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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
終章

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166/170

幕間 暗雲の世界でも

 空が黒く染まってから、世界中はパニックに包まれた。

 魔物が溢れかえるようになり、作物も育たない。

 このままなら冬を超えるのが難しくなる。

 暗闇に染まる空を屋敷から見上げながら、ため息をつく。


 「ふぁっ」

 「あら、ごめんなさいね。ママがため息なんてついちゃったから、シルヴィ怒ったのかしら?」


 胸に抱き寄せたシルヴィに頬ずりする。

 キャッキャとすぐに嬉しそうな声を上げてくれると、頬が緩む。

 シルヴィは可愛い。

 アリスの子だと思うと、愛情があふれて止まらない。

 あの女の面影があるのはご愛敬ね。


 「エクレア様、体調は大丈夫ですか?」

 「心配性ね、ノア。つわりで一回吐いただけじゃないの」

 「心配もします。シルヴィス様に続いて、ルミナ様は私たち屋敷の者にとって希望なのですから」


 アリスはハーフエルフで寿命も相当長いだろうけど、後継者が生まれてくるのは家人にとっては確かに希望だろう。


 「大丈夫よ。エクレアだってこの子に会えるの楽しみなんだから。気を付けるわ」

 「なら、良いのですが」


 ご機嫌なシルヴィを落とさないように、片方の手でそっとお腹を撫でる。


 「それより、王都はどうなの? 大丈夫?」

 「外郭の外の者は姫殿下の政策で全て教会などに受け入れておりますが、明らかにキャパオーバーです」


 それでも城壁の外は魔物が溢れている。


 「手詰まりなのね」

 「城壁内の安全が保たれているのがせめてもの幸いです。騎士や兵士が奮戦しておりますので」

 「あの女も一度後手を踏んでるから、そこの所はしっかり頑張ってるのね」


 しかし田畑は城壁の外に広がってるし、世界中この有様では輸入にも頼れない。

 そもそも街から街への移動は騎士団クラスでないと無理だ。

 行商人どころか商団クラスでも身動きとれない。

 さっさと解決しないと、とても人間は生きていけない。


 「ノア、屋敷に怪我人や病人を出来るだけ受け入れてあげて」

 「心得ておりますエクレア様、ですがあくまで屋敷の者たちで面倒を見られる範囲までです」

 「こっちまで倒れたら意味ないからね、分かってる」


 ノアは相変わらず現実的だ。

 この屋敷の子たちは前の戦争も経験して、王都の中でも最精鋭だし、出来るだけの貢献はしてあげて欲しい。


 「ミャンは?」

 「筆頭は1番隊、4番隊、5番隊を率いて周辺の村まで威力偵察に出ております」

 「じゃあこの屋敷の今の指揮官はあなたなのね、ノア」

 「左様でございます」

 「ずっとエクレアに付いてていいのかしら」

 「それが一番大切な任務です。指示ならここからでもできますので」


 過保護。

 肩を竦めて見せるが、ノアは動じない。


 「あら?」


 ふと窓の外に目を向けると、リンに引っ張られてサイラが中庭に連れ出されていた。

 遠めでも分かるほどサイラは疲れている。

 そんなサイラを連れ出すリンは大人顔負けの気遣いだ。

 根を詰めすぎるサイラは休むことを知らない。

 だからリンは無理やりサイラを休ませるために遊びに連れ出す。

 世界がこんなになっても、皆の生活は続いていく。


 「子供が子供になれる場所を作らないと、大変ね、アリス」


 名前を呼んでみると胸が締め付けられる。


 「死んだら許さないんだから」


 ルミナに顔も見せずに居なくなるのは許さない。

 付いていけなかった己の立場が歯痒い。


 「まったくあのバカが毎晩毎晩考えなしに……あ」

 「……」


 ノアが顔を反らした。

 顔が熱くなる。

 これもそれも全部アリスが悪い!


