恋人が伝える等身大の恋
使い込まれた手回しミルで、近所の薬草屋から分けてもらった月の雫のハーブを挽き始める。
そして、ゆっくりとハーブティーを飲む。
月の雫で湿らせた布で相棒のタロットカードを一枚ずつ丁寧に拭い浄化する。
朝のルーティンだ。
カラン。
ドアの鈴が鳴る。
周囲を気にしながら入ってきたのは、エプロン姿の町娘。キュッとエプロンを握り、視線が忙しなく、言葉を探している様に見えた。
「どうぞ、こちらへ」
穏やかに微笑み、対面へと促すと、少女は可愛らしい雀斑の散る顔をほんのりと染め、恥ずかしそうに椅子に座った。
「あ、あのっ!ここ、凄く当たるって、パン屋のおばさんから聞いて、あのっ!私、どうしていいか、わからなくなって!それで、そのっ…あのっ…ごめんなさい…急に押しかけちゃって…」
座った椅子から立ち上がらんばかりの勢いで話始め、急速に萎んでいく。
『まさに恋はジェットコースター…』
前世の記憶がよぎる。
月の雫のハーブティーを淹れ、少女の前にそっと置くと清涼な香りが店内に広がった。
その香りに少女の笑顔の強張りが僅かに緩む。
一口飲んで「ふぅ」と息を吐くまで、穏やかに見守る。
「これ…凄くいい香り…ふぅ。少し落ち着いたかも…」
再び少女の顔が朱に染まる。
自分のジェットコースター加減を自覚してしまったのだろう。
慌ててもう一口飲んで、呼吸をしたタイミングで。
「ようこそ。今日はどのような運命をお探しですか?」
本日の朝一番の客と向き合い始める。
「あのね…あの、私にはニッキー…ニックっていう、幼馴染がいるんです。ニックは市場で荷運びをしていて…私、ニックの事が、ずっと好き…なんです」
穏やかに微笑み、頷く。そっと目で続きを促すと、少女はふぅと息を吐き、続きを話始めた。
「見かけたら、挨拶をしたり、声をかけてたんです。でも…最近、何だか素っ気ない気がして…昨日も、声をかけたんです。けど、声をかけたのに、何だか困った顔をして、行ってしまって…私、もしかして嫌われちゃったのかなっ…て…」
少女はお茶を一口飲み、息を吐いた。
「どうしたらいいか、わからなくなっちゃって…」
お茶のカップを両手で包み込む指先が震えている。
カップの中身も残り僅か。
悲しげな目でジッとカップを見つめている。
『絡まり合った心の糸ね…』
1つ頷き、私は相棒であるタロットカードをシャッフルする。
「あなたの思い、相手の思い、今の状況、未来を視てみましょう」
ぐるりと円を描くように混ぜながら、質問に集中。
1つにまとめ、3つの山に分けてから、再度1つにまとめる。
その中から、4枚のカードを机に並べる。
フォーカード。
状況に応じて、それぞれの意味を読み替え易い。
今回は、相手との状況を知りたい時にした。
「この札で見るの…?」
心配そうにカードを見る目が揺れている。
私は穏やかに微笑みながら言葉を紡ぐ。
「はい。順番に視ていきます。1枚目はあなたの思い」
左端のカードをめくる。
現れたのは「力」のカード。
「えっ…?私の思いが勇ましい…」
「力」のカードは女性がライオンに乗り、剣を持ち凛と駆けている絵柄だ。
私の相棒は女性の優しさが、さしもの猛獣を手懐けてしまう意味にもなるが、素手でライオンと闘ってとりおさえた男性の姿のも前世では存在していた。
確かに勇ましい絵柄だ。
「あなたの思いのカードは「力」です。あなたは、彼をただ好きだというだけではなく、ずっと陰ながら支えたいと強く思っていますね。でも、その想いが少し強すぎて、自分でもどう扱って良いか戸惑い、空回っているようです」
「当たってる…」
顔全体に『図星です』と書かれている表情でカードを見つめた少女。
一息ついたタイミングで次をめくる。
