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『刑事と闇医者、傷だらけの恋を縫い合わせる』 黒崎凱 × 白石汐音 #3

##3


****


「体温」


「……またかよ」


ベッドの上で、汐音はうんざりした顔をした。

凱は真面目な顔で体温計を差し出している。


刑事のくせに、妙なところだけ医者みたいに細かい。


「発情期に入ってる。熱が上がりすぎていないか確認する」


「俺が医者だ」

「自分を診ない医者だろ」


「うるせぇ」


汐音は乱暴に体温計を奪った。

凱はその間に、枕の位置を直し、水の入ったグラスを手の届く場所へ置く。


用意がいい。

良すぎる。


「……お前、俺を患者扱いするの好きだろ」

「患者扱いじゃない」


凱は短く答えた。


「大事にしてるだけだ」


その一言で、汐音の指先が止まる。


「……そういう言い方をするな」


「嫌か」

「嫌じゃねぇから腹立つんだよ」


凱の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


****


発情期の熱は、じわじわ身体を侵していた。


肌が熱い。

呼吸が浅い。


白衣を脱いでいるのに、まだ体の芯が疼いている。

それでも汐音は、強がるように凱を睨んだ。


「診察なら終わりだ。帰れ」

「帰らない」


「ここは俺の診療所でも、お前の家でもない」

「俺の家だ」


凱は淡々と言う。


「今夜は、お前が休む場所でもある」


汐音は言葉に詰まった。

少し前なら、そんな言葉は撥ねつけていた。


闇医者が刑事の家で休むなど、正気じゃないと。

でも今は、凱の家に置いた歯ブラシも、着替えもある。


自分で用意した。

自分で、ここへ来ることを選んだ。


それが悔しい。


「……守られることに慣れろって言ったの、お前だからな」

「言った」


「慣れるの、下手なんだよ」

「知ってる」


凱はベッドの端へ腰を下ろした。


「だから、何度でもする」

「何を」


「確認」


凱の手が、汐音の手首に触れる。

脈を測る指。


熱を確かめる手。

患者を診るようで、恋人に触れる手。


「脈が速い」

「誰のせいだ」


「俺だな」

「分かってるなら離せ」


「嫌だ」


即答だった。

汐音は舌打ちした。


でも、手を引かなかった。


****


凱の唇が、汐音の指先に触れた。

それだけで、身体がびくりと跳ねる。


「っ……♡」

「冷たい」


「熱いって言ったり冷たいって言ったり、忙しいな」

「手は冷たい。体は熱い」


「いちいち診るな」

「大事だから診る」


その声が低い。

まっすぐすぎて、逃げられない。


汐音は顔を背けた。


「ほんと、お前は……」


続きを言う前に、凱のキスが落ちた。


重い。

静か。

でも、深い。


「んっ……♡」


呼吸が乱れる。

凱はすぐに離れた。


「息」

「……分かってる」


「止めるな」

「命令するな」


「頼みだ」

「頼みに聞こえねぇ」


汐音が睨むと、凱は少し困った顔をした。

その顔が珍しくて、胸の奥がくすぐったくなる。


「汐音」


名前で呼ばれる。

白石でも、闇医者でもない。


凱の声で呼ばれる自分の名前は、どうしようもなく弱い。


「……何だよ」

「怖いか」


汐音は一瞬だけ黙った。


怖い。

触られるのも。


見抜かれるのも。

自分が患者みたいに扱われるのも。


でも。


「……お前相手なら、逃げたくねぇ」


凱の目が揺れた。

それから、ゆっくり汐音を抱き寄せる。


「なら、逃げるな」

「短いんだよ、言葉が」


「長い方がいいか」

「いや、それはそれで腹立つ」


凱は少し笑った。


****


凱の手が、汐音の身体を確かめるように触れていく。


熱を逃がすように。

呼吸を整えるように。


なのに、触れられるたび、余計に熱が上がる。


「っ♡……凱」


「痛くないか」

「痛くねぇ♡」


「苦しくないか」

「お前の確認が苦しい♡」


「なら、減らす」

「減らすな♡」


言った瞬間、汐音は自分で顔を赤くした。

凱が目を細める。


「減らすな?」

「……うるせぇ♡」


