19 選択
部屋の外で私を待っていてくれたのだろう。泣き止んでから父が部屋に入って来た。涙でぐちゃぐちゃになった顔を見られるのが恥ずかしくて何となく顔を背けてしまう。その姿を見て父が笑った。
「はは。ルーファがそんな反応をするのは珍しいね」
そう言いながら父が私の頭を撫でて隣に座った。「まだ5歳ですから」と母は笑って私を抱いたまま座り直し、私の頭を撫でる。前世ではとっくに成人していた事を両親に知られているのに5歳の子供として甘やかされるのは嬉しいような恥ずかしいような不思議な気持ちだ。
「さて、ソウマ様には客人用の部屋で休んでもらっているよ。疲れていたんだろうね……ベッドに腰掛けた途端に倒れこんで眠ってしまったよ。簡単に治癒術はかけてきたけど、私がする事はほとんどなかったよ。完璧な治癒術だ。逼迫した状況下だったのによく頑張ったね」
父が私の頭を撫でた。治癒術に関して、褒められるほどうまくできたとは思っていなかったけれど、何か致命的なことを見逃しているわけではなかったようで安堵した。これからの事を話すために母の膝の上から下りて、父の隣に腰掛ける。両親の顔をしっかり見ながら話をしたかった。
「ソウマ様は、眠ってしまう直前までルーファが責められないか心配していたよ。自分がルーファを巻き込んでしまったことを誠心誠意、私に詫びていた」
「そんな」
ソウマがそんな風に思っていただなんて。私からソウマに先に接触したというのに。謝るソウマの姿を想像して胸が痛む。
「それと、ルーファには大事な話をしておく必要がある」
ここまで穏やかだった父の声色が突然ぴんと張り、緊張感を持つものに変わった。家族の前ではあまりすることのない声だ。大切な話を始めるのだと私も気持ちを切り替える。父の表情は硬く、険しいものに変わっていた。
「これほどまでの大きな事を今まで一人で抱えていたこと……私はそれを評価するようなことはしない」
私の目を見ながら父はしっかりとそう言った。
「あなた……」
「エリカ、大事なことだよ。今、伝える必要がある」
心配そうに腕に手を乗せた母を父がそう言って落ち着かせる。何か言いたげに母は視線を向けたけれど父は頭を振る。母は父を解放するようにゆっくりと手を引いた。
「ルーファ、どんなに優れている人物であっても、人間である限り、必ず綻びは生まれる。ある程度は経験や知識で対応できるが限界はあるんだ」
父が厳しい目で私を真っすぐと見つめている。それほど大きなことを私はしてしまったのだと改めて理解する。
「ルーファ、君は国単位で対処すべきことを一人で背負って動いた。一人で背負うという事は、自分の想定外の事態を招く可能性を高める行為だ。イヅル国にベイリー家の令嬢が裏で妖魔を放って偵察していると知られたら? 君が意図せずそのデゼス菌疑いの魔物をレイ帝国内に持ち込んでしまっていたら? 君の命だけではなく、国民の命を奪うことに繋がったかもしれないんだよ」
父の言う通りだ。私は隣国に使い魔をいくつも放ってソウマや周辺の人間について探りを入れていた。ソウマがペリシアンに術をかけてしまうだけでイヅル国と揉める可能性があるということを知っているのに、それ以上のことを私はやっていた。
それに、父の言う通りだ。体内に魔物が見当たらなかったからといって、デゼス菌に似ている何かがあると感じたのならば、もっと対策をとるべきだった。今より医療が発達している前世から転生しているというのに……いや、それ以前に治癒術を学んでいる人間として私の行動は許されない。
未来を知っていることで、私はリスクを回避できていると思い込み暴走してしまった。
「お父様の仰る通りです。申し訳ございません」
「隠していたとはいえ、自分の子供であるのにも関わらず、ルーファの抱えているものに今まで気が付かず、必要な事を教えられていなかった私にも責任がある。前世で君は若い内に亡くなった。今の君もまだ幼い。知らない事が多いのは当たり前だ。でも、ルーファには大きな力がある。知らなかったでは済まないことも生きていく上でたくさんある」
「はい」
「大きな力を持つ者はその力の扱い方に対して責任を持つ必要がある。だから、これから一緒に学んでいこう」
淡い青い瞳には厳しさは残っている。けれど突き放すような厳しさではなく、過ちを侵した私の責任を一緒に背負おうとする優しさがある。
