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南ヤーマーナ村

 オレ《ゴトー》は、ゴブリンの魔の手から救出したアマンダを《南ヤーマーナ村》へと送ってきたのですが……なにやらきな臭いことになりそうです。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 オレは今、南ヤーマーナ村の中を進んでいる。


 異世界の村……イメージしていた通りだなあ……。


 肩ほどまである木の柵にぐるっと囲まれたのどかな農村。

 木造の家が……20軒ほどか。北側に密集して家が並ぶ。

 ほとんどは平屋だなあ……。

 あ、長屋もあるから……30戸ほどかな? 

 ところどころ補修の跡が目立つ。


 アマエラからゴブリンに襲われた事は聞いていたが……結構手酷くやられたようだ。

 もう真夜中だというのに、家の奥からオレの方を観察する数多くの視線を感じる。

 門番をしていた二人もだが、村全体に「警戒」の空気が漂っている。

 

『この村は……魔物に襲われる機会が多いのですか?』


 先導するヤゲンとロップに問いかける。


「いえ……こんなに大規模に襲われたことは……少なくともオレが生まれてからは初めてのことです……何人も犠牲になってしまいました……。」


 年長のヤゲンが答える。


「オレは……森の中でゴブリンに出くわすことはあったけど……あんなに大量のゴブリンが村の中まで襲ってくるなんて……」


 若いロップが忌まわしそうに続けた。


「大体……今頃になってようやく王都の兵が一人だけ来るなんて……何を考えてんだよ偉い奴らは!」


「ロップ!」


 不敬罪丸出しの激情をぶつけるロップをヤゲンが制す。

 なんてゆーか、領主の兵士と領内の村民のバランス感覚がわからんが、場合によっては今の発言だけで兵士に切り捨てられてもおかしくないのかもしれない。

 まあオレ、偽物なんだけどね。

 元々小市民のオレは、どっちかと言うとロップの気持ちの方に感情移入出来るタイプだ。


 だから鷹揚に頷くことで二人に「構わないよ」という空気を伝えた。

 それを察してロップがさらに捲し立てる。


「それにゴーレムだかなんだか知らねえけど、そんな珍妙な格好をした犬ッコロなんて役に立つもんかよ!」


 あ、『ハチ』がディスられた。


 しかし『ハチ』はロップに全く興味を示さずに、村をキョロキョロ見回しながらアマンダの足元でスリスリして“へっへっ”やってる。


 どっちかって言うとアマンダの方が……可愛い『ハチ』を「珍妙な犬ッコロ」呼ばわりされたことが腹に据えかねたらしい。

 ありゃあ……氷のような冷たい視線でかなりピキピキきてるぞロップくん。

 

「……アマエラだって!……王宮の兵士になったクセに、村が大変な時に何の連絡も寄越さないじゃないかよ!」


 あー、ロップくん……アマンダの怒りの火種にさらなる燃料を投下しやがったよ……これが若さってものか少年よ……。


「それに……アマンダが拐われて……アイツらに酷い目に遭わされるかと思うと……オレは……夜も眠れないほど怖くて!悔しくて!……本当に……無事でよかった!……。」


 明らかに熱を帯びた表情と温度の上がった声でアマンダを見つめてロップが言う。


 お、ロップくん。

 キミ……あれだね。

 ひょっとしたらテンプレートな幼なじみに恋心ってヤツじゃないのかね。


「オレ達は……生まれた時からずっと一緒にいたから……オマエがいなくなるなんてオレは……堪えられなかったんだ……。」


 コイツ……マジでテンプレじゃないか……ニヤニヤ。


 それにしても、お年頃の少年は……全部が全部「オレは」「オレが」だ。

 おっさんにも覚えがあるけどねぇ。


 それじゃあ嫌われちゃうよー? 


