17 温泉旅行
ゴトトン、ゴトトン……
今私はアレクと列車に乗っている。この世界の列車に乗るのは2度目だが、別の緊張がある。
「ハナ、大丈夫ですか」
「うん、アレクこそ大丈夫?」
間近にアレクの金色の目があって壁ドン配置。落ち着かないことこの上ない。
「俺はいいんですが、ハナには辛いでしょう。やはり一等車にするべきでした」
「いや、私が二等にって言ったんだし。付き合わせてごめん」
一等車は上流階級も乗る位なので割とゆったりしていて綺麗だ。二等はこの通り、庶民がぎゅう詰めだ。
今は壁を背にした私に向き合う配置でアレクが壁に手をついて、背中からの圧力を支えてくれている。幸いと言うか、アレクは背が高くて私の目線は鎖骨辺りだ。あのイケメンと同じ顔の高さで正面から向き合ったら心臓に悪い。
「それに、私の国の満員列車の方が凄かったよ。こんな隙間なんかなくて、見知らぬ同士密着してぎゅうぎゅう押し込まれて。一時間以上、毎日往復」
「奴隷船ですか」
アレクが突っ込む。まったくだ。
ここではまだ鉄道の黎明期で、やっと庶民が通勤に列車を使うようになって間がない。まだまだ快適さには程遠い。蒸気機関車なので煙も入ってくる。
「ほんの3駅だから大したことないよ。アレク、腕辛いでしょう。力抜いて私に寄っ掛かっていいよ」
「いやそれは流石に」
アレクが苦笑いする。
以前アレクと3駅隣の温泉地へ日帰り旅行をした時は、カーライル研究所が経費を持ってくれてので、一等車に乗った。
今回は、自分達持ちなので二等車。
今回私達は、ガイドブック第3弾として、3駅隣の温泉地のガイドブックを作るため取材の旅に来ている。
私達の貸本屋は、自分達の街のガイドブックとして、パイロット版のパンフレット、続いて本編となる冊子を作った。
うちの街は観光地としては規模が小さく、3駅隣の保養地であるグリーンバレー温泉に来る客が足を伸ばして来るケースが多い。
そこで、鉄道会社の協力をとりつけ、グリーンバレー駅や鉄道が所有するステーションホテルにこれらガイドブックを置いて貰った。
評判は上々。沢山買い取りで置いてくれた鉄道会社も、及第点と判断し『次』は提携して資金提供をすると提案してきた。
そして鉄道会社が指定してきたのが、『次』はこのグリーンバレーの温泉のガイドブックを、ということだった。
鉄道会社内部の話し合いで、片方がもう片方の駅の宣伝をするだけではバランスを欠くので、相互に宣伝し合うことになったらしい。
私達としても、近くて人気ある土地なので次に狙うには妥当な線だ。
でも元々グリーンバレー温泉はここらで一番人気の観光地で、ガイドブックもいくつか出ている。今更うちが作ってニーズがあるのか、と懸念もあったが、鉄道会社はうちの作風をお気に召しているそうだ。
この国の大手ガイドブックは未だ男性編集者に偏り男性視点が強く、興味の方向性や情報が偏ったり、無自覚の女性蔑視が透けて見えたりして女性に受けが悪いそうだ。
女性旅行者はどんどん増え伸びしろが大きいのに、それに合わせた受け皿作りに手をこまねいていたとのこと。
ところが、ある富裕階級の女性作家がうちのガイドブックを取り上げ誉め称えてくれたそうだ。
『読んでいて、女性が理不尽に叩かれたり疎外される部分がなく、ほっと安心して読むことができた。そして蘊蓄で威圧したがるのではなく、質の高さと親しみやすさという相反すると誤解されがちなものが共存している。
表紙に花のスタンプがついていたのも手に取ったきっかけだ。花=女性、と古典的に捉えるつもりはないが、対象読者として私達が排除されてない、私達にウェルカムと声を掛けてくれているかのような安心感があった。それ程に、私達はこのような本に飢えているのだ』
ありがたいお言葉である。
そして、そんな本を期待してくれる人達の信頼に応える本を作りたいな、と気持ちを引き締める。
レベッカ達お針子さん達の情報協力も良かったのかもしれない。今度お菓子を持って行こう。
それにあの花の芋版画、押して良かった。粗悪な類似品との差別化のため、初めのパンフレットと同様、第2弾でもトレードマークとして同じ花のマークを入れたのだ。今後も入れていくといいかもしれない。
「グリーンバレー。グリーンバレー」
ひときわ大きく車両が揺れて止まり、ぎゅっと押し潰される。私達は若干ヘロヘロした足取りでタラップを降りた。
取材のため、まず鉄道会社の持ち物であるステーションホテルへ行く。話が通っていたようで、すぐ担当者が来て打ち合わせスペースへ案内され、このホテルや街などについて取材に応じてくれた。
そして荷物を預け二人ですぐ街へ出る。
この街は私達の街より華やかで、上流や中流などの富裕階級の保養地でもあるので色々豪華だ。
上流階級の方々は南国や秘境まで海外旅行に行く人もいる時代だし、国内旅行も親戚や知人の屋敷に招かれたりもするから、ここでホテルに泊まるのは中流階級が多いように見える。庶民は日帰りが多いかもしれない。
前にアレクと来た時は日帰りで、翌日には元の世界に帰るという旅の最終日だった。この温泉の歴史や、この保養地を題材にした小説について話してくれたっけ。
結局帰ることはなく、今こうして、一緒に仕事をする仲間として同じ場所に立っている。
