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「さて、ソウマ様には客人用の部屋で休んでもらっているよ。疲れていたんだろうね……ベッドに腰掛けた途端に倒れこんで眠ってしまったよ。簡単に治癒術はかけてきたけど、私がすることはほとんどなかったよ。完璧な治癒術だ。逼迫した状況下だったのによく頑張ったね」
私と母が落ち着いた頃を見計らって室内に入った父がそう声をかけてくれた。私と母が話をしている間は、父はソウマの様子を見に少し席を外していた。
治癒術に関して、褒められるほどうまくできたとは思っていなかっただけに安堵した。これからの事を話す必要がある。母から身体を離し、私は父に向き直った。
「ソウマ様は、眠ってしまう直前までルーファが責められないか心配していたよ。自分がルーファを巻き込んでしまったことを誠心誠意私に詫びていた」
「そんな」
ソウマがそんな風に思っていたなんて。私からソウマに先に接触したというのに。謝るソウマの姿を想像して胸が痛む。
「それと、ルーファには大事な話をしておく必要がある」
ここまで穏やかだった父の声色が突然ぴんと張り、緊張感を持つものに変わった。家族の前ではあまりすることのない声だ。私も気持ちを切り替える。父の表情は硬く、険しいものに変わっていた。
「これほどまでの大きなことを今まで1人で抱えていた事、私はそれを評価するようなことはしない」
私の目を見ながら父はきっぱりとそう言った。
「あなた……」
「エリカ、大事なことだよ。今、伝える必要がある」
何か言いたげに母は視線を父に向けたけれど父は頭を振る。
「ルーファ、どんなに優れている人物であっても、人間である限り、必ず綻びは生まれる。ある程度は経験や知識で対応できるが、限界はあるんだ」
父が厳しい目で私を真っすぐ見つめている。それほど大きな事を私はしてしまったのだと改めて理解する。
「ルーファ、君は国単位で対処すべき事を一人で背負って動いた。一人で背負うという事は、自分の想定外の事態を招く可能性を高める行為だ。イヅル国側にベイリー家の令嬢が裏で妖魔を放って国内を偵察していると知られたら? 君が意図せずそのデゼス疑いの何かをレイ帝国内に持ち込んでしまっていたら? 君の命だけではなく、国民の命を奪う事に繋がったかもしれなかったんだよ」
父の言う通りだ。私は隣国に使い魔をいくつも放ってソウマや周辺の人間について探りを入れていた。ソウマがペリシアンに術をかけてしまった時にソウマにあれほど偉そうに言っていたのに、それ以上の事を私はやっていたのだ。
それに、デゼスに似ている何かと出会っていたのならば、もっと対策をとるべきだった。ソウマの体内にいたのは得体の知れない何か。体内に限らず、皮膚や服に付着している可能性を考慮してさらに慎重になるべきだった。
今より医療が発達している前世から転生してきているというのに……いや、それ以前に治癒術を学んでいる人間として私の行動は許されない。未来を知っているという慢心から私はリスクを回避できていると思い込んでしまっていた。
「お父様の仰る通りです。申し訳ございません」
「隠していたとはいえ、自分の子供であるのにも関わらず、ルーファの抱えているものに今まで気が付かず、必要な事を教えられていなかった私にも責任がある。前世で君は若い内に亡くなった。今の君もまだ幼い。知らない事が多いのは当たり前だ。でも、ルーファには大きな力がある。知らなかったでは済まない事も生きていく上でたくさんある」
「はい」
「大きな力を持つ者はその力の扱い方に対して責任を持つ必要がある。だから、これから一緒に学んでいこう」
淡い青い瞳には厳しさが残っている。けれど突き放すような厳しさではなく、過ちを犯した私の責任を一緒に背負おうとする優しさだ。
「ルーファの判断をすべて否定しているわけではない。家族や国の為になっている行動もある。けれど、もっと早く相談すべきだった。頼る人と頼るタイミングを誤らないことは生きる上でかなり重要な要素だよ。自分と大切な人を守るためにも今回のことは人生の糧にしてほしい」
「肝に銘じます」
