二十五 エピローグ
山中湖を、来た方向のまま、走って行く。
ちょうど良い場所がないかと探せば、湖のすぐ近くに汚染が少なさそうな色の土が見えた。
施設からもそう離れていないので、何か影響があるのかもしれない。
近くにどこからか落ちてきたのか、妙な奇岩があったので、後から来たときに、目印にもなりそうだ。
ケリュケイオンを止め、湖岸に降りる。近くにあった石で土を少し掘った。
「ここなら、水もあるし日も当たる」
キルケーから預かった、たった一粒の種をそっと植えた。
子どもたちがしていたように、優しく土を被せる。
山中湖の水が汚染されていないかはわからないので、直接手で水を掬うことは避けたい。
「如雨露もねぇし、水をかけてやれなくてすまんな」
種に向かって言ったところで意味もないのに、そんなことを口走ってしまう。周りを見渡しても、役に立ちそうなものはなかった。
ふと、ミュゼスに貰った包帯を思い出す。
「使えるモン、あったじゃねぇか」
畳んだ包帯の中で、薬草がついていない部分をナイフで切る。それを湖の水に浸した。
浸水した水が手に届く前に引き上げ、土の上にそっと乗せ、再び土をその上にかけた。
「コスモスがこの種から咲いたからって、世界が変わるわけじゃねぇけど」
それでも、もしもこの花が芽吹けば、花を咲かせれば、それは小さな希望になるのだろう。
「子どもたちの植えた植物の種を、受け取りに来ないといけねぇし」
メテルディたちの顔を思い浮かべて、口の端が綻ぶ。
その頃には、このコスモスの花も種がこぼれ、増えているかもしれない。
「咲くと、いいな」
キルケーとオデウス、そしてラエルテの顔が浮かぶ。
咲いたら、二人に報告に行きたい。
それからサクマ兄妹の様子を見て、ネモさんが生きてるかを確認する必要だってある。思っているより忙しい。
「あぁ、なんだ」
そんなことを、自然に思い浮かべている自分に気付き、空を見上げた。
富士山が見える。
聞いていた以上に大きく、こんなに大きいのに東京からは見えないくらい、汚染が進んでいるのか、なんて改めて思った。
聞いているだけではわからないことが、たくさんある。
写真や動画だけでは感じないことが、たくさんある。
だから、皆とそれを確認したい。
「生きるって、こういうことなのか」
思わず漏れた言葉は、空気清浄フィルターの音に吸い込まれていく。
俺は咲くかもわからないコスモスの花を思い、まるでケリュケイオンにするように、土の上を何度か撫でたのだった。
了




