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11 ハナ(アレク視点)

 ハナは、異郷での生活も瞬く間に慣れた。

 この街へ来た日と同じように、未知のものに出会っても、膨大な知識を基に最も可能性の高い推測を導きだす計算をしているため、最短距離で答えに辿り着くのだ。

 そして謙虚に他の文化を受け入れる一方、卑屈になりすぎることもない。大人のバランス感覚のある人だと思う。


 オリバーとの初めての顔合わせの時も、礼儀正しくもきちんと自分の意見を述べた。

 ハナの能力や長所が出ていて興味深く、つい調子にのって水を向けたら、やはりどんどん魅力的な意見を出していった。

 意見の内容を聞きたかったのも事実だが、ハナが自分自身を発揮できるのが嬉しかった。

 アレク達が彼女をこの世界へ封じ込めることで、彼女は、向こうの世界で積み重ねてきたスキルや力を発揮できる場を奪われてしまった。

 少しでも、失ったものを取り戻せるようになってほしい。



◇◆◇◆◇◆


 ハナは綺麗な人だ。アレクはそう思う。

 子供の頃はハナの姿形を「変」だと思ったことを記憶している。性別も年齢もよく分からない程だった。

 あの事件がきっかけで、生まれ育った村を出てこの街へ来て初めて、他の国の商人を見かけるようになった。異国にはああした姿形の人が沢山いると知り、次第に見慣れていった。