「ルーファの判断をすべて否定しているわけではない。家族や国の為になっている行動もある。けれど、もっと早く相談すべきだった。頼る人と頼るタイミングを誤らないことは生きる上でかなり重要な要素だよ。自分と大切な人を守るためにも今回の事は人生の糧にしてほしい」
「心に刻みます」
「……とは言っても、前世のルーファの生い立ちを考えると、家族だからと言って手放しに頼れる相手だと感じないのも、必要以上に心配をかけないようとするのも理解できる。生き残るためにそうやって生きてきたんだから。だからこそ、今、相談してくれているのだと考えている。告白する事にも勇気はいる」
父は私の頭を優しく撫でた。いつの間にか俯いていた顔を上げると、険しい表情は消え、いつも通りの父に戻っていた。
「告白してくれてありがとう、ルーファ」
「でも、私の生い立ちと私の犯してしまったことは関係はないです」
「私はそうは思わないし、親はそこを気にするものだ、ルーファ」
父は私の手をそっと優しく握る。大きな手の中に私の手がすっぽりと収まる。視覚的にも私が幼いことが見えて胸の奥がぐっと詰まる。
私の両親は嘘のような私の話をすべて信じてくれている。信じた上で、私のすべてを受け入れてくれている。
私はこれだけのことを隠してきたのに、前世の話ごと二人は私の話を信じてくれた。"5歳の娘の空想"で片付けることもできるのにそうしなかった。
二人は私の言葉を軽んじないと信じていたけれど、ここまで信じてくれるなんて……この信頼を私は裏切ってはいけないのだと強く思う。その信頼に恥じない行動をしなければならない。自分の影響力に責任を持つ必要がある。
「あと、ルーファに伝えたいことがある。ルーファには成人してから伝えようと思っていたけれど、ここまでルーファが動いていることを考えると今伝えたい」
「伝えたいこと、ですか?」
「ああ。まず、ソウマ様はベイリー家でしばらく保護しようと思う。けれど、保護することは皇帝陛下に伝えようと考えている」
「皇帝、陛下にですか」
父は皇帝にはどう伝えるつもりなのだろうか。皇帝を通してムスビ家にソウマのことが伝わってしまわないか不安になる。父はムスビ家にもソウマを保護することを伝えるつもりなのだろうか。不安で顔を上げると父は私の頭をそっと撫でた。
「ムスビ家にはソウマ様のことは伝えない。誘拐の首謀者も分からないし、皇帝陛下もムスビ家に伏せておくことを強く望まれると思う。というのも、皇帝陛下はルーファが生まれるずっと前からイヅル国内の情勢を警戒されていてね。ベイリー家は皇帝陛下の密命でイヅル国を長年偵察しているんだ」
ベイリー家が偵察を?
全く知らない情報に言葉が詰まる。もちろん小説にもそのような描写はなかったし、転生してからもそういった事があるのだと疑ったこともなかった。偵察なのだから、本来は周囲に悟られてはいけないものだし、私が知らないのも当たり前の話ではあるのだけど、まさかベイリー家がそういった密命を受けているとは思わなかった。
「慈愛の一族は国内外では、治癒術の腕は優れているものの、戦闘能力はないと思われている。加えて、愛に溢れた人間が一族に多いという印象もある。事実、愛に溢れた人間は一族に多いから誤りではないのだけれど、そういった世間からの印象もあって、私達一族が選ばれた」
「知りませんでした……」
「限られた人間しか知らないことだからね。ルーファが知らないのは当然だよ」
確かに四大公爵家の中だとベイリー家が一番警戒されにくいのかもしれない。戦争での功績と慈愛の一族の称号、歴代の当主の評判等、どれをとっても暗い部分がない。戦争では捕虜や敗戦国の負傷者まで癒していた記録があるのだから、一族全体に対する信頼は高い。
「慈愛の一族の治癒術は優れているからね。イヅル国に治癒の為に呼ばれることも多いからイヅル国への出入りで疑われることもない。屋敷内でもイヅル国関連のものが多いだろう? イチカ先生がいたり、入手が難しいイヅル国の蔵書がたくさんあったり」
「たしかにイヅル国のものが多いとは思いましたが、お父様の趣味なのかと」
「今では趣味になっているよ。でも、皇帝陛下から受けている密命が当主となった私に課せられた当初はイヅル国の文化に興味があるように演出をしていたかな」
そう言って父が笑った。いつも穏やかな父の不穏な一面を覗いてしまったようで少し怖かった。
