アマエラの回想 2
森の亜人を皆殺しにした化け物じみた異世界人は……アマンダを助けようとした様に見えた。
私は異世界門の神に祈った。
とても私が敵う相手ではない……。
彼がアマンダを害さずに通りすぎてくれることを願うだけだった。
しかし彼は、見たことのない巨大な装置のようなものを召喚し、アマンダをその中に閉じ込めた。
装置の中には……気持ちの悪いスライムのようなモノががウネウネと蠢いている!
アマンダに……何をするつもりだあ!
私は恐怖に押し潰されそうになりながら……隠密行動スキル「影移動」を発動し男の背後を取る。
……やるしかない。
任務を放棄し、暗殺する事も覚悟する。
暗殺術スキル「闇討ち」を発動させながら近づいた私が見たものはーー癒しの魔法によく似た力で包まれて治されていくアマンダの姿だった。
この異世界人は……アマンダを助けているのか?
わからない。しかし……交渉できるかもしれない。
だから私は、隠密行動を解除し異世界人の前に姿を現した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
突然背後から現れた私の姿に驚いた異世界人は……何か言葉を発している。
しかし私には理解出来ない言葉だった。
何かの呪文で攻撃してきたのか?
しかし魔力の波動は感じない。
アーテラ言語を話せないようだった。
どうやら異世界の言語を必死に話しているらしい。
私には何を言っているのかさっぱりわからない。
「だから何を言っている!? 異世界語か!? それとも別の種族の言葉か!?」
男は困ったような表情で考え込んだ。
そして、何かブツブツ言っていると思ったら……ニタニタとした笑みを浮かべた。
ニタニタのまま猫なで声のような気持ち悪い声を発し、両手を挙げて近づいてくる。
き、気持ち悪いっ!
私は身の危険を感じ短剣使用スキル「護身の型」で防御を固める。
しかし男は諦めずに身振り手振りを交えて何かを伝えてくる。
しまいには顔の前でアヒルの真似のような仕草でパクパクやっている。
な、なんだ!?
「話したいってことか異世界人?」
男が頭を激しく縦に振った。
どうやら……私と話したいらしい。
まあいいだろう。
しかしアーテラ言語を話せないのにどうやって……?
ニタニタした男は突然また何かを召喚した!
「き、きさま何をする!?……騙したなぁ!?」
違うとでも言うように手をパタパタと振る。
必死に訴えかける顔に戦意を失う。
男が召喚したものは……王立図書庫の古代文献で見たような「意志疎通魔法を補助する道具」とそっくりだった。
そして私と「ゴトー」との奇妙な対話が始まったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ゴトー」はどうやら悪い人間では無さそうだった。
彼が召喚した道具は【翻訳機】というらしい。
これを使って私たちは対話をしている。
最初は色々と苦労していたようだが、上手く調整が出来たらしい。
「ゴトー」が何かを話すと【翻訳機】は西部訛りの言葉を吐き出し始めた。
対話はお互いが質問を交換する形で進んだ。
『ワテは40歳になりまっせー』
……これは私が「ゴトー」の年齢を確認した際に返ってきた答えだ。
彼はやはり見た目どおり中年だった。
越境者としては珍しい存在だろう。
しかし彼はケウシプスにとって価値のある存在でもあるかもしれない。
私は交渉スキル「色仕掛け」を発動し覆面を外す。
「サワヤマ」を籠絡した私の容姿は、異世界人に評判がいい。
この男もきっと……
予想通り「ゴトー」の表情は変わる。
目線を外しているようでチラチラと横目で見てくる。
さりげなく胸を揺らしてやったら、中年のくせに顔を赤くして盗み見を繰り返している。
私の胸を握り潰し、痛みに苦しむ顔を見ながら下品な笑みを浮かべ腰を振る「サワヤマ」の、ニヤニヤとした気持ちの悪い表情を思い出す。
異世界の男はどいつもこいつも同じか。
暗い怒りが心の中を埋めていく。
アマンダを裸のまま巨大なスライムの中に放り込んだのは本当に治療のためか?
そもそもなんでこんな装置が必要なのか……
治療魔法の使えない越境者なんて聞いたこともない。
疑心に支配されつつあった私の目を「ゴトー」が見据えた。
今まで目を合わそうとしなかったのに真っすぐに私と見つめ合い、異世界語を発した。
【翻訳機】が意思を伝える。
『このお嬢ちゃんを裸にひん剥いたんはワテとちゃいまっせ!』
『このお嬢ちゃんの怪我を治してあげたかったんですわー!』
『せやからこの道具はワテが創成した治療道具なんですー』
なんだって!?……創成しただと?
「創成魔法か!?」
驚いた私に、「ゴトー」は頷く。
まさか……伝説の創成魔法が使えるのか……!?
