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31 解決

 夜の大捕物の後、一同は警察へ場所を移すことになった。


 私達を取り囲んだ人々は大半がオリバーが頼んだ同僚の鉄道員で、警察官は研究所に突入し廊下から入ってきた人々の先頭にいた2人だけだった。


 オリバーがドヤ顔で言う。

「2人だけでも、来て貰うの大変だったんだよ?! 婦女誘拐だ、研究所が悪用されてたら男爵にも迷惑がかかるとか何とか口車に乗せて連れてきたものの、何もないじゃないかって帰られちゃうところに、丁度派手にガラスが割れる音がして、いいタイミングだったよ」

 そんな細い綱渡りだったのか。

「ありがとうオリバー。本当に助かった」

 心を込めて感謝を伝えた。



◇◆◇◆◇◆


 デイヴィス男爵が怪しいことは分かっていた。だから私とアレクは、研究所に来る前、保険を掛けた。

 オリバーに後方支援を頼んだのだ。

 時間は、研究所へ来る2日前に遡る。




「デイヴィス男爵に呼び出されてカーライル研究所へ?何それ。何で?」

 いつもの貸本屋の店頭ではなく、奥のリビングルームにオリバーを招いた。テーブルを挟んで私とアレクが座っている。


「私達も呼び出されている理由は分からない。でも、今この店は悪意にさらされている。何かトラブルに巻き込まれたのかもしれない」

 それも一応嘘ではない。しかし、私が異世界人で、元の世界へ帰すよう半年以上研究所と交渉を続けている話はできない。ごめんオリバー。


 アレクが言う。

「何せ相手は爵位持ちだ。招きを断るのは角が立って余計状況を悪くしかねない。

でも、色々悪い噂がある相手で、しかも俺達は庶民で弱い立場だ。何かあっても握りつぶされかねない。正直、危険を感じている。

だからオリバーに協力を頼みたい。俺達が研究所に入って出てこなかったら、警察を呼んでくれないか」


「え、無理だよ」

 オリバーが、当然と言う顔で即答する。

「まだ誰も死んでないのに来る訳ないじゃん。しかも男爵の息がかかった研究所に、市民の通報だけを根拠に『犯罪が起こってませんか』って訪問するなんて、絶対警察は嫌がるよ。

