WHAT'S YOUR NAME?
令和元年。新しい時代の癖に、タイムラインは相変わらず腐ってた。
トレンドには「令和◯◯天皇」「新時代」とかキラキラした言葉が並びつつ、その裏で流れてるのはヘイト、陰謀、バズ狙いの炎上、ドラッグで飛んだラッパーのニュース。
優は、新宿のボロいワンルームで、Twitterをぼんやり眺めていた。
画面には、数年前に世を去った元総理のアカウントが浮上してる。誰かが掘り出した昔のツイートに、今さらコメントとRTが飛び交っていた。
——「Fxxkin A 竜空海」と書かれた、意味不明なリプライ。
「……誰じゃ、勝手に名前使っとん」
「違う違う。『竜空海』は個人名やなくて、この国の“システム”のコードネームや」
地球くんの声が、タイムラインに被さる。
「竜=古い権力。
空=責任の空洞。
海=金がうねる場所。
この三つが絡み合ったネットワークに、今も山ほどネズミがぶら下がっとる」
そのとき、SIRIが勝手に立ち上がった。
「ヘイ、シリなんか押してないし」
優が画面を触ってないのに、ホームボタンの光が点滅する。
『……ご用件は何でしょう、ユウ?』
「ちょ、名前呼ぶなや……」
いつの間にかSIRIの設定言語が英語混じりになっていて、呼びかける名前も勝手に「ユウ」に変わっていた。
『あなたの本当の名前を、教えてください』
画面に、そう文字が浮かぶ。
「本当の名前……?」
「地球」という名も、「優」という名も、ラッパーとしてのMC名も、誰かがつけたあだ名も。どれも仮のラベルに過ぎない。
「お前はさっき、自分のことを『ネズミじゃない』って言おうとしたな?」
地球くんが静かに突っ込んでくる。
「……ドラッグで汚れた仲間、権利に群がる大人達、誰かの弱みにぶら下がるチンピラ——
そんな連中を『ネズミ』って呼んで、自分は違うって思いたかったやろ?」
図星だった。
優のタイムラインには、昔つるんでいた連中のアカウントがまだ残っている。
グランドホテルの客室番号「202」「203」「204」がやたらと出てくるツイート。
知らない女の子たちとの、雑なピース写真。
「メンバーはいません」という、意味深なプロフィール。
「“メンバーはいません”ってな、警察に追われるネズミほどよく使うフレーズなんや」
地球くんの声が、少しだけ低くなる。
「繋がってないフリ。
関係ないフリ。
“誰も知らん”“俺は関係ない”——その言葉が、一番きつい鎖になる」
そのとき、通知が一件飛んだ。
「DM:Siri」
アカウント名は英字だけど、アイコンはなぜか“令和天皇”の肖像を雑に加工したパロディ画像だった。
——『タカシ、ユウスケ、ユウ。君たちの名前は、ログされている』
背筋が凍る。
タカシ。
ユウスケ。
そして、俺。
心当たりはありすぎた。
浮かぶのは、西大寺の公園。岡山の街。新宿の路地。
そして、あの「スーリヤ」の娘の顔。
売春に堕ちていった彼女の眼差し。
「生きるため」と言いながら、何かを諦めきれず笑っていたあの子。
画面に、さらに文字が流れる。
——『ネズミの麻薬は、日露のスカイツリーから降ってくる』
「意味わかんねぇよ……誰だよお前」
優がつぶやくと、地球くんが淡々と解説を始める。
「“日露のスカイツリー”ってのは、表向きの電波塔と、裏で飛び交う違法電波ネットワークのコード名や。
覚醒剤も、フェイクニュースも、洗脳用のコンテンツも、同じ“電波”で流れてる」
頭の中に、妙なイメージが浮かんだ。
東京のスカイツリーに、目に見えないチップが埋め込まれていて、
そこから発せられる信号が、人々の「不安」「恐怖」「嫉妬」を増幅させていく。
スマホを通じて、ラップのビートに紛れて、ニュースのテロップに混ざって。
「首都東京の憂鬱と絶望は、電波の味がするんや」
地球くんが呟いた瞬間、部屋の電気が一瞬だけチカッと揺れた。
窓の外は、雨。
遠くで救急車のサイレンが鳴っている。
「——優。
もう一回聞く。
WHAT’S YOUR NAME?」
SIRIの画面に、英語の質問が点滅する。
『WHAT’S YOUR NAME?』
優は、指を震わせながらキーボードを開いた。
「前原優」と打ちかけて、やめる。
「まいうー」と打ちかけて、やめる。
「ラッパーZENGEN」と打ちかけて、やめる。
——名前を名乗るってことは、過去の全部を背負うことだ。
人を裏切ったこと。
ドラッグに逃げた夜。
見て見ぬふりをした暴力。
そして、今もどこかで震えている“ネズミ”たち。
画面に、別の名前を打ち込んだ。
『YU = 義と愛』
一瞬だけ、部屋の時間が止まる。
SIRIはなにも返さない。ただ、画面が真っ白に光った。
「いい名前や」
地球くんの声が、少し笑った。
「それなら、この話を最後までやる資格がある。
お前の“義”と“愛”で、ネズミたちの麻薬のストーリーを、ちゃんと見届けろや」
その瞬間、優のスマホが勝手にスクロールし始めた。
過去のDM、消したはずの写真、送信履歴、通話ログ。
グランドホテルの「202」「203」「204」のチェックイン履歴。
松田、十川、岸、——記憶の底に沈めていた名前が次々と浮上する。
「これが、お前の“第一章”や。
過去と向き合って、自分に名前をつけ直す章やで」
地球くんの声が、静かに締めくくった