「同じ年なだけでずっと一緒にいたワケじゃないですけどねぇ~……あ、それからロップ。私には名前があるのだから、“オマエ”呼ばわりはやめてって何度も言ってるでしょ……。」


 少年の情熱に無感動の冷たさで返したアマンダが、バカを見る目でロップに釘を刺す。


 ……容赦ねえな……。


 思わず苦笑いしそうになって二人の表情を見比べてしまった。

 耳まで真っ赤にしてるロップくんに見向きもしないアマンダちゃん。

 やれやれと言わんばかりに首を振る年長者のヤゲン氏。

 ありゃあ……これは厳しいねえ。

 頑張れ……少年。


 バッサリいかれたロップくんに心の中でエールを贈りながら進んでいると、集落の奥に一回り大きな家があるのが見えてきた。


 わかりやすいな……あれが村長の家だろうなあ。


「あちらが村の長のタミル様のお住まいになります。タミル様にお声掛けしてまいりますので、こちらでお待ち頂けますでしょうか。」


 そう言ってヤゲンが村長の家に入っていった。


 残されたオレに色々と村の説明をするアマンダは、完全にロップくんに背を向けていた。


 オレの方だけを向いて、助けて貰ったことを改めて大袈裟なくらいにアピールする。


「私が殴られて拐われる時だって村の男は誰も助けてくれなかったんですよぉ」


「こんなに可愛いゴーレムまで本当にありがとうございますぅ!」


「王宮のお仕事でお忙しいアマエラお姉様にも、心配をかけずに済んで本当に感謝していますぅ……」


 ロップへの嫌味を込めつつ、オレへの感謝の言葉を畳み掛けるアマンダ。


 無視されつつ否定されたような状況で背中がプルプルするロップくん。


 あー……ロップくん……泣いてるなーこれ……。


 居たたまれない空気が流れる中、家の中からヤゲンを伴って村長であるタミル老が姿を現した。


「……アマンダ!……無事だったのかアマンダ!」


 少女の無事を喜ぶ、しわがれた声の奥には確かな愛情の温もりがあった。

 その目に浮かんだ涙には「守ってやれずにすまなかった」という思いが見えるようだった。


「タミル様……!」


 アマンダも涙と共にタミル老の懐へと飛び込んで行った。


 血の繋がらない後見人の老人と拐われた少女の再会は、年の離れた親子の愛情のような感動があった。


 助けてあげることが出来て……本当に良かったなあ。

 オレも娘を持つ身だから……思わずグッときた。

 

「あなたがアマンダを……この子を助け出してくれたのだとお聞きしました。兵士様……本当に……なんとお礼を申して良いのか……」


 あー、いや……実はオレは()()()なんすよねー……。


『当然のことです。お気になさらずに。個人的には亜人の襲撃の際にこの場にいれなかったことが悔やまれます。』


 当たり障りのない答えを返しつつ、もしオレがいたら亜人を撃退できた、という可能性を示唆する。


 ピクリ、と片眉をはね上げて、孫のような少女の無事を喜ぶ好好爺からコミュニティの長の表情へと変わる。


 その変化を見届けてからオレは続けた。


『……私はケウシプスの誇る《紫》の部隊長であるアマエラ・ポリーシュの代理として来たのです。《ゴトー》と申します。』


 アマエラの名を聞いてタミルも二人の村人も息を飲んだ。

 彼女が高名な六曜部隊の部隊長であることは村人には知らされていない。

 これを告げることはアマエラとの打ち合わせ通りだ。


『アマエラ・ポリーシュは秘匿性の高い任務に当たる重要な存在であるため、代理として私を寄越しました。この事実は、出来ればお三方を含め、この村内だけで留めて欲しく思います。彼女の任務の性質上、出自の漏洩はこの村の問題となる可能性に心を痛めていたことはお伝えしたい。』


 アマエラは帰りたくても帰れない、迷惑をかけたくないからだ、と伝えたつもりだ。

 驚きに満ちたヤゲンとロップの顔を見回すようにして続けた。


『彼女は森の亜人に対する“制裁”を作戦展開すると約束しています。』


 これは事実だ。ただし順番が逆だが。


 《ヤーマーナの森》の亜人勢力は近年強大化しており、森北部の辺境領村の幾つかは壊滅的な状況で荒らされているらしい。

 そのため、近日中に越境者も参加した大規模な掃討作戦を計画していたところだった。

 掃討作戦は、この《南ヤーマーナ村》への襲撃を受けて行われるワケではないのだが、それはこの村の人間の知ることではない、とアマエラは言った。


『近日中にあなた方の生活を脅かす森の脅威は一掃されるでしょう。アマエラが参加するのですから間違いないことです。』


 タミル老の目を見据えてオレは告げた。アマエラはあなた方の復讐のために戦うことを。彼女の言葉を信じるならばこれも事実だからだ。


 そして本題へと話を進める。


『しかし森の亜人には強力な個体も集団も存在するために、掃討作戦が行われるまでの村の守護役が必要ではないか、というのが今回の私の訪問理由です。』


「……と申しますと……ゴトー様が守護役としてこの村に滞在していただける、ということなのでしょうか?……ありがたいお話ですが、私独りの判断では少々難しくありましてな……」


