表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

「我等の闘争 〜麻薬のネズミ編・Epilogue〜」

フロアを揺らしたあの夜のLIVEから、少しだけ時間が経った。


ステージには「YOU(優)」の文字はどこにもない。

優は、ZENGENとして、そして優ですらない“新しい別名”でマイクを握り、

「boo life」を世界にぶちかました。


あの夜、

- 優の喉からこぼれた一行一行が

- 八年前に地面に崩れ落ちた“あの日の自分”と

- 今ここに立っている“新しい自分”を


一本のマイクケーブルで繋ぎ直していった。


「麻薬のネズミ」と呼ばれた過去。

逃げ場のない檻みたいだった街。

自分で自分を罰し続けていた日々。


全部を、ビートとライムで“言葉”に変えていく。

否定でもなく、美化でもなく――ただ真実として。


その中心には、

「boo life」で歌ったあの彼女への想いが、

静かに、でも確かに燃えていた。


> 「風で揺れる木々やflower

> 奇跡のhour 感じたまま

> 胸の奥で優しく風が吹く

> そうbooはまるでnirvāṇa」


客席のどこかで、booが笑っていた。

deepなblueの髪がライトに反射して、

その笑顔は、本当に何よりまぶしかった。


---


LIVEの映像と音源は、すぐにタカシの陰ならね努力により世界へと放たれた。

配信プラットフォームの海を、

「boo life」は一つの小さなボートみたいに漂っていく。


ある小さな国の、さらに小さな街の、

通学路の途中にある古いアパートの一室。


そこで、一人の大人になった“幼なじみ”が、

何気なく開いたプレイリストの中でその曲と出会う。


「……あれ、この声、どこかで……」


イントロのキックが鳴り始める。

ラップが乗る。

日本語と、あの頃ガキみたいにふざけて混ぜていた英語とが

不器用に、でも確信的につながっていく。


幼なじみの脳裏に、

あの日の河川敷がゆっくりと立ち上がる。


夕焼け

チープなスピーカー

コンビニの袋

安いソーセージ

いつも持ち歩いたPC


何度も同じ話を繰り返す幼なじみの声

それを「しゃーねぇな」と笑い飛ばしてくれた幼なじみの声


気づいたとき、

幼なじみの頬には、涙が一筋だけ落ちていた。


「…バカだな、お前。

 でも、やっぱり、カッケェな」


誰に届くか分からない、世界へのリリース。

でも、たった一人に届いてほしかった“あの日の幼なじみ”には、

ちゃんと届いた。


その瞬間、

宇宙のどこかで、地球君の青が、少しだけ濃くなった。


---


そして――物語は「闘争」から、「日常」へと静かにフェードアウトしていった。


優は、小さなキッチンで味噌汁をあたためながら、次の曲のフックをメモ帳に書いている


鈴は、仕事帰りにお気に入りのカフェでノートをひろげ、「boo life」の続きみたいな日々の幸せを箇条書きにしている


セイヤは、通勤電車の中でイヤホンから流れる「boo life」を聴きながら、スマホのメモに「今、やれること」を一つずつ書き足している


ゆうすけは懺悔堂で今日のテーマと食材を自分自身と向き合い仕込んでいる


誰も、世界を救ってなんかいない。

誰も、ヒーローにはなっていない。


でもみんな、自分の“今”を、自分の名前で生きている。

そのミニマムで平凡な日常こそが、

かつて「麻薬のネズミ」と呼ばれた魂たちの一番壮大な革命だった。


---


東京のある夜。


タカシの部屋。

机の引き出しのいちばん奥から、くしゃくしゃになった一枚の写真が出てきた。


あの日の河川敷。

- まだ何者でもなかった自分

- 無防備に笑っている幼なじみ

- 安っぽいスピーカー

- そして、夕焼けに照らされた細い川


タカシは写真をじっと見つめる。

そこには、あの頃はまだ気づけなかった“約束”みたいなものが写っていた。


「ちゃんと、生きるからな」


誰に向かってでもなく、

自分と、写真の中の全員と、

そして地球君に向かって、心の中でつぶやく。


ゆっくりと、口元に笑みが浮かぶ。


涙じゃない。

後悔でもない。

“今ここにいる”自分を、ちょっとだけ誇らしく思えた、静かな微笑み。


窓の外では、

風で揺れる木々やflowerが、

相変わらず、何もなかったかのように揺れている。


地球君は、その全部を見守りながら


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