表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/30

『負けたくないのに、抱かれるたび好きになる』 獅堂零一 × 藤咲優牙 #2

##2


****


成人後、雄咲市では本人の申請で雄女化手術を受けられる。

専門医から説明を受け、子宝の実を体内に癒着させることで、子を宿すための疑似器官が形成される。


身体は少し中性的に変わり、体力の変化や発情期も起きる。

説明を聞いて、怖くなかったと言えば嘘になる。


でも、逃げる気はなかった。

俺は、“子宝の実”を選んだ。


零一に負けたからじゃない。

零一のものになるためでもない。


あいつと同じ未来で、真正面から勝負するためだ。


恋人として。

夫夫になる相手として。


それでも、ライバルとして。

俺は、自分でこの土俵に上がると決めた。


****


処置後、鏡を見た。

身体の線は、前より少し柔らかい。


肌の質感も変わり、声にもわずかな甘さが混じっている。

それでも、鏡の中にいるのは俺だった。


藤咲優牙。


獅堂零一にだけは負けたくない男。

その事実だけは、何も変わっていない。


「……上等だ」


俺は鏡の中の自分を睨んだ。


体力が落ちるかもしれない。

発情期に振り回されるかもしれない。

今まで通りにいかないことも増えるかもしれない。


でも、それで負けたことにはならない。

この身体で零一の隣に立つ。


この身体で零一と喧嘩して、勝負して、同じ家へ帰る。

それを選んだのは、俺だ。


****


とはいえ。

いざ零一に会うとなると、胸の奥が妙に落ち着かなかった。

零一は、どっちでも好きだと言った。


でも本当に?