「今回ソウマ様を保護するに至った経緯を話せば、ベイリー家で保護することに賛同されるはずだ。それどころか支援までしていただけると思う。ただ、皇帝陛下はソウマ様を取り込みたがるだろうね。今のムスビ家はレイ帝国の貴族だけど、イヅル国での立場も強い。戦争回避のためにソウマ様が利用される可能性がある」
「それでもお父様はソウマ様を保護していることを皇帝陛下に伝えたいのですよね? どのような理由からでしょうか」
何かあれば皇帝に伝えるのは当たり前の行動だ。だから、私が皇帝にソウマの件を伝える理由を尋ねる事自体がおかしい。でもあえて尋ねたのは、お父様はその義務のみで動くとは思えないからだ。
私を守るためなら相手が誰であっても守ると両親は常日頃から私に伝えてくれている。だから、皇帝からソウマ様を隠すという判断も父の中にはあると思う。私は父の考えを聞きたかった。
父も私の質問の意図が分かったのか、再び口を開いた。
「高霊山での災害に巻き込まれたとして、ソウマ様の死を偽装することもできる。それならば、別の人間として人生を歩み直すことができるし、皇帝陛下からもソウマ様を隠すことができる。でも、ソウマ様はそれを望まなかった」
「ソウマ様がですか?」
「うん。先程会いに行った時に気持ちを伝えてくれたよ。いずれはムスビ家の当主として生きる選択をしたいからその手段が残るような対応を検討してほしいとね。ムスビ家の当主として生きるならば、皇帝陛下の後ろ盾があった方が絶対にいい」
「そういうことでしたか……」
ソウマの泣いた顔が過った。あれだけ傷ついていたのに……あれだけのことがあった後だというのに、もう未来のことを考えている。無理をしているように思う。私が未来の話をソウマにしたからなのだろうか。
「ここ数年は特に動きが怪しいのもあって皇帝陛下はイヅル国内の反帝国派をかなり警戒しておられる。反帝国派を支援している誰かがイヅル国の政府内にいる可能性が高い。だから、きっと皇帝陛下はソウマ様のことを欲しがる」
「そういった経緯から、皇帝陛下は私とソウマ様の婚姻を願ったのですね」
「そう、だね」
父は悲しそうに笑った。
私とソウマの婚姻を皇帝が望んだのは、公爵家間での力の均衡をとるためだと思っていた。実際に小説でもそのように描かれていた。でも、皇帝がベイリー家を通してイヅル国を探っている背景があるのならば、ベイリー家がムスビ家と婚姻を結んだ方が都合がいい。
正直、力の均衡をとるためならば、スローパー家のリベラがソウマの相手でもよかったのだ。まだ幼い私がソウマの相手として選ばれた理由に納得した。
それでも両親は私にソウマを結婚相手として選ぶ必要はないのだと選択の自由を与えようとしてくれていた。両親の愛が見えて胸が熱くなる。
「ソウマ様の鍛錬していた場所で災害があった事はすぐにレイ帝国にも知らせが入るはずだ。知らせが入り次第、皇帝陛下はベイリー家の偵察隊にソウマ様の捜索を命じるはずだ。だから、私達には数日、今後の事について考える猶予がある」
私ははっとして父の顔を見た。
「少し休んでいただいてから私はもう一度ソウマ様のご意向を確認する。ソウマ様のお気持ちが変わらないのであれば、皇帝陛下にソウマ様の事を伝え、ベイリー家で保護する。ムスビ家の当主としての人生を望まないのならば別の人生を歩めるようベイリー家でソウマ様を支えよう。これが私のベイリー家当主としての考えだよ、ルーファ」
「あり、がとうございます」
「ソウマ様にとってはどちらも辛い選択になると思うけれど、選んでいただく必要があるね」
父は何とも言えない顔をした。敵が多い状況に身を投じるか、今までの人生を捨ててしまうか。ソウマにとって難しい選択になる。ソウマの状況を考えると手放しで喜んでいいわけではないけれど、父が私が大切にしたいことを大切にしようとしてくれているのが私は嬉しかった。
「さて、一旦話はここまでにしよう。ルーファももう休みなさい。一晩中起きているだろうから」
「言われてみれば、そうかもしれません」
そう言われて初めて自分が疲れているのだと自覚した。安堵したのもあるかもしれない。身体が何だか重いように感じて、急に手足の力がなくなるような感覚がする。
ソウマの苦しみと、自分のしたことへの恐ろしさ、両親からの愛と、感謝と、色々な感情が混ぜ合い溶け合い私はいっぱいいっぱいになっていた。そういえば魔力もあの魔物に食べられてかなり奪われてしまったし、治癒術でもかなり消費した。そろそろ休まないと倒れそうだ。
部屋に戻って休もうと立った瞬間、ぐるりと世界が反転し、私は簡単に意識を失った。