「——とは言っても、前世のルーファの生い立ちを考えると、家族だからと言って手放しに頼れる相手だと感じないのも、必要以上に心配をかけないようにするのも理解できる。生き残るためにそうやって生きてきたんだから。だからこそ、今、相談してくれているのだと考えている。告白することにも勇気はいる」
父は私の頭を優しく撫でた。気づけば父が私のすぐ傍にいた。隣に目を向けると険しい表情は消え、いつも通りの父に戻っていた。
「告白してくれてありがとう、ルーファ」
父は私の手をそっと優しく握る。大きな手の中に私の手がすっぽりと収まる。視覚的にも私が幼いことが見えて胸の奥がぐっと詰まる。
私の両親は嘘のような私の話をすべて信じてくれている。信じた上で、私のすべてを受け入れてくれている。
私はこれだけのことを隠してきたのに、前世の話ごと2人は私の話を信じてくれた。「11歳の娘の空想話」で片付けることもできるのにそうしなかった。
2人は私の言葉を軽んじないと信じていたけれど、ここまで信じてくれるなんて……この信頼を私は裏切ってはいけないのだと強く思う。その信頼に恥じない行動をしなければならない。自分の影響力に責任を持つ必要がある。
「あと、ルーファに伝えたいことがある。ルーファには成人してから伝えようと思っていたけれど、ここまでルーファが動いていることを考えると今伝えたい」
「伝えたい事、ですか?」
「ああ。まず、ソウマ様はベイリー家でしばらく保護する。けれど、保護する事は皇帝陛下に伝えようと考えている」
「皇帝、陛下にですか」
父は皇帝にどう伝えるつもりなのだろうか。皇帝を通してムスビ家にソウマのことが伝わってしまうのではないだろうか。父はムスビ家にもソウマを保護することを伝えるつもりなのだろうか。
「ムスビ家にはソウマ様の事は秘めておく。誘拐の首謀者も分からない上に、皇帝陛下もムスビ家に伏せておくことを強く望まれると思う。というのも、皇帝陛下はルーファが生まれるずっと前からイヅル国内の情勢を警戒されていてね。ベイリー家は皇帝陛下の密命でイヅル国を長年偵察しているんだ」
「……え?」
ベイリー家が偵察を?全く知らない情報に言葉が詰まる。もちろん小説にもそのような描写はなかったし、転生してからもそういった事があるのだと疑った事もなかった。偵察なのだから、本来は周囲に悟られてはいけないものだし、私が知らないのも当たり前の話ではあるのだけど、まさかベイリー家がそういった密命を受けているとは思わなかった。
「慈愛の一族は国内外では、治癒術の腕は優れているものの、戦闘能力はないと思われている。加えて、愛に溢れた人間が一族に多いという印象もある。事実、愛に溢れた人間は一族に多いから誤りではないのだけれど、そういった世間からの印象もあって、私たち一族が密命を受けている」
「知りませんでした」
「限られた人間しか知らないことだからね。ルーファが知らないのは当然だよ」
確かに四大公爵家の中だとベイリー家が一番警戒されにくいのかもしれない。戦争での功績と慈愛の一族の称号、歴代の当主の評判など、どれをとっても暗い部分がない。戦争では捕虜や敗戦国の負傷者まで癒していたのだから、一族全体に対する信頼度は高いのかもしれない。
「慈愛の一族の治癒術は優れているからね。イヅル国に治癒の為に呼ばれる事も多いからイヅル国への出入りで疑われることもない。屋敷内でもイヅル国関連のものが多いだろう? イツキ先生がいたり、入手が難しいイヅル国の蔵書がたくさんあったり」
「たしかにイヅル国のものが多いとは思いましたが、お父様の趣味なのかと」
「今では趣味になっているよ。でも、皇帝陛下から受けている密命が当主となった私に課せられた当初はイヅル国の文化に興味があるように演出をしていた部分もあったかな」
そう言って父が笑った。いつも穏やかな父の不穏な一面を覗いてしまったようで少し怖かった。
「今回ソウマ様を保護するに至った経緯を話せば、ベイリー家で保護することに賛同されるはずだ。それどころか支援までしていただけると思う。ただ、皇帝陛下はソウマ様を取り込みたがるだろうね。今のムスビ家はレイ帝国の貴族だけど、イヅル国での立場も強い。ソウマ様が利用される可能性もある」
