黒衣の青年
「都心は大変だったみたいじゃ」
「……」
「ワラはとても他人事とは思えんのー」
「……」
「用心じゃのー!」
「……」
「こわいのー!!」
「……」
「こらあー!! アキ、何故無視するのじゃ!!」
「……」
「ワラが恐怖に脅えておるのに!!」
「……」
「ワラが愛しくないのか!?」
「ない」
「何故そこだけ即答なのじゃあー!!」
「必要なことはハッキリ伝えるまでだ」
鳥のさえずりが良く通る長閑な道を青年と少女が歩いている。
「ワラがどんなにアキを好いとるか知っとるじゃろ!?」
「知らん」
「ワラが十二歳の健気な乙女じゃからか。じゃからアキは遠慮してるのじゃな!」
「アンタを見て、一体どれだけの人間が健気な乙女と見るのか」
「なっ……なんじゃとおー?」
「その年寄みたいな言葉づかいに、派手なピンクのリュックと帽子。おまけに平たい胸でおチビ。健気な乙女というより、おませなお嬢ちゃんってところだ」
「アキはワラを子供扱いするのか!」
「事実だ」
「なあー! そういうアキだって子供じゃろ!」
「残念ながらな。十八でも子供扱いだ」
歩く二人の前を猿が横切る。
「何故、何故じゃ? 何故お猿が居るのじゃ!?」
「知らん」
「誰かに知らせないのか?」
「何処かから逃げ出したんだろう。そのうち捕まる。それまで好きに駆けさせてやれ」
「もしも人が襲われたらどうするのじゃ!」
「知らん。冷獣に襲われるより遥かにマシだ」
「じゃが……」
「命在るもの、いつか死ぬ。それが早まるか、そうじゃないかの差だ」
「アキ」
「オレと居れば、アンタの死期が早まるかもな」
「ワラは簡単に死なんのじゃ。アキの戦いを見届けると決めたのじゃから!」
「そうかい」
暫く歩いていると、二人の視界に街が見えた。
「腹が減った。いつもの頼む」
「任せるのじゃ」
少女は本を見る。
「アキ。おすすめは、あそこのラーメン屋なのじゃ!」
「ふーん」
二は目当てのラーメン屋に入る。
「お、兄妹かい?」
・店主が訊く。
「違うのじゃ、カップルなのじゃ!」
「違う。そんなことよりラーメンをくれないか」
「何にするかい?」
「ワラは味噌じゃ!」
「塩だ」
「あいよ!」
注文を受けると店主が調理を始める。
「しかし都心は凄かったよ。化けもんが右にも左にもウジャウジャ居てよ。ビルの中に逃げれたからよかったけど、勇敢にも立ち向かったのがいたみたいで、暫くしたら化けもんが居なくなってたよ」
(抹殺師が倒したか)
「けーさつも動いたらしいが手、も足も出ずに退散したみたいだし」
(余計なことを)
「あんだけの騒動だったのに、その勇敢なのを誰も見てないってのが妙に心を掻き立てるよ」
(どうやら抹殺師は見られなかったみたいだ)
「ちょっと!」
「何だ」
「さっきから呼んでおるのに何故気付かんのじゃ」
「情報収集だ」
「のじゃ?」
「へい、お待ち!」
「わ~。美味そうなのじゃ!」
「美味そうじゃ困る」
二人はラーメンを食べる。
「ほっぺが落ちるのじゃ~」
「大袈裟だ」
二人はラーメンを平らげると、街の図書館に向かった。
※ ※ ※
「アンタ、新聞を印刷してもらえ」
「アキ。ワラを名前で呼んでくれないのじゃ?」
「オレ、アンタの名前知らないが」
「嘘じゃ! 最初に名乗ったのじゃ!」
「訂正する。忘れた、だ」
「むう。秋良の意地悪」
少女は頬を膨らませながら受付に行く。
「秋良、か。本気で怒らせたな」
秋良はキーボードを叩く。
(やはり都心に冷獣の出現が集中しているのか)
(だが、全国的に冷獣は目撃されている)
(やはり大した情報はないか)
「秋良」
「よし。これで用は済んだ」
「次は」
「いつまでも田舎に居ては駄目なことがわかった。オレも都会に出る」
「そう」
少女は秋良の言葉を聞くと、図書館を出た。
「世話が焼ける」
秋良が図書館を出た。
「きゃ!」
少女が車で連れ去られていく。
「あ……なんてこった」
秋良が周りを見る。
「アンタ。そのバイク貸してくれ」
「へ? 何言って……」
「無事に返す」
秋良がバイクを走らせた。
(誘拐するほど可愛く見えたのか?)
秋良がバイクの速度を上げて、車の横に張り付いた。
「悪いが彼女を返してもらう」
秋良は運転席の窓を蹴り割った。
「なんだてめえ!」
誘拐犯が車で体当たりをする。
「殺しもやむ無しか!?」
秋良が速度を落とす。
(突っ込む)
急加速したバイクが車に乗っかった。
「なんだっと!?」
誘拐犯が驚く。
(……この気配……)
「アンタ。車上に上がれ」
秋良が窓に手を伸ばす。
「秋良はワラなど、どうでもよいのじゃ」
「早くするんだ。前方に冷獣が現れる。このままでは車ごと突っ込むぞ」
「秋良がワラに無関心ならば、このまま死を選ぶのじゃ!」
(分からず屋が!)
秋良が窓を突き破り、足から車内に入る。
「なんだっ」
後部座席に座っていた誘拐犯を殴ると、無理矢理、少女を車外に連れ出した。
「……痛っ」
外に飛び出した衝撃で、秋良の背中が血だらけになる。
「アキ!?」
少女がポロポロと涙を流す。
「泣くな。こんな傷、治癒術で」
「ガアアアア」
「現れたか」
秋良は傷を治すと、車上のバイクを動かす。
「ガアアアア」
「おい、アンタら、車から降りろ」
「ガアアアア!」
秋良の忠告も虚しく車は潰された。
「運の尽きだったな」
「ガアアアア!」
「……オマエもな……」
秋良がリストバンドを発動させる。
「アキ!」
「手早く済ませる。そこに居ろ……燐」
「ガアアアア!」
冷獣が秋良に飛び掛かる。
(振空百艶流斬)
峰が黒、刃が赤の刀が冷獣を瞬殺した。
「アキ。その、ごめんじゃ」
「いや。今回はオレに非があった」
秋良が燐にメットを渡す。
「早急に返さないとならん。乗ってくれ」
「うんじゃ!」
燐が秋良の腰に手をまわす。
「走るぞ」
秋良がバイクを走らせ、街に戻った。
※ ※ ※
「アキ。都心に行ってどうするのじゃ?」
「都心を襲った冷獣を退治した抹殺師に会う。一人くらい目撃者が居ても不思議じゃない」
「会ってどうするのじゃ?」
「決めていない。会って決める」
「ワラも一緒に行っては駄目じゃ?」
「しがみついてでも来るんだろう?」
「もちろんじゃ!」
「なら、今日の宿を頼む」
「任せるのじゃ」
燐が格安宿ブックを開いた。
(オレ以外の抹殺師か)
秋良は、まだ見ぬ抹殺師を思い浮かべていた。




