姉とバスタイム
零は思わず目をガラス玉のように丸くさせ、金魚のようにパクパクと唇を動かし続けた。
突然の乱入者。しかもタオル一枚のみであとは生まれたままの姿という美しき乙女。
正直湯煙が立ち込めていてまだ良かったと思うべきか。そのおかげで、輪郭やタオルを持っているというのは何となくわかるが、細かいところまではバッチリとは見えない。
勿論男であれば大変喜ばしい状況であるともいえるが――零はそれを割り切れるほど擦れてはいないのである。
「うん。丁度いい湯加減だね」
肩のあたりから響く甘美な声に、零の肩がビクリと震えた。
緊張し背筋が伸びる。が、なんとなく目はチラリと向いてしまう。
ちゃぽん、という耳馴染みの良い音と共に、お湯の中に落とされた靭やかな細腕がゆっくりとたゆたう。
んぅ、という気持ちよさ気な吐息に、動かない筈の心臓がバクバクと波打つ感覚に陥る。
そして彼女は一旦腕を抜き、徐ろに立ち上がると数歩足を進め、壁際に置かれていた木製の湯桶に手を伸ばす。
零が使っていたものとは別のものだ。見た目で誰の物かは判るようになっている為、零もさっきは記憶から普段使ってたものを使用している。
そして再びジェンは浴槽に近づき、桶に湯を満たし片膝をついてその湯を浴びる。
湯と木板の打ち合う音が、浴室内で綺麗に響き渡る。
ジェンの一つ一つの所作に、いつの間にか零の目は釘付けになっていた。
いや顔がうまく動かせないとも言える。
しかしこのような事態は冷静に記憶を探れば、正直予想出来ていたかもしれない。
零が憑依した彼は普段からこうやって一緒に姉弟でお風呂に入っていたからだ。
とは言え、なら予想ができていたならこの事態に対応できたかといえば、それもまた怪しい話ではあるが――
「家が広いのはいろいろ大変な事も多いけど、それでもお風呂が広いことは有難いよね」
湯で身体を流し、そして弾んだ声でそんな事をいう。
ふたりで入るのに十分な広さがあって良かった、という意味合いなのだろう。
確かにこれだけゆったりとしたお風呂は、零のいた世界でも温泉や銭湯にでもいかなければ入ることは出来ないだろう。
個人でこの規模の風呂を設置しているのなどごく一部のお金持ちだけである。
勿論それはこの世界でもそう違いがあるとは思えない。
この家も元はかなり裕福な部類には入るのだろう。
だが、その広々としたお風呂のおかげで零は緊張しっぱなしである。
そして再びちゃぽん、という湯の立つ音。ジェンが長く美しい美脚から湯入りし、そのままゆっくりと腰を落とし、はぁ~いいお湯、と気持ちよさ気に呟いた。
「ぼ、僕もう上がるよ!」
そこで零もついに居た堪れなくなり、湯飛沫を上げながら蹶然し、湯から上がろうとした。
「ちょ、何言ってるのまだ駄目よ! 入ったばかりでしょ?」
ジェンの手が零の左手を掴んだ。戸惑いの表情のまま、で、でも、と小さく発するが。
「だ~め。ほらちゃんと温まらないと湯冷めするよ」
然りの言葉と同時に零はぐいっと腕を引っ張られ、強制的に湯の中に戻された。
しかも姉のジェンは、零が離れないようしっかりその柔らかい腕を零に絡め、扇情的な肢体を密着させてくる。
「しっかり温まらないとねトイ~」
嬉しそうに頭を肩にもたれかけてくるので、更にビクリと零の肩が震える。
いくら湯気が立ち込めてるとはいえ、これだけ近ければその姿ははっきり認識できた。
現に思わず横を向いたその先。
ジェンの悩ましい瞳と湯に濡れた艶やかかな髪とも相まってなんともいえない色気を感じさせる。
零はとにかく今は冷静にと、瞳を固く瞑り心のなかで素数を数えた。
「どうしたのトイ?」
耳元で不思議そうに訪ねてくる。ずっと瞼を閉じていたので疑問に思ったのかもしれない。
仕方ないので零は瞳をこじ開け、あはは、と笑って誤魔化して。
