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22 ブラの縁の行き着く先

「はい、腕と足を伸ばしたまま、床から少しあげてキープしてください」

 どうしてこうなった。


 私は今、筋トレのインストラクターである。

 美しい絨毯の上にシーツを敷き、その上にうつ伏せに寝転んだドレス姿の5、6人の女性達。

 ありえない。何というかすみません。


 温泉地で知り合ったギブソン夫人は、私達がこの街へ帰ってきてから暫く後、予定していた療養期間を終えて帰ってきた。

 そして、私へ手紙が届いた。『友人達にも背筋運動と腹式呼吸を教えてくれないか』と。

 彼女は友人に、『小さいコルセット』ーーブラを広め、コルセットの弊害である胸郭の圧迫や背筋の衰えを解消する方法もこうして併せて布教している。


 ギブソン夫人は中流階級。

 日本での『中流=普通』のイメージの意味じゃなくて、人口比が上流階級がコンマ数%、中流階級が2割、残りが労働者階級という世界で言う富裕層だ。

 その中でもまた細かくあるのだが、私の世界でも国や時代で様々だし、この世界とも違う筈だから、とりあえず『その辺り』と認識している。


 私の世界では、中流階級は上流階級を真似し追い付こうと気にするタイプの人が多かった、と資料で読んだことがある。

 しかし少なくともギブソン夫人とここにいるご友人達は、誰かに合わせて真似るよりも、自分がいいと思ったものを追求するゴーイングマイウェイな雰囲気を感じる。でなきゃ、こうして庶民の指示で床に転がらないだろう。

 ギブソン夫人の類友なのだろうか。こういう人は同調圧力がなくて一緒にいて楽なので、個人的に好きだ。



 レクチャーの後、避けたテーブルを使用人の方々が元の位置に戻してくれて、皆さんでお茶を頂く。

 えーとえーと、カップを持つときは指は持ち手に通さず、片手でソーサーを添える……だっけ?高校時代位に学校で習ったマナーを思いだしつつ皆様の手元を盗み見て真似る。

 私はこの階層のマナーなど知らない付け焼き刃ではあるが、私を招いたギブソン夫人の体面をできるだけ傷つけたくない。


「この『小さいコルセット』はいいわね。ハナのお国では皆さんこれを?」

 参加したお友達の一人の女性が言う。

 異国の名は誰しも覚え辛いものなので、『Miss瀬谷』と新たな呼び名を増やすよりはと、『ハナ』で統一して貰っている。


「はい、多くの人が使っています」

「この国でも、何で広まらないのかしら?」

「この国でも、皆様のお召しの物より廉価版で、仕事を持つ女性が手に入れやすい物をと研究してサンプルまで作った人達もいるのですが、資本などの面で製造ベースにはなかなか……」

「残念ねぇ」

 でも、こうしてまず富裕層の方から普及して認知度が上がれば足掛かりの一つになる。このレクチャーは、私からリサ達への援護射撃でもある。


「これを着てると、椅子に座って後ろを振り返る時、立ち上がらないで、体を捻るだけで振り返れるのが凄く楽!」

 うんうん。コルセットしてると体を捻る動きが出来ないんだよね。

 特に私は、コルセットを着けた動きに慣れて育ってないから、思いがけないところでガックンガックン体の動きが詰まったよ。

 ドレスも上体がぴったりしたデザインの上布に伸縮性がなくて、不用意に腕を挙げると脇がビリッといきそうで怖いし!

