出来損ない
「歩美、お疲れ!なんであの技使わなかったんだ?」
「はぁ?あんたにしか使わないわよ!あんな雑魚に使ったら間違いなく、シールドまで断ち切って殺してしまうかもしれないし…」
瑞貴は、凌駕と歩美の話についていけず、顔をしかめて話を聞いている。
すると、それに気づいた凌駕が瑞貴に近づいてコソッと耳元で言葉を紡いだ。
「へえ……凌駕との特訓で編み出した技かあ……。きっと凄いものなんだろうね〜」
「決まってるじゃない!明日には観れるから安心して待ってなさいよね!!」
「うん!」
自信ありげな表情の歩美に笑顔で接していた瑞貴は突然に顔を伏せた。
「どうした?瑞貴?」
「凌駕、ちょっと黙って…」
いかにも弱々しい声。
彼が何を観たのかは次の瞬間で分かった。
「水泡家の落ちこぼれ。我が最悪の弟の顔が見られると思えば、落ちこぼれでもシードに上がっちまったんだなあ。みーずーき?」
「………」
当然のように近づき、顔を伏せている瑞貴の頭部に拳銃を突きつけながら狂気の笑みで男は現れた。
この時、凌駕の頭の中にはいくつかのキーワード浮かび上がった。
水泡家。落ちこぼれ。最悪の弟。
これらは男が瑞貴に対して抱いている感情、主観だ。
「あぁん?俺様がクソ雑魚で水泡家のお荷物であるクソ最悪な弟の顔を見に来てやったんだ。顔を伏せてないで堂々と胸を張って自信満々な表情を見せればいいだろう?
そうなりゃ、決勝に上がってくるかどうかはともかく、お前の負け様を美味しく見る事が出来るってもんだ。
おい、くそ犬。挨拶は?」
「……に、兄さん…おはようございます…」
「何か不満げだなぁ?俺が力を込めればお前の頭なんか簡単に吹っ飛ばせる。そもそも、武器なんか使わなくても素手で十分だ。俺様の機嫌を損ねたんだ。なんか言うことは?」
「申し訳ございません…」
瑞貴は、魁斗の足元に四つん這いになって頭を地面へつけ謝罪の言葉を紡いだ。
「あぁ?お前の臭い息で俺の靴が汚れたわ。舐めて綺麗にしろ、クズ!」
ーー瞬間。
プツンと何かが切れる音がした。
「いい加減にしろよ。テメェ!瑞貴の兄貴だかなんだか知らねえが、これは自分の家族にするべき対応じゃねえ!お前の見る瑞貴はまるで奴隷だ!」
憤怒の表情で叫びを上げたのは、愛刀を片手に携えた凌駕だった。
「あぁん?お前、今自分が何してるか分かってんの?この俺様に刃物向けて短歌切ってんだぜ?」
「わーってるよ。お前が何処の誰だろうと関係ねえ!!!俺の大切な親友を傷つけるならぶった斬ってやる!!」
「ほう?やってみろよ。それにしても、こいつに友達ねえ?俺のツテで学年一位に登り詰めたなんて噂立ってるゴミだぜ?お前も少しは友達選んだほうがいいんじゃねえか?」
彼は。凌駕へ銃口を向けて笑いながら引き金を引いた。鉛玉は回転し、凌駕の脳天へ凄まじい速度で襲いかかりーー。
「お前の銃弾は俺の速度を超えられない…!」
凌駕の愛刀に真っ二つに一刀両断された。
「なっ…!?」
彼はその一瞬を逃さない。
雷の如き速度で魁斗の背後に回り込むと、刀の持ち手で首元を叩き伏せる。
全身の筋肉に自身の電流を流すことによって一時的に筋肉の停止を図れる業だ。
「なっ、舐めるなぁっ!!」
しかし、男の筋肉は停止しない。
寧ろ、先程よりも力が大幅にアップしたように見える。凌駕は少しだけ距離を取って、刀を構え直した。
「全く……銃弾を刀で真っ二つに切るだけでも人間業ではないのに、お次は筋肉麻痺だってー?……ぶっ殺してやる!!」
何故か異形のオーラを感じた。形容し難い、この感じは本能で逃げろと言われているかのようだ。刀を持つ手さえも震えている。
凌駕は、魁斗に対して全身の集中を咎めた。
しかし、勝負は一人の男によって遮られた。
