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氷室の野望(仮)第弐巻 ~立志編~  作者: 和音


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36 続きからはじめる(1570年11月12日 織田家)【変後】


『1570年11月12日 織田家――』



「ふう……」

観音寺城の自室に戻った織田信広(誠人)は大きくため息をついた。



11月5日に起きた御所事変。

織田家は当主である織田信長(真紀)を失った。


京の御所まで攻めこんでいた織田軍は、信広と柴田勝家、丹羽長秀、羽柴秀吉らが軍を纏めて近江まで兵を退いた。

組織のトップを失ったのだ。

普通であれば組織は瓦解し、近江どころか美濃まで退いてもおかしくない状況だった。

このあたりはさすがの織田軍だった。


御所事変により混乱したのは織田家だけではなかった。

御所の主である帝はいまもって消息不明。

そして信長と対峙していた明智十兵衛光秀(芳香)もまた行方が分からなかった。


当然ながら混乱は将だけではなかった。

光秀が治めていた河内、摂津、大和、伊賀では国人衆が蜂起。

中小勢力が入り乱れて情勢が把握出来ずにいた。


摂津の一部を領する本願寺、丹波の波多野、紀伊の雑賀、伊勢の北畠は動かず状況を見定めていた。


越前の朝倉は若狭国境に兵を進めるも、すぐさま北近江の浅井が織田家の金ケ崎城へ後詰で入った事でにらみ合いの膠着状態にあった。



そして織田家。


御所事変から3日後の11月8日、織田家の主だった武将が観音寺城に集まった。

信長の最後を信広と看取った秀吉の証言により、織田家の家督は信長義兄の信広と決まった。

幸いこれに対する異論は出なかった。

盟友である浅井家にもその旨伝える使者をすぐに飛ばした。


家督継承後、すぐさま信広は織田家の方針を伝えた。

まず、上洛は中断とした。

京は盆地に位置し街道が多く繋がっている為、守るのが難しい難所であった。

いま京、山城を手に入れても維持出来るだけの体制に無かったためだ。

これに対しても異論は出なかった。


次にここ観音寺城の城代には丹羽長秀を任じた。

そして城代の補佐として、新たに加わった細川藤孝をつけた。

これについては異論もあったが、信広が現在の不安定な情勢下の中で、藤孝と南近江国人衆との繋がりをアピールした事で、最終的には皆納得していた。

万が一なにか起きても、佐和山城の池田恒興と長浜城の羽柴兄弟が近くにいるためすぐさま対応出来る事が大きかった。


最後に、ここが最大の懸案事項になっていた。

徳川家である。

御所事変の際、徳川家康率いる本多忠勝、榊原康政らの軍勢は、信長の討死を見届けるとすぐさま兵を退いた。

しかし退いた先は伝達した観音寺城ではなく、強行で伊勢を通り海路で三河へ退いた。

1万もの大軍だったが、のちの報告で御所事変から5日後の11月10日には伊勢を脱したことがわかった。

徳川家の動静と今後の付き合い方については、まだこれからであった。



そして冒頭に戻る。


信広は明日、観音寺城を出立して美濃の岐阜城へ向かう。

但しその前に、やらなければならない事があった。


「よし。現世へ戻る」

呟く。


そう。

真紀の、信長の討死により歴史乖離率が10%を切った事で、ログアウトが可能になっていた。

これまでそれを我慢していたのは、この世界における織田家の混乱を懸念しての事であった。

表向きは。


本音は、ただ怖かった。

ログアウトするということは、現世に、リアルに戻るという事だ。

このゲームの中で討死した真紀がリアルでどうなっているのか。

それを見るのが、受け止めるのが怖くて仕方がなかった。

けれど、今は落ち着いていた。



そして。


誠人は大きく深呼吸をすると、目力(めぢから)クリックして2年半ぶりにログアウトした。




<1570年11月12日時点>

―歴史乖離率:9.2%

―安定化モジュール:出力平常

―現実世界アンカー不安定率:不明(無効化処理済)

―管理者権限保有者:氷室誠人

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