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魂戟のソーマ~異世界憑依譚~  作者: 空地 大乃
第二章 姉弟編
33/89

狩りへ――

「うん。これでよしっと」


 姉のジェンが零の襟を糺し、満足気にそう呟いた。

 約束の日がやってきて、零が準備していると姉のジェンが衣装片手に部屋に訪れた。

 狩りの為に動きやすくそれでいて怪我を負いにくい衣服を用意してくれたらしい。


 零はありがとうといってそれを受け取り着替えようとしたが、そこはこのジェンである。結局着付けまで全て彼女任せになってしまった。


 お風呂の件で裸を見られてるので今更恥ずかしい事もなさそうなのだが、それでも下着姿を見られるのは照れくさくもある。


 最も身体は借り物なので、零本来の形でみられたわけでもないのだが――それでも下着は前もって変えておいて良かったなとは思ったものだ。


「トイ~う~ん、やっぱり何を着せてもよく似合うよ~」


 着付けが終わり、甘ったるい猫なで声を発しながらジェンが零に抱きついてきた。

 そしてすりすりと頬を寄せてくる。


 もはや定番の行動でもあるが、それでも少し困ったように片目を閉じ零は苦笑した。


 いつもならこのまま押し倒されて更にもみくちゃにされそうなものだが、新しい服に着替えさせたばかりでそれは流石にしてこなかった。


 袖を通したばかりの上着や、下ろしたてのズボンに皺がついては元も子もない。


 ジェンが用意してくれたのはキルティング加工がされた上着と綿製のズボン。

 

 上着は二枚の布の間にたっぷりと綿を詰め込んだタイプで、少し厚みがあり袖は手首まで隠れるほどは長い。

 最初から前は閉じてあるので、袖からではなく頭からすっぽり被って着る仕様だ。


 ただ裾は真ん中に切れ込みがはいって広がるようになっている為、着た後は服の上から腰のあたりに太めのベルトを巻いて締め付けている。


 デザインは少し大きめの格子縞模様で、染色は薄いブラウンといった感じだ。


 ズボンに関しては動きやすいチノパンタイプで、材質も綿であり軽い。色はアイボリー色に染め上げられている。


 感触で掴むことは出来ないが、零がぐるりと首を動かし、今の姿を眺め回すにサイズはぴったりなようだ。


 関節もクイクイと曲げ伸ばししてみるが、動きに乱れはない。

 

「でもトイもレンジャーになるなら、ちゃんとした装備も仕立てないとね」


 ジェンが形の良い顎に指を添え、思考を巡らすようにしながらいった。

 姉は今でも零がレンジャーになる事に不安を抱いているようで、食事の時も決意に変わりが無いかも聞いてくる。


 だからこそ、本気であるならしっかりとした装備で少しでも危険が減るようにしたいのだろう。姉心というものか。

 

 彼女の場合は少々過保護がすぎるかもしれないと、零は少し苦笑を浮かべたりもするが。


「本当は私もついていきたいとこだけど――」


「そ、それは駄目だよ! 卒業者だけって決まりだし!」


 冗談と思いたい零ではあるが、ジェンの場合一応釘を打っておかないと本当に来かねない。


 山に狩りということで随分心配そうではあるが、零に定着した記憶から考えるにこの装備でも十分すぎる程だ。


 最もこの世界にも存在する野生の熊にまともに襲われるなんて状況になれば心もとないが、基本熊は人間を恐れているため襲ってくるような事はない。


「そうよね……心配だけど何かあったらすぐ呼んでね。すぐに駆けつけるようにするから」


 零は、う、うん、と曖昧な返事を返す。呼んでねといっても別にすぐ近所にいくような話でもなく、この世界では携帯電話も当然ない。


 一体どうやって呼べばいいのかという話ではある――が、この姉であればどんな場所でも零が声を上げれば、本気で駆けつけそうな気さえする。


「はい、トイこれも」


 最後の仕上げとして、姉のジェンが零に一本の剣を差し出してきた。


 木剣ではない本物の剣だ。狩りにいくとなればそれも当然ではあるが、零はゆっくりと剣を受け取り、鞘から抜いて確認する。


 ジェンが使ってたような大剣ではなく、長さ七〇センチ程度のショートソードと呼ばれるタイプの武器だ。


 因みにジェンの持つ剣はクレイモアと呼ばれる得物で、長さはショートソードの倍近くある。

 勿論零はそんな武器をこの身体では使いこなせないし、コボルトの経験からみても刃渡りの短いショートソードの方が扱いやすい。


 鞘から抜いた刃を天井に向け掲げる。研ぎ澄まされた刃が窓から差し込む陽光を受け美しい光沢を放つ。


 刃こぼれ一つなくまるで新品のようだが、これは元々騎士の父が扱っていた代物だ。

 それだけにかなりの月日も経っているはずである。

 

