最後の一撃
「全くの無成果。ま、いっか」
アノンは、大きく肩を落とした。
「よかねえよ。終わりよければ全て良し、と言うが、今回は話が違う」
「結果として、人は殺していないし、街も壊していない。何をしろって言うんだ!」
「レクイエムの家の整理をしろ。掃除もだ。なんなら住んでくれてもいい」
「な!? 勝手なことを言うなっての!」
「あん? 勝手だあ? レクイエムが思ってるんだから勝手じゃねえよ」
「父さんが!?」
「何度も言うようだが、俺とレクイエムは融合した。だから解るんだ、レクイエムの考えがな」
「……死んだんだな……」
「そうなっちまう。俺だって正直罪悪感アリアリだ。けど、レクイエムがくれた人生を俺は責任をもって生きていかなきゃならねえんだ」
「オラ、オラは……お前を許せない。それなのに、どうして!」
アノンが膝から崩れ落ちる。
「俺だって別に許してほしい訳じゃねえ。一生恨んでくれて構わねえ。勝手な事言ってるだろうが勘弁してくれ」
「……う……あああああ!?」
アノンが頭を抱えて苦しみだす。
「アノン!?」
「おい雁斗。儀式に何か副作用みたいなのはないのかよ!?」
「副作用?」
斬牙の言葉に雁斗が記憶を辿る。
「……有る。ひとつだけな」
「何なの? 雁斗さん」
「……抹殺師が一人、死ぬこと……。魂の抜き取りの影響を受けない代わりに、抹殺師が一人だけ死ぬ」
「抹殺師が!? だ、誰なの」
「無作為だ」
雁斗は、目の前で苦しむアノンを見る。
「選ばれたのはアノンだ」
「あああ……ああああああ!!」
「くそ! レクイエムの気持ちが解るからか……変な感じだ……これが親心ってやつか!」
雁斗の心は落ち着かない。レクイエムの心が解るだけじゃない。同い年の少年が、目の前で死んでしまうという現実を受け入れたくなかったからだ。
「なんとかならないの?」
「……抹殺師の力を放すにも、抹殺師になった時の水晶玉に触れなきゃ駄目だ! だが頼みの綱の水晶玉は儀式で壊れてしまった筈……」
「そんな!」
「なにかねえか! 手は……手は!」
雁斗は両手に目がいった。
「水晶玉から生まれた力。一か八か!」
雁斗は、アノンに駆け寄る。
「親子の身体なら波長が合うかもしれねえ」
雁斗は、黒いベストから小瓶を取り出すと、その中に入っていた液体を飲み干した。
(理屈は滅茶苦茶だ。抹殺師の力を常時解放状態のレクイエムと融合した俺が、水晶玉の液体を飲んで水晶玉と同等になる。液体とレクイエムの力が上手いこと反応して、そこにアノンが触れて力を失う)
雁斗がアノンの手をとる。
(頼む! 何でもいい、上手くいってくれー!)
アノンの手を身体に触れさせた。
「あああああ!! ……あ……あ!?」
アノンが徐々に落ち着いていく。
「雁斗さん」
甲多が心配になり、声を掛ける。
「……どうやら……上手く!?」
雁斗の身体に痛みが走る。
「雁斗さん!?」
「なんだってんだ!? 身体が……」
「あんなもんを飲んだらどうなるか予見しとけ。言っただろう、不死でも傷を負うってよ」
斬牙が雁斗の無茶に呆れる。
「……っく! こうなりゃ……これっきゃねえ」
ふらつく身体を立ち上がらせ、雁斗が空高く飛ぶ。
「甲多」
「美加! 立っても平気なの?」
「うん。助けてくれてありがとね」
「よかった。助かってくれてよかった」
甲多は、美加を抱き締めた。
「斬牙くん、ご心配をお掛けしました」
「いいさ。無事ならそれで」
「あの。羅阿奈ちゃんの姿を見ていませんが知りません?」
「ラー嬢を?」
斬牙は、羅阿奈の気配を探る。
「どうなっている!?」
「斬牙くん?」
「ラー嬢の気配を空から感じる!」
「空からです?」
舞莉愛が空を見上げた。
「苦……るし……」
「羅阿奈。なんで!?」
雁斗は羅阿奈の気配に気付き、振り向いた。
「雁、斗」
「まさか、アノンの症状は儀式による反動で、本当の副作用は羅阿奈なのか!?」
雁斗は、アノンと同じ様に羅阿奈を身体に触れさせようと近付いていく。
「ごめ、ん」
「弱音なんからしくねえよ。さっさと治してやる」
羅阿奈の手を身体に触れさせる。
「うっ……ぐうっ!!」
「羅阿奈!!」
(駄目ってか! このままじゃ……)
雁斗は、羅阿奈を救う方法を必死に模索する。
「いい。もう、いい」
「バカ! 諦めんな」
「もう……いいから」
羅阿奈の目から涙が溢れで出ていた。
「意地でも助けてやる。泣くってことは死にたくないってことの表れだ!」
(死なせるか。目の前で死なれてたまるか!)
雁斗が抹殺器を発動すると、金色に輝いた剣が現れた。
(大王の剣!)
雁斗は、剣を羅阿奈に向ける。
「羅阿奈、避けんじゃねえぞ!! 最初で最後の手段だ。俺を信じろ」
剣の輝きと雁斗の両眼の輝きが増していく。
(あんたに賭ける!)
羅阿奈は瞳を閉じた。
「自由の剣!!」
羅阿奈に向かって金色の光が放出される。
(……温かい……心地いい)
羅阿奈から苦痛が取り除かれていく。
「万策尽きた。上手くいっててくれ」
力尽き浮いている雁斗の身体に羅阿奈が被さる。
「っておい!? 引っ付くな! 落ちる!」
「うっさいわね。しょうがないでしょ、飛べないもん。我慢して」
羅阿奈は、雁斗にしがみついた。
「雁斗さんと羅阿奈さんが落ちちゃう」
甲多が風を起こして、二人が静かに着地した。
「何はともあれ、一件落着だな」
斬牙が座り込んだ。
「最後は任せてばかりですまなかった」
「僕達が頑張れたのは、兄さんが一緒に戦ってくれたからだよ。ありがとう」
甲多がダガーに感謝した。
「学校の人達、意識を取り戻したようだ」
秋良が報せる。
「行こう!」
甲多達は、校庭の真ん中で座っている人達の元に向かった。
「……いつまで引っ付いてるんだよ」
「うっさい」
羅阿奈が顔を上げる。
「何だよ?」
「約束、思い出せたの。忘れてた筈なのに走馬灯みたいに溢れてきた」
「ふーん」
「抹殺師の戦いが終わったら、私の望みを叶えてくれる……だったわよね」
「まあ、出来る範囲でだけどな」
「……私と付き合いなさい……」
「はあ?」
「私と付き合いなさいって言ってんの!」
「どこに?」
「……バカ! 好きだから付き合ってってこと!」
羅阿奈の顔が真っ赤になる。
「図太い神経してんな。あんな戦いの直後に告ってくるなんてよ」
雁斗は思わず笑ってしまう。
「なんだっての! 人が勇気を振り絞って言ったってのに」
「悪りい、ついな。そっかそっか……いいぜ、付き合っても」
「ホントなの!?」
「んだよ、冗談だったのか?」
「そんなわけないでしょ! 本気も本気、嬉しいに決まってるっての!」
羅阿奈が嬉しさのあまり、雁斗に力いっぱい抱き付いた。
「約束守れて良かった」
雁斗も羅阿奈を抱き締めた。
「……終わったんだ……全部」
雁斗のリストバンドが静かに消滅した。




