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よん、中途半端に知っている法具師はあえて口を閉じる

 

(注:翻訳具使用)



 私の名前はイゾッテ。

 イゾッテ=グラーゴレオ=リーニ。

 リーニ公爵の娘で、第十三王位継承権拝領してるけど、ぶっちゃけこれぐらいだと「持ってない」って言うのと同じってやつよね?

 これで女王になれたら、どんだけ希代の死を招く女王って感じ……不吉すぎ。


 今、これ結構ピンチ?

 危機的状況の序章?

 惨劇の開幕?


 幼馴染みで従姉弟である大神官殿が……あ、ちなみに彼は王の実弟で、第二王位継承権者なんだけど。

 彼の継承権は実質あってなき如し。

 王族の変わりはいくらでもいるけど。この大陸を守護する精霊たちに、愛されて祈りをささげる「大神官」は彼しかいないので、私より王座とは程遠い特殊な位置にいる。


 そんな従姉弟殿。

 失恋のために恋敵をいびり殺しそうなフラグがたったんで、どうしようかと迷って……見なかったことにしたわ。

 さっきまで爆笑の渦に包まれていたというのに、何この落差。

 で、爆笑していた理由は、簡単でもあり難しい問題。


 我が親愛なる従姉弟である彼は「落とされし者」であるマッダレーナちゃんに、驚く程恋してる。

 彼女の「身元保証人」といいつつ、実質「婚約者」として屋敷に引き取るぐらいに。

 肝心の彼女はそのことよくわかってなくって、「働きます!」って言って一応メイドとして従姉弟殿の邸宅に就職することになったけど。周りの使用人は勿論、彼女が実質婚約者って事知ってるのでぎこちない。

 唯一の例外が王族でも口出し無用の聖域である、厨房のコックぐらいかしら。

 でもその厨房のコックも、彼女の美味しそうに食べる姿に心揺さぶられたのか、「菓子職人パスティチェーレを雇っては?」と、従姉弟殿に進言する始末。そしてすんなりと雇ってしまうという従姉弟殿の溺愛ぶりだ。おかげで、私もおいしいケーキをご相伴にあずかれるってわけ。うちの屋敷の菓子職人は両親の趣味だから私の趣味じゃないのよね。


 でも厨房のコックの気持ちもわかるわー。

 小動物的な可愛さのある彼女が、おいしそうに幸せそうに食べてるのを見ると、とてもかわいくて見ているこっちもほのぼのしてしまうのだ。沢山お食べなさいな、と言ってしまう。


 ――ペットについつい餌を沢山あげてしまう、的な気持ちに近いのかしら?

 マレーネちゃんとの会話は、お菓子を食べながらにしてしまう。



 で、話は戻るけど、私が爆笑していた理由。


 そんな浮かれた従姉弟殿とマレーネちゃんとの会話。

 なんか、かなり噛み合って……ない?


 かすかな違和感から、あくまでも法具師としての知的好奇心で、その原因を調べるため。彼女が翻訳法具で聞いているままの"声"を聴く法具を開発して、こっそり物陰から二人のやり取りを聞いていたのだけれども。


 左耳は直に従姉弟殿が喋っている言葉。

 右耳だけにマレーネちゃんと同調(シンクロ)した翻訳法具。


左耳「君の相手……楽しくて、このままでは遅刻しそうだ。離れがたいけどもう神殿に行かなきゃ。心配だから、僕の目の届かない所では、頑張りすぎて無理しないで」


 が。


右耳「お前の相手をしていては遅刻しそうだ。今から私は神殿に行くが、これ以上、私の目の届く範囲外では何かしでかさないように」


 なーんでっ、これになるかな?

 まぁ、翻訳的には間違ってないんだけど、間違ってないんだけど、ね。

 ある「重要な感情」がこもった部分が、排除されたように全く訳されてない。


 あれ、何かこんなに嫌味ったらしく喋るキャラだっけ?

 どこのツンデレさんよ!


 って全力でツッコミたいぐらいに意訳されてる。

 声の調子も、本当なら抑揚がない掴みどころのない声音なのに、外見に似合った冷たさになっているという、さらに誤解を招くおまけ付きだ。

 従姉弟殿のキャラ付けって、冷淡よりも浮世離れした不思議キャラなんだけど。

 顔は同じなのにしゃべり方が違うだけで、ここまで印象が違うとは……。

 まぁ、従姉弟殿は基本の表情鉄仮面だから。仮面劇のように吹き替えによって印象が変わっても仕方ないのよね。

 さらに、マレーネちゃんを見つめる従姉弟殿の表情は真剣というか。

 真剣過ぎて、睨み付けているように見えてちょっと怖く見える。


 とりあえず、びっくりした後に、盗み聞きしてるのがバレちゃうので柱の陰で必死に笑いをこらえた。

下手な喜劇を見るより面白い。

 あー、頬の筋肉、痛ったいわ。

 濡れた服を乾かした法力って、相性の悪い精霊達を同時に使い、デリケートな誤差を修正するとっても神経を使う無駄にハイレベルな技だ。そうそう使いこなせる人間なんていないだろう。

 そんなかっこつけも、「魔法使えるって凄い」と単純にびっくりされるだけで、よく伝わってないみたいだし。無駄骨。


 し、か、もっ!