 そうして大人になって再会したハナは、エキゾチックで綺麗な大人の女の人に見えた。人の認識とは不思議なものだ。

 とはいえ、23となった自分より年下だろうと思っていたので、4つも年上と知った時は驚いた。

 身長はやや小柄とはいえ普通の成人女性位で、むしろ先代より背が高い位だが、顔立ちも肉付きも薄いのでもっと幼……いや若く見える。

 一度口を開けば、優れた知性をもつ立派な大人と疑いもないのだが。濃い色の目は初めはつぶらであどけなく見えたが、今は知性の深みを感じるものとなった。


 ……ハナは多分、元の世界に親密な関係にあった男はいない。少なくともこちらに来た時点では。いたらもう少し気にかけるだろう。

 ……勿論だからといって、自分がその位置に収まれると思う程自惚れはしないが。

 元の世界では自身の才覚で稼ぎ、アレクより豊かな衣食住の生活を送っていた。優秀で、慈悲深く、好奇心旺盛で、生命力に溢れている。

 アレクから見れば高嶺の花のような存在と言える。

 ましてアレクの恩人で、アレクのせいで沢山のものを失ったーー。

 重いため息を吐く。全く手の届かない人だ。


 ハナがアレクを好意的に思ってくれていること自体は疑っていない。ハナはポジティブな気持ちを示すことを惜しまない。

 でもその好意は、期待したくなる方向性のものではないことも理解している。友人や家族のような親愛だ。

 大家兼雇い主である自分に勝手に勘違いされては、女性にとって大変恐ろしいことだろうからそういう真似はすまい。

 自分も友人や家族のような気持ちを返していきたい。



◇◆◇◆◇◆


 日々の中で思う。ハナは毎日とても頑張っていて、それを労いたい。

 ハナが喜ぶものを何かあげられないだろうか。

 女性だと何を喜ぶのだろう。先代も女性だが、食にこだわる人だったので、調理器具や珍しい食材など贈る物に困ったことがない。


 ハナと買い物に出た時に何か欲しいはないか訊いたら、『ビーツ』と答えた。

 ハナの世界にもある野菜だがハナの国では珍しく、生の実物を初めて見たと目をキラキラさせて言った。

 ……食料品の買い物の時に訊いたのが悪かったようだ。ハナは先代とは違う筈だ……多分。


 別の日に家にいる時に欲しいものはないか訊いたら、『漆喰』と答えた。

 掃除していて壁の漆喰の剥がれが広がりそうな所を見つけたので、修理の仕方を教えて欲しいと。

 ……アレクにやってもらうより自分で覚えたいと言うので、修理の仕方は喜んで教えた。しかし……この、そうじゃない感は何だろう。


 パンフレットの企画書の相談をした時。ハナとオリバーの親しげな話し方にドキリとした。

 アレクは未だハナに敬語を崩せないでいる。ハナは崩していいと言ってくれるが、恩や負い目があるし年下なことが自分の中で引っ掛かっていて、なかなか変われない。

 オリバーに対しては、年上とは思えない子供っぽさがあるのと本人が望むのでアレクも砕けて話しているが、ハナは別だった。

 ハナがオリバーの後ろ姿を熱っぽい目で見送っていたのを見て、ひょっとしてハナはオリバーが気になるのだろうか、と思ったら、何だかモヤモヤした気分になった。


 オリバーは女性好みの優しい顔立ちだし、お調子者なところはあるが憎めない程度の範疇で、気さくで明るいと街の人に受けもいい。

 ……年回りもハナと近い。どうせ時間がずれるなら、アレクもハナより年上になって再会したかった。そうしたらハナはもっとアレクを頼ってくれただろうか。


 ……いや。

 自分の思考が歪んだ所に入り込んだことに気づいてアレクは首を振る。そう思ってしまうのは自分の醜い支配欲に過ぎないだろう。

 年齢に関わらず、ハナが誰かに頼りすぎ依存している姿は想像できない。協力や尊重はよく知っていて大切にする人だが、依存や搾取は毅然と否定する。あの澄んだ心根は歪むことがない。

 安易に依存で縛ろうとするのではなく、依存や利害のような歪みがなくても、お互い尊重したい、大事にしたいと思える存在になることが正解なのだろう。それを目指したい。


 パンフレットを作るためにハナは随分走り回った。今回は利益は殆どないのに、昨日も遅くまで作業していた。

 その苦労を労いたい。そして……何かハナが喜びそうなものをあげたい。

 ハナに訊くと、食べ物や家の修理など、アレクとハナ両方に必要なものを挙げてしまう。

 きっと装飾品は喜ばない。ただでさえ、アレクに金銭的負担をかけていると気にしているのだ。自分の腕時計を売りたいので良い買取店を教えてほしいというので慌てて止めた位だ。

 貰って却って負担になるようなものでない、でも実用一辺倒でなく嗜好品寄りで、アレクよりハナの好みに合うもの……


 大人が好む嗜好品と言えば酒だが、ハナは下戸だ。大陸の東の人は酒に弱いと話に聞いたことはあるが、コップ半杯のエールで倒れかねない体質だと聞いてアレクは驚いた。世界は広い。そんな人もいるのか。


 ハナは甘いものは好んでいた。それなら、とココアを買った。上流階級の屋敷の者も買いに来るという、混ぜ物がないものを。

 ココアを入れた鞄を何となく上からそっと押さえて、暗くなった街を家へと向かう。家に待っている人がいるという感覚も、先代が隠居して以来久しぶりだ。

 ささやかだけれど、きっとハナは、宝石を贈られるより喜ぶと思う。ココアはこの街でどの位一般的か、などと興味津々に訊いてくるのが目に浮かぶ。

 そんな存在が、眩しく感じられてならない。


 お読みくださりありがとうございます。

 この回で一番苦労したのは、ハナが欲しがる野菜です……。

 初めは、白アスパラガスで考えていました。

 しかし調べると、アスパラガスは、紀元前は地中海地方で野草だったものの、中世西欧では大変高価で富裕層のもので、19世紀から栽培や白アスパラ(それまでは緑)が広まりだしたものの庶民の手に届くのは19世紀末のようで……。当作品でイメージしている地域と時代では高級品の恐れがあると分かり、話に合わないので止めました。

 次にネギ(リーキ、ポロネギ)を考えました。ポロネギのスープは古くから西欧の広い地域で庶民に親しまれていて、これならいけると思ったら……旬が1、2月頃と分かり、作中は初夏なのでこれも諦めました。

 芽キャベツ、チコリ等々延々調べ続け、ビーツに落ち着きました。作品にするとほんの2行の記述の背景には、死屍累々の調べ物があります……

 創作作品ですし、沢山嘘ーーというか創作した設定や描写も書いているのですが、気になり出すと止まりません。それもまた、小説を書く楽しみです(^^;

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