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21 新しい仕事

 私達は、取材先から自分達の街へ帰ってきた。

 アレクのーー私達の貸本屋に着いて、アレクが淹れてくれたお茶を飲み、ほっとする。ここが『帰る』家になったのだなぁとしみじみ実感する。


 しかし寛ぐ間もなく、オリバーがやって来た。予め私達の帰る列車の便は教えてあったけど、早いな!

「君達が取材に行っている間、ガイドブックの問い合わせ多くて大変だったんだよ?!」

 垂れぎみの目を更に垂らし、恨めしそうに上目遣いで言うオリバー。

「え?! 何かトラブルがあったのか?」

「いや。言ってみたかっただけ。トラブルって程じゃないんだけどね」

 オリバーはしれっとして手帳を取り出す。


「ガイドブックへの質問やご意見その他諸々が、君らの店でなく置いてる駅やホテルに来ちゃうんだよ。メルヴィンから、うちの会社を貸本屋の窓口にするな、するならするで経費をきちんと整理して報告しろって怒られちゃった」

「世話を掛けた、ありがとうオリバー」

 アレクが労う。

 メルヴィンって、鉄道会社の予算担当のオブライエンさんか。確かに今までオリバーの柔軟さというか緩さにフォローして貰ってたけど、そろそろ整理すべきか。

 鉄道会社とうちはガイドブックに関しては提携を始めたから、いずれにせよ鉄道会社への経費報告は必要だし。


 手帳を見ながらオリバーが問い合わせ内容を報告していく。

「……あと、珍しいところでは、婦人雑誌の編集部から、ハナに旅行コラムを書いてほしいって」

「コラム?! で、私指名?!」

「兎に角連絡だけはしてあげてよ。

近年出版や雑誌が増えてるけど、中でも婦人誌が増えてるだろ?

列車網も広がったし、自転車も女性の間で普及してきた。女性が外に出ていける社会の下地が整って来てる。

そこへ旅というのはタイムリーな題材だと僕も思うよ。ていうか、うちの社の発行物のコラムコーナーで頼めば良かったのに、先越されたな」


 うちの貸本屋、でなく私指名。

 婦人誌ということで女性視点のコラムというニーズがあるにしても、店主を差し置いて私って、いいのだろうか。ガイドブックでは言語のネイティブ校正はアレクがしてくれたし。


 突然のことに頭が真っ白になっていると、アレクが言った。

「旅行、と言うことなら俺よりハナの方がずっと詳しい。ハナを指名してきたのは適切だと思う。ハナ、やってみてはどうですか。ハナの能力や可能性が、この店だけに押し込められるのは勿体ない。良いチャンスです」

「いやでも、私はあくまでここの従業員だし」

「便宜上にすぎません。フリーの編集者兼ライターという考え方でどうですか。うちの店としても、ハナがうちの店やガイドブックの仕事も並行してやりたいな、と思って貰えるよう、努力するだけです」

 まさかの全面賛成。その目は真っ直ぐだ。


 ーーそうだ。これは私自身がアレクに伝えた要望だった。

 自立するまで半年から一年。あれから4ヶ月近く経っている。半年をゴールとすると、そろそろこの店の外にも目を向け始めなければならない。

 元々この店には職業訓練として置いて貰っていたのだから、仕事を掴める、今後に繋げる可能性のあるチャンスは逃す訳にはいかない。


 勿論、この店の従業員でもある以上、その仕事を疎かにする気はなく、並行する。それにコラムや雑誌を通じて、この店やガイドブックの宣伝になるかもしれない。

 決して、今まで働かせてくれたアレクに仇で返すようなことはしない。


 ずっと思っていた。日々楽しく笑って過ごしながらもずっと心に刺さっていた。

 アレクを、私という負担から解放したいと。


 アレクの庇護の下ではなく、互いの負い目や経済的不均衡に邪魔されない、対等ないい関係をアレクと築きたい。

 早く一人前になって、アレクの厚意でこの貸本屋の中でアレクの資産を分けてもらうのではなく、『外貨』を稼いで、これまで一方的に与えられたものを還したい。

 それは強い願い。恐らく人間誰もが持つ、尊厳や人格のような根幹のものだ。


 私も覚悟を決め、アレクに頷いた。

「…分かった。連絡取ってみる」




 それからトントン拍子にコラム掲載が決まった。コラム担当編集者の女性の話によると、以前、人気女性作家さんがうちのガイドブックを誉めてくれたのをきっかけに私を知ったそうだ。