 重要なのが、マレーネちゃんが従姉弟殿の好意に気がついていない。

 しかも素直な子だからか、ツンデレ耐性ないために、ただのヤな男になってるわよ!

 とにかく従姉弟殿にお世話になっているという、自分の置かれてる状況をわきまえてるマレーネちゃんは、言われても仕方ないって感じで、申し訳なさそうにしてるけど、これ私だったらシバく。ていうか印象最悪で、彼女の気持ちを掴むどころか、わざわざ遠ざけてどうすんのよと言いたいぐらい。

でも、それは翻訳法具のせいであって、直に「ラマンディーラ語」で聞きさえすれば、従姉弟殿の気持ちなんて丸わかり。でも翻訳具を使わなかったら、マレーネちゃんには言葉が通じないというジレンマ。


 こうややこしい状況になってるのは何故なのかしら?

 私の整備不良……そんなはずはないわよと思ったら、落ち着いて見てみると精霊の干渉が起こってる。


 従姉弟殿は、精霊達から「加護」を凌駕する「寵愛」を賜っていて、彼らに愛されてるばかりに、恋を妨害されてるのだ。マレーネちゃんには、直接精霊の力が及ばないから、間接的にネチネチと。まさに小姑ねぇ。


 精霊に愛されすぎてるってのも、問題。


 高スペックながらも……いや高スペックすぎるからこそ、恋愛経験値0の従姉弟殿。

 この前までは独身主義だったのが嘘みたいなほど、勉強して頑張って気持ちを表して彼女を口説いてる分、かなり哀れだわ。


 どこの放蕩児(ドンファン)だと言いたい、超こっぱずかしい決め台詞(くどきもんく)を吐いてても。

 そこ「訳せません!」的に邪魔されてる。


 ――ああ、どうりでスルースキルパネェのか、それともそんなこともわからない純粋培養ちゃんなのか、マレーネちゃんの今までの態度不明だったのかが腑に落ちた。


 実質、従姉弟殿の婚約者だってことがわかってない最大の理由もこれなんでしょうね……。


 従姉弟殿が恋愛について勉強してるって知ったのは、この前勝手に入った従姉弟殿の部屋の机に積まれた本の山を見たから。

 読書家の従姉弟殿のそれ自体は珍しくないんだけど、そのタイトルが「お姫様と王子様はしあわせにくらしました」的童話から始まり、今王都で貴族子女に大流行りの「目が合う・手が触れ合うだけで胸キュン」純愛小説というなんと乙女チックなラインナップ。そして装丁も思いっきり内容に見合ったファンシーでカラフルな色ばかり。

 いい年をした男の執務机の上に広げられてる、かなり異様な光景にドン引きしたけれど。涙ぐましい努力におねーさん感動したので、たぶん知らずに混ざっていた、「禁断のラブ」とか、「強引に奪う」とか、「体から始まる関係」とかどう考えても物語の中の「ただしイケメンに限る」的の、実行したら犯罪よ? なジャンル小説は、彼の恋愛どころかこの世界の人生が積みそうなので排除してあげた。読んだら意外と面白いけど、この手はあの子に使っちゃダメ。

 マレーネちゃんを落とすには誠実ルートだと思うの。

 あんまりにも想いが伝わらない事態に哀れに思えてきたので、さっきマレーネちゃんのメイド服が濡れたとき、気付かれないように胸を一瞬ガン見していた事への、鉄拳制裁はやめておくことにする。

 いい年した男が、十代のように慌てふためいて距離を取っていたのも。精霊たちのお力によって、汚いものを遠ざけるような事になっていて爆笑モノだったのだけれども。


 まぁあれは見ちゃっても仕方のない、いい胸してるから仕方ないかもねぇ。

 異世界の服装でずぶぬれの時はよくわからなかったけど、童顔小柄なのに意外と胸あるのよ。叔父様(おうさま)に謁見する為に、ドレスを貸してあげる時、体に会わせると胸がパッツンパッツンに、胸に合わせると全体がぶっかぶかという困った事態になっちゃって。


 ――苦労したわ、私じゃなく侍女がだけど。


 そう、こんなロリ巨乳なんて、きっと嫌な思いしてきたんだろうしー。

 誠実ルートで正解よ、正解!