何日も監禁されてる証拠があるとか、乱闘や騒ぎが起こっている現行犯とか、何かもっと強い根拠がないと」

「やっぱりそうか……」

 シャーロック・ホームズが、警察がやらない近代的捜査をしたってことでヒーロー扱いされる時代の警察庁だもんなぁ。相手が爵位持ちなのも厳しい。


「うーん。例えばさぁ、うちの非番の同僚に小遣い渡して頼んで、近くに待機してもらうことはできると思う。腕っぷしの強い奴選んでさ。

そうすれば騒ぎが起こった時、『通りすがりの善良な市民』の範囲で通報したり助けに入ることはできる。

男爵の縁って言ってもお屋敷じゃなくて、資本出してる一研究所に過ぎないからね。庶民はそんなこと知らないじゃん?」

「そうだな。それで頼めるか。その人達への謝礼はこちらで出す。もし危ないことになったら、俺かハナが内部から騒ぎを起こす。それを合図に助けに来てくれ」

「うん。でも本当、そんなにヤバそうなの?」

 私とアレクは顔を見合わせる。私達は相当ヤバそうと踏んでいる。


「アレクって、何度も研究所に足を運んでるよね。中傷話の前から。それと何か関係ある?」

 瞠目する。そう、実験の打合せにも、私の帰還の交渉にも行っていた。

 オリバーは気付いていたのか。

 そんなに広くない街だし、アレクも顔を隠していた訳ではないから不思議ではない。

 オリバーは持ち前の気さくさで顔が広いから、アレクを偶然見かけた人から聞いたのかもしれない。


 俊巡する私達を見て、オリバーがケロリとしてひょいひょいと手を振る。

「いや、無理に聞く気はないから。今回の助けになる情報が何かあるならって思っただけで。なければいいや」

 オリバーがへらりと笑う。

 このオリバーの柔軟さというか緩さに、何度助けられたか知れない。物理的なことに限らず精神的にも。

「ありがとう。オリバー」

 私達は頭を下げた。



◇◆◇◆◇◆


 研究所で、私が男爵とステファンと対峙していた時、アレクは殴られ真っ暗な地下室に閉じ込められていたそうだ。

 自力で脱出して、私が窓を割る音を聞き付け駆け付けてくれたとか、ヒーローか。流石アレク。思わず拝む。


 アレクが使ったホイッスルは予めオリバーが貸してくれた駅の備品だ。

 ホイッスルは私の世界でも防災用等があるように、少ない息でよく響き、音で位置を伝えやすい。

 乱闘のあった部屋を外から照らしてくれた光も、駅の備品の強くて指向性の強いカンテラ。

 無断借用すみません。

 ちなみに、ランタンもカンテラも手提げのついたランプだが、部屋使いや玄関灯など辺り全体を明るくするのがランタン、懐中電灯のように携帯性や光の指向性を重視したものがカンテラ……って感じ。


 私とアレクは、オリバーが外から助けてくれることを確信していた。

 想定よりかなり遅い時間になってしまったし、一旦帰ってしまったかもしれないけど、必ず何らかの形で私達を助けるために動いてくれると思っていた。

 だから私はあの時、不案内な建物内の廊下を逃げるより、カーテンを開け外へ通じる窓を割ることで自分の居場所とSOSを伝えた。

アレクは私を見つけると、真っ先にホイッスルと大声でオリバーを呼び、ランタンを窓際に置いて外から部屋を確定できるようにした。

 そして、オリバーはその信頼に、見事に応えてくれた。



◇◆◇◆◇◆


 騒ぎの後一旦家に帰れることになり、やっと落ち着いてアレクと話せるようになった。


「アレク、改めて、助けに来てくれてありがとう」

「いえ。遅くなってすみません」

 アレクの視線が私の腫れた顎辺りをさ迷う。

 手当てはされているが、目立つ位置なので痛々しげに見えるかもしれない。でも頭を殴られたアレクの方が私は心配だ。彼も医者に診てもらって大丈夫と言われてはいるけれど。


「とんでもない。命の恩人だよ。強かったね。喧嘩は慣れてるの?」

「いえ。人を殴ったのは生まれて初めてです」

「え?そうだったの?」

 アレクは眉尻を下げ、苦笑に似たものを浮かべた。そして一度目を瞑って、上を向いて考え込んだ。

 見慣れたアレクの癖。静かに頭の中を整理している。


「……俺の父は、いつも幼い俺を殴ったり蹴ったりしました」

 話の断片や状況から、そうだろうと思っていた。でも、アレクの口からはっきりそう聞くのは初めてだ。


「その光景が焼き付いていて……俺は暴力を見ると、頭の中も体も凍りついたようにすくんでしまうんです。

その後施設に入ったら、周囲で毎日のように暴力沙汰があって、走って逃げることはできるようになりました。お陰で逃げ足は速くなりました。

それでも今回、ハナが暴力を振るわれているのを見た時は、怒りの方が大きくて……頭も体も、いつも以上に動きました。こんなのは初めてです。

なんだか、父の呪いを振り切ったというか……壁を越えたような気分です」

 まぁ、これからも余程の状況でないと暴力は振るう気はないですけれどねと、それでもどこかスッキリしたような顔でアレクは笑った。


 私はその言葉の重みを本当には知ることができない。けれど、とてつもない重さであることは想像できる。

 言葉にならなくて、アレクの手をぎゅっと握る。大きな手で、私の両手にも余る。

 アレクは少し目を見開いた後、柔らかく笑った。


 あの時アレクが殴ったステファンは、子供の頃のアレクを父親から買い、実験にかけた組織の1人でもあった。

 アレクは奇しくも、自らの手で犯人を殴り飛ばし、決着をつけたのだ。

 長い長い、理不尽に負わされた呪いに。

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