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ルーファの救済  作者: リリアナ佐助
1章
22/44

21 決意


 長い廊下を侍女のパトリシアと共に進んでいく。二人分の靴音が静かな廊下に響く。今は屋敷が封鎖され、屋敷内でも行き来できる人が制限されているため廊下にはほとんど人がいない。


 穏やかな日の光が廊下に差し込んでいる。もうすぐ初夏を迎える。

 交流会があった日を思い出す。あの日もこれくらい日差しが穏やかだった。あれからまだ1ヶ月も経っていない事が信じられない。


「ソウマ様は本当にルーファ様に心を許しているのですね」

「そうだといいのですが」

「きっとそうです。ソウマ様は私達使用人を含め、皆様にとても丁寧に優しく接してくださいますけれど、ルーファ様の前だと力が抜けて安心されているように見えます」


 パトリシアが顔をくしゃりと緩めて私に笑いかけた。私はどう反応していいか分からず、少しだけパトリシアに笑顔を返す。胸の奥がむずむずするような感情にはまだ慣れない。



 私とパトリシアは、ソウマのいる部屋に向かっていた。もうこのちょっとした訪問も日課になりつつある。


 敵とはいえ、ソウマは多くの人を10歳という若さで殺めてしまっている。それに、慕っていた人からの裏切りや拷問があった。そんなソウマを支えるために、ベイリー家の主治医がソウマの心のサポートをしているのだけれど、その主治医曰く、どうやらソウマは「完璧過ぎる」とのことだった。


「受け答えが完成されており隙がありません。心の内を確かめようと会話をするのですが、理想と言われるような答えばかりが返って来てしまいソウマ様の本心が現状分かりません。相手が大人であると身構えてしまうところがあるのでしょう。心の傷と向き合い、癒していくのには時間を要する可能性があります」


 そう言っていた主治医の言葉を思い出す。ソウマはイヅル国とレイ帝国のどちらの国にも強い影響力を持つ家の唯一の跡取りだ。その立場に相応しい人間になるためにも相当厳しく育てられている。厳しい環境の中で育ってきたことを考えると、本心をさらけ出して話をするのは中々難しいと思う。


 でも、そんなソウマが、落ち着くからできれば毎日私と会いたいと主治医に希望を出した。主治医は申し訳なさそうに私にソウマの希望を伝えに来てくれたけれど、ソウマからの会いたいという希望がなくても私はソウマの傍にいたかったからちょうど良かった。ルーファがいいのならと父と母の許可も出たため、決まった時間に毎日ソウマに会いに行くことになった。


 ソウマに会うと言っても何か特別なことをしているわけではなく、ただ二人で話をするだけの時間をとっている。ソウマが話をしたいことを話したいだけ話す時間だ。今日の天気の話から、誘拐があったあの夜に感じたことまで、内容はその時のソウマの感情に左右される。


 正直、私の対人スキルは良くはない。リベラが私から逃げ出したことは記憶に新しい。そんな私がソウマの助けになっているのかは分からないけれど、でも、ソウマが私を拒絶するような様子はないから、少なくとも居心地が悪いということはないのだろう。



 ソウマに与えられた部屋の前に辿り着き、パトリシアがノックをしようと手を伸ばしたところでドアが開いた。ソウマが笑顔でドアの向こうに立っていた。


「お待ちしておりました、ルーファ様。あっ、ノック前にすみません。待ちきれず」


 ソウマがパトリシアに申し訳なさそうにして謝った。その様子を見てパトリシアは嬉しそうに私に目配せをして微笑んだ。たしかにソウマの反応は年相応で可愛らしい。子供らしい瞬間を目にすると少しは気を抜けているのだと安心する。


「いえ、お出迎えをありがとうございます」


 小さく簡易的な礼をとり、ソウマに促されてから部屋に入る。ドアは完全には閉めずに少し開けたまま、パトリシアはいつも通りドアの前で待機する。ソウマに会う時に守ってほしいと父から出された条件だ。父曰く、部屋に異性と二人きりなのは嫌だ、まだ早いとのことらしい。嫌だと言った時の父のくしゅっと歪んだ顔を思い出すと今でも笑いそうになる。梅干しのような表情だったな。


