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『記憶をなくしても、お前だけは忘れなかった』 九条瑛一 × 桜庭湊 #3

##3

****


夜。


「湊」


低い声。

それだけで、湊の胸の奥が熱くなる。


「っ……♡」


瑛一が、ゆっくり湊へ抱きつく。

大型犬みたいに頬を擦り寄せながら、深く息を吸った。


「……やっぱり、安心する」


掠れた声。

その言葉だけで、湊の心臓が締め付けられる。


「えいち♡」

「うん」


嬉しそうに笑う。

記憶を失くしても、戻りきらなくても、瑛一は湊に名前を呼ばれるだけで、すぐ顔が緩む。


それが、たまらなくずるい。


****


キスが落ちる。


優しい。

でも、苦しいくらい真っ直ぐだった。


「んっ♡ ぁ……♡」


唇を重ねるたび、確認するみたいに深くなる。


「湊、ここにいる」


抱き締める腕が強い。

離れた時間を埋めるみたいに。


失くした記憶を、今度は二人で繋ぎ止めるみたいに。


「っ♡ いる、♡」

「よかった」


瑛一が安心したみたいに息を吐く。

その顔を見るだけで、湊の胸が熱くなる。


「……俺、どこにも行かないって言っただろ♡」

「うん」


瑛一が額を寄せる。


「でも、何回でも聞きたい」


その声が、不安を隠しきれていなくて。

湊は胸が痛くなるほど、瑛一を抱き締め返した。


****


瑛一の指が、ゆっくり湊の身体を撫でる。

触り方が妙に丁寧だった。


壊れ物を扱うみたいに。

それでいて、確かめるように熱い。


「っ♡ や、ば……♡」

「湊、あったかい」


頬を擦り寄せる。

甘えるみたいに抱きついてくるくせに、触れる場所だけは容赦ない。


「ぁ♡♡」


「ここ、好き?」

「き、くな♡」


「聞きたい」


瑛一が笑う。

その顔が嬉しそうで、湊はもう駄目だった。


「っ♡ そういうとこ、昔からずるい……♡」

「覚えてないところもあるけど」


瑛一の指が絡む。


「湊にずるいって言われるの、嫌じゃない」

「ばか♡」


「うん」


その返事があまりに素直で、湊の胸がまた甘く崩れた。


****


「湊、ちゃんとこっち見て」


耳元。

低い声。


「っ♡」


「俺が、ちゃんと湊を見てるって分かるように」


その瞬間、背筋が震えた。

瑛一の声には、少しだけ不安が混ざっている。


また失うかもしれない恐怖。

また忘れるかもしれない恐怖。


けれど、今はその不安を隠さず、湊へ渡してくれる。

だから湊も、逃げずに受け止めたかった。


「ぁ♡♡ えい、ち♡」

「うん」


瑛一が嬉しそうに笑う。


「もっと呼んで」

「っ♡♡ は、ず……♡」


「好きな声だから」


甘えるみたいな声。

でも、その腕は離してくれない。


「……俺の声で、ちゃんと戻ってこいよ♡」


湊が息を乱しながら言うと、瑛一の目が揺れた。


「戻る」


短い声。


「何回でも、湊のところに戻る」


****


瑛一の手が、湊の指を絡め取る。

恋人繋ぎ。


ぎゅっと握られる。


「っ♡」

「湊、いなくならない?」


その声だけ、不安そうだった。

湊の胸が締め付けられる。


「い、なくなら♡」


「ほんと?」

「んっ♡♡ ほん、と♡」


その瞬間。

瑛一が、心底安心したみたいに笑った。


「よかった……」


抱き締められる。


深く。

強く。


まるで、“ここにいて”って縋るみたいに。


「瑛一も……♡」


湊は息を乱しながら、瑛一の指を握り返した。


「また一人で不安になんな……♡」

「うん」


「忘れそうになったら、俺が言うから……♡」


瑛一の腕に力がこもる。


「何を?」

「俺が、お前の好きな人だって……♡」


瑛一が一瞬、息を止めた。

それから、壊れそうなくらい優しい顔で笑った。


「うん」


「っ♡ 笑うな……♡」

「嬉しい」


「だから、笑うなって……♡」