「それでもお父様はソウマ様を保護していることを皇帝陛下に伝えたいのですよね? どのような理由からでしょうか」
何かあれば皇帝に伝えるのは当たり前の行動だ。だから、私が皇帝にソウマの件を伝える理由を父に尋ねること自体がおかしい。でもあえて尋ねたのは、お父様は貴族としての義務のみで動いているとは思えないからだ。
私を守るためなら相手が誰であっても守ると両親は常日頃から私に伝えてくれている。だから、皇帝からソウマ様を隠すという判断も父の中にはあると思う。
「高霊山での災害に巻き込まれたとして、ソウマ様の死を偽装することもできる。それならば、別の人間として人生を歩み直すことができるし、皇帝陛下からもソウマ様を隠すことができる。でも、ソウマ様はそれを望まなかった」
「ソウマ様がですか?」
「うん。先程会いに行った時に気持ちを伝えてくれたよ。いずれはムスビ家の当主として生きる選択をしたいから、その手段を残すような対応を検討してほしいとね。ムスビ家の当主として生きるならば、皇帝陛下の後ろ盾があった方が絶対にいい」
「そういう事でしたか……」
ソウマの泣いた顔が脳裏を過った。あれだけ傷ついていたのに……あれだけの事があった後だというのに、もう未来のことを考えている。無理をしているように思う。私が未来で戦争が起こってしまう話をソウマにしたからなのだろうか。
「ここ数年は特に動きが怪しいのもあって皇帝陛下はイヅル国内の反帝国派をかなり警戒しておられる。反帝国派を支援している誰かがイヅル国の政府内にいる可能性が高い。だから、皇帝陛下はきっとソウマ様のことを欲しがる」
「そういった経緯から、皇帝陛下は私とソウマ様の婚姻を願ったのですね」
「そう……だね」
父は悲しそうに笑った。私とソウマの婚姻を皇帝が望んだのは、公爵家間での力の均衡をとるためだと思っていた。実際に小説でもそのように描かれていた。でも、皇帝がベイリー家を通してイヅル国を探っている背景があるのならば、ベイリー家がムスビ家と婚姻を結んだ方が都合がいい。
正直、力の均衡をとるためならば、スローパー家のリベラがソウマの相手でもよかったのだ。まだ幼い私がソウマの相手として選ばれた理由に納得した。
それでも両親は私にソウマを結婚相手として選ぶ必要はないのだと選択の自由を与えようとしてくれていた。両親の愛を感じて胸が熱くなる。
「ソウマ様の鍛錬していた場所で災害があった事はすぐにレイ帝国にも知らせが入るはずだ。知らせが入り次第、皇帝陛下はベイリー家の偵察隊にソウマ様の捜索を命じるはず。だから私たちには数日、今後のについて考える猶予がある」
私ははっとして父の顔を見た。
「少し休んでいただいてから私はもう一度ソウマ様のご意向を確認する。ソウマ様のお気持ちが変わらないのであれば、皇帝陛下にソウマ様のことを伝え、ベイリー家でソウマ様を保護する。ムスビ家の当主としての人生を望まないのならば別の人生を歩めるようベイリー家でソウマ様を支えよう。これが私のベイリー家当主としての考えだよ、ルーファ」
「ありがとうございます」
「ソウマ様にとってはどちらも辛い選択になると思うけれど、選んでいただく必要があるね」
父は何とも言えない顔をした。敵が多い状況に身を投じるか、今までの人生を捨ててしまうか。ソウマにとって難しい選択になる。ソウマの状況を考えると手放しで喜んでいいわけではないけれど、父が私の想いを尊重してくれようとしているのが伝わって嬉しかった。
「さて、一旦話はここまでにしよう。ルーファももう休みなさい。一晩中起きているだろうから」
そう言われて初めて自分が疲れているのだと自覚した。安堵したのもあるかもしれない。身体が何だか重いように感じて、急に手足の力がなくなるような感覚がする。
ソウマの苦しみと、自分のした事への恐ろしさ、両親からの愛と、感謝と、色々な感情が混ざり合い私はいっぱいいっぱいになっていた。そういえば魔力もデゼス疑いの何かにかなり奪われてしまったし、治癒術でもかなり消費した。そろそろ休まないと倒れそうだ。
部屋に戻って休もうと立った瞬間、ぐるりと世界が反転し、私は簡単に意識を失った。