 すでに部屋の中のティーテーブルには紅茶とお茶菓子が用意されており二人だけで話をする空間が出来上がっていた。


「ルーファ様、今日も来てくださってありがとうございます」

「いえ、私こそ、ここまで準備してくださってありがとうございます。今日の身体の具合はいかがですか?」

「今までにないほど調子がいいです。今日の朝の検査でもまた妖力が増えている事が分かりました」

「すごいです。数日前にも妖力が増加していましたよね。でも何よりも調子が良いと聞けてほっとしました」


 私を椅子までエスコートしながら楽し気にソウマが伝えてくれた。確かに顔色もよく、活力に溢れている気がする。精神的にも安定していそうだ。ただ、まだ安心はできない。前に一度今のように精神的に安定しているように見えた日があったけれど、午後になると気持ちが極端に落ちて寝込んでしまった時があった。その時はムギが死ぬ瞬間を思い出してしまい落ち込んでいた。

 念のため、午後は主治医に診てもらえるか後で父に聞いてみよう。


 それにしても今日のソウマは何だろう……距離が少し近い気がする。ぶつかりそうなほど身体の距離が近い。

 促されるまま椅子に座ったけれど、正面ではなく私の隣にソウマは腰を下ろした。今日は甘えたい気分なのかもしれない。

 微笑ましく思いながらティーテーブルに目を向けると、ピラミッドのように重ねられたお菓子に目が奪われた。これは、まさか。


「わぁ、ブラウニーだ……あ、えっと、ブラウニーが、どうしてこんなに」

「ふふ。ルーファ様、お好きですよね。パトリシアさんがルーファ様がきっと喜ぶと仰って用意してくださいました 」

「……嬉しいです」


 思わず大喜びしてしまった。ソウマは気にしていないようだけど、私は恥ずかしくてそわそわする。だってベイリー家のブラウニーは美味しい。仕方がないだろう。チョコレートが濃厚な上に、ローズベリーと胡桃がごろごろ入っていて歯応えも最高にいい。前世で食べた物を含めても、私は今まで食べた中でこのブラウニーが1番好きだ。それが目の前にたくさん用意されている。落ち着かない。

 食べてもいいのかとソウマを見ると嬉しそうに笑っていた。


「いただきましょうか」

「はいっ」


 ソウマに全て見透かされているようだった。一口サイズに切り分けられたブラウニーにフォークを刺し、口に運ぶ。もったりとしたチョコレートとローズベリーの酸味が混ざり合っていつも通り最高だった。胡桃もごろごろ入っている。美味しい。


「美味しいですか?」

「えっと、はい」

「ふふ。可愛い」


 そう言ってソウマは嬉しそうに目を細めた。そう返って来るとは予想しておらず、あたふたしてしまう。子供っぽかっただろうか。


「そ、そういえば、今日はソウマ様が嬉しそうにしている気がします……何か嬉しい事があったのですか?」


 この空気が恥ずかしくて話を逸らした。無理やり過ぎただろうか。ソウマは何か言いたげに笑いながらも私に合わせてくれる。


「ルーファ様にこうして会えることが嬉しい事ではありますが、はい、嬉しい事がありました」

「あったんですね」

「はい。実は神獣と従魔契約を結びました」

「えっ」


 大きな声で言葉を返しそうになった。慌てて自分の口を抑える。ソウマは声を落としていた。きっとパトリシアには聞かれたくないのだろう。


水龍(すいりゅう)という神獣と昨夜契約できました。イベルト様には後ほどお伝えする予定ですが、一番にルーファ様に伝えたくて」

「私でよかったんですか?」

「当たり前です。僕の事は何でもルーファ様に一番に知ってほしいですから」


 最初にソウマのことを知ってほしい相手に私を選んでくれるのか。それは……嬉しい事だ。何か成し遂げることができたら最初に私を思い浮かべてくれるということだ。大切に想ってくれているのが伝わって胸がいっぱいになる。家族以外の人間でもこんな風に嬉しく感じることがあるのか。


「一番に教えていただき、ありがとうございます。水龍と契約ができただなんて……本当にすごいです。おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 ソウマは得意げに笑った。ソウマや父から日に日にソウマの妖力が増えていることは聞いていたし、小説でもソウマはこの時期に水龍と契約をしていたから、もしかしてとは思っていたけれど、いざ契約ができたとなるとやっぱり驚く。