「分かった」

「分かるな♡」


凱の指が絡む。


逃がさない。

けれど、無理やりじゃない。


崩れるところを、全部受け止めるみたいな掴み方だった。


「汐音」

「何」


「患者じゃない」


凱の声が、耳元で低く響く。


「俺が大事にしてる相手だ」


その瞬間、汐音の体の奥が大きく震えた。


「あっ……♡」

「そこか」


「見抜くな……っ♡」

「見抜く」


「刑事の顔で言うな♡」

「お前のことだからな」


また深く触れられる。


優しい。

なのに、一番逃げられない場所だけは外さない。


「っ♡……ぁ、やば……♡」

「呼吸」


「分かってる……っ♡」

「止まってた」


「本当に、診察みたいに……♡」

「診察じゃない」


凱の額が、汐音の額へ触れる。


「愛してる」


汐音は、息を呑んだ。


「……そういうことを、そこで言うな♡」

「今だから言う」


「馬鹿刑事♡」

「何度でも言え」


「重い♡」

「知ってる」


凱の腕が、汐音の腰を支える。

守られたまま、深く崩されていく。


それが悔しい。

悔しいのに、どうしようもなく安心する。


****


「入れる」


短い声。

凱は汐音をさらに抱き寄せ、腹へ負担がかからないよう体勢を調整した。


「苦しくないか」

「……大丈夫♡」


「痛かったら止める」


その言葉に、汐音の胸が痛くなる。

優しい。


優しすぎて、逃げたくなる。

でも、離れたくない。


「っ……ぁぁ♡」


ゆっくり奥まで入ってくる。


熱い。

優しいのに、深い。


「凱、ぁっ……奥、まで……♡」


「締まるな」

「言うな……っ♡」


凱はすぐには動かなかった。

内部の熱を確かめるみたいに、ゆっくり馴染ませる。


そのあと、深く、静かに突き上げた。


「あっ……♡」

「ここか」


「っ……ちが、でも……そこ、ぁ……♡」

「また震えた」


汐音の視界が揺れる。


駄目だ。

全部見抜かれる。


どこで感じて、どこで力が抜けて、どこで壊れそうになるのか。


「っ……俺、患者みたいで……やだ……♡」

「患者じゃない」


凱が、耳元で低く囁く。


「俺の恋人だ」


その言葉に、汐音の身体がまた大きく震えた。


「あっ……♡♡」


凱は片手で汐音の腰を支えながら、一定の深さで何度も奥を擦る。


激しくない。

でも、逃げ場がない。


「んぁ♡……や、ば……そこ、ばっか……♡」

「ここ好きだろ」


「っ♡……そんな冷静に、言うな……♡」


「お前が気持ちよさそうだから」


「ぅ、ぁ……♡」


また奥を押される。


優しい。

なのに、一番深いところだけは、絶対に外さない。


「凱……っ♡、俺、もう……♡」

「まだ呼吸できる」


「確認、するな……♡」

「大事だからする」


その声が、駄目だった。

汐音の理性が、音を立てて崩れる。


****


「ぁっ♡……い、く……っ♡」

「呼吸止めるな」


腰を支えられる。

背中を撫でられる。


守られたまま、奥を突き上げられる。


「あぁっ……♡♡」


身体が大きく震える。

汐音は凱の肩に爪を立てた。


凱は動きを止めず、けれど乱暴にはしない。

最後まで、汐音の呼吸を聞いている。


脈を見ている。

体温を確かめている。


腹立たしいくらい、凱らしい。


「汐音」


低い声。


「俺のところで崩れろ」


その一言で、もう駄目だった。

汐音は凱に抱きついたまま、完全に力を抜いた。


熱が弾ける。


視界が白く滲む。


「っ♡……凱……♡♡♡」


凱が、深く抱き締める。


「大丈夫」


耳元の声。


「受け止める」


その言葉に、汐音の目が熱くなった。


****


しばらくして。

凱は汐音を腕の中に抱いたまま、呼吸が落ち着くのを待っていた。


「水」

「……自分で」


「取るな」


凱が先にグラスを取る。

汐音はむっとした顔をした。


「俺は動ける」

「知ってる」


「なら」

「今は動くな」


「命令か」

「頼みだ」


「まだ下手だな」

「練習する」


汐音は小さく笑ってしまった。

水を飲むと、凱が額へ手を当てる。


「熱は少し下がった」

「本当に最後まで診る気か」


「最後まで見る」

「言い方」


