第20章:キューピッド
Dwarfsの休憩室、十時を過ぎ、仕事の終わった隼人は何本目かのタバコを吸っていた。
本来ならリラックス出来るはずのタバコも、一向にイラつきを取り除く事が出来ないでいる。
なんなんだよ、アイツは!
未来は本気であの男の事が好きなのか。
あの男の横で楽しそうに笑っていた未来の顔が隼人の脳裏に焼き付いて離れない。
隼人は吸っていたタバコを灰皿に押し付けると、休憩室の扉が開き隆が入って来た。
「お疲れ」
「お疲れっす」
「なんだ、なんだ。シケた面してんな」
隼人はまたタバコの箱を手に取り、一本引き抜いた。
「お前の不機嫌の原因は……、あの未来ちゃんって子だろ?」
隆はからかうように隼人に言った。
「さっき敦さんと一緒に帰ったぜ。いいのか、あのままふたりで帰しても」
「俺には関係ないですから」
隼人はタバコ吸いながら、隆がいる方とは反対の方を向いた。
「その言葉、いつまで言っていられるかな」
隆はニヤリと笑っている。
「敦さんって女に手出すの、俺より早いぜ」
隼人は眉の上がピクリと動いた。
「しかも飽きるとバッサリ切るからな。一体何人の女が敦さんに泣かされたことか」
隆は可哀想にといった態度をとった。
隼人の手にあるタバコは、まもなく吸われる事なくその役目を終えようとしている。
「今日勝負かけるって言ってたぜ。可哀相に未来ちゃんも遊ばれて捨てられる運命か」
隼人は手に持っていたタバコの灰皿に押し付けると、隆の言葉を最後まで聞くことなく部屋を飛び出していた。
あの馬鹿!
またダマされやがって!
隼人は夜の繁華街を全速力で走った。
隼人は思いつく限りの場所を探したが、なかなか見付けられない。
一体何処に行ったんだ。
肩で息をしながら立ち止まって辺りを見渡すと、見慣れた背中が見えた。
いた!
人の波をかき分けながら近づいていく。
「未来!」
突然名前を呼ばれ、未来は驚いた顔で後ろを振り返った。
隼人は未来と一緒に振り返った敦の胸倉を両手で掴む。
「隼人! あんた何やってんのよ!」
敦は一瞬顔を歪めたが、次の瞬間には隼人の両腕を掴んだ。
痛って!
敦は腕を軽く掴んでいるようにしか見えないのに、だんだん隼人は腕の痺れを感じ徐々に掴んだ両手を離した。
「腕のココのツボを押すと腕がしびれて手に力が入らなくなるんですよ。こうみえても護身用に武術を習っていたものでね」
敦は不適に笑い、隼人の手が完全に離れると敦は手を離した。
「すみません、斉藤さん。大丈夫ですか?」
隼人の手が離れると、未来は敦に頭を下げ謝った。
「なんでお前が謝ってんだよ!」
「あんたが失礼な事をしたからでしょう!」
「お前が謝る必要なんかねぇよ!」
「だったらあんたが謝りなさいよ!」
「まあまあ……」
睨みながら言い合うふたりを敦がなだめた。
「ホントに、すみません」
再び未来が謝った。
「だから、お前が謝る必要ないって言ってんだろ!」
「相羽さん、僕なら大丈夫です。それより隼人君の方がまだ腕痺れてるんじゃないかな。大丈夫?」
敦の言葉に隼人が睨んだ。
「隆が何を言ったのかはだいたい想像がつくけど、キューピッド役を頼まれて暴力を振るわれたんじゃ割に合わないのでね」
敦は苦笑している。
は?
キューピッド役……?
何言ってんだ、コイツ……。
「まだ、気づかない? 隆にはめられたんだよ」
隆さんに……?
その時、隼人の脳裏に隆の言葉が思い出された。
『俺が一肌脱いでやるか』
まさか……。
「もっとも、君が来ないようなら、本気で口説くつもりだったんだが……、相羽さん、ナイト君が駆けつけてくれたようだから、今日は彼と一緒に帰りなさい」
敦は未来の方に向き直って言った。
未来は敦の言葉の意味を理解出来ずに、困惑した顔をしている。
「今日の所は隆の顔を立てて君に譲るが、これからは遠慮しないよ」
敦は隼人の側まで来ると、それだけを言ってその場を去って行った。
まさか、隆さんが一枚かんでいるとは……。
今思うと、確かに休憩室でかなり煽られたような気がする……。
でも、最後に言ったあの言葉。
『これからは遠慮しないよ』
アイツ、ただ隆さんに頼まれたってだけじゃないよな。
「ちょっと! 一体どうなってんの! 説明しなさいよ!」
今の状況がまったく理解出来ていない未来が隼人の横でわめいている。
「帰るぞ!」
隼人は未来を一瞥すると、腕と取り歩き出した。
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次回が最後の更新になります。
3月13日を予定しております。