりかのう?」
「確かに……」
もう一度、川岸に目を向ける。
肝心な時に、守りたい人を守れない自分は嫌だ。
「本気で行って、いいですか?」
「くふっ、妾が死ぬかもしれぬと、心配か?」
「愚問でした」
水面を蹴って、ジャンプする。
滞空時間の間に、攻撃魔法を発動する。
ティルのように、ダブルキャスト出来ないから不便である。
「天下る一条の光刃よ、我が剣となりて闇を裂け! ライトニング!」
右手で、ティルに中級魔法を放つ。
ティルを相手に遠慮なんて馬鹿らしい。
「――ブリザー」
俺のライトニングの射線上に、ティルは氷の壁を無数に張り巡らせた。
ライトニングはその壁に阻まれて、ティルに届く前に掻き消えた。
「ほう、8枚抜いたか」
砕け散った氷の壁を見て、ティルが賞賛するように声をかけてくる。
――しかし、こっちはそれどころではない。
最強の攻撃である。
「こ、事もなげに……」
受け止められた。
ブリザー?
ブリザーで受け止められたのか?
下級魔法で……
いや、それもそうだが、防御にも使えるなんて、なんていう汎用性。
「わっと」
着地に気を付けて、魔法で落下速度を相殺しつつ足を水面に付ける。
仕切り直し。
と、思ったら足が固まった。
「ちょ! 冷たい冷たい!!」
いつの間にか水面が凍ってしまって、俺の足まで氷漬けにされている!
「さて、今度は妾の魔法を受けてみよ」
逃がさないということですか!?
なんてドS!
「ブリザー」
今度は、単体狙い!
その分、威力が大きいはず。
まずい!
さっきの範囲でさえ、受けられる気がしなかった。
単純な魔法防御に頼っただけでは……串刺し!
「痛いのは嫌ですっ!」
「なぁに、女なら、そういうこともあるものよ」
あってたまりますか!?
というか、今そんなこと関係ないでしょうが!
未だ魔法を掌の上で遊ばせているティルが、行くぞ行くぞと脅しをかけてくる。
器用ですね!
「最悪、治療はしてやる――即死はするなよ」
などと、容疑者は供述しており。
「って、待って待って!!」
との願い虚しく、ブリザーが放たれる。
随分ゆっくりした速度だ。
一応、それで気を使っているつもりだろうか?
相手は一歩も動いておらず、攻撃から逃れることも出来ず、最強の攻撃すら簡単に防がれた。
この絶望的な実力差を前にしても、人間は抗わないといけないのだろうか?
「――答えは、イエス!!」
斜に構えるのはカッコ悪いだけだ。
やれるだけやってみせる。
ティルの氷の魔法は凄い。
だけど、俺は自分の雷の魔法に可能性を感じている。
自分に迫る氷の鉄槌を見据えて、息を整える。
「強制! ライト・エンチャント!」
――ティルの氷の刃に、強制的に雷の付与を施す。
「――ほう?」
これで、後の要領は同じだ!
「サンダーっ!!」
氷の弾丸に、俺の雷の魔法をぶつける。
雷の付与をされた氷の弾丸は、反発力で見る間に勢いを落としていく。
でも、これで終わりなんて思わないことだ、ティル!
「いっけええええ!」
ティルの魔法を、押し返す!
重い!
ぐぬぬ!
ここが勝負所!
「――くっ、ライトニング!!」
連続発動。
足場が氷で固まっている分、ダブルキャストの必要が無いのです!
俺の中級魔法に押し出されて、遂に逆転の弾丸となったブリザーがティルに襲い掛かる。
しかし、それはティルがジャンプすることによって簡単に躱された。
そのまま空中に滞空するティル。
「そのくらい、折りこみ済みです!」
なんせ、俺はティルを憧れを持って見ているので、ティルがどんなに凄い事をやってもある意味想像の範囲内!
ならば、当然咄嗟の状況にも対処する。
「サンダー!!」
直線だけでは当たらぬ。
空中に逃れたティルに、範囲でサンダーを放つ。
しかし、その攻撃にもティルは全方位に氷の壁を張ってガードするという度肝を抜かれる対処をしてのけた。
――まだまだ!
俺のティルに対する幻想は、その程度で驚くものではないのだ!
足が抜けないので、足場の氷ごとティルに向かって飛ぶ。
「接近戦はどうです! ティル!」
そのまま勢いよくティルに突っ込んで、手の平に雷を乗せる。
雷掌底。
切り札にしようかと思う、一つ。
「――くふ、嫌いではない」
「は――?」
至近で微笑んだティルが、俺の掌底を放った腕を下から払いあげて逸らした。
完全に体勢を崩された。
放っておいても、連続発動のし過ぎで魔力が限界な俺は川の中に真っ逆さまだが、相手は甘くなかった。
「守り0か。夕餉の支度までには、目を覚ませよ」
逆にほれぼれするような掌底を腹に打ち込まれた俺は、その場で意識を手放した――
「う……」
「アリス様? 目が覚められましたか?」
「ここは……」
ぼぅっとする意識で回りを確認する。
テントの中であるらしいことが分かった。
状況も、何となく分かった。
何故かイリアに膝枕されている。
「はぁ……どのくらい寝てましたか?」
ティル、強すぎです……
何やっても無駄な感覚を肌で感じてしまった。
「ちょうど日が沈んだところですので、それほど長い時間ではありませんね」
「そうですか、ティルとサイラは?」
「お師様は出かけています。サイラさんは、夕食の支度を」
なるほど、サイラには後でお礼を言わないと。
しかし稽古が始まったのが夕刻だったから、確かに言う通り、そこまで時間は経ってないな。
「えと……」
「?」
こちらを見下ろすイリアに声をかけると、不思議そうに首を傾げた。
イリア可愛い。
「私、カッコ悪かったですか?」
「くす」
笑われた!?
「気づかれませんでしたか? お師様は、お嬢様と戦っておられる時、終始嬉しそうにしておりました」
「え?」
必死すぎて、それ所じゃなかったので。
「それに、わたくしたちも、アリス様を見ていると期待に胸が熱くなりました。お嬢様は、いずれお師様の最強を継ぐ方です。わたくしは、その思いを強く致しました」
「イリア……」
「そんなお嬢様を、カッコ悪いなどと思うはずがありません。どうか自信を持って下さい、マイレディ」
「もう……イリアは口が上手いから困ります」
「あら? ふふ、そうでしょうか?」
「そうです」
簡単に乗せられる俺がいるから、困る。
でもそうか、ちょっとその期待に応えてみたいと思う自分が居る。
ティルが誇れるような、自慢の弟子になりたい。
俺は、ティルを悲しませたりしない。
それだけ、強く心に誓った。




