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玲瓏館当主エルハルト・フォン・シュヴァルツベルクの華麗なるわからせ美学  作者: 柴石 貴初


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2-2

 「うんうん、あいつらは仲良くやってるようだな。初めはちょっと心配だったけど、僕の見立てに間違いはなかったな」


 「ほっほっ、さすがの慧眼のようじゃのう、エル様や」


 エルハルトの独り言に答えたのは、あの日、火に包まれた酒場の厨房からエルハルトが救い出した老夫婦の片割れの翁だった。


 「爺さん、その呼び方は止めてくれないか?なんか馬鹿にされてるような気になる」


 「ほう?そうかの?じゃあ、代わりに何がいいかのう…………」


 「僕は何でもいい。お前の好きなように呼べ」


 「ほう、ではエルハルとかどうかの」


 「うーん、なんか微妙……爺さん、よくセンス無いって言われない?」


 「ほう、良く知っとるのう……じゃあ、えるるん」


 「なんか売れないアイドルみたいだな」


 「エル助」


 「まあ、無いことも無いかな」


 「私はLです」


 「おい、急にやめろ。しゃがみながら携帯をつまむな」


 「じゃあ、えるたそ」


 「それはまずい。それが一番駄目。何年も前のアニメなのに未だにガチ恋してるやつだっているんだ」


 「――――何じゃ、文句の多いやつだのう」


 「爺さん、頼むからもっと真面目にやってくれ。もう、いっその事エルハルでもえるるんでも良いから」


 「いや、それはセンス無さすぎじゃろ」


 「お前が言ったんだろ」


 「うーん……じゃあエル坊はどうじゃ?なんかそれっぽいじゃろ?」


 「まあ、なんかじじいキャラっぽくて良いんじゃない。てかなんで爺さんのキャラ付けを手伝わされているだよ僕は」


 「いかんのう、まだ若いのにそんな物ぐさじゃあ」


 「いや、お前よりはたぶん年上だと思うが」


 「ほほ、そうじゃった、そうじゃった」


 翁は白く豊富に蓄えたあごひげを撫でながら、朗らかに笑い声をあげた。


 「――――というより、良いのか爺さんは、こんなやつと親し気に話して…………この店、思い入れのあるものなんだろ?僕はここを燃やした犯人なんだぞ?」


 「ほっほっほ…………そりゃあ良くないのう」


 「だったら…………」


 「良くないのは、お前さんの態度じゃ。そんなんじゃ騙せるもんも騙せんぞ」


 「…………!!…………爺さん…………」


 「ほれほれネームドさんや、余りわしらを舐めん方が良い……一昔前ならいざ知らず、もう皆良く聞こえる耳と、良く見える目を持っとる。今の時代、一人一人がこんなものを――――」


 翁は先ほど同じように、スマホを抓むように持ち上げて、エルハルトに見せた。


 「持っとるんじゃぞ?少しでも分別がある者なら、そんなんじゃ騙されんぞ。皆、知っとるんじゃ。パチンコ屋の隣の、店でもらえる札を高額で引き取ってもらう店と同じぐらい周知の事実じゃ」


 「おい、例えが最低すぎるぞ…………」


 「まあ、皆見て見ぬふりをしとると言うわけじゃ。本格的な争いが起これば、例えあの牢獄があろうと、決して被害は少なくないじゃろうし、その牢獄を維持するために人類は多大な犠牲を払って、長らく人類史は停滞することになる…………少し考えればわかることじゃ。争いは何も生まん……」


 翁の最後の呟きには、どこかやりきれない気持ちと、やるせなさのようなものが滲んでいた。


 「まあ、そうだろうな。だけど、この世の中、そんな分別が付くやつばかりじゃない。それは――――」


 エルハルトは翁が持ち上げたスマホを指さした。


 「そういう奴らを簡単に誘導できて、閉鎖的でそして熱狂的な渦を作り出す。だから僕たちは現実で、現実を、奴らにはっきりと見せておかなくてはいけない。僕たちの力とそれを止める更に大きな力を。そのお互いの力が抑制し合って、今の平和があるということを」