 タミル老の言葉の端から「面倒事は困る」というニュアンスが漏れ出ていた。


 そりゃそうだ。


 アマエラの代理、という以外は一切の素性が解らない兵士を駐屯させることに抵抗があるのだろう。

 もし駐屯させるならば、住居や食事の手配も必要だろうし、万が一()()()()の要求をされたならば断ることすら難しく、そんな輩に食いつかれたなら、それは村にとっては森の脅威と変わらぬ事件となってしまう。

 そんな恐れのあるものを、おいそれと村内に引き入れてしまってもいいものか、村の顔役達と充分な検討を重ねてから決断したいだろうし、そうあるべきだ。

 むしろオレは、タミル老が簡単に二つ返事で兵士の駐屯を決めるような無責任な長ではないことに安心した。

 そしてタミル老に安心を返すべくオレは告げる。


『そういう話をしているワケではありませんよ。私は魔導兵(ゴーレム)を使役する者です。この魔導兵(ゴーレム)『ハチ』をこの村に、可能ならばアマンダの元に預けることを提案しに来たのです。』


「ゴーレム……ですと……!?」


「ワオン!」


 目を白黒させて思案しているタミル老に向けて『ハチ』が元気よく(?)挨拶した。


「ああ……吠え声まで可愛らしいなんて……」


 アマンダがトランスしかけているが無視して続ける。


『隠密行動に臨めるようにこんな小柄な形状をしていますが、戦闘能力についてはご心配頂くような事はありません。索敵能力も高いのでお役に立てると思います。』


 よし……ボチボチだな……。


「こんな珍妙な犬ッコロが……」


「これならばまだ私の方が……」


 『ハチ』の能力に疑問符をつけまくったロップとヤゲンが横槍を入れてくるのを意識の外に弾き飛ばしてオレは《エー・エー》とコンタクトを繰り返す。



『A:魔物群接近を報告です』



「ゥワオンッ!」


 《エー・エー》の索敵報告と『ハチ』の警告はほぼ同時だった。


 索敵能力も充分だな。うーん優秀優秀。偉いぞ『ハチ』。


 淡い光を放つ目に変わり戦闘モードに移行している『ハチ』の頭をワシワシしながら心の中で誉めてやる。


 尻尾を高速で振って喜びを表現した後、『ハチ』の体は大きく展開して戦闘モードに突入した。


 白い石鎧の隙間が拡がるように拡張して一回り大きくなった胴体は黒褐色の体毛に覆われている。

 延びた前足の爪は大きく開き、レーザーブレードのような光の刃を展開している。

 プリプリ降っていた尻尾の中から砲身のようなものが伸びる。

 子犬のようだった顔も変わった。

 耳が戦場の情報を支配すべくビンと立つ。

 つぶらだった瞳は戦闘マシンの光を放って鋭く輝いていた。

 口元も大きく広がり鋭利で獰猛な牙がバチバチと輝く黒い光を帯びている。


 それはまるで狼の姿をした魔導兵(ゴーレム)


 これが『ハチ』の本来の姿で戦闘モードだ。

 普段の子犬モードはエネルギーの節約と人心への訴求のための偽装だ。

 まあ本当はオレの趣味だけどさ。


「な……なんだソレは……!?」


「な!?……化け物なのか!?」


 変型した『ハチ』の勇姿にパニックを起こしたロップとヤゲンが腰を抜かすように距離を取る。


 流石にこの姿を可愛いと愛でることは出来んだろう……と思ってアマンダを見ると……「ハ……ハチちゃん……格好良すぎですぅ……」とクネクネ悶えていた。

 本当にぶれない子だなあ……。


『噂をすれば……ですね。どうやら森の亜人がまたこの村へと進行したようです。この『ハチ』が教えてくれました。』


『ヤゲンさん、村民に自宅への非難誘導をお願いします。『ハチ』が村の南広場で迎撃します。タミル村長とロップくん、それからアマンダちゃんも良かったら私の近くで『ハチ』の戦闘見学でもどうですか? 』


 余裕すら伺えるオレの提案に四者四様の表情に変わる。


 平静を装ったオレの心は……揺れていた。


 オレは大丈夫。きっと大丈夫だ。




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