 「――お邪魔しますわ」


 いきなり部屋の扉が開くと、あの女――クランセスカが入ってくる。

 部屋の前に居たメイド達がアワアワしていた。

 まあ、止められなかったんでしょうね。


 「国主ともあろう方が礼儀もなってないのね」

 「あら? 自分の家に帰ってくるのに畏まる必要がありまして?」

 「はて? ここは貴方の家だったかしら?」

 「自分の子が待つ家なのだから、余の家だと言っても良いのでは?」

 「アリスの子よ」

 「余の子でもありますわね」

 「――ふぇ」


 出会いがしらの口喧嘩にシルヴィが顔を歪ませた。


 「あ、あらあらシルヴィ」


 ゆらゆらと優しくゆすってやると、なんとか機嫌を直してくれた。


 「……やめましょ、赤ちゃんの前で」

 「……ですわね」


 クランセスカが近づいてくると、シルヴィに顔を近づけた。

 悔しいけど、面影があるのよね。


 「安心しきっておりますわ。貴女の事が、好きなのですね」

 「……あんたはちゃんと眠れてるの?」


 質問に質問で返す。

 目の下のクマは誤魔化せない。


 「ふふ、シルヴィが眠れる世の中にするためなら労を惜しんでおられません」

 「あんた、たまには顔を出さないと我が子に忘れられるわよ」

 「それは……まったくですわね……抱っこ、してもよろしいかしら?」


 何を遠慮しているのか。

 あんたの子でしょうーが。


 「抱いてあげなさいよ」


 クランセスカはゆっくりとシルヴィを抱き上げた。

 なんとなくシルヴィが嬉しそうだ。

 やっぱり本当の母親が分かるのかも。

 赤ちゃんって凄いわ。

 クランセスカは何も言わずに、そのまま立ち尽くしていた。

 シルヴィをじっと見つめるその顔は、なにやら母親としての貫禄を見せつけられるようで嫉妬する。

 しばらく誰も、何も言わずに時間が過ぎる。

 そうして、クランセスカはそっとシルヴィをこちらに渡して背を向けた。


 「お邪魔しましたわ」

 「……クランセスカ」

 「はい、エクレア」

 「シルヴィを泣かせるんじゃないわよ」

 「肝に銘じておきますわ」


 慌ただしくも優雅にクランセスカは帰って行った。


 「先の騒動から戦争、さらにこの世界の異変。姫殿下は休まりませんね」

 「とはいえ、今はやってもらうしかないわ。アリスが帰ってきたら、ちょっとだけ甘やかせば良いでしょ」


 ちょっとだけ、貸してあげるわ。




 ――その時、屋敷を守る結界が音を立てて砕け散った。




 「何事」


 窓から外を確認すると、空を飛ぶ禍々しい魔物が1匹。

 急いでシルヴィをベッドに寝かせて部屋を出ていこうとすると、ノアがドアに立ちふさがった。


 「絶対に行かせません」

 「魔法くらい撃てるけど」

 「攻撃を躱せますか?」

 「もともとアリスみたいに躱すのは不得意なんだけどね」

 「絶対に行かせません」

 「分かったわよ、まったく」


 なら、ここでシルヴィを守るしかないわね。

 もう一度窓の外に目を向けると、戦闘メイド達が迅速に飛び出していた。




 ◇■◇■◇


 「僥倖、ですわね。まさかシルヴィの顔を見に来たその時に、このようなハプニングに遭遇しますとは」


 この手で我が子を守る事ができるのだから、母としての面目が保てるというもの。

 腰から魔剣クォーレ・ディ・ソルを抜き放つ。

 中庭に走りこむと、上空の魔物からサイラを庇うようにリンが手を広げて前に、リンを庇うようにサイラが後ろから抱え込んでいた。

 その光景に不謹慎にも顔が綻んでしまう。


 「ん? おまえ、主様のてき?」

 「あら、貴女はエクレアの可愛いドラゴンちゃんですわね」


 フルーレティと言ったか?


 「主様のてき、討つ」

 「今は、あちら様ではなくて?」


 レイピアで空を指し示すと、ドラゴンちゃんは不承不承頷いた。

 中庭にはすでにアリスの屋敷の戦闘メイドたちが集まっていた。

 留守を預かるだけの、素晴らしい練度。


 「弓兵、魔法使いはあの魔物を叩き落して下さい! お嬢様のお屋敷を断りもなく侵入するなど許せません!」


 威勢よく指示を飛ばすメイドの子が持つ武器は、棍?

 どうやらこの子がノアに次ぐ屋敷の次席の子なのかしら?


