前世の記憶
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「はぁぁーー。カッコいい」
私、鈴木涼子(高3)は、どハマりしている乙女ゲー〝放課後ひみつの生徒会〟を寝ずに夢中でプレイしていたが、そろそろ外が白んできた。もうちょっと推しを堪能したかったけど、流石に寝ないとやばい。
「その前にトイレ行っとこ」
部屋を出て階段を降りようとした時「あっ、やべ」と思った時はもう手遅れで、思い切り足を踏み外し転げ落ちていく。
スローモーションで流れる世界。死を悟り思ったのは「こんな事ならプレイし続ければよかった」だ。最後まで推しへの愛を貫き通した人生だった。
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……という前世の記憶を思い出した。
私がいるのは、高級感溢れる広くふかふかなベッドの上。
「シーナお嬢様!? 目覚められたのですね!! 2日も眠ったままだったので心配しました。ああ、こうしては居られない! すぐに奥様とお医者様を呼んで参りますからっ」
「奥様ぁぁ」と叫びながら慌てて部屋を出ていくリラ。
(えーっと、ちょっと待って? どういう事?)
シーナと涼子、2人分の記憶を擦り合わせる。そして見えてきたのは、ここが前世でプレイしていた〝放課後ひみつの生徒会〟の世界であるっぽいという事。
婚約者であるフェリクス様は、生徒会副会長で攻略対象キャラ。私の推しである。
(えっ、まじ……? 推しの婚約者に生まれ変わったってこと? 何それ! 最高すぎん!?)
「〜〜〜〜!!!!」
きゃーっと叫びそうになるのを、布団をかぶって何とか耐える。
(でも待って、確か婚約破棄したいって……それで、ショックすぎて足を踏み外して馬車から転落して……)
「ーーーー!!!!」
いやーー! と叫びそうになるのを、布団の中で再び耐える。
ちなみにゲーム内のフェリクス様の婚約者はモブ中のモブである。フェリクス様ルートに入ると出てくる「婚約破棄をした」の一言で片付けられ終了。もちろん名前もない。
(婚約破棄の申し出があったという事はつまり、この世界がフェリクス様ルートで進んでいる?)
いや、そうとは限らない。生徒会紅一点のヒロインが、生徒会長である王太子殿下を始め、役員全員ときゃっきゃうふふするスペシャルストーリー・逆ハールートの可能性もある。
何を隠そう、前世の私もそこを目指してプレイしていたのだ。生で、この目で、見られるかもしれないなんてどんなご褒美ですか!!転生万歳!!
(でも、ゲームの世界に生まれ変わるなんてあり得るの? 全て夢って事もあるんじゃない?)
意識を取り戻してからずっと感じていた全身の痛み。痛すぎて吐きそう。それに何だか熱っぽい。目を開けているのもだるくて、ゆっくり閉じる。
(夢だとして、こんなにリアルな痛みある? でもまぁ、いっか。推しと同じ世界にいられるなら……なんでも……いいや)
元来、涼子はポジティブで大雑把な性格なのだ。
その後、再び目を覚ました時に部屋にやって来た両親は、ガラリと変わった娘の性格に「よほど打ち所が悪かったのね」と涙を流し嘆いていた。
お医者様によると、額を打って出来た大きなたんこぶと手首の捻挫は数週間で治るそうだ。問題は左大腿骨骨折で、完治まで最低でも半年、長ければ1年近くかかるらしい。
きっと前世の世界なら完治までこんなにかからなかっただろう。この世界の医療はかなり特殊なのである。しばらく寝たきりの生活になりそうだ。
学園を長く休めば在らぬ噂を立てられる恐れもあったが、幸い明日から長期休みに入る。タイミングが良くて助かった。これだけは不幸中の幸いだったかもしれない。