星の再来
路地裏に、月の雫の香りが漂い始めた午後。
派手な音を響かせてドアが開いた。
飛び込んで来たのは、ゴーグルを付けた魔導具師の青年ゼノ。
ドアが壊れたら、どうしてくれるのだろうか?
全く困った御仁である。
「君の言っていた事は正しかったぞ!」
そう言ってズンズンと椅子に進むと、当たり前に腰掛けた。
やはりペースを崩してくる。苦手な人種だ。
仕方なしに月の雫をミルで挽き、ハーブティーを淹れる。私の分も。
「あの後、回路を鎮静化させてから捨てたんだがな。かなり熱を発生させていた。限界の3歩手前って所だった」
「手遅れよりも、大変よろしいのでは?」
「その通りだな!」
お茶を差し出す。
「完成させた場合は、どのような魔導具だったのですか?」
ゼノはお茶を一口飲み、話し出す。
「自動追尾型お掃除ゴーレムだ!」
「…兵器ですか」
「いや、ゴミを感知して追跡して除去する。掃除用のゴーレムだ」
「…ゴミ、とは人の事ではなく?」
「なんと恐ろし発想なんだ?!ゴミとはゴミだ!人ではない!」
前世の記憶で、人がゴミのようだと言ったセリフが頭に過ったせいか、過激な発言をしてしまったらしい。
「あんな大規模な爆発を引き起こす未来のあった物が、ただのお掃除…」
「ただのお掃除とは、掃除を軽く見過ぎているぞ?!」
「あ、はい。すみません…」
ゼノは頷き、お茶を飲む。
頭が痛くなってきた私も、お茶を飲む。
なんだろうか。もう疲労が限界の3歩前だ。
「まぁ、なんだ。おかげで工房は崩壊せずにすんで、新しい魔導具に取り組んでいる所だ」
頭が痛い。
新しい魔導具については、聞かぬが吉。
静かに頷く程度でおさめる。
「それで、今日は運命をお探しでしょうか?」
「いや、今日は」
ゼノの視線がタロットカードに向いている。
「もう一度その札を手に取って見せて欲しくてな?」
「…わかりました」
本当は渡したくない。
相棒も嫌というイメージを送ってきているが。
推定貴族の言う事に逆らってはならない。
貴族でないにしても、この人種の興味を残しておいてはならない。
相棒も私も、そこはわかっている。
「…どうぞ」
ゼノはタロットカードを受け取ると、ゴーグルをカチャリと下げる。
レンズを切り替えながら、カードを1枚1枚丹念に凝視している。
「ふむ…やはり魔力回路の彫り込みが一切ないな。剣や五芒星の意匠…これに術式がある訳でもない。単なるインクの重なりだ」
ゼノを見つめながらお茶を飲む。
「ふむ…」
ゼノは指先で慎重に縁をなぞり始めた。
指先が仄かな光を放っているのを見れば、魔導具師の技巧で紙の繊維まで魔力の残渣を辿ろうというのだろう。
「ふむ。やはり78枚全て均等に、極めて微弱な魔力が宿っているな。だが、独立した魔導具としては成立しない。これら全て一体となって、1つの盤面を構成する際に確立するのか?爆発的な情報の収束が起きるというのか?」
先程から相棒から送ってくるイメージが、虚無。
たまに映像が見えるが…
飼い主の執拗なスキンシップに虚無顔をする猫だったり犬だったりウサギだったり…
相棒の自我が確立してきてる事に驚く…が、今は同情的な気持ちでいっぱいだ。
「すまないが、君の真似事をしてみても良いだろうか?」
「それは…前に私が占いをしたように、という事ですか?」
「そうだ。駄目だろうか?」
「よろしいですよ。その変わり、札は傷付けないように、お願いします」
「わかった。気を付ける」
ゼノは一度見た占いの再現を始めた。
タロットを広げ、円を描くように混ぜ合わせて、再度1つにまとめる。
3つの山に分け、また1つに重ねる。
そして二者択一のV字スプレッドを再現する。
その間ずっと、ゼノの手は仄かに光っていた。
だがそこからは、運命を吸い寄せるような独特の重みは感じられない。
相棒からのイメージも、虚無。猫がチベットスナギツネと区別のつかない顔になっている…
「…なるほど。やはりそうか」
ゼノはゴーグルを上げ、降参したように両手を広げた。
「この札は単体で機能する魔導具ではない。そして誰でも発動させる事も出来ない。君という触媒を通じ、君の精神と同期した時のみ、運命を読み解く回路として作動するようだ。俺がどれ程魔力を注いでも、何の変化も無かったからな」
…魔力注いでたのか。やめてあげて。
ずっと虚無反応しかしてなかったから…
「どの魔導具とも系統の違う…所有者の魂にのみ感応する、唯一無二の相棒と言うわけだ」
…追加情報は漏らすまい。
「そうですね。唯一無二の相棒です」
私は、お茶を一気に飲み干した。
解析を終えたゼノの視線が、カードから私へ移った。そこには興味を深めた物に変化していた。
…何故?
「この札には極微弱の魔力があるが、君からは魔力をほとんど感じない。ほぼほぼゼロと言っていいだろう。それでいて、未来の可能性を言い当てる…興味深いな…」
…相棒。同情的な気持ちが伝わってきたよ。
さっきは、ごめん…
ゼノは数枚の銅貨を机の上に置くと、珍しく言葉を濁すように問いかけてきた。
「…なあ。そう言えば、まだ確認していなかったんだが、君の名前は、何と言うんだ?」
かつて魔力無し、一族の恥じとされ逃げ出した私は、本名を名乗る事は…ない。
「…ただの占い師です。『路地裏の占い師』と呼んでいただければ良いかと思います」
「…そうか。ポソ(また解析が必要か)」
「えっ?」
「いや。もう少し気になる事があるからな。また来る」
ゼノは不適に笑い、満足気に帰って行った。
出来れば関わりたくない人種なんだが…
相棒は完全に沈黙していた。
夜、ランプの下で日記をつける。
『今日は、解析の目を持つ魔導具師が再来した。相棒の秘密を解き、満足気だったはず。彼の興味の対象が魔力無しの私に向かうのを感じたが、何を掘り起こされるか不安だ』
記載後、相棒を月の雫で再度浄化する。
『不服』と漢字でイメージを伝えて来た事に吹き出してしまった。