優しくされるだけになったら。

守られるだけになったら。


勝負相手ではなく、壊れ物みたいに扱われたら。


それが一番嫌だった。

俺は零一に大事にされたい。


でも、手加減はされたくない。

夫夫になるとしても、勝負を降りるつもりはない。


****


待合室を出ると、零一が廊下に立っていた。

いつも通り、背筋が伸びている。


無駄に顔がいい。

無駄に落ち着いている。


見ただけで腹が立つくらい、いつもの獅堂零一だった。


「……零一」


声をかけると、零一がこちらを向いた。

その瞬間、零一の目が止まった。


本当に、止まった。

俺は思わず身構える。


「……何だよ」


零一は何も言わない。

ただ、俺を見ている。


その視線が、いつもよりずっと真剣で、胸の奥がざわついた。


「言いたいことあるなら言えよ」

「……最悪」


「は?」


零一が、片手で口元を覆った。


「これ、俺の負けだろ」

「何言ってんだよ」


「勝負になんねぇ」

「だから何の勝負だ!」


零一は、ようやく息を吐いた。

そして、少しだけ悔しそうに笑った。


「反則」


その一言で、顔が一気に熱くなった。


「反則って何だよ!」


「今までだって散々反則だったのに」

「誰がだ!」


「優牙」


即答だった。

俺は言葉に詰まる。


零一は一歩近づいた。

でも、触れる前に止まる。


「でも、手加減はしない」


その言葉に、俺は息を止めた。

零一が、真っ直ぐ俺を見る。


「優牙がこの身体で勝負するって決めたなら、俺も本気で受ける」


胸が、変な音を立てた。

欲しかった言葉だった。


綺麗だとか、可愛いだとか、守るとか。

そういう言葉より先に、零一にだけはそう言ってほしかった。


「……当たり前だろ」


俺は、わざと強く睨み返した。


「手加減なんかしたら、ぶん殴る」

「するわけない」


零一は笑った。


「むしろ困ってる」

「何が」


「本気で勝ちたいのに、見てるだけで負けそうになる」

「……っ、そういうことを言うな!」


「本音だから」

「本音ならなおさら言うな!」


廊下の空気が、少しだけ緩む。


いつもの言い合い。

いつものテンポ。


それが戻ってきた瞬間、俺はやっと少し息ができた。


変わった。

でも、変わっていない。


零一は俺を勝負相手として見ている。

そのことが、悔しいくらい嬉しかった。


****


数日後。

俺と零一は、婚姻申請の説明を聞きに行った。


雄咲市では、雄女化手術を受けた後、専門医の術後確認を経て、婚姻や同居に関する手続きへ進むことができる。


発情期や体力変化の説明まで書類に並んでいて、正直、現実感がありすぎて少し腹が立った。


恋とか、勝負とか、そういう熱だけでは済まない。

これからは、生活ごと零一と向き合うことになる。


「優牙」


隣で零一が書類を見ながら言った。


「何だよ」


「発情期前後の無理な運動は控えろって書いてある」

「読むな!」


「重要だろ」

「俺も読める!」


「読んでも無理するだろ」

「決めつけんな」


零一は、真顔でこっちを見る。


「無理するだろ」

「……するかもしれない」


「ほら」


「勝ち誇るな!」


零一は少し笑った。


「じゃあ、そこも勝負にするか」

「何を」


「どっちが先に相手の無理に気づくか」


「生活まで勝負にすんな」

「するだろ、俺たちなら」


言い返せなかった。

たぶん、する。


俺は書類に視線を落とした。


婚姻予定。

同居予定。


夫夫。

その文字が、妙に熱を持って見える。


昔なら笑い飛ばした言葉が、今は零一の隣で現実になっている。


腹立たしい。

でも、悪くない。


****


雄女化を選んだ時点で、俺はもう勝負を降りられない。


いや、違う。

降りる気なんて最初からなかった。


零一と暮らすなら、家も、生活も、未来も、全部勝負にしてやる。

そう思っていたら、本当に家探しまで勝負になった。


****


新居探しは、開始五分で勝負になった。


「優牙、条件を三つ出せ」

「何でお前が仕切ってんだよ」


「先に理想物件を見つけた方が勝ち」

「家探しを競技にすんな」


「逃げるのか?」

「乗った」


不動産屋の担当が、笑っていいのか困っている顔をした。


机の上には間取り図が何枚も並んでいる。

零一は赤ペンを持ち、俺は青ペンを持った。


なぜか完全に採点形式だった。


「この部屋、俺の勝ち筋が見える」

「生活に勝ち筋とか持ち込むな」


「リビングが広い。ここで模擬問題も、筋トレも、口喧嘩もできる」

「最後いらねぇだろ」


「優牙が怒鳴っても隣室に迷惑がかかりにくい」

「俺基準の防音やめろ!」


零一が楽しそうに笑う。


腹が立つ。

でも、悔しいくらい楽しかった。


「じゃあこっち」


俺は別の間取り図を叩いた。


「キッチンが近い。お前、勉強始めると飯忘れるだろ」

「優牙が作る前提?」


「俺が勝ったらな」

「負けたら?」


「お前が作れ」

「どっちにしても二人で食うんだな」


「っ……そういう拾い方すんな!」


零一の目が、少しだけ甘くなる。

その顔がまた腹立つ。


「寝室は?」


零一がさらっと言った。

俺は間取り図から顔を上げた。


「そこ、いきなり本丸に来るな」

「勝負の拠点だろ」


「言い方!」


「一つでいいな」

「決めつけんな」


「二つにしたら、どっちが先に相手の部屋へ行くか勝負になる」

「なるわけ……」


ない、と言い切れなかった。

零一が勝ち誇った顔をする。


「今、想像した」

「してねぇ!」


「じゃあ一つでいい」

「何でだよ!」


不動産屋の担当が、とうとう肩を震わせた。


俺は顔を熱くしながら間取り図へ視線を落とす。

生活の話をしているはずなのに、全部勝負になる。


でも、その勝負の先に、零一と同じ家へ帰る未来が見えている。

それが腹立つくらい、悪くなかった。


「零一」

「何」


「この物件で勝負だ」

「採用理由は?」


「俺が勝てそうだから」


零一が笑った。


「じゃあ俺もそこにする」

「は? 対抗しろよ」


「優牙が勝つつもりで選んだ家なら、俺も本気で勝ちに行ける」


胸が跳ねた。

俺は間取り図を掴んだまま、零一を睨む。


「……次は俺が勝つ」

「俺も負ける気はない」


家探しなのに、結局いつも通りだった。

勝って、負けて、煽って、言い返して。


その全部を、これから同じ家で続けていく。

たぶん、それが俺たちらしい夫夫になるということだった。


****


夜。

帰り道。


駅前の明かりが、零一の横顔を照らしていた。

俺は少し遅れて歩きながら、昼間の書類のことを考えていた。


婚姻予定。

同居予定。

夫夫。


全部、少し前まで遠い言葉だった。

でも今は、零一の隣にある。


「優牙」


零一が振り返る。


「遅い」


「お前が早いんだよ」

「追いつけ」


「命令すんな」


そう言いながら、俺は零一の隣へ並んだ。

歩幅を合わせる。


昔からそうだった。

勉強でも、喧嘩でも、勝負でも。


俺が追いかける時もあれば、零一が待つ時もある。

そのたびに腹が立って、悔しくて、でも楽しかった。


「なあ、零一」

「何」


「俺、変わったか」


零一は少しだけ考えた。

そして、真面目な顔で言う。


「変わった」


胸が跳ねる。


「……どこが」


「書類の読み方が真剣になった」

「そこ?」


「あと、家探しで勝つ気が強くなった」

「元からだろ」


「それから」


零一が俺を見る。

夜の光の中で、その目だけがやけに真っ直ぐだった。


「俺と未来で勝負する覚悟が、前より見える」


言葉が出なかった。


零一は、たまにこういうことを言う。

俺が一番ほしい言葉を、平然と置いていく。


「……お前も変わった」


俺は、視線を逸らしながら言った。


「どこが?」

「俺に手加減しないとか言うくせに、ちゃんと見てるところ」


「前から見てる」

「分かってるよ」


だから腹が立つのだ。

零一は、俺が強がっている時も、負けたくない時も、本当は少し怖い時も、全部見ている。


そのうえで、勝負をやめない。

だから俺は、零一の隣でいられる。


「零一」

「うん」


「俺、夫夫になっても負けねぇから」


零一が笑った。


「俺も」


「生活でも勝つ」

「じゃあ俺は、優牙を幸せにする勝負で勝つ」


「っ、急に競技変えんな!」

「一番重要だろ」


「そういうとこだぞ!」


零一は楽しそうに笑った。

俺は顔を熱くしながら、その隣を歩く。


この身体で。

この意地で。


この男と。

恋人として、夫夫として、それでもライバルとして。


俺はこれからも、真正面から勝負する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