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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
終章

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自分が背負うのが楽という性分の人たち

 作るメニューを固めたので、あとは調理手順を考える。

 獲れたてお肉は有り難いがシルヴィちゃんの体調を考えると食べやすさ重視だろう。

 焼いただけなんてのはもっての他。


 「うん、大体固まりました」


 野菜というか野草類も、まあ調味料があればなんとかなるよね。


 「じゃあシトラにも手伝ってもらおうかな」


 もう一度包丁を差し出すと、シトラはおずおずと包丁を受け取った。


 「シトラって、目は見えないけど何がどこにあるかは分かるんだよね?」


 包丁を瞑ったままの目で眺めていたシトラに声をかけると、可愛らしく首を傾げた。


 「はい」

 「魔力感知ならぬ物体感知……360度の視野って事なのかな?」

 「おそらく……目で見るという行為が私には分かりませんが」


 う~ん、こんな事聞いていいか分かんないけど……というかできればどうにかしてあげたい……よし。


 「……シトラの目って、生まれつきなの? 治療とか、試してみた?」

 「目は生まれつきです。薬も魔法も試してみましたが、見えるようにはなりませんでした」


 そもそもシトラは俺よりも純粋なヒーラーだからな。


 「そうでしたか……でも一応、失礼します」


 目に手を当てた。

 シトラは俺のやりたいようにさせてくれている。


 「ヒール」


 ダメで元々、かなりの魔力を込めた。


 「ふふ、目がぽかぽかします」

 「全力だからね~」


 しばらく気合を込め続けたが、どうだろう?

 ヒールを終わらせる。


 「……どう?」

 「……」


 シトラは瞼を開いた。

 あの戦場で見て以来、十字架のような模様が刻まれたシトラの瞳と目が合う。


 「……アリス様のお顔を見てみたかったです」

 「ダメでしたかぁ……」


 実際俺のヒールはただのヒールだからな。

 俺よりも性能の良いヒールを使えるシトラが試していないわけがない。

 う~ん、それでも屋敷のメイドさんには医療魔術を扱える子がいるから帰ったら診てもらおう。


 「ありがとうございます、アリス様。ふふ、気落ちしないでください。今はシルヴィス様にお料理を振舞って差し上げましょう?」


 やだこの子……やさしい。

 あ、聖女様か。


 「シトラっていつから聖女って言われるようになったの?」


 そもそも職業が『聖女』だけど、対外的な話でね。

 シトラと親睦を深めながら、調理の方も進めていく。

 根っこはとりあえず今回はいらないかな?

 とんとんさばく。


 「素晴らしい手際ですね……あ、私が聖女と呼ばれたのはやはり戦場です。帝国と一度衝突したことがございまして、圧倒的兵力差に戦線は崩壊寸前、そこで戦場を包むほどのエリアヒールを半日続けたことで戦線は持ち直しまして……それから言われるようになりましたね」


 ……エリアヒールを半日使いっぱなし?


 「それはまさしく聖女と呼ばれるにふさわしいエピソードでしょうけど、よく魔力が持ちましたね?」


 俺でもヒールを全力で使うのは限度がある。


 「たぶん、私のヒールとアリス様のヒールは違うのです。確かにまったく疲れないことはありませんが私のヒールは魔力を自分で消費する訳ではないのです……このような感じです」


 ふわり、と周囲が優しい光に包まれた。


 「……すごい、これがエリアヒール」


 この光は……シトラから生まれている訳ではない?


