2. 母さんの再婚報告
高校に入学してしばらく経ち、俺は無事に理央以外にも友達ができた。その1人が拓斗だ。
「せーいた!今日の放課後、カラオケ行こうぜ。」
拓斗が誘ってきた。
「今日はむり。早く帰って来てって母さんが。」
最近、母さんは休日に出掛けることが増えた。俺も友達と出てることが多いから、休日はお互い自由に過ごしている感じだ。
理央が言う。
「清太の母さんって、夜遅くまで仕事しているって言ってなかったか?」
「昔はね。最近は、リモートで好きなタイミングで仕事ができるから、そんなに遅くない日もあるんだ。」
母さんは、俺との時間を作るために残業をしない日を作ってくれている。うれしいが、残業をしない分は夜中に仕事をしているようで、余計な負担をかけてないか心配だ。
「ええと、場所は…。」
昼に、母さんからレストランに来るようにと連絡が来ていた。行ったことの無いレストランだ。俺はスマホで地図を見ながら道を歩いて向かった。
…高級そうなレストランだ。
今日は特別な日だっただろうか。思い当たるものも無くて、心臓が嫌な音を立てている。
「すみません、連れが中にいるのですが。紺色の服を着た女性なのですが。」
お店に着くと、店員さんに声をかけた。紺色の服を来ていくと言っていたので、その通りに伝えた。
「ああ、さきほどの。ご案内しますね。」
コツ、コツ、コツ…
「せ、清太!」
お母さんが慌てたように椅子を立って俺を呼んだ。どうしたんだ。
テーブルに近づくと、母さんの前にスーツの男性が座っている。
「え?」
俺は驚きのあまり、その人を凝視してしまった。
「座ってくれる?清太。」
母さんが、俺の視線を遮るように席を立ち、声をかけてきた。俺は状況が分からず言われるままに座る。なにが、なにが起ころうとしているんだ。
「もうひとり来るから、もう少し待ってね。」
もうひとり?知らない男がふたりに増えるってことか!?
俺は頭を抱えて唸りたい気持ちをぐっと抑え込んだ。
他のテーブルからは楽しそうな声が聞こえるのに、俺のテーブルは誰も何も言わない。ただ、隣に座る母さんからはソワソワしたような雰囲気を感じる。
「梨花さん、清太くん。うちの凪紗が遅くて申し訳ない。」
男性は腕時計で時間を確認すると、なぜか謝ってきた。
「凪紗はまだ来ていないが、話を始めようか。」
男性が居ずまいを正した。
「こんにちは、清太くん。私はー。」
「遅くなりました!」
被さるように、他の女性の声がした。俺は声の主を見ようと振り返った。
はぁ、はぁ…。
少し息を乱しながら、乱れる長い髪を耳にかける女性がいた。外はそれほど暑くはないけれど、走ってきたのか頬がほんのり赤くなっている。
「凪紗はここに座ってくれるか。」
「はい。」
凪紗と呼ばれた女性は、スカートの下に手を入れ、シワがつかないよう椅子に座った。上品そうな女性だ。
「揃ったから、もう一度、始めたいと思う。」
男性が固い表情で話し始めた。俺はゴクリと唾を飲み込む。
「わたし、飯野忠司は、髙城梨花さんと交際させていただいている。」
…え、ええ!?
髙城梨花は母さんの名前だ。つまり母さんがこの人と付き合っているということになる。
俺は思わず母さんを見た。母さんは真剣な表情で肯定するように頷く。
「そして。」
な、なんだ?まだあるのかよ。俺は身構えた。
「ふたりとも、ひとり親家庭という状況ではあるが。…結婚を、させていただきたいと考えている。」
男性は、俺と凪紗と呼ばれた女性と、ゆっくり見て、それぞれと目を合わせた。
「…うん。なんとなくね、わかってたの。」
凪紗さんは悲しそうな顔をしながらも納得した表情をしている。
はい!?ちょっと待て。これって、もしかして修羅場というやつか?
「貴方はそれでいいんですか!」
凪紗さんは不倫されて捨てられそうになっているんじゃないか?
あまりにも物わかりの良い態度でいる凪紗さんが心配で、俺は声を上げた。
「え?…あ、はい。」
凪紗さんは寂しそうにそっと目を伏せた。
このきれいな女性を捨てて母さんと結婚したいだと?
俺は母さんを見る。不安そうな顔の母さんと目があった。
母さんは少し抜けたところがある。けれど、付き合っている男性が既に結婚しているなら諦めるはずだ。
もしかして、母さんはこいつに騙されていた!?
「母さん!不倫する男と再婚なんて絶対にダメだ!」
母さん、大丈夫。俺が止めてやる。
俺が力を込めて反論すると、皆は鳩が豆鉄砲を食らったように驚いている。
なんでそんな反応なんだよ、俺の言っていることは普通だろ!?
真剣な顔をする俺とは対照的に、母さんはワナワナと震えている。
「バカ清太!なにを勘違いしてるの。誰も不倫なんかしていないから。」
母さんが顔を赤くして俺の言葉を否定する。
え?
「もう本当に…。忠司さん、ごめんなさい。」
母さんは顔を覆って謝った。凪紗は俺と母さんをみてクスクスと笑っている。
「すまない。きちんと紹介できていなかったな。わたしの隣のこの子は娘の凪紗と言う。妻は凪紗を産むと同時に亡くなってね。いまは君たち同様、ひとり親家庭として暮らしているんだ。」
む、むすめさん…?
俺は思わず凪紗さんをみた。
「私、年上に見られることは多いけれど、父さんの妻に見られたのは初めてかも。」
凪紗さんは尚もクスクスと笑っている。
俺はかあっと顔が熱くなる。
「す、すみません。俺、失礼なことを言いました。」
「本当よ、もう。」
お母さんは顔を覆い隠すことを止めて、恥ずかしそうに俺を見ている。俺は母さんに念のために尋ねる。
「じゃあ、不倫じゃなくて普通に再婚するだけってこと?」
「そうよ。」
お母さんが頷く。
そっか。なら俺の答えは迷うこともない。
「母さんの好きにしたらいいよ。母さんの人生は母さんのものだ。」
母さんがほっとしたように肩の力を抜いて、椅子の背もたれに身体を預けた。
「よかった。…ありがとう、清太。」
そうして母さんは再婚することとなり、俺には新しい父さんと姉さんができた。




