表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/30

『親友の距離感、最初からバグってました』 白峰匡 × 黒瀬千隼 #1

##1


白峰匡しらみね・たすく黒瀬千隼くろせ・ちはや は、昔から距離感がおかしかった。


恋人ではない。

家族でもない。


けれど、友達という言葉だけで片づけるには、あまりにも生活の中に入り込みすぎていた。


****


中学二年。

ゲームセンター。


「うわ、また負けた」


白峰匡は、筐体の前で肩を落とした。

隣に座っていた黒瀬千隼は、無表情のまま画面を見ている。


「ざっこ」


「初対面でそれ言う?」

「事実」


「もう一回」

「嫌だ」


「何で!?」


匡は身を乗り出した

千隼は、涼しい顔で席を立つ。


「ゲームで負けて叫ぶ奴、嫌い」

「俺、まだ叫んでないだろ」


「顔がうるさい」

「顔!?」


それが最初だった。


次の日も、匡は同じゲームセンターにいた。

千隼もいた。


「また来たのか」

「リベンジ」


「暇人」

「お前もいるじゃん」


千隼は言い返さなかった。

代わりに、コインを入れた。


そこから、二人は毎日のように対戦するようになった。


勝って、負けて。

煽って、睨んで。


気づけば、隣に座るのが当たり前になっていた。


****


高校二年。


「千隼、ジュース」

「自分で買え」


「財布忘れた」

「昨日もだろ」


千隼は呆れながら財布を出した。

匡は、昔から適当だった。


課題は忘れる。

財布も忘れる。


放課後の予定も忘れる。

でも、千隼との約束だけは忘れない。


「ほら」


千隼がジュースを渡す。

匡は当然みたいに一口飲んだ。


「ん」


「……お前さ」

「何」


「普通、回し飲みとか気にするだろ」


匡は首を傾げる。


「千隼だし」


その一言だけで、千隼は黙るしかなかった。

匡にとって、自分は特別なのだろう。


たぶん。

でも、匡はあまりにも自然に特別扱いをする。


だから、たまに怖くなる。

自分だけだと思っているものが、匡にとっては普通だったら。


それが、千隼は一番怖かった。


****


千隼の家。


「うわ、また勝手に入ってる」


リビングのソファには、匡がいた。

ゲーム中だった。


「おかえり」


「ここ俺ん家なんだけど」

「知ってる」


「知ってるなら、ただいまみたいな顔するな」


匡は悪びれない。

千隼の家には、匡の私物が普通に置いてある。


ゲーム機。

充電器。


パーカー。

歯ブラシ。


替えの靴下。

いつ置いていったのか分からない漫画。


もはや、匡の方が千隼の部屋の物の場所を知っている時すらある。


「お前、自分ん家帰れよ」

「帰ってる」


「週一だろ」

「千隼ん家の方が落ち着く」


「俺の家を別荘扱いするな」


その時、キッチンから千隼の母親の声がした。


「匡くん、ご飯食べる?」

「食べるー」


「返事早ぇな!」


匡はコントローラーを置き、当然のように食卓へ向かう。

千隼はため息を吐いた。


でも、追い出そうとは思わない。

匡がいるリビング。


匡のゲーム音。

匡が勝手に飲む麦茶。


全部、もう千隼の日常の一部になっていた。


****


夜。

オンラインゲーム中。


「千隼、回復」

「はいはい」


「右から来る」

「見えてる」


「ナイス」

「当然」


匡は、千隼の指示だけはちゃんと聞く。

他の仲間が何か言っても、たまに聞き流す。


でも、千隼の声だけは絶対に拾う。


「やっぱ千隼とやるのが一番楽しい」


何気ない声。

何気ない言葉。


でも、千隼の胸は簡単に跳ねた。


「……他の奴ともやってるだろ」

「やるよ」


千隼の胸に、小さな棘が刺さる。

匡は気づかない。


気づかないまま、続けた。


「でも、千隼いないとつまんない」


千隼は、コントローラーを握る手に力を入れた

本当にずるい。


匡は、狙っているわけではない。

計算もしていない。


ただ自然に、千隼が欲しい言葉を投げてくる。


「お前さ」

「何」


「そういうの、誰にでも言うなよ」


匡が画面から目を離す。


「言わないけど」

「……そうかよ」


千隼は視線を逸らす。

画面の中で、自分のキャラが少しだけ変な方向へ走った。


匡が笑う。


「千隼、ミスった」

「うるさい」


「珍しい」

「お前のせいだ」


「俺?」


匡は本当に分かっていない顔をする

千隼は、その鈍さが腹立たしくて、少しだけ愛しかった。


****


ある日。

教室で、匡が後輩の男子に話しかけられていた。


「白峰先輩、今度ゲーム教えてください!」

「いいよ」


匡はいつもの調子で笑う。


その瞬間、千隼の胸がざわついた。

意味が分からないくらい、不快だった。


匡が誰かとゲームする。

自分以外と楽しそうに笑う。