凱は汐音の髪を撫でた。


不器用な手。

でも、温かい。


「……凱」

「何だ」


「俺、まだ慣れねぇ」

「何に」


「守られること」


凱の手が止まる。

汐音は視線を逸らしたまま続けた。


「触られて、診られて、気遣われて……そういうの、まだ落ち着かない」


「そうか」

「でも」


胸の奥が熱い。


「嫌じゃなくなってきた」


凱の腕に、少しだけ力がこもった。


「十分だ」


「十分なのかよ」

「ああ」


凱は汐音の額へ唇を落とす。


「慣れるまで、何度でもする」


「だから重いって」

「知ってる」


「馬鹿刑事」

「何度でも言え」


汐音はため息を吐き、凱の胸へ顔を埋めた。


「……じゃあ、もう少しだけ慣らせ」


凱の呼吸が、わずかに乱れた。


「分かった」


「嬉しそうにするな」

「嬉しい」


「隠せ」

「無理だ」


汐音は笑った。

悔しいくらい、安心していた。


****


凱の家の寝室は、まだ少し殺風景だった。

けれど、ベッド脇には汐音の水差しがある。


棚には、汐音の薬箱と着替え。

洗面所には、汐音の歯ブラシ。


少しずつ、自分のものが増えている。


自分で増やしたものもある。

凱が勝手に用意したものもある。


最初は腹が立った。

でも今は、その一つ一つが、汐音に休めと言っているみたいだった。


診療所では、いつも誰かの痛みを診ている。


ここでは、凱が汐音の顔色を診る。

それが少し腹立たしくて、少しだけ救いだった。


「汐音」

「何だよ……♡」


「逃げる場所にしろ」


汐音は目を閉じた。

命令みたいな声。


でも中身は、不器用な願いだともう分かる。


「俺の家を?」

「ああ」


「逃げ込む先みたいに言うな」

「違うのか」


凱の手が、汐音の髪に触れる。


「診療所で誰かを救って、疲れて、それでも平気な顔をするなら」


低い声が、耳元に落ちる。


「その顔をやめる場所にしろ」


汐音は、何も言えなくなった。


「毎日は無理だ」

「ああ」


「診療所がある」

「ああ」


「患者もいる」

「送る」


「迎えは呼んだ時だけ」

「努力する」


「そこは即答しろ」


凱が少し笑った。

汐音も、つられて笑う。


「……でも」


汐音は小さく息を吐いた。


「限界になる前に、ここで休むくらいはしてやる」


凱の腕に力がこもる。


「十分だ」


「十分なのかよ」

「ああ」


凱は、汐音の手首に指を添えた。


「脈が乱れる前に来い」

「医者にそれ言うな」


「自分を診ない医者だから言ってる」


汐音は顔を伏せた。

悔しいのに、胸が温かい。


「凱」

「何だ」


「俺がまた逃げようとしたら」

「追う」


即答だった。


「最後まで聞け……♡」

「聞く」


「……追え」


凱の呼吸が止まった。

汐音は顔を見せないまま続ける。


「俺は、逃げるのが癖なんだよ。守られるのが怖くなったら、たぶんまた診療所に籠る」


凱は黙って聞いている。

汐音は、凱の服を軽く掴んだ。


「でも、本気で一人に戻りたいわけじゃない」


声が少し震える。


「だから、追え……♡」


凱の腕が、強くなる。


「分かった」


「重く追うなよ……♡」

「無理だ」


「努力しろ……♡」

「する」


汐音は小さく笑った。


凱の胸の音が近い。

規則正しくて、落ち着く音だった。


帰る場所、と呼ぶにはまだ照れくさい。

けれど、逃げても追ってくれる男がいる。


それだけで、汐音は少しだけ息がしやすくなった。


「……おやすみ」


汐音が呟く。

凱の手が髪を撫でる。


「おやすみ、汐音」


その声を聞きながら、汐音は目を閉じた。

守られることには、まだ慣れない。


自分を診られることにも、凱の手に体温を確かめられることにも、まだ少しだけ反発したくなる。

けれど、診療所で誰かの痛みを縫い続けた夜のあと、ここで息をつけることには少しずつ慣れてきた。


凱の腕の中で眠ることにも。

逃げようとしたら、追ってくれると知っていることにも。


それが悔しくて。

それ以上に、安心した。



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