お買いもの
「さて、後は服を買いに行くだけですね」
「そうですね、お嬢様。ふふ、楽しみです」
そうですか、楽しみですか。
イリアの笑顔を見ると、やっぱり服を選んだりするのは楽しみなんだなぁ、と思う訳で。
誰かと一緒に選んだりするのも、まぁ、楽しみに思っている訳で。
何が言いたいかと言うと、やっぱり俺も行くんですよね、下着選びまで……
そんなルフィンの街三日目の午後である。
昨日の遺跡探索と護衛依頼を終えた俺たちは、眠ったままのサイラを家まで送り届けて、無事依頼を終えた。
鍛冶屋に行くと、初老に差し掛かろうかという親方さんが奥の作業部屋から出てきて物憂げに寝込んだサイラを抱えて、奥に引っ込んで行った。
その際、一度だけ立ち止まって。
「すまぬな」
とだけ言って、サイラを抱えたまま奥の部屋に去って行った親方さん、渋いです。
依頼完了のサインを実はまだサイラから貰っていないので、服を買った後に鍛冶屋に寄ってみようと思う。
様子見も兼ねて。
そうして、疲れ切った俺たちはその日は宿屋に直行して、すぐに眠りについた。
夜中に何かごそごそと違和感を感じて目を覚ますと、何故か知らないがティルが俺のベッドに潜り込んできていた。
物凄く可愛いんだが、どうしようかと思ったが、別にどうもしない。
年齢はともかく、見かけは子供そのものだから、和んでしまう。
特に寝顔のあどけなさと言ったら。
そのまま抱き抱えて、ティル枕を完成させた俺は、ぐっすりと朝まで安眠した。
そうして翌朝、理不尽にもティルのチョップで目を覚ました俺は、明日の出発に向けて旅支度をすることにした。
行程は、馬車で三日分ということだが、何があるか分からないから五日分を目安に買い物をすることにした。
野宿をするためのテントや、それ用の道具なんかはリンナルの街で揃えているから、基本的にこの街で揃えるものは食材関係がメインだ。
もちろん、頑張って馬車を引いてもらっているお馬さんの飼葉も忘れてはいけない。
鹿毛の馬二頭に引いてもらっているのだが、これがお利口さんで、ティルの言うことを良く聞いている。
この街に来る途中の休憩時間にリンナルをあげてみたら大喜びで、ほにゃほにゃの鼻を擦り付けてきた。
あの可愛さは半端じゃない。
調子に乗って汗を拭いてあげようと、タオル片手に馬の周りを回っていると、危うくボロを踏みそうになった。
そんな罠は要りませんよ、お馬さん。
今はその油断ならないお馬さんは宿に預けている。
預け代は一応サービスしてもらっているが、三人一室なんて良い商売だなー。
とにかく、人馬の食材と、ちょっとした日用品を午前中に買い終えた俺たちは、食事を済ませて、ある意味今日の本題に向かう次第となった。
「先に服の方から選びましょう。私は良いので、イリアのを二着買うことにします」
「はい、お嬢様に選んで貰えるなんて、嬉しいです」
「……いえ、イリア。今日はあなたの好きなものを選んで買って下さい。好みもあると思いますし」
俺の女服選びのセンスを試そうとするのは止めてくれないか。
「そうですか? わたくしは、アリス様に選んで頂けるのでしたら、とても嬉しいのですが」
「それは、またいずれ」
もう少し、俺が女を学んでからで良いだろうか?
いやいや、女を学ぶってどういうことだ……
感性が女に染まったら良いのだろうか。
「――姐さん!」
ギルドで貰った街の地図を睨めっこしながら、服屋の近くまで来ると、ふざけた呼び名をしながら近づいて来る男が一人。
何だか、やたら馴れ馴れしい。
人違いでもなさそうで、間違いなく俺に用事があるらしく、一直線に俺の前にやってきた。
「えっと……」
「姐さんの言う通り、俺、勇気を出してサイラに告白してみる!」
「え!? サイラ!?」
何で俺のおかげでサイラに告白するの!?
……あぁ! こいつ、そういえば酒場で喧嘩し出した二人組の一人か!
そうか、そういえばあの時の少女がサイラだったよね。
「やっぱ決着つけとかないと、前にも後ろにも行けねぇしな」
良い笑顔で語りかけて来るが、お前は一体誰だ?
後ろに行くのはどうかとも思いますけど。
「そ、そうですか」
「そうですか?」
何でそこで不思議そうな顔をするの?
「というか、ですね。あなた、誰です?」
「ええ!? 俺だよ姐さん、タケシだよ!」
「タケシ!? 日本人!?」
「いやいや、何言ってんだよ!?」
お前が何言ってんだ!
そんな名前を異世界で聞くとは思わなかったよ!