 だが全く色あせている様子がない。これはジェンがこまめに手入れを施していたからに他ならない。

 

 今は亡き父と母に変わってこのシェイル家をしっかり守り、そして両親の思い出が色褪せないように手入れも忘れない。


 こういった細やかな気配りが気配りが出来るのも彼女の魅力だろう。

 協会では男勝りな様子もみれたが、普段は料理してる姿も含めてとても女性らしく、彼氏らしい存在がいないのが不思議なぐらいである。


 最も零が憑依する弟に対する愛情が深すぎて、彼氏どころではないのかもしれないが。


 零はひとしきり剣を眺め終えると、それを鞘に戻し腰の辺りに吊り下げた。

 今の身長でもこの長さ程度なら邪魔になることもなく収まりも良い。


「トイ……素敵――」


 ジェンが右手で頬を押さえウットリとした表情で零を見てくる。

 

 正直弟に見せる顔じゃないな、と軽く戸惑いつつも零は更に用意してくれた弁当の入ったポシェットと水筒を腰につけ、そろそろ出るね、とジェンに告げ部屋を出た。


 姉は玄関口まで見送りに来てくれた。

 零はそこで、ここまででいいよ、行ってくるね、と告げ屋敷を出る。


 ジェンが今生の別れのような寂しい表情を見せていたが、ちゃんと言っておかないと、せめて広場まで等といってついてきかねない。


 困ったお姉さんだな、等と思いつつ、零は脇目もふらず待ち合わせ場所に向かった。





◇◆◇


 待ち合わせの広場には既に三人が立ち零の事を待っているようだった。

 

「みんなお待たせ~」


 零がそう声をかけると、一斉に三人が身体を向け軽い笑みを浮かべながら出迎えてくれる。


「お、来た来た」


「おはようトイ~」


「へ~その剣結構似合ってるわね~」


 思い思いの言葉を掛けてくる皆に返事しつつ、剣の事を褒めてくれたマーニには、

「ありがとう。父が前に使ってた剣らしいんだよね」

と笑って返した。


 すると一瞬だけ彼女の眉が動いたが、そう、大事にしないとね、と優しい表情で口にする。


 故人の事を思って気を使ってくれてるのかもしれない。


「まぁとにかくトイも来たし、そろそろ出るか!」


 すると妙に気合の入った声音でシドニーがいう。

 しかし――彼が気合入ってるのは声だけでなく。


 零が改めてシドニーへと目を向け、その格好に着目すると。


「やっぱトイも気がついた? こいつちょっと気合い入りすぎよね」


「ま、まぁ何があるか判らないしね」


 マーニはジト目で、セシルは苦笑交じりに返してくる。

 

 零は改めてふたりの格好にも目を向ける。

 セシルは動きやすそうなスカイブルー色のズボンにジャケット。

 腰にはやはりポシェットに水筒そしてレイピアを吊るしている。


 一方マーニは零の今の格好に近いキルティング加工された綿入りの上着に、動きやすそうなロングパンツといった形で色は淡いグレー。


 腰に吊るすは零の持つ剣より拳ふたつ分程長いロングソード、もちろんポシェットや水筒も装着されているが、それとは別に肩に紐を掛け、背中には革製の矢筒を背負っている。


 中には彼女のもつロングソードより少し短めの弓と矢が入っていた。

 記憶では彼女も弓を嗜むらしい。


 騎士としては、剣だけでなく弓の腕も鍛えるのが当然といったところなのかもしれない。


 そして――問題のシドニーに関しては中々のもので、上半身には革で作られた肩当て付きの鎧を装着。艶があり見た目に固そうなあたりは革を一度煮込んで作り上げたハードレザーアーマーといった所か。