そんなの、今までもあったはずなのに。


「千隼!」


匡が千隼を見つけて、嬉しそうに手を振る。


「帰ろ」


その顔を見ると、安心する。

でも同時に、苦しくなる。


帰り道。

匡は隣を歩きながら、じっと千隼を見ていた。


「千隼」

「何」


「今日、機嫌悪い?」

「別に」


「嘘。分かる」

「分かるな」


「分かるよ」


匡が覗き込んでくる。


近い。

近すぎる。


「……後輩と仲良さそうだったな」


千隼は言った瞬間、後悔した。

完全に嫉妬だった。


けれど、もう遅い。

匡はきょとんとしている。


「は?」

「だから」


「俺、千隼以外とそんなにゲームしないけど」

「……っ」


「ていうか、千隼、嫉妬?」


千隼の顔が一気に熱くなる。


「違ぇ!!」


匡は笑った。

でも、その笑い方は少し嬉しそうだった。


「俺も嫌だった」

「何が」


「千隼が、別の奴と協力プレイしてた時」


千隼は目を見開いた。


「……見てたのか」

「見てた」


「怖いな」

「何かムカついた」


匡は不思議そうに首を傾げる。


「友達にしては、変だよな」


その言葉に、千隼の胸が苦しくなる。


ああ。

こいつも同じなのかもしれない。


そう思った瞬間、今まで見ないふりをしていた感情が、少しだけ形を持った。


****


夜。

千隼の家のソファ。


ゲームのロード画面中、匡がぽつりと言った。


「千隼」

「何」


「俺いなかったらどうすんの?」

「は?」


「別の友達とゲームする?」


その声が、妙に真剣だった。

千隼は画面を見たまま答える。


「……知らねぇよ」

「嫌だな」


匡は、千隼の膝へ頭を乗せた。


「重い」

「千隼、俺以外と仲良くすんな」


「お前な……」

「俺、お前が他の奴と笑ってんの嫌」


その瞬間、千隼の中で何かが崩れた。


「……俺も」

「ん?」


「匡が誰かといるの、ずっと嫌だった」


匡が固まる。

千隼はもう止まれなかった。


「でも、お前誰にでも距離近ぇから。俺だけじゃねぇって思ってた」


匡は、すごく困った顔をした。


「俺、千隼以外とこんなんならないけど」

「……は?」


「だって千隼、俺の居場所だし」


息が止まりそうになる。


「ゲームも、飯も、家も」


匡は千隼を見上げて笑った。


「全部、お前がいるから好き」


千隼は、もう無理だった。


「お前、そういうこと平気で言うなよ」

「平気じゃない」


匡が少しだけ真面目な顔になる。


「今、結構どきどきしてる」


千隼の顔が熱くなる。


「……俺もだよ」


匡は目を丸くした。

それから、嬉しそうに笑う。


「やっと答え合わせできた」


初めてのキスは、笑ってしまうくらい不器用だった。

ゲームのロード画面は、とっくに終わっていた。


画面の中では、自分たちのキャラが棒立ちのまま敵に殴られている。

でも、二人ともそれどころではなかった。


****


卒業式の日。

桜が散る校門前で、匡は千隼の隣に立っていた。


「千隼」

「何」


「成人したら、雄女化する?」


千隼は少しだけ黙った。


雄咲市では、成人後に“子宝の実”を体内に取り込む事で、雄女になることができる。

身体も、声も、少し変わる。


婚姻も、家族を持つ未来も開かれる。

千隼は、考えたことがなかったわけではない。


けれど、匡に聞かれると妙に落ち着かなかった。


「……分からん」

「そっか」


「何だよ」


匡は少し考える。


「千隼が雄女化したら」

「したら?」


「俺、ゲームできなくなるかも」

「何でだよ」


「隣にいたら、気になって集中できない気がする」


千隼の顔が赤くなる。


「馬鹿か」

「あと、他の奴に見られるの嫌」


匡の声が、珍しく低かった。

千隼は息を止める。


「俺さ、最近分かった」

「何を」


「千隼が誰かと結婚するとこ想像したら、頭おかしくなりそう」


匡は笑った。

でも、その目は少しも笑っていなかった。


「友達として好きなわけじゃなかった」


千隼の胸が熱くなる。


「……遅ぇよ」

「うん」


「俺なんか、とっくに嫌だった」

「何が?」


「お前が誰かのものになるの」


匡の目が大きくなる。

千隼は苦しそうに笑った。


「俺、お前といるの当たり前すぎて」


桜が風に揺れる。

千隼は、初めてちゃんと言葉にした。


「恋だって気づくの、遅れた」


匡は、泣きそうに笑った。


「俺も」


二人は手を繋いだ。

恋人らしい甘い雰囲気ではなかった。


けれど、帰る方向は同じだった。

いつも通り、千隼の家へ向かう。


ゲームをして。

飯を食って。


ソファで寝落ちする。

その当たり前が、これからは少しずつ名前を変えていく。


親友から、恋人へ。

そして、いつか夫夫へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