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神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
第二章
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スーパーブラッドムーン

 平島が自転車をこいで戻ってきた。

 女性陣に二人乗りを強いるわけにもいかず、俺が霧江さんを自転車の後ろに乗せて一足先に自然公園に向かうことにした。二人はその後を歩いて行くらしい。



 霧江さんを後ろに乗せ、俺は自転車をこぎ始めた。霧江さんは振り落とされないように俺の腰に手をまわしている。まだ体調がすぐれないのか、腕の力は少しだけ弱弱しく感じた。

 ただ黙っているのも何なので、俺は霧江さんに「楽しみですね」とか適当に会話を振ってみたが、霧江さんはただ一言二言返すだけでそれ以上会話が続くことがなかった。まだ体の調子が戻らないからだろうか。いや、それにしてもこの態度は、霧江さんらしくない。

 もちろん俺とウリエルを危険に巻き込んだことに申し訳なく思っているのだろうが、それだけではないのだろう。出発前ウリエルが俺に話したことは正しいのかもしれない。俺は意を決し、霧江さんにそれについて確かめることにした。


「霧江さん」

「なに、愁斗くん?」

「霧江さんが神力に願ったことって、スーパーブラッドムーンを見たいとかっていうことじゃないでしょ」


 少しだけ沈黙が流れたのち、霧江さんはかすれるような声で答えた。


「……何言ってるの、愁斗くん。私は赤くてきれいなものを見たいって願ったんだよ。その赤くてきれいなものっていうのは私もわからなかったけど。ウリエルちゃんが推理して、このスーパーブラッドムーン以外にないって判明したじゃん。この他に赤くてきれいなものなんて……」

「違うんですよ、霧江さん。スーパーブラッドムーンは三十年前にも起きた現象なんですよ。だから二十年以上前の時点でそれを見たいと願ったのなら、霧江さんは未来ではなく、過去に飛ばされたはずなんです。つまり、霧江さんのおじいさんが見たという時代に」

「……」

「それに日付の問題もあります。もし神力が最小限のエネルギーしか使わないとすると、霧江さんは一昨日ではなく今日のこの時間にタイムリープするはずなんです。だけど、そうはならなかった。つまり、すべての条件に適う赤くてきれいなものなんて存在しないんです。つまり俺が言いたいのはですね、赤くてきれいなものを見たいって霧江さんが願ったっていうことそのものが嘘だったんじゃないかってことなんですよ」


 霧江さんは何も言わず、ただ腰に回した手の力を強めた。ウリエルが俺に話したことをそのまま話しただけなのだが、どうやら本当のだったようだ。

 今思い返せば、霧江さんにその赤くてきれいなものを本当に見たい、という熱意が全く感じられなかった。願い事そっちのけでウリエルを振り回したり、図書館で調べるときもネットサーフィンに興じたりしていた。それに、霧島家の人間が神力にお願い事をできるのは一生に一回しかない。いくらふざけ半分だったとはいえ、おじいさんから一回だけ聞かされただけのものを見てみたいだなんて本当に思うのだろうか。そして、そう思ったとしたならばやはりそれだけ思い入れがあるということになり、やはり一連の霧江さんの行動が奇怪に映ってしまう。

 俺たちの間に長い沈黙が流れる。

 本当の願い事はなんだったのかと尋ねることは簡単だ。しかし、俺はそうせずただ足を動かしながら霧江さんの言葉を待った。


「ねぇ、愁斗くん。もし私がこのまま過去に戻りたくないって言ったらどうする?」


 しばらくしてのち、霧江さんは耳を澄ましていなければ聞き逃してしまいそうなほど小さな声でつぶやいた。

 俺は霧江さんに返す言葉を咄嗟に思いつくことができず、ただ黙ることしかできなかった。

 過去に戻りたくない。

 詳しい内容とか、なんで霧江さんがそう思うのかなんてわかるわけがない。それでも、心のうちから絞り出すようにして吐き出したその言葉が、霧江さんが神力への願い事に深く関係しているということだけは俺の頭でも理解できた。適当な言葉を返すわけにはいかない。しかし、かといって思ってもいないような無責任な言葉を返すわけにもいかない。