「……ええと、タケシ様。お嬢様はこれからお買いものですので」
イリアが何故か頭痛を堪えるように、額に手をついてフォローを入れてくれる。
「あ、ああ! わりぃ姐さん、引き止めちまって。じゃあ、行って来る!」
「え、ええ……頑張って?」
訳の分からぬまま、少年を送り出してしまった。
一体、何が起こった……
「姐さん」
「またですか……」
イリアと一緒に服選びを終えてお店を出たところで、今度は別の男に声をかけられた。
「ええと、あなたもサイラに告白しに行くんですか?」
ちょっと投げやりに聞いてみた。
「も、てことは、あいつも行ったか」
ふ、と無骨な割に嫌味の無い笑顔を浮かべて男が笑う。
「あいつは勘違いしてるみたいだけど、サイラは俺の事を好きな訳じゃないんだと思う。誰かと重ねてるような節があったから」
「はぁ……」
何で俺が他人の色恋のあれこれを聞かされる立場に?
「でも、俺はサイラが好きなんだって、姐さんのお陰ではっきり気づかされたよ」
「そ、そうですか」
サイラ、モテるんだな。
あの子、ちょっと年下のように思えたけど……そういえば何歳なんだろ?
というか、俺は一体何をしたの?
ドッペルゲンガー?
「恨みっこなしだ、じゃあ、俺も行ってくる」
「あ、ちょっと待って!」
「?」
「あなた……名前は?」
そこで男はその無骨な笑顔を深くして答えた。
「ケンジだ」
颯爽と去っていく後姿が、無駄にカッコいい。
君が代歌えますかって、聞いたら良かった。
さて、そんな不思議な出来事にも遭遇した訳だが、今日のメインディッシュは終わっていない。
服屋とはまた違う、それ専門のお店の前に、遂にやってきてしまった。
「せっかくですから、こちらはお嬢様に選んで頂きたいです。ぜひお願いします」
「ここで私!!?」
それなら、さっきの服の方が良かったんですけど!?
なんという後の祭り!
「あの……やはり、出過ぎたお願いでしたでしょうか?」
「違うの! そんな顔しないで、イリア? 私はイリアの事を、本当に大切に思ってます。だから、これからは自分を卑下するような思い込みは禁止ね?」
曇った顔は、して欲しくない。
そういえば、最近は出会った頃のような覇気のない顔をしていなかったから、余計に沈んだ顔に心が痛む。
「お嬢様……勿体ないお言葉です」
「ううん。こっちこそごめんね……ちょっとだけ、事情があって」
そこで、何故かイリアは俺の胸を見た。
そして自分の胸を確認した。
もう一度、俺の胸を見た。
「わたくしは、お嬢様の方が可愛らしいかと……」
「まったく気にしてませんけど!?」
何の勘違いですか。
もっと夢を詰め込むべきだったか……
思ったよりも、というとこの世界に大変失礼なのだが、服にしても、この下着にしても、あまり元世界のものと見劣りするものでもない、というのがお店を回ってみての感想。
素材とか、デザイン的に。
さすがに日本で日常的に着ているようなモダンな服ではないのだけど、ファンタジーっぽくて、結構好みなデザインも多い。
これがコスプレにならない、というのが良いよな。
堂々と着られる。
ちなみに今着ている普段着は、編み上げワークブーツに、黒のニーソックス。
それに薄緑メインの半袖の膝丈ワンピースに、ちょっとオーガンジーな感じの白のオーバースカートという。
腰に巻いた革袋を吊るすためのベルトが野暮ったくて、俺の心の清涼剤。
お姉ちゃんセレクトな服だ。
お姉ちゃんは俺を可愛い系だと認識しているんですね、そうですね。
そして現実に戻る――
お店の店内は、中々に目に毒なランジェリー加減である。
何にも悪い事してないのに、何かが俺を責めたてる。
「……ところで、デザインはともかく、サイズが分かりませんよね」
だから、自分で選んだ方が良いのでは?
という俺のパスがカットされて、カウンターを食らった。
「そうですね、ではお嬢様。サイズを測って下さいませんか?」
「…………え?」
サイズを測ってくれませんか?
おかしいな、こんな会話が男女で発生するのか?
「そこは店員さんにお願いした方が良いと思います……よ?」
犯罪者になりたくないので……
「ふふ……」
「え?」
「いえ、お嬢様の困った顔というのが、本当に可愛らしくって。先ほどから笑うのを堪えるのが大変でした」
は?
「先ほどから?」
「正確には、今日お買い物が始まる時からです」
イリアが小悪魔な笑顔を浮かべている。
なん、だと……
「謀りましたね……」
「イエス、マイ、レディ。ふふ!」
全然敬意を感じないんですが!?
「お嬢様はとても純でいらっしゃる。こちらが照れてしまいますわ」
「……のっぴきならない事情というものがあるのです」
「そうなのですか? ふふ」
イリアは悪い子だった、というお話……
その後、下着は自分で選ばせました。
めでたしめでたし――
「お嬢様のも選びましょうか?」
「今は結構です!」
「ふふ、ではまたいずれ」
「……」
おかしいな、イリアって俺の何だっけ……?
まぁ、いいや。
ともかく、明日は王都に向けて出発である。
目的は身の安全とか、逃避とか、そんなものなのだが、やっぱり楽しみというのもある。
何せ王都だからな。
闘技大会も、出る意味は無くなったけど、興味はあるなぁ。
ティルに相談してみようかな?
こうしてルフィンの街の三日間が終わろうとしていた。
後は、サイラに会うだけだと思いながら。




