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興国の悪女 ―内政日記(仮)―  作者: カワカン


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冬支度

一編 来年に向けて


太郎爺は、今年の蚕の世話を終え、松のもとへ報告と今後の相談に訪れていた。


「それで、太郎爺。今年はどれくらい作れそうなの?」

「そうですな。今、繭が百斤ほどございます」

「百斤も?」

「はい。これから冬の間に糸を取ったり、真綿にしたりしていくことになります」

「雪解けの頃には、どれくらい売れると思いますか?」

「まあ、冬の間の頑張り次第でしょうな。繭百斤から、生糸は十斤ほど。真綿はおそらく七十斤ほどになると思います」

「それぞれ、いくらくらいになるの?」

「生糸が九十貫ほど、真綿が七十貫ほどでしょうか」

「合わせて百六十貫ね」


松は頭の中で計算していた。


「今年の反省点はありますか?」

「そうですな。無理に数を増やしたため、途中で蚕が死んでしまったことが一点ございます」

「どうして?」

「カビですな。修理を施したとはいえ、元は廃屋でしたから。湿気がこもりやすく、あまり環境がよくなかったようです」


太郎爺は少し困った顔をした。


「来年、これ以上増やすとなると、カビの被害が大きくなり始めると思います」

「なるほど……」


松はしばらく考え込んだ。


「では、専用の小屋を建てましょう」

「小屋を、ですか?」

「ええ。今の小屋では、これ以上増やすのは難しいのでしょう?」

「そうですな。蚕を育てる場所は、きちんと考えた方がよろしいかと」

「それなら、今年の売り上げを使って、この冬の間に小屋を建てましょう」


松は迷いなく言った。


「来年は、もっとたくさん育てられるようにしましょうね」


太郎爺は松の顔を見つめ、やがて深く頷いた。


「承知いたしました。よい小屋になるよう、考えていきましょう」


松は、もう来年の養蚕のことを考え始めていた。





二編 蚕専用小屋の設計


「それで、太郎爺。新しい小屋はどんなものがよいでしょう?」


松は太郎爺と向かい合い、小屋の設計について話し合っていた。


「そうですな。まずは空気がよく通るようにしたいですな。今の小屋は湿気がこもりやすく、カビが出てしまいましたから」

「風通しですね。それは大事です」

「それと、床は高くした方がよろしいでしょう」

「高床ですか? どうして?」

「鼠が上がってきにくくなります。蚕を食われてしまっては困りますからな」

「なるほど。それは入れましょう」


松は頷き、さらに思いついたように言った。


「それから、屋根に風車を付けましょう」

「風車ですか?」

「はい。それを動力にして、換気扇を回すのです」

「……換気扇?」


太郎爺は聞き慣れない言葉に首を傾げた。


「風車が回るでしょう? その力で小屋の中の空気を外に出すのです」

「なるほど……。しかし、どのような仕組みで回すのでしょう?」

「それは……」


松は少し考えた。


「細工師さんと大工さんに任せます!」

「……」


太郎爺は黙って松を見た。


「以前、糸車を改造してもらった方ですね?」

「そうです。あの方なら、たぶんできるのではないかと」

「そうですか……」


太郎爺は、以前の五連糸車足漕ぎを思い出していた。


あのような仕掛けを作り上げた細工師なら、今回も何か考えてくれるかもしれない。


「それで、小屋の大きさはどうしましょう?」


松は指を立てて答えた。


「今使っている小屋の四倍は育てられるようにしたいですね」

「四倍ですか」

「はい。来年はそれくらいの規模にしたいです」

「では、今の小屋の四倍の広さを目安にいたしましょう」

「お願いします!」


太郎爺は新しい小屋の姿を頭の中で思い描き始めた。

今度は、最初から養蚕のために建てる小屋である。

以前のように、廃屋を直して使うわけにはいかない。


来年の蚕を育てるため、今度こそよい環境を整えなければならなかった。





三編 秋の山の恵み

秋になった。

砥堀の叔父の屋敷では、家の者たちが総出で山に入り、秋の恵みを採っていた。

居候である松たちも例外ではない。


「姫様、これが松茸です」

「ほうほう」

「そして、これも松茸です」

「はいはい」

「こちらも松茸です」

「……松茸が多いですね」

「そうです。すごく多いですよ」


松は籠の中を覗き込んだ。

そこには、立派な松茸が何本も入っている。


(こんなに採れるんだ……)


「姫様、出ました!」

「何が?」

「椎茸です!」

「へぇー」


通が嬉しそうに差し出した椎茸を、松は受け取って眺めた。


「椎茸は超希少なのですよ」

「そうなんですね」

「分かっておられませんね。これは超高級品なのです。採れたものは小寺の殿に献上してしまいますので、私たちは食べられないのですよ」

「え?」


松は椎茸を見つめた。


それから、籠に山ほど入っている松茸を見た。


(……あれ?)

(松茸と椎茸の価値が逆転してる?)