 水龍は白虎のセツと同じ神獣と呼ばれる妖魔だ。神獣の中でも特に力の強い妖魔で、文献には水龍を従えた者は生涯負け知らずになると書かれていた。勝利の神として崇める地域がイヅル国にもあるほど。その水龍と契約できたのだから、ソウマは以前よりも大きく力をつけているのだと思う。ひょっとしたら他の神獣と呼ばれる朱雀(すざく)玄武(げんぶ)といった妖魔とも契約ができてしまうのかもしれない。


 小説で描かれていた通りの未来にはなってしまっているけれど、以前のように恐ろしく感じることはなかった。ソウマの味方が増えることが純粋に嬉しい。私とセツの繋がりのように、ソウマも水龍と仲を深めることができたら、きっとソウマの心の支えになる。心の支えは多いほどいい。


「水龍にどのような名前を授けたのですか? 従魔契約では名前を妖魔に授けるものだとセツに教わったことがあります」

「あー……えっと、これは話せるのかな?」


 先程まで嬉しそうに笑っていたソウマが頬を掻きながら考えるように呟いた。従魔契約で与えた名前を他人に教えられないなんて制限は特になかったはずだ。でも、ソウマが言いたくないのならば無理に聞き出すつもりはない。質問を取り消そうとした時にソウマが口を開いた。


「ん……どうやら話せるみたいですね。えっと、名前はもう授けられていたんです。どうやら僕が授けたことになっているみたいで、ムギというそうです」

「ソウマ様がすでに名前を授けていた……もしかしてムギの生まれ変わりといった事はないですよね?」


 あり得ない話だと思いつつも期待を込めてそう言ったけれど、ソウマは残念そうに首を振った。


「そうだったらよかったんですが、水龍はすでに何百年も生きているみたいで、生まれ変わりの線はないかと。詳しくは話せないらしいのですが、僕が遠い昔に水龍と出会い、ムギと名付けたのだそうです」


 偶然だろうか。ソウマはまだ10歳だ。10年前だとしても遠い昔という表現は適さない気がする。たまたま従魔契約を行う妖魔がムギと名付けられている偶然なんてあるだろうか。


「ひょっとすると――っ、って駄目か」


 何かを話そうとして、ソウマが諦めた。何か込み上げてくるものを苦しそうに抑える様子があったけれど、それも一瞬の内に何事もなかったかのようにソウマは笑った。ソウマは何か私に隠している事があるのだろうか。よく分からない。


「契約はたしかに昨夜したのですが、昔の僕が契約を結んでいたことがあるようですね。僕が力をつければ他の神獣との契約も可能らしいので、今はただ力をつけることに集中できればと思います」


 ソウマはそう言って手に取っていたティーカップに口をつけた。


「秘術もそうですが、僕の立場も在り方も……すべてで強くならなければなりません」


 ソウマは息を吐きながら、強く噛み締めるようにそう言った。ソウマが今後どう生きていきたいのか迷いはないような声だった。



 父が私に話していた通り、ソウマをベイリー家の屋敷で保護してから数日後に皇帝から父宛にソウマの捜索をするよう密命があった。


 今イヅル国では、高霊山で「神獣の戯れ」があったとの情報が国内で広がっており、被害状況を調べるために軍が動いているのだそうだ。まだソウマが災害に巻き込まれたとの情報は国民に公表されていないけれど、イヅル国の政府側では把握しているだろうと父が言っていた。


 皇帝の密命があってから数日はソウマに猶予がある。今後どう生きていくかを決めなければならない猶予だ。でも、ソウマは最初に父に出会った時から今に至るまで一度も意見を変えることはなかった。今後もムスビ家の当主として生きることがソウマの答えだった。


「ソウマ様がムスビ家の当主として生きる道を望むのは、私がソウマ様に未来の話をしてしまったからでしょうか」


 自分が戦争を招く未来。交流会でソウマに未来の話をしたけれど、その時は私が転生していることと、この世界が『破滅のアデル』という小説で語られている世界であることを伏せて話をした。今だって、伝える気はない。あまりにも残酷だから。苦しんだ自分の姿が娯楽として消費されている世界が存在するなんて知ってほしくない。