 霧江さんと同じだけの時間をかけ、俺は返すべき言葉を考えた。


「それでもやっぱり、霧江さんは過去に帰るべきです」


 俺の言葉に霧江さんは少しだけ間を置いた後に「そうなんだ」とつぶやいた。


「愁斗くんとかウリエルちゃんは私に帰って欲しいと思ってるの?」

「それは絶対に違います。俺たちが霧江さんと別れたがってるっていうことではないです。ただ霧江さんの未来を邪魔しちゃ駄目だと思って」

「私にとっての未来?」


 霧江さんはそっけない口調で尋ねた。


「例えば、霧江さんはこの後大学である人に出会います。その人とは最初、お互いにいがみ合う関係から始まるんですよね。だけど、本気でぶつかったり、いろんなことを語り合ったりしているうちに気が付かないうちに二人は一生の友達になるんです。大学を出てからもずっと仲良しで、頻繁に会っては喫茶店かどこかで時間を忘れておしゃべりするんです。とっても楽しそうに」

「……その人って?」


 少しだけ間を置いたのち、俺は答えた。


「俺の母親です。俺が高校に上がるときに病気で死んじゃいましたけど」

「……」


 俺は話し続ける。


「あと、大学では今の旦那さんとの出会いもあります。とても優しい人で、俺も昔からお世話になったりしてます。その人との間に一人娘ができるんですよ。そいつは旦那さんに似て優しい一面を持ってるし、それに容姿は霧江さん似です。生意気なところもありますけど、家族思いな良いやつですよ」

「愁斗くんは私を励まそうと思って、そんなことを言ってるの? その話が本当だってこともわからないのに。」


 霧江さんは俺にそうつぶやいた。


「俺の言ってることが本当だって信じなくてもいいですよ。それに明るい部分だけを切り抜いたことも事実です。俺だって母親から聞いただけで、霧江さんの人生をすべて知ってるわけでもないし、きっと俺の知らない嫌なことも経験しているでしょうしね。でも、それでも霧江さんは過去に帰るべきなんです。難しい話は俺にもわからないですけど、ここには霧江さんの未来は存在してないんです」

「……」


 素晴らしい未来が待っている、なんてのは真っ赤な嘘だと思う。それでも。それが嘘だと知っていたとしても。その嘘を信じて生きていかなければならないのだろう。

 霧江さんは再び黙り込む。果たして俺の言いたいことが伝わったのだろうか。そして、伝わったとして霧江さんはどのように考えるのだろうか。

 ただ俺は夜風を感じながら、黙々と自転車をこいだ。そして、あと少しで目的地の自然公園に着くというところで、霧江さんは小さい声で俺に話しかけた。


「愁斗くんの話、信じてみようかな」


 腰に回した手の力が少しだけ強くなったように感じられた。

 俺は霧江さんの方を振り返らないまま、返事を返す。


「……もう少しだけ、未来の話を聞きます?」

「いや、もういいよ。だって……」

「だって?」


 霧江さんはさっきより少しだけ明るい口調で言った。


「だって、知らないままの方がサプライズ感があって楽しいじゃない」










 自然公園についた後、俺たちは月を見るのに最適な場所を探しsここを陣取った。ウリエルと平島が遅れてやってきて、そのすぐ後に始まった三十年前ぶりのスーパーブラッドムーンを全員で観賞した。神秘的な赤色に染まった月に歓声をあげる平島と霧江さんの横で、俺はただ静かにその美しさを楽しんだ。何気なく横を見るとウリエルもまた俺と同じようにただじっとその月を見つめていた。

 俺の視線に気づいたのか、ウリエルが俺の方を振り向いた。


「きれいだな」

「ああ、そうだな。まるでこの世のものとは思えん」

「ネットの記事に書いてあったんだが、二十年後にまた同じような現象が起こるそうだ」


 今俺が見ているこの光景が二十年後にまた現れる。一緒にいる人間はきっと違っているだろうが、俺はその時にもまた美しい月に心奪われるんだろう。その次にも、その次の次にもきっと。


「二十年後が楽しみだな」


 俺はそう言って再び赤く染まった月を見つめた。

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