松はもう一度、手の中の椎茸を眺めた。


(私、松茸より椎茸の方が食べたいんだけど……)


どうやら、この山では松茸より椎茸の方が貴重らしい。




四編 秋の保存食


山から戻った松たちは、持ち帰った秋の恵みを仕分けしていた。

採ってきた茸は種類ごとに分け、食べるものと保存するものを選り分けていく。

その傍らでは、通が柿の皮を剥いていた。

剥き終わった柿は、松の前に置かれていく。

松はそれを受け取り、柿の軸に紐を結びつけていた。


「姫様、そちらはお願いいたします」

「はーい」


通が皮を剥き、松が紐を結ぶ。

二人で手分けして、次々と柿を処理していく。


「これ、全部干すの?」

「はい。干し柿にいたします。こうして吊るしておけば、冬の間のおやつにもなりますから」

「なるほどね」


松は結び終えた柿を持ち上げ、紐の具合を確かめた。


「これでいい?」

「はい。あとは軒先に吊るして、風に当てておけばよろしいかと」

「たくさんできそうね」

「山の恵みは、採って終わりではございませんから。こうして保存しておくのも大切なのです」


松は並んだ柿を見て、満足そうに頷いた。

秋の仕事は、まだまだ続きそうだった。




五編 鴨の羽毛


柿の皮を剥き、紐に結びつけていた松と通のもとへ、高友が戻ってきた。


「戻ったぞ」

「お帰りなさいませ、叔父上」


高友の後ろには、狩りに出ていた者たちが続いていた。その手には、何羽かの鴨がぶら下がっている。


「叔父上、それは鴨ですか?」

「そうだ。川で仕留めてきた」


松は興味深そうに鴨を眺めた。


「これ、羽はどうするのですか?」

「羽か? 使えるものは矢羽根にする。あとは必要なものを選り分ける」

「そうなのですね」


松は鴨の羽毛に目を向けた。


「その柔らかい羽も使うのですか?」

「羽毛のことか。そちらは特に使い道もない。捨てるようなものだな」

「では、私にください!」

「欲しいのか?」

「はい。袋に詰めて、ふかふかににするのです」


高友は少し不思議そうに松を見た。


「ふむ。捨てるものなら構わん。持っていくがよい」

「ありがとうございます!」


松は嬉しそうに頷いた。


「通、これを集めておいてね」

「承知いたしました」


松は手元の干し柿を見たあと、鴨の羽毛を見つめた。


(真綿とは違う、ふかふかのクッションができそうね)


秋の収穫に、また一つ新しい楽しみが加わった。




六編 羽毛の始末


高友の屋敷では、仕留めてきた鴨の肉が串に刺され、火にかけられていた。

松と高友は、焼き上がった鴨肉を手にしている。


「うむ、なかなか美味いな」

「はい。脂がのっていて美味しいです」


松は串に刺さった肉を少しずつかじった。

そのとき、通が二人のところへやってきた。


「姫様、あの羽毛はどうなさいますか?」

「羽毛?」

「先ほどいただいた鴨の羽毛です。集めてはおりますが、その後どうすればよいのかと思いまして」

「ああ、あれですね」


松は少し考えた。


「まずは洗って、それから湯がいて、干せばよいのではないでしょうか」

「洗って、湯がくのですか?」

「ええ。汚れも落ちるでしょうし、きれいになると思います」


松は手に持った串を眺めながら続けた。


「干すときは、風で飛ばされないように気をつけてくださいね。軽いものですから」

「なるほど。確かに、飛んでいってしまいそうですね」

「そうでしょう? それで大体きれいになるんじゃないかな」


通は頷いた。


「承知いたしました。では、そのようにしてみます」

「お願いしますね」


通が下がると、高友が松に尋ねた。


「羽毛を洗って、何にするのだったか?」

「袋に詰めて、クッションにするのです」

「ふむ。うまくいくとよいな」

「はい。きっとふかふかになりますよ」


松はそう言って、再び鴨肉にかぶりついた。




七編 祖父に似て


食事を終えた松と高友は、しばらくその場で話をしていた。


「ところで松、蚕の方はどうだ?」

「はい。順調だと思います。冬明け後に、生糸と真綿を売却する予定です」

「ほう。どれほどの見込みを立てている?」

「合わせて二百貫ほどになるかと」

「二百貫か。ふむ、なかなかの額だな」


高友は感心したように頷いた。


「その金の使い道は決めているのか?」

「新しい蚕小屋を建てるために一部を使います。それから、来年以降も作り続けるための費用として残しておくつもりです」

「そうか。では、今後も毎年二百貫ほど稼げると考えているのか?」

「今のところは、そのつもりです。もっと増やせるかもしれません」


高友は松の顔をじっと見た。


「お前は、おやじのようだな」

「おじじ様ですか?」

「ああ。あの方も薬師と組んで目薬を作り、それを売り歩かせて財を成した。商いを始め、得た金で家臣を作った。お前の話を聞いていると、あの頃を思い出す」

「そうだったのですね」


松は少し驚いたように目を瞬かせた。


「わたくしは、まだおじじ様のようにはできません」

「いや、もう十分に似ていると思うぞ」


高友は笑った。

松はその言葉を聞きながら、少しだけ考え込んだ。


(おじじ様も、商売で家を作り直したのね)


自分がしていることも、いつか黒田家の役に立つのだろうか。

いや、まずは嫁に出されないだけの価値を示さなければ。

松はそんなことを考えながら、湯呑みに手を伸ばした。



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