 「まさか、大気のマナから直接変換してるの!?」

 「はい、それがいわゆる正式なヒーラーの回復魔法です」

 「へ~~~~~!!」


 これは……驚いた。

 俺の周りにヒーラーいなかったからな……いやまあ彼女は聖女だから特別だろうけど。

 確かに戦場の回復でいちいち自分の魔力が枯渇してたらどうにもならないし。

 あ、この葉っぱちょっと痛んでるから捨てよう。


 「実はこれのせいで自分の怪我に無頓着になることが多くて、よく怒られるんです」


 言いながらシトラが包丁を振り下ろして肉を切ろうとして、自分の指を深く切った。

 鮮やかな鮮血が舞う。


 「わあああああっ」

 「あ、痛いです……えと、こんな感じで、ふふ」


 しかし先ほどから展開してたエリアヒールのお陰で指の傷は瞬く間に治っていく。

 お、おお……無事っぽい……


 「って、そういう問題じゃないです! 危ない、シトラ危ないから! 包丁はやっぱりやめましょう!」


 やっぱり視力に頼った方が良いところは良い。

 たぶん、現実感の問題でいろんなことが鈍感になってる気がする。

 ちょうど夢の中で無茶するような感覚で。


 「えっと、はい」


 いつもの事なんですが、という顔が怖い。

 包丁回収。やれやれ……

 いやでも、ずっと見学してろというのもな……ここは例の二人羽織で行きますか。


 「シトラ、私が後ろから手を添えますから、お肉切っていきましょう」


 シトラの背に回って抱きしめるように手を添える。


 「あ……」

 「せっかくの料理ですしね」

 「アリス様の、心臓の音が聞こえます……」

 「そう? ふふ、シトラが可愛いからドキドキしてるのかな、私も」


 力の抜けているシトラの手を取って肉を刻んでいく。

 まずはミンチにしないとね。手作りミンチだ。


 「あの……私、恥ずかしいです」

 「え? あ、ああ、イヤだった?」


 手を止めると、ふるふるとシトラが首を振った。


 「こんな風に、誰かに抱きしめられたことがありませんでした……から。でも、これ……離れがたいって思います」


 ふ~ん、シトラって結構ストレートに自分の思いを吐露するんだ。

 うんうん、溜め込むタイプよりは健康的だよ。


 「私で良ければいつでも抱きしめてあげるよ?」

 「本当ですか?」


 その声は、なぜか真に迫っているような響きに思えた。


 「う、うん? シトラが嫌じゃなければね」

 「イヤじゃないです、アリス様」


 ん、んん?

 ところで俺っていつからこんなに簡単に女の子を抱きしめられるようになったんだろ?

 やっぱり一児の親だからかな?

 なんとなく機嫌がよくなったシトラと一緒に調理を進めていった。




 ◇■◇■◇


 「入りますよ、シルヴィちゃん」


 ノックをしてから、シルヴィちゃんに用意してもらった部屋に入る。

 シトラは病人に大勢で押し寄せるのもダメだからと気を使ってもらった。ほんと出来た子だ。

 シルヴィちゃんは俺を見ると身体を起こして微笑んだ。


 「お母さま」

 「無理しないで。一応食事を作ってきたの。食べられる?」

 「お母さまが……?」


 娘の瞳がうるりと滲んだ。え、えええ?


 「そのような……わたくし、嬉しい……」


 あ……そういえば、この子の居る未来では俺は居なかったんだろうか?

 たしか、マキナの事を思い出すと大抵の未来で俺は死んでたはずだ。というか、全部か?

 う~ん、子供ができたタイミングで退場って親としての自覚無さ過ぎでしょう、俺。

 まあこの世界はどうしたって冒険と戦いがある訳で、結構死が身近にあるのも事実だ。そういう話は珍しくもないのがここでの現実である。

 でも、子供にそんな事情は関係ない。

 苦笑がでてしまった。


 「なんだか、貴方には苦労をかけてしまったみたいですね」

 「……いえ、母上も、エクレア様も、ルミナも、屋敷の皆様も、わたくしには居てくれましたから」

 「それが唯一の救いかなぁ、幸い、私の周りには優しい人が多かったから」

 「それは……お母さまがそういう人だから、です」

 「まあ? ふふ、病人がお母さまをおだててどうしようっていうんですか、め、ですよシルヴィちゃん」


 と言いつつ満更でもない単純な俺は娘の頭を撫でるのだけど。

 シルヴィちゃんがくすぐったそうに眼を細めてほほ笑んでくれるのが嬉しい。


 「さて、冷める前に食べられるなら食べてもらった方がいいですね、どうです? 食べられそう?」


 シルヴィちゃんが俺の持ってきたうつわに目を落とした。


 「スープですか? 良い匂いですね、頂きたいです」


 良かった、半日くらいだけど横になって少しは回復してるのかな。


 「じゃあ、どうぞ。あ~~~ん」

 「え……?」


 唖然としたシルヴィちゃんが、目の前の光景を理解してから真っ赤になった。

 熱大丈夫かな~?