「相手の思いのカードは「ペンタクルの騎士」です。彼は不器用ですが、とても誠実です。あなたの事を大切に思っています。ただ、今は自分の仕事や生活を安定させる事に必死で、余裕がないようですね」
「そうなんだ…」
少女が小さく呟き、安心したように息を吐いた。
次をめくる。
「現在の状況は「剣の3」。お互いに言葉が足りない事から、小さなすれ違いが生じています。彼の困った顔は、あなたを嫌っているのではないようですね」
少女からの呼吸を感じ、最後をめくる。
「え…?これって?」
少女が絵柄を見て顔色が変わった。
「綺麗な絵だけど…これって「恋人」の絵に見える…けど…私に向かって見えるって事は、逆さま…?恋人の…逆さま…?…逆っ?!」
どんどん少女の顔色が無くなっていく。
「逆って事は、恋人にはなれない…って事?私達の関係も、駄目になるって事…?『呪い』みたいに…?」
ここは魔法や精霊が実在する異世界だ。
勿論、呪いもあるし、なんなら恐怖の対象として存在している。
以前、カイルも「死神」のカードに怯えていた事を思い出した。
あの時の様に、静かに微笑んで首を振った。
「いいえ。怖がる事はありませんよ。この「恋人」の逆位置は、今のあなたが少し近視眼的になっていると警告しているのです。不安に振り回され、少しいい加減になっているようです」
少女は唖然としながら口を開いた。
「確かに…目の前のことしか考えてなかった…かも…ちょっと避けられただけで、世界が終わったみたいに、騒いじゃってた…」
「ええ。今のまま突撃をしてしまえば、盛大な空回りをしてしまうでしょう。まず自分の気持ちとしっかり向き合いましょう」
「そっか…そう言えば私、好き過ぎて、今考えると突撃してたかも…恥ずかしぃ!」
顔から火が出そうな程真っ赤になった頬を両手で押さえ、机に伏してしまった。
「今すぐに白黒つけろという事はありませんし。少し距離を置く事も有効ですよ」
「その方がいいかも…勢いをつけ過ぎない様に少し落ち着かせてみる…」
すっかり空になってしまった少女のカップに、ハーブティーを注ぐ。
少しぬるくなっているが、飲みやすくはなっているだろう。
「ハーブティー。少し渋みが出てるかもしれませんが…」
「ありがとう…」
少女がお茶を一口飲み、一息。
「落ち着いてからでも。ロマンチックな関係を焦らずに信頼関係を築いていくとよいかもしれませんよ。お互いに何でも気付けるような、何でも言い合えるような…」
「…そうだね。私、ニックを好きってだけで、他のこと全然考えてなかったと思うの…仕事で忙しい時だってあっただろうに…あっ、この札…ほんと、何やってたんだろぅ…」
少女が見つめているのは「ペンタクルの騎士」
私は「ペンタクルの騎士」に触れながら、ゆっくりと話す。
「あれほど賑わっている市場の荷運びは、気を使う事も多いでしょうね。中には運びきれない程の重い荷物もあるかもしれませんね」
「…ほんと、何やってたんだろぅ」
仕方がない。
恋はジェットコースター。
もうどうにも止まらない。
「ありがとうございました。話したら色々スッキリしました。色々恥ずかしことを仕出かしてたのも気付けましたし…いや、かなり恥ずかしんですけど…まずは、自分と頑張って向き合ってみようと思います…それから…ニックと話していってみます…」
町娘はそう言って、少し晴れやかな顔で机に数枚の銅貨を置いた。
「多分、また来ます!」
そう言って、鈴を軽快に鳴らし去って行った。
夜、魔石のランプの下で日記をつけながら、少女の恋の行方を思い返す。
「恋人」の逆位置。
それは自分勝手な幻想を捨て、等身大の相手を見つめる為の彼女への試練なのだ。
おもむろに先代の水晶に視線を向けると、いつもと変わらず鈍く光っている。
それに1つ頷き、日記の続きに戻るのだった。