 でも伝えた未来の内容がソウマを生きづらくするものならば、縛られないようにソウマを支えたい。それが未来を伝えた者としての責任であると思う。


「未来の話を聞いて影響されていないと言ったら嘘になりますけど、でも、ルーファ様が心配するようなことは何もないです」


 何かを隠そうとしている様子はない。ソウマは飲んでいた紅茶をそっとティーテーブルに戻した。


「僕は僕の守りたいもののために強くなりたい。僕の両親はレイ帝国への忠誠心があまりなかったので、僕が当主になったら皇帝陛下に報告して一族ごと処刑されるつもりでした。元々生きがいみたいなものはなかったのですよ」

「今は……今でも処刑されようと思うのですか?」


 ソウマが私の頭を撫でた。ゆっくりと髪を梳くように丁寧に撫でる。私の不安を和らげようとしてくれているのかもしれない。


 師匠ごと山を焼き払ったソウマ。ソウマはもしかしたら心の拠り所となる場所がなくなってしまったら、自分を含めた纏わるもの全てを破壊しようとすることで自己防衛をしているのかもしれない。自分を含めたすべてを破壊する行為は自己防衛とは矛盾しているように見えるけれど、自分を壊すことで癒される心があることを私は身をもって知っている。嫌なことから思考が解放されるのだ。


 ソウマは小説でもアデルのいるレイ帝国を襲い、アデルの周りにいる人間を次々と殺していった。あれも自己防衛なのかもしれない。でも、それでは本当の意味でソウマは救われない。

 私を撫でているソウマの手を両手で握った。ソウマは驚いたように目を開いたけれど、すぐに細めて満足そうに笑った。


「いいえ。今はもう僕ごと処刑されようだなんて思いません。僕には守りたいものができましたから。そして、幸運な事に守るための力も、望めば手に入れられる立場にいる。それを利用するだけです。だから、僕はムスビ家の当主になります。もう何も奪わせないために」


 ソウマは静かに、でも力強くそう言った。やはりソウマの中で答えは決まっている。もう生き方を決めているのだ。ムスビ家から解放される未来だって選べたのに、ソウマは当主として生きる道を選んだ。相当な覚悟なはずだ。そこまで覚悟をしているのならば、私はソウマが決めたことを支えるだけだ。


「私はソウマ様が守りたいものを守れるように一番の味方になりますから」





◇◆◇



 ソウマが水龍と従魔契約を行ってから少し経った頃に屋敷の封鎖が終わり、父はソウマを見つけたことおよび、保護したことを皇帝に報告した。


 ムギの葬儀が終わり、ソウマの気持ちが落ち着いた後に父とソウマは皇城に秘密裏に呼ばれた。その登城でソウマはベイリー家で3年保護された後に、ムスビ家へと戻るよう密命を受けた。

 ソウマはベイリー家で3年間、レイ帝国の貴族としての在り方、そして、レイ帝国の間諜としての教育を受ける。



 3年後、私は8歳、ソウマは13歳だ。未来は小説の話から大きく変わっている。未来が変わったことで、何か別の大きな問題が出てくるかもしれない。でも、今の私なら前を向く力はある。


 私がベイリー家の人間としてできること、ソウマを支えるためにできること、一つ一つを考えながら私も大きく成長しなければならない。


 私だって大切な人を自分の力で守りたいのだから。


この話で1章完結です。ここまでお付き合いくださりありがとうございました。

次の投稿分から2章スタートです。


1章の読み直しおよび、2章の準備のため、投稿は1週間お休みして、次回は11/29頃の投稿を予定しています。

成長したルーファとソウマを引き続き見守っていただけると幸いです。


12/2 修正

ソウマがイヅル国とレイ帝国の両国に所属している貴族との記載を、以下のように変更

>ソウマはイヅル国とレイ帝国のどちらの国にも強い影響力を持つ家の唯一の跡取りだ。

ムスビ家はレイ帝国に所属する貴族であるため。イヅル国では名家との扱いである程度(とはいっても、イヅル国内でもムスビ家の影響力が大きいためイヅル国にも所属している貴族だと一部の国民には誤認されている)

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