 「もし、貴女が指揮官かしら?」

 「はっ、姫殿下!」


 慇懃に礼をするメイドの子。


 「僭越ながら、ミャン様、ウルカ様、ノア様の代わりに戦闘指揮を任されております!」


 筆頭がミャン。

 1番隊がウルカ。

 2番隊がノア。

 ミャンとウルカは威力偵察だと言っていたし、ノアはエクレアとシルヴィから離れない。

 となると、この子は3番隊の子か。


 「お名前は?」

 「メイと申します!」


 なるほど、あの地獄を見た3番隊の指揮官。

 ……ならば、誰よりも信用できますわね。


 「どのように動けば?」

 「は?」

 「貴女の指揮に従いますわ」


 目を白黒させていたが、流石に戦場帰りは判断が早い。

 すぐに気を取り直した。


 「……では、姫殿下はサイラ様とリン様をお守りください。直接攻撃は私どもが」

 「では、そうしましょう」


 空を見ると、既に他の戦闘メイド達から魔物は集中攻撃を浴びていた。

 通常ならもう終わっているくらいの攻撃だが、そんな魔物なら結界を破壊などできないでしょう。

 後ろに下がる。


 「ひ、姫殿下……! こ、ここは危ない、ですにゃ」

 「危なくない場所なんて、今の世界どこにもなくてよ、サイラ」

 「そーだよサイラ! リンがまもってあげる!」

 「ふふ、頼もしい騎士様ね」


 リンの勇ましさに、サイラの耳が垂れている。


 「うにゃあ……リンさん、屋敷に入りましょう?」

 「だめ! シルヴィ、守ってあげないと!」


 本当に頼もしいですわね。

 注意力は子供らしく散漫ですが。


 「――っは!」


 空から無差別に攻撃してきた魔力弾をレイピアで弾く。


 「油断大敵ですわよ、リン」

 「わ、わ~。ひめちゃん、凄い!」


 ひめちゃん。


 「ふふ。しっかり周りを見ているのですよ」


 さて、あれの力はどれほどか。

 余の護衛が未だ来ないということは、屋敷の周りでも戦闘が発生している可能性が高い。

 アリスからの直近の報告では666の破滅の獣が溢れているという事でしたから、あれがそうだと考えた方が良いでしょうね。


 「メイは……流石ですわね」


 絶えず遠距離攻撃を浴びせつつ、魔物の動きには細心の注意を払っている。

 しかし今のレベルの攻撃では足止めがせいぜい。

 決定打にはなりません。

 どうします?

 同じことを考えたらしいメイが、何やら棍を構えて集中している。

 何をするのかしら?

 あの距離では届かない。

 ……興味深いですわね。


 「――やあああああああ!!!」


 裂ぱくの気合を込めて、メイが棍を振り下ろす。

 その長さを大きく伸ばして。

 上空の魔物は虚を突かれて、メイの攻撃の直撃を受けた。

 たまらず、地上に叩きつけられる。


 「今! 決して逃がすな!」


 メイの指示を聞く前から、接近戦部隊が殺到していた。

 いくばくもしないうちに魔物は断末魔の咆哮をあげて、砕け散った。


 「素晴らしいですわね」


 その称賛を聞いて、リンが嬉しそうに腕を組んで胸を張った。


 「ふふーん、あのメイの武器はね? サイラが作ったんだよ!」

 「まあ、素晴らしいですわね」

 「そ、そんな……照れますにゃ」


 照れたように頭を掻くサイラは、すぐに表情を曇らせた。


 「武器は、使う人の命を預けるものですにゃ。それを想うと、満足なんて……」


 色々ありますのね。


 「貴女には、いつも助けられますわね」


 サイラが驚いたように顔を上げる。


 「ねえサイラ。余はあの日、あなたにちゃんと御礼が言えたかしら? 感謝こそすれ、ちゃんと余の口から御礼を言えていなかったと記憶しておりますわ」

 「そ、そんな……恐れ多い事ですにゃ」

 「いいえ、サイラ。礼儀を弁えない人間は自分も周りも不幸にします。少なくとも、アリスは怒ると思いますわ」


 確かに、と頷くサイラとリン。


 「ですから、万感の想いを込めて今伝えます――――ありがとう、サイラ」


 背筋を正して礼を述べると、サイラの耳から尻尾がぶわっと逆立った。


 「あ、あわ……は、はい」


 うっすら涙ぐむサイラを見て、笑みが浮かぶ。


 「ひめちゃんも! リンたちを守ってくれてありがとう!」

 「ふふ、どういたしまして」


 魔剣を鞘に納めると、欠伸をしているドラゴンちゃんと目が合った。

 こちらに興味なさそうに背を向ける。

 さらに見渡してみると、さっそく屋敷の結界の修繕にとりかかるチームと、警備について話し合うチーム。

 医療チームに、生活班も慌ただしく動き回る。


 「本当に、世界で一番安心できる場所ですわね、ここは」


 安心して突き進みなさいな、アリス。

 こちらは貴女が戻ってくるまで、きっと大丈夫ですわ。

次話『真龍』

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― 新着の感想 ―
[一言] 何回か読み返してほぼ諦めかけてたけど待っててよかったぁ
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