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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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7-93

 ミーシャは彼女の前に立ちはだかり、神剣を構えた。


 「待ってメイリさん! メアちゃん! 私たちは違う結末を掴み取ることができる! あなた達が私にそう教えてくれたように! だから、もう一度私たちの手を取って! 私たちにはそれができる――」 


 だが、それはもちろん。


 「彼に全てを捨てさせようとしていたあなたが言うのですか?」


 何の意味も無い行為だった。

 全ての道は同じ終点へとたどり着く。


 凍り付くミーシャに影は言った。


 「ごめんなさい。ミーシャさん――」


 彼女の往く道に温度はなかった。


 吹き荒れる吹雪が広間の大窓を叩いて割った。

 蒼の世界に冷たい灰色が流れ込んで、大広間はまた時の流れを忘れた。


 ミーシャはたちまち体温を奪われて、神剣ごと床に崩れ落ちた。


 「ミーシャ!」


 神剣の落ちる鈍い音が響き渡って、たちまち大広間は凍える吹雪の中に飲まれた。


 「待って! 待ってくれ……!!」


 エルハルトは去る彼女の背中に追いすがった。

 だけど、身体は思うように動かなかった。


 エルハルトは凍てついて動かない足先につんのめって、身体ごと地面に倒れ込んだ。


 「ぐがっ――」


 彼女の歩みが止まった。


 「待ってくれ……僕は認めない……!」


 だが、それは一瞬の事だった。


 彼女は再び歩みを進めた。

 きっともう、彼女が振り向くことはない。


 「聞いてくれ! 僕も君のことが好きだった!! 好きだったんだ!!」


 だけど、それでもエルハルトは追いすがった。

 みじめに、情けなく、地面に這いつくばってでも。


 「僕も同じなんだ! やっと気付いた。気付かせてくれたんだ! この世界が! 君が!  ミーシャが! だから!! 待ってくれ……! 僕は君だけを――」


 「……――――」


 だけど彼女は一度も振り返ることなく、吹き荒れる吹雪の中へとその姿を消した。

 降り積もる雪が彼女の足跡をまるで存在しなかったかのように消し去った。


 誰もいない、何もいない――


 「認めない……」


 だが、それでもただ一人残されたエルハルトは言った。


 「僕はこんな結末認めないぞ……」


 決して認めるわけにはいかなかった。

 それが正しかろうと、それが彼女の幸福であろうと……

 

 彼は荒々しく白い息を吐き出しながら、無理矢理凍え切った足を動かした。


 一歩、また一歩……

 哀れに、弱弱しく、往生際悪く――


 「僕は諦めない……」

 

 そして彼は崩れ落ちた勇者の下までたどり着いた。


 だが、かの勇者は冷たい氷像と化していた。


 「ミーシャ……」


 崩れ落ち、地面に倒れ込む姿はとても彼女が歴戦の勇士とは思えない。


 だが、きっと「彼女」にとってはそれが正しい世界なのだろう。  

 そしてそれは勇者がその命を賭して待ち焦がれていた未来でもあった。


 だから――


 「すまない、少し借りるぞ」


 エルハルトは彼女の傍らに無造作に落ちていた神剣を屈んで拾った。


 まだ戦う意味があるのは彼一人だった。

 彼は世界でただ一人の悪者だった。


 エルハルトは神剣を杖代わりにして再び立ち上がった。


 「待ってろ、メイリ、メア。今、連れ戻してやるからな」


 悲しみと絶望、そして弱弱しい義憤を胸に、不遜に、悪人らしい格好で――


 彼は目指す。


 自我エゴという汚泥を纏って、その微かな光を放つ結晶を持って――


 それを美しいと思うか。

 何故それを美しいと思うか。


 エルハルトは彼方に見える霊峰の頂を目指して歩き出した。

 

 彼は知らない。

 誰も知らない。


 だけど彼は歩き続ける。

 その根源に従って、その全てに従って……


 灰と白が吹雪く、まっさらな雪原――


 そこには彼なりの小さな美学だけが、延々と続いていた。



 ――――――……


 ――――……


 ――……


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