 今回の経費では落ちない、改造翻訳法具の代金請求で勘弁してあげようっと。

 因みに翻訳法具は目玉が飛び出るぐらい高い。

 こんなの着けるぐらいだったら、有能な通訳を常時雇った方がお得ってほどの国宝級レベル。

 まぁ日本語を習得している通訳なんて、居ないから雇う以前の問題なんだけれども。


 無くしたって従姉弟殿が喜んでホイホイ弁償してくれるだろうけど、そんなこと言ったらマレーネちゃんが萎縮するから言わないけどねぇ。


 とにかく、従姉弟殿が全力で空回りしていることがわかって、ちょっと同情したので、お節介を焼いてみようと思ったのが運のつき。

 彼女に軽いジャブで、恋愛について探りをいれたら、気になる相手がどうやら他に居るみたい、という藪をつついて緊急事態に陥った。否定していたけど。

 あの表情は、どう考えても眼中にないらしい従姉弟殿とは一線を画した感情を抱いているようだし。

 その証拠に、いつも幸せそうにお菓子を食べるマレーネちゃんの表情が今日は雲っているし、話したくないようだし、で。


 一体いつの間に……意外とやるわねマレーネちゃん。

 なーんて思ってる場合じゃないのよね。


 こんなこと従姉弟殿に知られたら、恐ろしいことになるのは必死。


 彼女がこの世界に落とされし時。

 居なくなって王宮関係者が総出で探していたマレーネちゃんには、この世界の祝福がない。法術が使えないからこそ、法術では探せないし、宮殿に張り巡らされる侵入者用の捜索にも引っかからないので、居場所を特定するのは困難を極めていた。


 なのに。

 噴水での「落されし者」のお出迎えには興味なしで欠席していたくせに。

 そんな捜索困難なマレーネちゃんの居場所を知らせてきたのは、マレーネちゃんと出会い恋して変わり果てた従姉弟殿だった。


 そう、まさに奴は変わり果てていたわね。


 まずは服装。

 妻帯しないという神官の不犯の誓いの「青き衣」から、通常の「赤き衣」に着替えてやって来た。

 神官の力は血筋によることが多いので、妻帯に変えることはむしろ歓迎される。王族であるのなら、なおさら血を途絶えさせちゃいけないしねぇ……だからそれは問題ないけど。


 ――理由を知ったら、すでにマレーネちゃんと結婚する気満々で引いた。


 そして、衣の色とともに変わったのは、髭と髪。

 結婚売り出し市場で狙われることにウンザリしていた従姉弟殿が、衣にさらにダメ押しでバリアのつもりなのか伸ばし放題だった髪と髭。

 あれほど小汚いから切れと、遠まわしに、時には直接的に誰に何を言われようが頑なに切らなかったのが、きれいさっぱりしている。


従兄弟殿にも人並みの感性がーー!!


一応そこに気が回ったのね。

ちょっと感心してしまったというか、どれだけ私の中の従兄弟殿の人間的な評価って低かったのねと、改めて認識したわ。


 周りの人間は数年ぶりに顔をまともに見た所為で、誰? という表情を浮かべてる人間も少なくなかったのが、面白かったかしら。

 長衣に縁取られた金糸の刺繍が、大神官の位イコール従姉弟殿と表す、唯一の身分証明書でよかったわよね。そうじゃなきゃ、王宮兵士に捕まってたはず。ちょっと……いやかなりその光景見たかったかも。


 その奇跡のイメチェンに加えて。

 もう、これも笑った笑った。

 髪の毛と髭の色は、恋が燃え上がってるって感じで、火の精霊の影響もろ受けて真っ赤だったし。

 マレーネちゃんに一目惚れした従姉弟殿の気の乱れは凄まじく、それに反応して精霊が荒れ狂ってたっていう。精霊達を押さえる法具もしてたけど、最凶を最強に押さえるぐらいの効果しかない……あ、それも私が昔作ってあげたやつなんだけど。

 初めての感情に戸惑ってたみたいだけど、何とか一晩で押さえ込んだみたい。

 次の日はいつもの銀髪に戻ってた。


 恋しちゃっただけでこれなんだから、恋敵が出てきちゃったら、お察し。

 きっと制御できなくて、相手を殺しかねないわよー。

 あーでもその時の後処理とかは、私がやることになっちゃうんだろうなぁ。


 マジ、勘弁。


 面白いことと法具作りには首突っ込みたいけど、どうみても楽しみに釣り合わない、めんどくさいことには関わりたくないというのが、偽りのない本音。


 恋敵の名前聞いちゃったら、対処しないといけないし。

 もしなにかあった時に後味悪いし、その人見たら挙動不審になっちゃうしっ!

 対処に常々当たるよりは、後始末の一回位の方が、楽でいいかも~~と、算盤ずくで、ものわかりのいいふりして詳しいこと聞かなかったんだけど。


 ……ああっ!

 でもっやっぱり相手はどんなんだか気になるジレンマ。

 従姉弟殿が、どんな男に負けたのか気になるーーーーっ!!


 恋したのが従兄弟殿相手だったのなら、めでたしめでたしの大団円だったのだけれど。

 人生はそう簡単に、うまくはいかないみたいなカンジ?


 天は二物を与えたどころか三物も四物も与えられた従姉弟殿。

 趣味はあるだろうけどスタイル抜群なイケメン、王族・大神官の身分に、精霊の寵愛……あ、これは障害か。




 そんな彼でも初恋は一筋縄ではいかないなんて、私に恋人がいないのも仕方がないって事で。

 とりあえずは、この状況楽しませるだけ楽しませてもらうわね。






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