幕間 流れ星を思う
最近のあたしは、少し上の空になっていることが多い。
冒険で遠出する気も起きなくて、近場の依頼をこなしては、帰ってぼけっと部屋で過ごす。
気が向いた時に平原に出て、森を抜けて、遺跡まで来る。
ここ数日は、本当にそればっかり繰り返している。
予想以上にあたしの心の中に、あの子が居たんだと思い知る。
いきなりやってきて、散々振り回されて、泣き笑いを浮かべて出て行ったあの子に。
まるで流れ星のように、あたしの前を通り過ぎて行った。
そうして今日も昼下がりの平原に出てきて、意味も無く野花を眺めてみたり。
「時間じゃないのかなぁ、こういうのって……」
抱きしめたあの子は、本当に華奢で、冒険をするには儚過ぎる。
何かの間違い一つで死んでしまうのでは、と思うと不安で他の事が手に着かなくなる。
「まぁ、エルフのおチビちゃんと、竜のお嬢ちゃんがいるからな」
特に、エルフのおチビちゃんは底が知れない。
氷竜の時の戦いは絶対に本気じゃない。
何せ、最後に氷竜がブレスを吐く直前、何かとんでもない魔法を唱えようとしていた。
竜のお嬢ちゃんが動いたから、様子を見ることにしたようだけど。
「ふぅ、らしくない。帰るか」
眺めていた視線の先に、4枚花のシラクサの花を見つけた。
幸運の4枚花を見つけるなんて、たまには暢気に草原を歩いてみるものだと思いながら。
街に戻ると、まだあの事件から数日しか経っていないというのに、前以上の活気を取り戻そうと皆が張り切っているのが感じられる。
この辺りの気概は、この街で生まれ育ったあたしには誇らしい。
リンナルは田舎だが、元々北の未踏地域を開発する為に建てられた、冒険者たちの街だ。
ちょっとやそっとでへこたれる様なヤワな心は持っちゃいない。
犠牲者を悼んで、事件のあった次の日の晩、あたしも含めて街の一同が命一杯泣いて、同胞を女神の元に送り出す供養祭を開いた。
そこで悲しむだけ悲しむ。
そして次の日から、全力で生きる。
それが、この街で生まれ育った冒険者のスタイルだ。
あの子は、青い顔をして一度も顔を上げなかったっけな。
とにかく、王都からもある意味独立しているこの街の自治会の連中も張り切っているし、金貨50枚を復興と発展に渡してやったから、後は前に進むだけだろう。
未だ誰も踏破出来ていない深緑の森と、その先にあると言われる妖精郷。
そこに到達することが、この街の冒険者たちの夢なのだから。
「ただいま」
「あら、おかえりシオン。ちょうどお友達が来てるよ」
リビングでお母さんと談笑している、赤毛の髪の少女が振り向いた。
「あ、シオン。お帰り」
「エレノアか」
あまり大きいとは言えないこの街で、全く同い年の幼馴染。
実家が客商売の店を経営している影響か、人好きのする笑みを自然に浮かべる、ほっとできる子だ。
「ねね、シオン。あなた今暇してるんでしょ?」
「いや、別に暇って訳じゃ……」
「なぁに言ってるのよこの子は、日がな一日ふらふらしてるじゃないのさ」
お母さんからは、やっぱりそう見えるんだ。
ちぇ。
「私、シオンに依頼をお願いしに来たんだ」
「依頼? わざわざご指名で?」
「うん、だって私、シオン以上に頼りになる冒険者知らないもん」
「持ち上げてくれるねぇ」
気心の知れたエレノアの笑顔に、苦笑する。
「実は私もさ、この街を出て王都でお店を開こうかと思うんだ。その下見に王都に行きたくってね。シオンに護衛を依頼したいの」
「王都……」
王都だって?
「前からあんたが言ってた夢だね」
「そう! いつか、じゃなくて、今この時を大事にしなくちゃって、思ったんだ。あんなことがある世の中だからこそ」
エレノアの瞳は輝いている。
気力の漲っている人間の目は違うな、と窓ガラスに移った自分を見て思ってしまう。
「そうか、応援するよ。出発はいつにするんだ?」
「用意してからだから、三日後くらいかな? 受けてくれる? お礼は弾むよ」
「馬鹿、相場で良いに決まってるだろ。これから商売しようって人間が、変に散財するなよ」
「投資だよ。我が幼馴染であり、将来有望な冒険者へのね」
「ふふ、有難いことだね。良いよ、三日後だね」
「ありがとっ、シオン!」
エレノアの笑顔を眩しく思いながら、少しだけ気が重い。
その晩、部屋で旅の準備をしていると親父が入ってきた。
「あのねぇ、年頃の娘の部屋にいきなり入って来るなって、いつも言ってるだろ」
「そんな繊細な娘を持った覚えもねぇがな」
「はいはい、で、何の用?」
「シオンよぉ、おめぇ王都に行くんだって?」
相変わらず仲の良い夫婦だねぇ。
お母さん、早速話したのか。
「そうさ。エレノアの護衛で、行って帰ってくるだけだけどね」
親父はそんなあたしの返事に、これ見よがしにため息を吐く。
「王都に行くのに?」
「……ああ、それが?」
「なぁにを変な意地を張ってるのかねぇ、我が不肖の娘は」
意地、か。
「違うよ、親父。そうじゃないんだ……」
急に思い出して、涙が出てくる。
「言わなかったんだ」
止まらない。
「あの子……あたしに一緒に来てほしいって、言わなかったんだ!」
あの晩を思い出すだけで、胸が張り裂けそうになる。
「やれやれ……お嬢ちゃんが言わなかった理由くらいは、分かるんだろ?」
「心が、納得しないんだ……」
どんな顔をして、あの子に会えるのか分からない。
「母さんが、おめぇをひり出してからこっち、こんなに悩んでるのを見るのは初めてだなぁ、随分遅い思春期だ」
がはは、と親父に笑われる。
思春期か、姉としてはみっともないね。
「なぁシオンよ。お嬢ちゃんがどうだったか、ってのは置いておいて、おめぇはどう思うんだ?」
「あたし?」
「それこそが大事なんじゃねぇのか? 気持ちは、言葉にしないと伝わらねぇよ。神様じゃねぇんだからな」
言ったかな、あたしは。
付いて行くって?
……
そっか……言ってない、か。
「……」
「シオンよ、流れ星は逃しちまうと、幸せになれないんだぜ?」
流れ星、か。
本当に、振り回してくれるよ。
はは。
「何か吹っ切れた。伊達に年とってないね、親父」
今でも現役のその腹筋に、一発パンチを入れてやる。
「おぐっ! げほっ、いてぇ! 嬢ちゃんとは違って、重いなぁ、シオンのは」
「当然さ、親父の想いを受け継いだあたしの力が、軽いはずないよ」
「ふん、俺だってまだ終わっちゃいねぇぞ」
「ふふ、どっちが先に妖精郷に行くか、勝負だね」
「おうよ、楽しみにしてるぜ。おめぇが自慢の妹を連れて、妖精郷に向かう時をな」
二人で笑い合う。
窓の外に目を向けると、夜空には都合よく流れ星は流れていない。
当然だ。
流れ星は、もう大分先に行っている。
「遅れちゃ、いられないね」
待ってろ。
あたしも、すぐに行くから!
――アリス!




