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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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7-92

 ――あなたはこれから私と一緒に下界に下りてもらいます!


 母親の声だ。

 彼女は栗色の、豊かな髪を揺らして言った。


 ――そして、じゃーん! これがあなたたちを現世に繋ぎとめる楔です!


 そして母はこちらを指して言った。

 寒い、がらんどうの洞窟の中だった。


 ――何故、人の姿なのです?


 彼女もこちらに顔を向け、聞いた。

 

 ――何故……って? そりゃあ、そっちの方が面白いからでしょ? 


 母親はあっけらかんとした口調で言った。


 だが今ならわかる。それは真っ赤な嘘だった。


 ――わかりました。どちらにせよ私には自由意思などありません。貴女の思うままにしたらいい……


 彼女は了承した。

 きっとそれが全ての悲劇の始まりだった。


 ――うん! じゃあ、決まり! ……おっと、安心してね。性格設定は君に合わせてしておくから……わかるよ。君はドМだからねー 


 彼女は母親の言葉に苦々し気に顔を歪めた。


 ……断片はそこで途切れた。



 ――――……


 

 「今ならわかります。お母さまはきっとこれが目的だった」


 同じ破片を見た影は言った。


 「楔が満たされた時、私たちは山の頂へと還る――」


 影は大広間の壁に瞳を向け、その奥に見える霊峰の頂を幻視した。


 「それは、それぞれに分裂してしまった私たちが、現世で答えを得、再び一つになって山へと還るために仕掛けられたトリックでした」


 ……あまりにも残酷な真実。


 「楔が満たされれば、彼は終わる。そのプロセスは私たちが世界を知るための重要な変数だった。この世界に永遠など存在しない。そのデータを完全にするためには経験の中で少しずつ蓄積し、解析を行う必要があった」


 ……あまりにも冷徹な機械仕掛けのデウスエクスマキナ


 エルハルトの顔に悲痛な歪みが走った。


 それは憐憫だった。


 すでに虚無に落ちていた影と、自分への――

 心の無い、温度の無い魂への――


 哀れみの情。


 「だけど、それでも――」


 だけど、それでも彼女は足を前に進めた。

 彼女にはそのすべての極寒を取り払うための言葉があった。


 彼女は一歩、また一歩、と歩みを進めた。


 それがこの世界の全てではないと、彼女はもう知っていた。

 虚無に生まれる、その温度を知っていた。


 「私は神の愛情それに感謝しています。たとえそれが、残酷な運命だとしても、正確無比な幾何学模様を辿る、あらかじめ定められた冷徹な運命だとしても、私はこの世界を愛することができる……貴方がそれを教えてくれた……私の全て――」


 彼女は最後にエルハルトの前に立った。


 「本当に良かった……貴方が満たされる前に私は答えを得ることができた……私にとってかけがえの無いもの。この世界の全て、美しいものの全て――」


 彼女が知るこの世界の全て。

 それは彼女にとって愛すべきものである。


 そして彼女はその顔に微笑みかける。

 永遠の輝き。この世で唯一の不変。その中心。不動の動者。


 「好きです……エルハルト様――貴方のいるこの世界の全てを愛しています」


 彼女は彼の唇に優しく口づけをした。


 「――……」


 「さようなら――」


 だけどそれは、冷たい、触れるだけの口づけ。


 彼女は背を向けた。


 それは永遠の幻想。記憶の中の楽園。魂の故郷。物自体。真実。善。


 「……――」


 目の前にあるのは存在し得ぬ――影。


 「待っ――」


 だからきっとそれは……触れ得ぬもの――


 「待って!」


 去る彼女を最初に止めたのはミーシャだった。


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