「その辺でやめにしなよ。魁斗と……柳瀬凌駕君?君らのせいで他の人らの試合に集中できないばかりか、とんでもない数の野次馬が出来ちゃってるよ?これ以上続けたいなら、俺が出ちゃうけど良いかな?」
綺麗な赤色の短髪に、まるで宝石のような光沢のある両目。凌駕は、この男に大きく見覚えがあった。
武術都市で剣を振っていれば誰もが戦うことを憧れる存在。
瞬速の如き、華麗な剣術で相手を翻弄し、その腕の細さからは感じさせない剛力で敵をねじ伏せる武術都市最強の剣士。
沖田 剣だ。
「ちぇっ…てめえの出る幕じゃねえよ。さっさと帰れ!俺はこいつと……ちょっと待て…。柳瀬凌駕?お前、柳瀬凌駕って言ったか……??」
「ああ、言ったよ。魁斗。俺の出る幕じゃなかったとしてもだ。他の人に迷惑をかける戦闘は…禁止だよね?」
「わ、分かったよ。今回のところはてめえに免じて大人しく帰ってやる。柳瀬凌駕、覚えとけよ。お前の泣き面、ぜってえ拝んでやっから!」
それだけ言うと、魁斗は地面に正座したままの弟に視線を与えず、去っていった。
「大丈夫かい?俺が来なかったら、凌駕君危なかったよ。アレでも、魁斗は本気を出したら手を付けられないほどに面倒臭いんだから…。」
「ありがとうございます。あの…どうして俺の名前を?」
沖田に名前を呼ばれていることに喜びを感じながら、凌駕は言葉を紡いだ。
疑問に思ったことだ。
「寧ろ、知らない方がおかしいと思うよ。同じ剣術の強者は頭に入れてあるから。俺達三学年でも剣を振ってさえいれば君の名前を知らない人は居ないよ。新人にして最強のダークホースとみんな言っているからね。」
「そう…なんですか?!」
学年でトップを飾ると、上の学年にまで目を付けられることが多い。
そのことで次に剣から忠告があった。
「あまり騒ぎを起こさない方がいいよ。剣城学園全ての武術一位に登るメンバーで君をよく思ってない人物は少なくはないからね。それは俺も含めてなのだけれどな。」
「…どういうことですか?」
「嗚呼。近くも遠くもないうちに大きな事件が起こるだろう。
そうなっても、君は強さを保っていられるか。恐らく、それは否だろうさ。だから、今のうちは、俺達が卒業するまで大きなコトは起こさない方がいいよ。例えば、この俺に勝って剣城学園最強の座を奪ってしまうとかね…?」
「えっ……?」
「フフッ。では、また決勝で会おうか。素晴らしい剣戟を……。」
剣はそれだけ言うと、凌駕の元を去った。
凌駕が振り返ると、彼の姿はもう既に消えていた。瞬速の如き速度で敵を翻弄する最強の剣士は、思いの外、凌駕の嫌いなタイプなのかもしれないようだ。
「オイオイ、何を忠告したんだ?まさか、決勝戦で新人を潰す気かよ?相変わらず、クソみたいな性格してんな。沖田。」
「煩いなあ。俺の最強の座を奪おうとしてるやつだよ?殺さなきゃ損じゃん!」
「俺には分からねえな。お前の勝利に対するそこまでの執着心ってやつがよ。俺様はこの相棒で目の前の敵をぶっ潰すだけよ。お前も純粋に戦闘を楽しんだらどうだ?」
「……無双、あまり笑わせないでよ。俺が戦闘を楽しまなかった時は片時も無いよ。相手が絶望の表情に染まった時、それを容赦なくぶった斬る。ソレのどこに楽しみがないというのさ。それこそ、分からないね〜!」
「勝手にしろ!お前には何を言っても意味がないのは昔から知ってるからな…。」
「そりゃ、どーも!」
凌駕の元を去った後、ロビーから会場へ繋がる階段ですれ違いそうになった最強剣士の沖田と最強槌士の業力無双の二人は立ち止まって言葉を互いに交わした。
やがて、会話が終了すると、無双はどこか哀しげに、沖田剣という人間を見つめ、試合会場を後にした。
楽しんでいただけたら光栄です