「そ、そろそろ身体あらおうかな」
と理由を付けて立ち上がる。
流石にそういわれてはジェンも止める理由がないのか、絡めていた腕をゆっくりと解いた。
零は浴槽から上がり、壁際に置いてある小さな椅子を置き、更に壁に掛けてある体洗いようのタオルを一枚とった。
背中を洗えるぐらいの長さがあるタオルである。感触では判らないが、触れて指の食い込む様をみるに、結構柔らかそうではある。
タオルを取ったあとはジェンより少し離れた位置からお湯を拝借して桶を満たす。
そして椅子に腰を掛け、零はそのタオルに、台においてあった泡の実を乗せ包み込んでお湯に浸した。
そして取り出して少し揉み込むと、ぶくぶくと多量の泡が立つ。
記憶を探るにこれがこの国での石鹸代わりのようだ。泡立てもよくかなり使いやすそうでもある。
零はそのタオルでごしごしと身体と髪を洗う。すると――
「背中流すね」
湯から上がり、降り注いできたその言葉に零の背中が大きく跳ねた。
「い、いいいぃい、いい! りゃいじょ、りゃ、りゃいじょう――」
零の言葉になってない声に首を傾げつつ、ジェンが零の背中に回り床に両膝をついた。
「ちゃんと洗わないとね」
そういってジェンが台の上のもう一つの泡の実を掴む。
そして何かを擦るような音が背中側から聞こえてきた。
零はもう言葉なく、ただただ呆けている。まな板の鯉のような状態だ。
勿論意味合いとしては決して悪いものではないのだが。
そして、じゃあ洗うね、という柔らかい響き。と、同時に零の今は小さな首に両腕が回され、そして背中を擦る微かな音が耳に届くと、気恥ずかしさにギュッと瞼を閉じてしまった。
精魂が妙な背徳感に包まれる中、ふと零はおかしなことに気づく。
(あれ? そういえば両腕――)
そう彼女の両腕は零の首に回っている。にも関わらず彼女は零の背中を洗っている。
え? と思い瞼を開け、軽く後ろを覗き見ると、ジェンが完全に背中に密着し、身体全体を使うようにして上下に何かを擦りつけている。
「ぱぴゅぴょひゃおぴゅ※gβ!」
零がもはや何語かも判らないような言葉で叫びあげる。
「え!? と、トイ突然どうしたの?」
訝しげな声で訪ねてくるジェン。しかし零は頭の中が色々な感情に支配され、なかなか次の言葉が出てこない。
だが、とにかくなんとか気を落ち着かせ、振り絞るように声を発し。
「お、おお、お姉ちゃんタオルは?」
「え? いやだトイったら。いつもタオルなんて使ってないじゃない」
何ですと! とそこで記憶が漂ってきたが、確かに彼はいつもこのような形で背中を流してもらっていたようである。
「変なトイ」
そう言ってクスリと笑い、再び天然のスポンジで零の背中を洗い出す。
零はもはやそれを断るわけにはいかなかった。当の本人がそれを受けていた以上、あまんじて受け入れるしかないだろう。
それにしても、と、羨ましいようなけしからんような、そんな感情を零は元の持ち主であるトイに抱く。
ただ――零にとって唯一の救いは感覚がないこと、つまりそのおかげで生理的現象が全く起きないことであろう。
何せいくら経験がないとはいえ、もし反応してしまえば流石に理性を抑えていれるか判らない上
、今の零にとって、実の姉となる相手に欲情した姿などみられては、今後の生活に支障をきたしかねない。
そんな事を思いながら必死に意識を全く別な方に向け、とにかく邪な考えを抱かないよう必死に気持ちを押し込める。
すると、はい綺麗なったね~、という声と共に背中と頭をお湯で流される――そして泡も全部洗い流され零はほっと胸を撫で下ろし、改めて湯に浸かった。
その後は、ジェンが自分の身体を洗い始めたので、その隙に今度こそはと姉に先に上がることを告げ、零は浴室から出たのだった――




