09 食堂
店に入ると、椅子に座って厨房と雑談していた十代位でまだ高校生位の印象の男の子がすぐ気付いて席に案内してくれた。
「こんにちは。ご注文はお決まりですか」
「以前この辺で魚料理を食べたんですが、それ以外でこの土地の名物ってありますか?」
「そうですね……」
観光客に慣れてるらしく、すぐいくつか挙げてくれた。
「それは他の土地にはないものなんですか?どんな特徴が人気なんでしょう」
「えっ……?あー、ちょっと聞いてきますね」
彼は困惑した顔になって厨房に引っ込んだ。
うーん、そこまで聞く客はあまりいないのか。ごめん。
「説明できる者が今は手が離せないんですが、ご注文の料理を用意してお持ちする頃には来ます。それでいいですか?」
なんと。思ったよりとても丁寧な対応してくれた。
「ありがとうございます。お手数掛けてすみません。じゃ先程のお勧めをお願いします」
アレクに貰ったお小遣い兼経費。今まで殆ど使ってないから足りるよね。
待つこと暫し、料理を持って20歳前後の女性が席にやってきた。さっきの男の子と少し似た面影なので姉弟かもしれない。
「この店のシェフでジェイダって言います。料理のことで聞きたいことがあるとか」
白い帽子とエプロン。髪はブルネット……深い焦げ茶色で、真っ白の帽子との対比が鮮やか。前髪をほつれなく上げて真っ白な綺麗な額を出し、後ろはきちんと結い上げていて清潔感がある。
私よりずっと小柄で150cm位、健康的にふくふくした女性的な体格はぱっと見かわいい感じだが、きっぱり太い眉とチャキチャキとした口調が力強い生命力を感じさせ、しっかり者な印象だ。
それにしても若い。思わず瞠目してしまった私の視線に気付いたようで目を眇めて言う。
「メインのシェフは母だけど厨房を離れられないので。料理のことは私でも答えられるよ」
「失礼しました。お時間割いてくださってありがとうございます」
英国のヴィクトリア朝では料理人は大抵女性で、男性のプロの料理人は大きめの屋敷ですら僅かだった。
女性なのは驚かないが、こんなに若いとは。いや、成人扱いの年齢が若い社会だし珍しくはないのだろうか。
2階へ上がる宿のフロントのようなスペースにいる年配男性が父親かな。弟らしき男の子と背格好が似ている気がする。
皆さん髪はブルネット。
ブルネットという言葉の定義はばらつきがあるけど、栗色から深い焦げ茶位を指すことが多い。黒髪まで含めることもある。
この街はダークカラー…ブルネットや黒髪が大半で、金髪のような淡い色は2割位かな?赤毛は殆ど見ない。元の世界のヨーロッパとある程度比率が近い気がする(私調べ)。勿論国や地域によって大きく違うけど。
「名物の由来や特徴……うーん。あ、食べながら聞いてよ。熱い方が美味しいから」
小気味いい口調で、私の向かいの席に斜めに座りながら言う。私は曖昧に笑って話の先を促す。話をさせて自分だけ食べるのは失礼だろう。
「本当に食べて。それ、折角私が美味しく作ったんだから」
わざと大袈裟に睨まれて、お言葉に甘えて、と口にする。
「このジャガイモのパンケーキは、外がカリカリ中がふっくらして美味しいですね」
「だろう?」
嬉しそうに胸を張る。自分の仕事に誇りをもってて格好いいなー。そして破顔した笑顔が輝いてて、何というかこう、吸引力がある。
「その歯ごたえにするレシピはうちの秘伝だよ。この辺は何度も飢饉があったから、麦だけじゃなくてジャガイモも結構作っててね。このパンケーキ自体はこの街以外でも結構あるんだけど、この街独特っていうとそのソースだね」
「これは……茸?」
「そう。その茸は街の南の林で採れて干すと香りと旨みが強くなる。それがパンケーキによく合うんだ。結構癖があるからその上にかかってる生のハーブの爽快な香りと合わせる」
「成程、成程」
もりもりと口に運ぶ。温かいからこそ香りが口一杯に広がる。これは確かに熱いうちに食べないと料理に失礼だ。
もう一つの料理にも手を伸ばす。……これは!
「この皮は小麦粉を練ったもの?」
「そう。皮の中身は肉と野菜、茸とマッシュポテト、新鮮なベリーの3種類だから、どれが当たるかは食べてのお楽しみ」
餃子だ!餃子がいるぞ!
……いや、多分餃子じゃないけど。
小麦粉を練った皮に具を入れて加熱した、餃子のような料理は世界のあちこちにある。
ロシアのペリメニはモンゴルから伝わったと言われていて、小さくて帽子形。スラブ諸国やバルト諸国のピエロギは平たい半月型。チベットのモモ、トルコやコーカサス地域や中央アジアのマンティ、イタリアのラビオリ……もっとあった筈。
加熱方法はポピュラーな順に、茹でる>>蒸す>揚げる>焼く ……な気がする(私調べ)。水餃子っぽいのをよく見かける。
この料理は、私が知っている中ではピエロギに近いような。餃子より皮が厚目でもっちりして食べごたえがある。
「少し似たものを食べたことがあります。その土地では、これをお湯で茹でていました。たまに油で揚げたのも売っていて」
「そう、普通そうだよね。この土地では焼くのもあるんだ。茹でたときのつるんとした喉ごしもいいけど、パリッと香ばしい皮もいいだろう?」
見た目はまさに平たい焼き餃子。具はバラエティーに富んでいるけど。
「あ!これ茸と思ったらベリーだった!甘い!」
「そういうのが楽しいだろう?この街では仲間内の集まりの時なんかの遊びでね、一個唐辛子入りのを混ぜておくんだ。『当たり』を引いた奴は一杯奢ってもらえる」
手振り身振り入りで哀れな犠牲者と、それを笑いながら慰め奢る周囲を演じるジェイダは話上手で、パーティーの楽しい雰囲気が想像できた。流石客商売。
ロシアンルーレット餃子みたいだな。
フォーチュン・クッキーやガレット・デ・ロワとも似ている。
おみくじ入りの中華街のクッキーのフォーチュン・クッキー。丸いガレットを切り分け小さな人形が入った一切れに当たった人がパーティーの間王冠をかぶり女王や王様の役になるガレット・デ・ロワ。
人間、古今東西考えること同じだな!
こういうのが旅の醍醐味でワクワクする。世界を知るのは、本当に楽しい。
あまり「名物」を絞りたくない。一部の店だけしか扱えない料理だと、同業者や紹介した私達に軋轢が生まれかねない。
それに、魚の需要が増えて乱獲して湖から魚がいなくなったら、餌にしてる鳥達や後世のこの街の子孫達に申し訳が立たない。
ジャガイモや小麦粉をメインにした料理なら、割とどの飲食店でも扱いやすい。主食の作物だから量的価格的に手に入りやすいもんね。
そして旅行者側にとっても、お財布事情に合わせてバリエーションある価格帯だとありがたい。食事ほどお腹すいていない人もスイーツ餃子は軽食としても楽しめる。
旅する人は色々な人がいる。それぞれの形で楽しんでくれるといいなと思う。