 次に繋がるかは今回の出来次第。……と思うと過剰に怖くなってしまうが、アレクの言葉を思い出す。

 商売は上手く行くときも行かないときもあってこれはその一つ。囚われすぎて萎縮しないように、リラックスして自分の力を出しきろう。


 旅行好きにとして、『旅を仕事にする』旅ライターは憧れの一つではあるけど、私はまだこちらの世界は沢山旅行はしていない。いずれそういうこともできたらいいな、と夢が膨らむ。



◇◆◇◆◇◆


 それから、温泉地のお菓子を手土産にリサの古着屋へ行き、お針子レベッカとも合流しお礼を言った。

 グリーンバレー温泉でギブソン夫人と会ったこと、リサ達のブラのお陰でご縁が持てたことを話す。富裕層且つ長く滞在している方の視点の話を聞けて、取材に役立った。


「ごめんハナ!ギブソン夫人怒ってた?!」

 『背筋筋トレ』の正しいフォームを夫人に実地に教えたくだりで、レベッカが顔を引きつらせた。

「いや、怒ってる感じじゃなかったよ。レベッカもご自身も初めて知る運動だから、お互いよく分からなくて仕方ない、とさらっと飲み込んでいるみたいだった」


 ギブソン夫人は、『何だか効いてない気がするけど、レベッカが嘘を教えるとも思えないし、そんなメリットもない。何かズレているかもしれないから、情報の原典を当たってみよう』と私に声を掛けた感じ。

 とても現実的な人だ。実業家として培った視点と行動力だろうか。


「それにしても、『小さいコルセット』がそんなに完成度高いところまで行ってたとは知らなかったよ」

 リサが眉尻を下げる。

「完成品が出来た頃は、丁度ハナが2冊目のガイドブックで忙しくなって目の下に隈作ってた頃だから。そういえば見せたことなかったわね」

 そうか、あの頃か。今作ってる3冊目は、発行まで1ヶ月とかあそこまで無茶なスケジュールじゃないので多少余裕があるが、タイミングを逃したようだ。


「ギブソン夫人が着ているのは、オーダーメイドの方?」

「うん勿論。ご要望も受けて何枚も作ってる。あと、ギブソン夫人がクチコミで広めてくれてて、ご友人からも注文が入ってる」

 直接縫っているのはレベッカなのだろう。誇らしそうだ。


「働く女性向けの、既製品の廉価版はどうなってる?」

 リサとレベッカは顔を見合わせた。リサが諦観を込めた苦笑を浮かべ言う。

「大中小の3サイズでサンプルは出来て、あちこち営業はしているんだけど。生産してくれる業者と資本が見つからなくてね。欲しいって人は沢山いるのに」

 あー……それは残念だ。オーダーメイドの方は上手くいっているし、ニーズはあるだろうに。


「結局のところ、労働者階級の女性の働きやすさのために動いてくれる企業と資本と政治がないのよね……私達自身の現状じゃ、それだけのお金と力を絞り出せる例は稀よ」

 労働者階級女性として、私達の中で一番苦労歴の長いリサの言葉は重い。本人の実力や努力と別の次元の、社会の構造的欠陥の問題なのだ。

 うーん。実力や理性でなくコネや感情で動く分野は苦手だ。


「まぁ、まずはオーダーメイドよ。とりあえず稼げるところで稼がなきゃ。富裕層へこの『小さいコルセット』の良さがアピールできれば、足掛かりになるかもだしね。

レベッカ以外のお針子からも、型紙を教えてもらえないかって打診が来てるの。少しずつ、話題になってきてるみたい」

 リサは笑って見せた。

 頼もしい。何とか力になれないかなぁ。

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