 ミーシャとエルハルトとそして玲瓏館ダンジョン。それぞれの大きな力と役割が、生命の循環から外れた、歪んだ不純物ネームドをなんとか同じ絵画の中に溶け込ませていた。


 「そうじゃろうな…………それで良い――――……」


 翁は目を伏せ、何かに惑った後、もう一度口を開いた。


 「――――……わしは前々から、エル坊……お前さんに聞きたいことがあった……じゃが…………もう、聞く必要も無いかもしれんのう……」


 「いや、言え。僕たちとお前たちでは、“違い”がありすぎる」


 翁は伏せていた目線をあげて、エルハルトを正面に捉えた。


 「では、一つ――――ダンジョンの機構を作り変え、ネームドを縛り付ける牢獄としたのは本当はお前さんなんじゃろ?エルハルト・フォン・シュヴァルツベルク――――」


 「な――――」


 それはエルハルトたちだけが、エルハルトの“仲間”とそれに関わる一部の人だけが知り得る情報だった。そう、ネームドを捉え、縛り付ける牢獄を、現人類の切り札であり、その心の拠り所であるそのダンジョンという牢獄を、ネームドが作ったという事実は必ず秘匿されなければならない。そうでなければ、ダンジョンという名の牢獄は途端に彼らの信頼を失い、世界はまた混沌の中に陥るだろう。


 「ほっほっほ…………良くないのう」


 「…………今更何を言っても無駄か…………良く知ってるな爺さん。貴様何者だ……?」


 「それこそ今更じゃよ。この村に寄り付くもんは大体が訳アリじゃ…………でも安心しとくれ。わしにその事実をばらまく気は無いし、そもそも、こんな辺境の老いぼれが、まさか“ネームドが自分たちを縛り付ける鎖を自分たちで作った”なんてたわ言を言いふらしたところで誰も信じん」


 「そう……だろうか…………」


 「まあ、そうでなくても、わしにそのつもりはない。何なら、今すぐわしを殺すか?お前さんたちと違って、わしらには確実な口封じがあるんじゃからの」


 「そんなことはしない。それではせっかく苦労して牢獄を作った意味がない」


 「ほほ…………わしはその答えだけで十分じゃ――――エル坊や、さっきお前さんはわしらとお前さんたちとは違うと言ったな…………わしはそうは思わん。少なくともエル坊、お前さんはわしらと同じじゃ、同じ心を持っとるとわしは思っておる」


 「何故……そう思う」


 「ほっほっほ……悩んでおるのかえ?――――確かにお前さんたちとわしらは根本的に違う生き物じゃ、恐らく成り立ちも違う。知っとるか、わしらはこの脳みそに皺を刻み付けることによって記憶を“記録”するんじゃ――まあ比喩表現じゃけどな、じゃが大体その認識で間違いはない――だから、わしらには限界がある。わしらを構成する細胞という最小単位は一つ一つが死へ向かっておって、目まぐるしく生と死を繰り返すことによって、わしらは全体の形を保っておる。そして逆に局地的に変化させて、“違い”を作り、それを“記憶”とするのじゃ」


 「ああ」


 「ほっほっほ。さすがに物知りじゃのう……しかし、お前さんたちは違う。全てが神に作られたときのままじゃ。老いもせず、成長もしない。常に一定じゃ――――なあエル坊や、もし知っていたら教えて欲しいのじゃが、お前さんたちはどうやって、その記憶を記録しとるんかえ?何を元にその一定を保つ?」


 「――――すまない、それは僕にもわからない」


 「ほっほっほ……お前さんたちにわからないのなら、わしらにわかるわけはないのう……まあこの世界の成り立ちを考えれば、自ずと一つの仮説にたどり着くんじゃが、神々が去った今となっては、お前さんたちにわからないのなら、もう他にそれを確かめる術はない……この世界は神に見放されたんじゃ…………そして――――」


 「…………」

 