スキル「道具創成」を究極まで高めた者だけが使えるというあの魔法。
唯一この魔法に到達し、一瞬で巨大な魔導兵の軍団を創成し世界に破壊と混乱をもたらした伝説の魔王が使用した究極の魔法……。
もし、本当なら……「ゴトー」が簡単な治療魔法も使えない理由がわかった。
このアーテラでは魔法というのは特別な存在だ。
スキルはあくまで肉体の延長線上にある技能だが、魔法は奇跡の技を可能にする。
例えば、全く何もない空間に大量の水を出現させたり、巨大な炎の壁を出現させたり出来るのだ。
その価値は凄まじい。
例えば、最高まで高めた長剣使用スキルで剣技「覇王斬」を放つよりも、光魔法スキルの「光刃」で強化した剣を振るった方が強い。
勿論、自在に剣を振るう技術があってこそで、両方のスキルを高めていくことが大切なのだが、単純に威力だけで比較するとそうなるのだ。
だから魔法を取得出来るスキルは特別なのだ。
ちなみに魔法スキルから取得出来る魔法はランクによって決まっている。
例えば私が所持している炎魔法スキルであればーー
ランク1:発火 / 火弾 / 火付与
ランク2:火槍 / 火柱
ランク3:炎陣 / 火剣
ランク4:炎の玉 / 火の壁
ランク5:……
ーーのように、ランクが上がれば取得出来る魔法の種類は増えていくのだが、あくまで選択肢が増えるだけですべての魔法を取得出来るワケではない。
人それぞれに|魔法総量「キャパシティ」があるからだ。
私も炎魔法スキルは持っているが、私のランクで覚えられる最強の魔法炎の玉を取得してキャパシティが圧迫されているため、所持している魔法はランク1の3つと炎の玉の4つだけだ。
しかしこの魔法総量のルールを無視した存在がいる。
異世界の存在ーー越境者だ。
彼らは所持したスキルの魔法全てを使用できる。
それどころか複数の魔法スキルを所持しているのが当たり前なのだ。
アーテラ人の私から見れば……はっきり言って無茶苦茶だ。
そんな越境者にも例外はいる。
伝説級魔法スキルの所持者だ。
例えば「サワヤマ」だ。
彼は魔法は一つしか使えない。
彼のスキルで取得できる魔法がそれしかないからだ。
そして世界でその魔法が使えるのも「サワヤマ」一人だけ。
そんな「サワヤマ」の持つスキルは「鬼神」。
アーテラに彼に勝てる者などいない。
同じ越境者を除いては。
もし「ゴトー」が本当に伝説的な創成魔法を使えるならば、他の魔法を取得出来なくても当然だろう。
彼が使用していたのは召喚スキルではなく創成魔法だったのか……。
ならば……もしかしたら召喚したように見えたあの禍々しい腕と足は「魔導兵」の兵器だったのかもしれない。
これは……ぜひとも「ケウシプス」に連れて帰らなければ!
私は奥の手の交渉スキル「家族誤認」を発動し、「ゴトー」の質問に答えていく。
私が彼の補佐官に指名されるように出来るだけ親密度を高めておこう。
そうすれば……「サワヤマ」から逃れることが出来るかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ゴトー」に問われるまま越境者や「王国の庇護」の説明をしていると、アマンダを包んだ「ゴトー」の道具に変化があった。
アマンダを治療していた道具からプシューという音が響きドボドボとスライムが排出されていく。
ようやくアマンダが目を覚まして動き出した。
私は安堵し、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえながらアマンダに声をかける。
「……大丈夫?」
私の姿を確認したアマンダは目に涙を浮かべ震えている……。
良かった……本当に良かった……。
妹を抱きしめようと近づいた時だった。
突然「ゴトー」が創成魔法を使用した。
創成したサラサラの布を、私の背後からアマンダにかける。
これは……!……「魔甲虫」の絹糸で作った夜の絹衣か!?
これを贈るということは……アーテラにおいて、夜の誘いをかける求愛を意味する行動だと知っているのか!?
こ、こいつ! なんてことをーーー!!!
初めて会った16歳の妹に、細い体のラインが露になる半透明の絹衣をかけて満足そうにしているドワーフ顔の中年異世界人。
真っ赤な顔をして俯いてしまった妹の姿を見て、「ゴトー」へと怒りと軽蔑に満ちた視線を叩きつける。
そこには……妹以上に顔を真っ赤にして慌てふためいた中年の男がいた。
そして慌てた「ゴトー」は、今度はとても綺麗な緑色に輝く絹衣を創成してアマンダに渡した。
その間も顔を赤くしたまま、なるべくアマンダの体が目に入らないように気を使っている。
この男……やはり「サワヤマ」のような色情魔なのかと思ったが……。
ひょっとしたら……ただ人がいいだけなのか。
そう思ったら……可笑しくてしょうがなくなった。
緑の絹衣を羽織ったアマンダは嬉しそうに笑った。
その姿に私も自然と笑みがこぼれてしまった。
この異世界人は「サワヤマ」や「ユリコ」とは違うのかも知れない。
私は何故かそう思った。