 これだと若干動きづらくなるが固くなるため防御能力は上がる。


 更に腕にも同じく革のグラブに革のロングブーツとニーガード。


 更に頭からすっぽりと被る革のヘルムまで用意している。徹底したその姿は手練のレンジャーといっても通じるかもしれない。


「なんかもう何があっても大丈夫って感じだね」


 零は思わず素直な感想を述べる。表情は少し呆気にとられる感じにはなっているが。


「当然だろう。狩りだから気合いれねぇとな。それにこれ全部俺の手作りだぜ? すげぇだろ?」


 零は、え!? と、それには素直に驚いた。確かにシドニーの両親は革や布を素材に装備品を作り上げる手練の職人ではあるが、卒業して手伝うようになって間もない彼がここまで出来るとは思わなかったのだ。


「凄いね。ひとりでここまで作っちゃうなんて――」


「だろぉ? やっぱ判るか~そうだよな~ほらみてみろよ。ここの接合部の縫い付けとか革の鞣し具合とか――」


「はいはいストップ。あんたそれ話し始めると長いじゃない。今出るっていってたばかりなんだから」

  

 興奮して分厚い唇が勢い良く動き出すシドニーをマーニが止める。

 表情から察するに、零がくるまでは彼女とセシルが彼の餌食になっていたのだろう。


「ちっ、判ったよ。まぁこの装備の凄さは狩りの時に証明するか」


 シドニーはそういうが、零としては出来れば鎧の性能が判るような状況に陥らないのを臨みたいところである。


 それに、そもそもこれから行く目的地自体そこまで危険なところではない。


「よっしゃ! それじゃあ気合入れていくぞ!」


 ひとりだけテンションが別物な気もするシドニーは、右手を差し上げると踵を返し北門の方まで先頭を切って歩き出した。


 彼の背中にはこれまた随分と大きなリュックサックが背負われていた。腰に装着されているのは剣とは違う肉厚の得物で見た目には鉈に近い。


 よく考えればこの中で一番狩りに適してるのはマーニかもしれない、と零は思った。

 何せこの中では弓を持ってきているのは彼女しかいない。


 とはいえ弓が使えるのはマーニしかいないので仕方ないともいえるが。

 エリソンがいればもうひとり弓使いが増えたが来たがっていたのを断っているのだからしょうがない。


 最も零はソーマの力があるので、狩りに不便があるわけではない。

 

 前にトイが怒られたのと違って今回は明確な目的もある。狩った獲物はかならず持ち帰りしっかり食べてあげるのがこの習わしの礼儀なので無益な殺生とも異なる。





「おっと、これはまた随分と揃いも揃ってどうしたい?」


「どうしたっておいおい忘れたのかよ」


 一行が出入口の前に到着すると、門番を務める男が問いかけてきて、呆れたようにシドニーが返す。


 彼のことは良く零も知っている。

 この身体になってからは何度か会話をしてるからだ。


 そして彼はこの街で協会に登録しているレンジャーでもある。


「あぁそっかシドニー達も(・・)今日が狩りだったな。そうかそうか。判った通っていいぞ。でかい獲物取ってこいよ」


 門番思い出したように口にし、そして外にでる許可が下りた。


 彼の言葉にシドニーが、任せておきな、と自分の胸を叩く。


 そして四人で町を出た。すれ違いざまにマーニが門番に、サボるんじゃないわよ、と声を掛け、さぼんねぇよ! と彼が叫び返す。


 この町の住人は殆どが心根の良い人ばかりだ。勿論例外がいないわけではないが、この門番とのやり取りにもそれが良く現れている。


「あ! そういえばトイ」


 ふと町の外に出たところで零を門番が呼び止めてくるので、何だろ? と振り返る。


「お前なら大丈夫だと思うが、やりすぎるなよ」


 釘を刺すように告げられた言葉に、あぁ、と零は顎を引き承知したことを告げる。


 彼が心配してるのはソーマのことだ。この力は強すぎる為、使いすぎると乱獲しかねない。

 その為王国内でもソーマによる狩りは事前の許可が必要なのである。


 今回の件は既に予定を組んで許可も得ているので問題はないが、それでもあまり狩りすぎるのは処罰の対象になってしまうのである。


 とはいえ当然零もそれは承知しているし、前にみた件の事もある。実際余程のことがない限りはソーマ自体使うことがないかもしれない。


 そんな事を改めて思っていると、

「お~いトイ。何ぼしてんだ早くこいよ」

との声。


 零以外の三人は街道をどんどん進んでいっている。その姿に、あ、待ってよ~、と少々幼い声を上げながら、零は仲間達と先を急いだ――

 

 


 



 


 


 


 

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