 「――――神々が去った今、もうお前さんたちは魂を無くした抜け殻同然じゃ――――」


 「…………」


 「――――そうわしは思っとった。わしは今までそう思って、お前さんたちの事を見下しておった…………造られた生命、造られた心――――神の一存で定められたその心を、疑うでもなく、抗うでもなく、日々惰性のように生きるお前さんたちをな――――じゃが、わしはここ数日、お前さんと話して、何かが違うと思ったんじゃ…………いや、何も違わんかったといった方が良いか――――神の一存で生み出され、神の敷いたレールの上を惰性で走っているのは、お前さんたちだけではない。恐らくわしらも同じなんじゃ。そう見えないのはわしらの心が神の居場所を遠く離れて、わしらの目が、耳が、そこまで見通せなくなっただけにすぎん――――」


 「すまない、爺さん。もう少しわかりやすく言ってくれ」


 「ほっほっほ……これはすまんかったのう……まあ、つまり、端的に言えば、わしはお前さんの事が良くわからんくなったんじゃ」


 「――――わかりやすく……といったはずだが?」


 「ふむう……十分分かりやすいと思うがのう……じゃから、つまり……お前さんはわしが知っとる他のネームドと違うと言いたかったんじゃ。わしらと同じ、複雑な心を持っとる」


 「…………」


 「成り立ちは違えど、わしらは同じじゃ。恐らく、わしらはお前さんとだけじゃなく、他のネームド(者)達ともこうして、対等に話すことが出来るはずなんじゃ。そう出来ないのは今はお互いに人間の事を良く知らないだけじゃと――わしは思う……」


 そこまで言って、翁は大きく息をついた。知者である彼であっても、その言葉の端には若干の惑いが滲んでいた。


 「さすが含蓄があるな爺さん――――……僕もお前のような賢い者が世に増えていくことを願ってる。そうすれば僕たちは日々退屈することはなくなるだろうからな」


 「ああ、わしもお前さんのような者がお前さんたちの中にに増えていくことを願っておるぞ――――……あと、わしは爺さんではない」


 「――――……いや、爺さんだろ」


 「ソフォス――それがわしの名じゃ」


 「…………!!――――なるほど…………覚えたぞソフォス……ソフォス爺」


 「ほっほっほ、エル坊、わしと話したこの時間はお前さんにとっては砂粒のようなものじゃろう?それをお前さんは覚えておくことはできるんかえ?」


 「ああ、忘れないさ。僕はまだ若いからね」


 「ほっほっほ。そうじゃった、そうじゃった――――」


 (ふっ…………良く笑う爺だ)


 エルハルトはその彼を形作っただろう、母屋(酒場)を見上げた。エルハルトの魔法で氷漬けにされたその酒場は、もうすっかり元通りになって、むしろエルハルトの技によって所々、見えぬところで利便性が増して、以前より数段居心地の良い酒場となっていた。


 「それにしても――――ほっほっほ…………建て直しがこんなに早く終わるなんてのう!しかも玲瓏館(お前さん)の全額負担!――――まったく、長生きはするもんだわい!」


 ダンジョン経営で磨かれた建築、およびデザイン技術はエルハルトをもう匠といっても良い程の腕前へと向上させ、彼の駆使する熟練の建築技法(魔法)は驚異の超短期工程を実現した。


 「ああ……せっかく最近余裕が出てきたと思ったのに……しばらくは節約だな……」


 「ほっほっほ…………全くすまんのう。こっちはうはうはじゃのに」


 「しかも結局謹慎期間は短くならないみたいだし、もうこれじゃあ完全にボランティアだよ」


 「当たり前じゃろ。それで短くなったら、わざと建物を壊す奴が現れるに決まっとる」


 「やっぱ頭いいな、爺さん」


 「ソフォスじゃ」


 「悪知恵が働く、がめついソフォス爺」


 「ほっほっほっほっほ」

 

 悪態をつきながらも、好々爺らしく笑い声をあげるソフォス爺を見て、不思議と胸の内から暖かいものがこみ上げてくるのを感じるエルハルトなのだった――――まあ、懐は寒くなったけどね!


 ――――――――


 ――――


 ――…………


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