↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷室の野望(仮)第弐巻 ~立志編~  作者: 和音
外伝

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/43

1 浅井長政【1570年11月10日-御所事変後】


『1570年11月10日 浅井長政――』



早馬がもたらしたその凶報に、浅井家も少なからず揺れた。


――織田信長討死。


「殿。国人衆ならびに各将へ、小谷へ登城するよう触れを出します」

磯野員昌が言う。


「頼む」

長政はそう言うと、続けて宮部継潤へ向けて言う。

「すぐに金ケ崎へ向かえ。朝倉に動きがあり次第、直ちに知らせよ」

「ははっ」

継潤はそう応じると、すぐさま出立していった。



まさか義兄上が討たれるとは……。


織田信長。

今は亡き妻、お市の方の兄であるだけではない。

浅井家の内紛の際には自らを助け、また北近江に安寧をもたらしてくれた恩人でもあった。

今の自分があるのは、織田信長なくしてはあり得なかった。


今回の織田家と明智家の雌雄を決する、愛知川の戦いに我らは参戦しなかった。

朝倉への備え。

そして、織田家が統治を始めたばかりの若狭の動揺を抑えるためである。


しかし、その織田家は柱であった当主を失った。

領内外を問わず、この影響はさまざまなところへ及ぶであろう。

もちろん、この浅井家にも。


「申し上げます!」

深く考え込んでいたところへ、小姓が声を上げた。

「如何した」

「はっ。織田家の池田恒興様より、御使者が参られました」


池田恒興。

南近江にある佐和山城の城主である。

「すぐに通せ」

長政はそう言うと、思考を切り替えた。



しばらくして。


「失礼いたします」

通された使者は、入口で両手をつき、深く頭を下げた。

「よい。入られよ」

長政が応じる。

使者は広間へ入ると、改めて正面に座り両手をついて口を開いた。

「某、池田恒興が家臣、伊木忠次と申します」


「うむ。この度のこと、我らも大いに驚いている。

恒興殿は何と申されている」

すると忠次は頭を上げて答えた。

「はっ。まずはこちらを」

そう言うと、懐より書状を取り出した。


小姓を介して書状を受け取った長政は、すぐさま開いて読み始めた。

そこには、簡潔な文が記されていた。


――浅井殿

――此度の変事、織田家中も未だ定まらぬ有様に候。

――されど、亡き信長様の御志を継ぎ、近江の安寧を守ることこそ我らが務めと心得候。

――明智勢は未だ勢いを保ち、京より近江へ影響を及ぼさんとしている。

――浅井殿におかれては、北近江を守りつつ、我らと互いに連絡を密にされたい。

――また、亡き上総介様の御恩を忘れぬ者同士、今後の世を共に考えたく存ずる。

――池田恒興



長政は、しばらく書状から目を離さなかった。

「……ふむ」

思わず呟く。

「殿?」

磯野員昌が怪訝そうに尋ねる。

「これは援軍を求める書状ではない」

長政は書状を畳みながら言った。


織田信長が死んだ。

それは、単に一人の大名が亡くなったということではない。

これまで信長という巨大な存在によって抑えられていた者たちが、一斉に動き出すということだ。

織田家中でも、信長の後継を巡る争いは避けられぬ。


柴田勝家か。

羽柴秀吉か。

丹羽長秀か。

あるいは、別の誰かか。


そして明智光秀。

あの男が勝利したのであれば、次に狙うのは京だけではない。

近江もまた、その一つとなる。


「殿、いかがなされますか」

員昌の問いに、長政はしばし沈黙した。


「伊木殿を待たせているか」

「はっ」

「ならば、返答をする」

長政は立ち上がった。

「池田恒興殿に伝える」

広間にいた者たちが一斉に顔を上げる。

「浅井家は、亡き上総介様への恩を忘れておらぬ、と」

長政は続ける。

「敵は明智だけではない。

朝倉も、六角の残党も、今こそ好機と見るであろう」


長政は窓の外へ目を向けた。

秋の気配を含んだ風が、小谷の山々を抜けていく。


「浅井家は、二度と時流に流されぬ」


そう言って、長政は伊木忠次を呼び戻した。


やがて。


「池田恒興殿へ、返書を」

筆を取り、長政は書き始める。


――恒興殿

――此度の変事、我らも深く憂いている。

――亡き上総介様の御恩、浅井家は決して忘れてはいない。

――近江の安寧を守るため、互いに情報を密にし、時を見て相談したく候。

――敵を見極め、勝つべき時に勝つ。

――それが亡き上総介様より学んだことである。

――浅井長政


伊木忠次は返書を受け取り、深く頭を下げた。

「確かに承りました」

そして、小谷を後にした。



その背を見送りながら、長政は思った。


織田信長亡き世。

これより先、誰が天下を握るのか。


だが一つだけ確かなことがある。

近江を制する者が、次の時代の扉を開く。



「申し上げます!」

小姓が足早に来て言う。

「朝倉勢、動きましてございます!」


早い。

しかし此方も迅速に動ける。


「北へ行くぞ」

長政は後ろに控える家臣たちへそう告げると、出陣の準備を始めたのであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。