「ここに来る前に他社のガイドブックを読んで予習してきたけど、アレクが話していた、ここを舞台にした小説の切り口の紹介はなかったね」
「成程、そういう切り口も面白そうですね。人気作家の作品なので知っている人も多いし、結びつけると興味を引かれるかもしれません」
今日は私もアレクも一番いい服を着て来た。アレクは癖のない艶やかな黒髪の前髪を上げてセットし、金色の目がより印象的で、明るい色のスーツに褐色の肌が映える。いつもと違うアレクにたじろく。イケメンめ。
街にいくつかある温泉施設や店やホテルに、取材をしたり、すぐが無理なら後日の取材のアポを取ったり、調査がてらレストランに昼食に入ったりして、あっという間に午後も遅くなった。
「散策道も見ておかなきゃいけませんが、今日はもう遅いかな」
「散策道はいくつもあるから、今日は1本だけ歩いて、あとは明日でどう?」
「そうしましょう」
こちらの人々が温泉に来るのは娯楽より健康療法の色彩がある。なので、いい空気を満喫するためいくつも散策道があった。
風光明媚な自然や遠景の街、道沿いの花壇などが綺麗だ。早いものでもう秋だ。私がこの世界に来た時は初夏だったのに。
道沿いの木々は紅葉する木が多く目に鮮やかだ。この道は秋がお勧めと紹介しよう、と心にメモ。
木を見上げた視線をふとずらすと、空が暗く雲が厚いのに気付いた。雨が降りそうだ。温泉街へ戻るまでは持ちそうだけど。
あれ。木影に座っている人影が見える。
近寄ると、17、18歳の女性だった。まだ少女と言えるだろうか。ドレスは新しそうで、富裕層に見える。
私達を見つけて一瞬すがるような目をしたかと思うと、さっと目を逸らしてしまう。
「何かお困りですか?私達がお手伝いできますか?」
少女はアレクの言葉に俊巡した後、おずおずと口を開いた。
「散策していたら、転んで足を痛めてしまって……」
「お連れの方は?」
「その……一人で……」
目を逸らす。
状況が分からず、アレク達のやりとりから推測を巡らす。
えーと。年齢か階級か場所的に、一人歩きは推奨されない立場なのかな?こういう文化は複雑でよくわからない。で、通りすがりの人に助けを求めていいか迷っているということかな?
そもそも、私は外見やドレスを見てもその人の階級が分からない。この時代、上流階級の女主人がお古を女性使用人に下げ渡し、それが古着屋を巡ってやがて中流階級、労働者階級が着るようになる。
ドレスのデザインは意外に階級を縦断しているのだ(ここで言うドレスはワンピースタイプの訪問着や日常着で、舞踏会に行くようなドレスではない。それは今の所お目にかかったことがない)。
流行に遅れている程下の階級、という目安はあるけれど、私は未だ流行がよく分からないので、精々、富裕層か庶民かの大雑把な見当しかつかない。
アレクと少女は、階級や状況の背景を理解しているように見える。……こういう時、自分が異邦人だと、力不足と微かな疎外感を感じる。
「俺が走って家の方を呼んできましょうか」
「でもこの散策道の端までけっこうあるから、その前に雨が来るかも。肩を貸せば歩けますか?」
私が訊くと、少女は頷いて立ち上がるが、顔をしかめ、相当痛そうだ。
アレクは少女の前に跪いて見上げ言った。
「失礼ですが、抱き上げてもいいですか?それが一番早いかと思います」
少女は一瞬固まって、それからぎこちなく頷いた。耳がちょっと赤くなっている。
アレクがふわりと抱き上げる。それに合わせて私も少女のスカートの裾を整えてあげる。
そして3人、早足ぎみに散策道を戻る。少女は顔を赤くし眉尻を下げ、一杯一杯な顔をしている。
満員電車に乗る訳でもない深窓のお嬢様なら、見知らぬ殿方とこんなに接触する機会はなかったかもしれない。それに、怪我して通りすがりの人に搬送されるのは、大人でも不安だよね。
とりあえず気が紛れるよう、この保養地はここが良かった、貴女はどこが気に入ったか等々、旅行者同士の世間話として定番でプライベートに踏み込みすぎない話題を振って、おしゃべりを続けた。
温泉街へ戻った頃雨がぽつぽつ降りだした。彼女を探していた使用人の方達と合流することができ、無事彼女を託すことができた。少女も使用人も何度もお礼を言ってくれた。
名前を聞かれたが、当然のことをしただけだからと答えなかった。アレクは本当に親切で優しい。
「よかったねぇ」
「そうですね」
「アレクお疲れ様。親切で格好良かったよ。結構距離あったし疲れたでしょう」
「いえ、軽かったしそれ程でも」
小雨の中、俯きぎみになり早足でホテルへ戻る。俯いているから、隣にいるアレクの表情は見えない。
ーーアレクと少女に恋が芽生えた、と考えるほど恋愛脳ではない。可能性で言えばゼロではないだろうが、短絡的過ぎるしそういった妙な決めつけは失礼だろう。私だってそんな決めつけされたら怖いし嫌だ。
ただ、光景が目に焼き付いているのだ。
髪や服をきちんと整え、綺麗な若い少女の前に跪くアレクは絵になっていた。
それを抱き上げた姿も。
そして、異邦人の私と違う世界を共有している存在。
……私はあんな風にアレクには似合わないなぁ、と噛み締める。
当たり前で分かりきったことだ。頭を一つ振る。
だから、胸が重い気がするのは、雨で体が冷えたせいなのだろう。きっと。