 今の筋トレも、腕を真上の位置まで上げ辛いドレスの方には、今は腕を下ろした姿勢でやって貰って、家ではゆったりしたシュミーズ姿でやるようお勧めしている。


「今日来ていない方にも、興味をお持ちの方がいるの。お手数ですけど、またお願いね、ハナ」

 決定事項なんですね、ギブソン夫人。

 実は少なくないお手当てを頂けることになったので、本業に差し支えがない範囲なら否やはない。

 ある意味、アレクのお財布から分けて貰うのではなく、こちらの世界で初めて自分で稼いだお金だ。凄く嬉しい。

 よし、初任給だからアレクに何かプレゼントしよう。アレクのお財布からアレクに何か買ってあげるのって、ソレジャナイ感あって抵抗あったんだよね。

 自分の尊厳をやっと取り戻したような達成感とスッキリ感に顔が緩む。



「そういえばハナ、デイヴィス男爵のことを気にしてらしたわよね」

 ギブソン夫人の言葉に頷く。

「あら、そうなの?」

「なんでも、知人の方がカーライル研究所に勤めていたとか」

 嘘ではない。私をこの世界へ運び、現在行方不明の研究所員のジョンは知人といっていいだろう。『知人』としてイメージするものにずれがあるのは否めないが。


「デイヴィス男爵は、今は別の街にいて、質の良くない男達と何度も接触しているようね」

 話題にそぐわぬ、しれっとした態度でお茶を飲むギブソン夫人に息を飲む。

 目を見開く私に微笑みかける。

「まぁ、そういう話も入ってくるのよ。世間は狭いわね。ーー彼は探しものがあるみたいね」


 探しもの。ドクン、と心臓が強く脈打った。

「ーー研究所の火事で行方不明になった人、でしょうか」

「いえ?人でなくてモノよ。何かは知らないわ。そういえば残念なことに行方不明の方がいらしたわね。確か、ジョン・ハワードと言うお名前だったかしら」

 この女性は千里眼だろうか。


「デイヴィス男爵はこのハワード氏とも、ここ数年何度も接触していたようよ。自分の出資している研究所の所員とはいえ、幹部クラスって訳でもないのに少し不自然ね。

デイヴィス男爵は実業家だけど科学の知識には疎いから、今一つ話が合わなそうだけど……意外とチェスの趣味でも合ったのかしらね?」

 全くそう思っていないと語る冷静な目のまま、ギブソン夫人は口元だけで笑みを作り、優雅にお茶を飲んだ。



◇◆◇◆◇◆


 暫く後、ブラの製造事業をしてくれる実業家が見つかった、とリサが息を切らせてうちの店へ訪ねてきた。

 製品サンプルの型紙や素材や仕立て方などへの研究開発費と、今後の販売収入も一定割合貰える謂わば特許のような権利、更に事業内容にある程度口を出せる権利も担保された契約で、破格の条件とのこと。


「私とレベッカにって話だったんだけど、これはハナの現物提供と協力あっての開発なんだから、ハナにもちゃんと分け前出すからね」

 リサの言葉に一瞬心がぐらついたが、多分それはフェアじゃない。


「ううん。私はこの研究開発に、何もリスクや労力負っていないんだよ。

リサはただの中古の小さな布3つに商機を見つけて合計110ペナも出して、仲間を見つけて、苦労して商品化できるものを作り上げた。それに対する正当な報酬なんだから、リサとレベッカのものだよ。

私はリスクを負って先の報酬に賭けるより、あの時110ペナを得ることを選んだんだから、ウィンウィンで『お互いいい商売ができた』んだよ」


 あの時のリサの言葉を引用する。

 特許だってそうだ。思い付きのアイデアだけでは特許の対象にはならない。苦労してアイデアを形にした知的財産に特許料が支払われるのだ。

 リサ達が予想以上にいいものを作り上げたからって、追加代金をせびるのは不当だ。

「ましてリサは初めから、研究開発して商品化したいと正直に話したよね。本当に、正直第一のいい商売をする商店主で、誇らしい友達だよ」


 リサが私をぎゅっと抱き締めた。

「今度下着2組縫ってあげるよ……!」

「それは凄く助かる!」

 服は古着屋で買えるけど、下着は普通は布を買って自分で縫うものだ。形は簡単なのだが、仕事が忙しい中で慣れない裁縫をやっている暇がなかったし、リサが作った方が格段に早くて上手い。

 苦労人の友達が報われるのは、とても幸せな気分になる。

 幸せのお裾分けをありがとう、リサ。




 あの筋トレお茶会で、「椅子に座ったまま後ろを振り返れる」と感動していた女性は、中流階級ながら仕事を持つ方で、正に職場の机に座っている時の経験を語っていたそうだ。

 そして仕事を持つ女性達の苦労もよく目にしていて、これは人気が出ると思った。

 しかし彼女自身は繊維業界のノウハウや動かせる資本を持たなかったので、その事業に興味を持つ伝を探し、話を持っていった。


 そしてギブソン夫人に、『小さいコルセット』の廉価版を研究開発した人がいるとハナが言っていたが、心当たりはないか、と尋ねた。

 そうして夫人はレベッカを、ひいてはリサを紹介した。権利が買い叩かれることなく真っ当な契約が結べたのは、ギブソン夫人がチェックしてくれたのが大きいようだ。


 なんだか、全てがギブソン夫人の掌の上で転がされたような気もする。

 でも、皆がウィンウィンだから、それも悪くないな、と先日再び開催された筋トレお茶会の筋肉痛で痛む背中を庇いつつ苦笑した。

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