「無理」


****


「俺、湊いないと駄目」


キス。


「好き」


触れる。


「好き」


抱き締める。


「好き」


何度も。

何度も。


失くした時間を埋めるみたいに。

今ある時間を、二人で確かめるみたいに。


「ぁ♡♡♡ や、ば♡」

「湊、可愛い」


「っ♡ えいち、も……♡」

「うん」


瑛一が額を押し付ける。

熱い。


「湊だけ」


その言葉が、昔からずっと欲しかった答えだった。


記憶をなくす前の瑛一にも。

記憶をなくした後の瑛一にも。


今、目の前にいる瑛一にも。

ずっと、そう言ってほしかった。


「っ♡♡」


涙が出そうになる。


「……やっと聞けた」


湊が小さく漏らすと、瑛一の動きが一瞬だけ止まった。


「湊」


「何でもない♡」

「何でもなくない」


「いいから……今は、言わなくていい♡」


湊は瑛一の首へ腕を回した。


「後で、何回でも聞かせろ♡」


瑛一が、ゆっくり笑う。


「何回でも言う」


****


「湊」


低い声。


「っ♡」


「好きって言って」


その瞬間、湊の胸が大きく揺れる。


「ぁ♡♡ す、き♡」


「もう一回」

「すき、♡ えいち♡」


瑛一が、嬉しそうに笑った。

まるで、不安が消えていくみたいに。


「……安心した」


その声が反則だった。


「っ♡ 俺も……♡」


湊は息を乱しながら、瑛一を見上げた。


「お前に、好きって言えるの……安心する♡」


瑛一の目が、また少し揺れる。


「湊」

「ん♡」


「昔の俺が言えなかった分も、今の俺が言う」


「……重い♡」

「足りないくらいだろ」


「っ♡ ばか……♡」


でも、嬉しかった。

重くて、真っ直ぐで、少し不安そうで。


その全部が、瑛一だった。


****


そのまま深く抱き締められる。


「っ♡♡」


瑛一の呼吸が首筋へ落ちる。

あたたかい。


安心する。

昔からずっと欲しかった場所だった。


「湊」


キス。


「好き」


またキス。


「好き」


そのたび、胸の奥が満たされていく。


「ぁ♡♡♡ えい、ち♡」

「うん」


「っ♡♡ すき、♡」


その瞬間。

瑛一が、安心したみたいに湊を抱き締め直した。


「……よかった」


涙が出そうなくらい優しい声。

そのまま、深く口づけられる。


「んっ♡♡♡」


呼吸が混ざる。

体温が混ざる。


“ここにいる”って、何度も確かめ合うみたいに。


そして。


「ぁ♡♡♡♡!」


湊は、瑛一へ抱きついたまま、安心したみたいに崩れ落ちた。


瑛一が、そんな湊を壊れ物みたいに抱き締める。


「大丈夫」


低い声。


「もう忘れない」


その言葉だけで、湊はもう一度泣きそうになった。


「……忘れたら」


湊は震える声で言う。


「また俺が、思い出させる……♡」


瑛一の腕が、強くなる。


「うん」


「何回でも、言うから……♡」

「うん」


瑛一が、湊の髪へ唇を押し当てた。


「でも、もう忘れたくない」


その声は、祈りみたいだった。

湊は、瑛一の胸に顔を埋める。


「じゃあ、覚えてろ」

「覚えてる」


「俺の声も」

「うん」


「俺の手も」

「うん」


「俺が、お前のこと好きなことも」


瑛一は、湊を抱き締めたまま、静かに答えた。


「全部、覚えてる」


湊は目を閉じた。

怖さが消えたわけじゃない。


記憶が完全に戻ったわけでもない。

それでも今は、もう十分だった。


忘れた恋を、二人で何度でも確かめればいい。

瑛一が忘れそうになったら、湊が言う。


湊が不安になったら、瑛一が抱き締める。

そうやって、この先を作っていけばいい。


「瑛一」

「ん?」


「……好き」


瑛一が、嬉しそうに笑った気配がした。


「俺も」


低い声。


「湊だけ、好き」



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