 「お、お母さま、わたくしも10になりました。その……恥ずかしいです」


 この世界にきて2年ほどの時間が経っているから、俺の今の年齢は17歳。元の年齢なら今頃20歳。ちょうど俺の半分を生きた訳か。親子というには近すぎるし、そもそも俺はこのシルヴィちゃんを知らない。

 ――それでも可愛いって思っちゃうのは親としての本能?


 「ふふ、でも親に甘える特権が病人にはあります。そして何より私はあ~ん、を諦めません」

 「わたくしは……」


 少しだけ、シルヴィちゃんの顔に陰が差した。

 顔を上げたシルヴィちゃんは、どこか大人びた顔をしていた。


 「有り難く、頂きます」


 ひな鳥のように頬を染めながら口をあけてくれる。

 そこにせっせとスプーンを運ぶ作業は、思った以上に……うん、嬉しかった。

 ゆっくり時間をかけてすべて食べてくれたので、今はもう一度シルヴィちゃんをベッドに寝かせてあげる。


 「ありがとうございます、お母さま」

 「あたりまえだよ、可愛い娘のためだもの」

 「……」


 うーん。

 まあ、聞いてあげるか。


 「で、難しい顔をした私のお姫様は、何を言いたいのかな?」


 シルヴィちゃんは、窓の方に顔を向けた。俺から顔を反らしたのかな。


 「覚えておいでですか? わたくしが、最初にお母さまに何をしたか」

 「あ~」


 とりに来てたねえ、命を。


 「わたくしは、卑怯者です。このように甘えておいて、それでも必要があれば……」


 声が震えている。

 う~ん、思い悩むと身体に悪そう。


 「私を殺せば、世界を救える?」

 「――――」


 答えるよりも雄弁に、その沈黙が語る。


 「参ったなぁ、私も全然死にたいわけじゃないんですけど……まあ娘のためなら死ねるかな」

 「――っ そのような事を、仰らないでください!」


 あまり興奮しても身体に触る。

 なるべく落ち着くように、頭を撫でる。


 「ねえシルヴィちゃん、どうしても私を死なせないといけないなら言ってね? あなたがそんな重荷を背負う必要はないから。みんなで幸せになる方法を探して、それがダメなら――」


 ダメなら――自殺は怖すぎるな。

 まあ……


 「イリアにやってもらうよ。あの子は、私が死んだら生きていけませんからね。ふふ、まあ背負ってもらうにはちょうどいいでしょ」


 俺もひっどいなぁとは思うけど、イリアはそれくらい託せる、我儘を言ってもよい、そんな存在になってる。

 まあ親殺しなんて十字架を背負わせるのは酷でしょう、こんな優しくて可愛い娘に。


 「わたくしは……なぜ、こんなに弱いのです……あんな、思いをして……」


 シルヴィちゃんが俺の手を取った。


 「でも、お母さまが温かすぎるから……いえ、情けない」


 自分を律する子だな。

 これはあれだ、自重で動けなくなるタイプだ。


 「まあ、今はおやすみなさい。体調が悪いと、よくない事ばかり考えるものです」


 よくみるとちょっと熱出てきてそうだ。頬が赤い。

 事情は後で聞けばいい。何も体調不良の愛娘に聞き出すことじゃない。


 「お母さま……どこにもいかないで……いなくならないで……」

 「大丈夫ですよ、私はずっとここにいます。だから安心して眠りなさい」


 そうだ、いつかティルがしてくれたみたいに……氷魔法は使えないからヒールで。

 病気には効き目が薄いヒールだが、気休めにはなるだろう。

 しばらくそうしていると、シルヴィちゃんから穏かな寝息が聞こえてきた。

 寝顔も天使。起きてても天使。

 さて、次の神様の相手は俺の命が勘定か。

 なんて――気が楽なんだろう。

 誰かの犠牲を強いるんじゃなくて、ようやく俺か。

 もちろん死ぬ気は無いんだけど……なんだか不思議と笑えるな。




 この日は約束通り、一晩シルヴィちゃんの看病をしました。


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[一言] 死ぬなあああああああああああ!
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